「任命ッ! オグリキャップ、そしてトレーナーの君を、『スター発掘大使』に任命する! しっかり励んでくれたまえっ!」
私の担当だったオグリキャップと呼び出され、理事長に命じられたのは、地方のトレセンで活躍するウマ娘たちをスカウトし、中央での活躍に向けて橋渡しになる仕事。もうすぐオグリもトレセン学園を卒業するということで、急きょ呼び出されたのだ。
「え、それって、どういう」
「提携ッ! このたび、地方ウマ娘の発掘を目的とした外部機関を設立した! オグリキャップの活躍に伴って地方から名乗りを上げるウマ娘が増えたものの、依然中央は中央、地方は地方という傾向が強い……そこでっ! 君たちには我らがトレセン学園から出向という形で、地方ウマ娘のサポートをしてほしいっ!」
「な、なるほど……?」
さすがに学園のトレーナー業と兼務と言われたら詰んでいたところだったが。隣で黙って話を聞いているオグリはなんだか嬉しそうな顔をしているが、多分地方のトレセン学園近くのグルメを堪能しようと考えているだけだ。いつもご飯のことを考えている、と言ってもあながち間違っておらず、それほど失礼でもないのが私の元担当ウマ娘。純朴でいい子なのに違いはないのだが、現役時代はいつも財布を空っぽにさせられていた。
「行こう」
「え?」
「ちょうど、卒業報告にカサマツに戻ろうと思っていたし……やっぱりキミと一番最初に行くなら、カサマツがいいと思うんだ」
「うん……そうかも、でも」
「そうと決まれば、出発だ」
「ちょ、ちょっと待って」
理事長には外部機関がとか大使がとか言われたものの、全容が把握できていない。せめてどういうふうに動けばいいのか、流れを確認するだけでもやりたかったのだが、オグリの食欲に抗うことはできなかった。
***
「……む、しかし意外だ。キミほどのトレーナーが、あっさりトレーナー業を休んでスカウトに回るなんて」
「そう?」
「キミはいつでもウマ娘の目線に立って話をしてくれるし、トゥインクルシリーズを駆け抜けるウマ娘たちを育てるのが好きなんだと、思っていたのだが」
新幹線で名古屋まで出て、そこから名鉄でいくらか。朝の出発を少し遅めにしたからというのもあるが、着いた頃には昼を回っていた。オグリの好きなどて煮やラーメンを出してくれる定食屋さんに入り、先に食事をとることにした。オグリに好きなだけ食べていいよというとアポなしの定食屋さんでは大変なことになるので、昼営業終わり間際に入ったのは結果としてよかったかもしれない。トゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグに移籍し、そこも離れて学園卒業となったオグリは、現役バリバリの頃に比べれば食事量が落ちたようにも見えるが、それでも一般的なウマ娘と比較してさえ規格外であることに変わりはない。今までは私の財布が寂しくなるだけで済んでいたが、これからどうするのか心配だ。
「そう? まあ、甥っ子とか姪っ子とかの面倒見ること多いし、そういうのは好きなのかもしれないけど」
「私は、地方ウマ娘のスカウトには全然違った能力が求められると思うんだ。理事長も、なかなか無理を言うと思っていた」
「あ、意外と真面目に考えてた」
「?」
「あぁ、こっちの話」
「……スカウトそのものはトレーナーでもやっているし、私もキミに見出してもらった身だ。だからキミも抵抗しなかったんだと思うんだが」
「うん」
「地方のトレセン学園から、中央でも頑張って行けそうな子を見つけるとなると、きっと話は違う。キミも知っているかもしれないが……地方のトレセン学園やレース場は、中央には規模で到底及ばない。設備も、教育も、環境が何もかも違う。そこで目立って活躍している子は、中央の整った環境で鍛えればさらに強くなるかもしれない。けれど環境に恵まれていないから目立てていない子を、こちらから探しに行くのは難しい」
「……そうかもね」
カサマツにとんでもないウマ娘がいる、と聞いてオグリを初めて見に行った時のことを思い出す。確かにウイニングライブははっきり言ってお粗末なものだったし、学園の規模は呆気にとられるほど小さい。グラウンドや校舎も整備が完全には行き届いておらず、そもそも人手が足らないのだろうということが伝わってきた。そんな中でオグリはすごく目立っていた。ただそれは、いろんな事情があって目立てていない地方ウマ娘が山のようにいることの裏返し。そこは宝の山かもしれないが、そこから宝を見つけ出すのはオグリの言う通り至難の業だ。かく言う私も、ド田舎から出てきてトレーナーになって、中央のトレセン学園を初めて見た時、その規模に腰を抜かしたものだ。
「でも、やる。これはきっと、地方から出てきた『スター』を見てきたトレーナーにしか、務まらないと思うから」
「キミなら、そう言うと思っていた」
「規模が比べ物にならないからって、それを放っておいていいわけはない。ウマ娘とレースの知名度をもっと上げて、認知してもらうために、地方のトレセンも、レース場ももっと大きくしなきゃいけない。私とオグリの力だけじゃ、それは叶わないかもしれないけど……でも、地方からいっぱいスターを見つけることなら、できる」
「うん、そうだ。その意気だ」
地方の逸材を見つける。そして育てる。それを繰り返せば、地方からスカウトすることの重要性を、学園もURAももっと認識してくれるかもしれない。もちろん、現状中央と地方ではウマ娘たちの実力に大きな開きがあることは分かっている。ただ、大人の私と大人になろうとしているオグリが一緒になって頑張れば、その差も少しは埋まるかもしれない。
「……で、すごく食べるね」
「む……すまない。まだもう少し、と思っていたのだが……」
「あー、いやいいよ。アポ取った時間までもうちょいあるし」
オグリと出会ったばかりの頃はさすがウマ娘だ、とその食事量を見て思っていたものだ。後に同じウマ娘でも引くくらいたくさん食べているのだと知ってからは、元気が出るのなら好きなだけ食べてほしい、と思うようになった。残念ながら、元気になるためには私ももうちょっと食べなきゃ、と励まされていた時期はとっくの昔に終わった。
「ふう……ごちそうさま」
どうやら夜営業のために用意していた分もそれなりにオグリが消費してしまったようだが、そこはオグリの地元カサマツ。スターウマ娘の思わぬタイミングでの凱旋ということもあってか、むしろオグリが以前と変わらぬ様子で次々ご飯を平らげたのに感心していた。これでオグリにご飯を食べさせるのも最後なのかな、とちょっと感慨に浸りつつ、とどめを刺すように財布を空っぽにされてから、いよいよ学園のグラウンドに向かう。
「懐かしいな……中央に来る前と、何も変わっていない」
「走ってみる?」
「いいのか?」
「あの子たちがいいって言えばね。一応、こっちの先生方には許可取ってるよ」
グラウンドの端にいる時点で、二十人くらいでランニングしていた子たちがこちらに気づき、黄色い歓声を上げてこちらに寄ってきた。チームでの練習ではなく、授業でランニングをしているのだろう。トレーニングウェアを着た女性教官が近くに立っていた。
「オグリさんだ」
「オグリさん!」
「サインください!」
昔からオグリを知る大衆食堂のおばちゃんや、駄菓子屋のおじさんにとっては可愛い孫のような存在であっても、オグリの活躍を映像でしか見たことのないウマ娘たちにとっては生ける伝説か、あるいはスーパースターといったところだろう。カサマツの生徒たちには今日オグリが来る、並走してオグリのことをもっと身近に感じてもらう、というプログラムを組んでいて、周知していたはずなのだが。全部忘れて、みんなオグリに群がっていた。最初はどこからともなく生徒たちが出してきた色紙にサインしたり、握手したり、笑顔を向けたりしていたが、あまりにも群がるのでだんだんおろおろしてこちらに助けを求めてくるようになった。ちょうど教官が止めに入ったタイミングで、私もオグリの手を握って観客から引き離す。
「久しぶり、オグリ」
「……っ!」
教官もオグリを担当したことがあったのか、そう声をかける。オグリは一瞬はっとしてから、にこりと笑って会釈した。そして並走という言葉が教官の口から出ると、生徒たちの顔色が変わる。オグリも勝負ではないし、走るのには適していない服装だったから、緩やかな並走が始まる。
「オグリはさ。どうして、URAに行かなかったの」
「……タマが行くと言ったから、だろうか」
ふと、少し前のことを思い出す。卒業後の進路としてURA職員を選ぶ子は多い。しかしオグリの親友でありライバルでもあるタマモクロスがそうしたのに対して、オグリは応募しなかった。その時のことだ。
「タマは、URAの職員さんがよく似合っていると思う。弟や妹のために早く大きなレースで勝ちたいからといって、必要以上に追い込むこともあったから、同じような子を間近で見ていると気が気じゃないと、言っていた」
「確かにね……あの子はトレーナーついてないと、結構危なかったかも」
「でもやっぱり、世話焼きだしウマ娘のレースに関わる仕事はしたいんだと思う。今でも私のためにたこ焼きを焼いてくれるから」
「頑張りすぎちゃうタマモクロスのために、オグリもそばで仕事を手伝ってあげるのかな、なんて勝手に思ってたけど」
「タマはしっかり者だからな。私が手伝おうとしても、たぶん逆に手伝われると思う。それに、」
「それに?」
「……今までタマにしてもらったいろいろの恩返しは、私がこうやって直接、足を使うことでできると思うんだ。タマだけ、じゃない。みんなの……」
地方から中央に乗り込み、名を馳せたウマ娘はたくさんいる。地方をただ回るだけであれば、オグリでなくとも務まっただろう。ただ、オグリの故郷を想う気持ちは人一倍強かった。自分のため、家族のため、友達のため。そうやって走る子たちがたくさんいる中で、オグリはカサマツのみんなのため、ととてつもなく大きな思いを背負っていた。カサマツのみんながオグリのことを知っていて、みんながオグリのことを応援してくれている。だから、オグリはカサマツのみんなのために走る。そしてオグリが中央で目覚ましい活躍をしたことで、いつしかカサマツのみんなのためだけではなくなった。今やオグリキャップの走りを応援する全ての人のために、走っている。であれば、仕事はここカサマツから始めなければならない。オグリの瞳からは、そういう決意が伝わってきた。
「いい足だ。すごく、練習を頑張っているんだな。でも、無理はしてはいけないぞ」
「はい……!」
ふと我に返ると、緩い並走を終えたオグリが一人のウマ娘に声をかけていた。最後はオグリが本気の並走をして、へとへとになってへたり込んだその子に手を差し伸べる。その子の目はオグリを見て、はっきりと輝いていた。
私の頭に、オグリと初めて出会ったその瞬間の記憶がよみがえった。