呪術高専には入学試験がないらしく、高校入試を控えそれなりに緊迫したクラスを尻目に、暇な3学期を過ごした。友人もほとんど存在しないので、遠く離れることを悲しむ相手もいない。特に可もなく不可もない日々を過ごし卒業式を終えた俺は、その足でそのまま呪術高専に向かった。
もう高専の寮に荷物を送っておいてある。普通は入寮は入校と同時なのだが、少しでも早く家から出たかったのだ。
高専には結界が貼ってあるらしく、入るには手順が必要らしい。そのため、高専所属の人と待ち合わせをして一緒に高専に向かう。
貰った資料にはそんなことが書かれていた。待ち合わせ場所は東京駅の丸の内線の改札口らしい。初めての引率なしの東京駅ということで、すこし迷いながらも無事に目的地に到着した。
待ち合わせの人は伊地知という人らしい。もう来ているだろうか。周囲を見渡すと、壁の方に眼鏡をした黒スーツの男性が立っているのが目に付いた。瘦せぎすで少し神経質そうな男だ。身体を流れる呪力から見ても彼が高専からの迎えだと見ていいだろう。
丁度、彼もこちらに気づいたのか歩いてくる。
「どうも、初めまして。伊地知潔高といいます。勅使河原鏑さんでよろしいでしょうか」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
どうやら彼で間違いないらしい。
「では、高専に向かいましょう。道中どこかに寄ることはできませんが、よろしいですか?」
「大丈夫っす。駅弁食べてきたんで」
「そうですか、それは重畳。外に車を待たせています、ついてきてください」
「はい」
伊地知さんはそう言って歩き出す。俺もそれについていく。地上に出ると黒塗りの高給そうな車が停まっていた。
「どうぞ」
伊地知さんが後部座席のドアを開いてくれた。
「ありがとうございます。」
お礼を言ってから車に乗り込む。タクシーに乗った経験がなかったので、こういうのは新鮮だ。
伊地知さんも運転席の乗り込むと車は静かに発進した。
景色が流れていく。ビルが遠ざかっていき、逆に自然が目に付くようになる。
「何か音楽を流しますか?」
車に揺られながら窓から風景を眺めていると、不意にそんなことを言われた。
「いや、大丈夫です」
失礼になるかと思って使っていなかったが、暇になればスマホがある。
……話しかけてもらったのにそれを一言で断ってしまった。さっきまでは何とも思わなかったが、今は沈黙が気まずく感じる。
かといって何か話したいこともない。お互いに無言のまま、俺たちは高専へと向かっていく。
ようやく高専へと到着した。着いたのは山の中。東京にこんな場所があったのかと驚くばかりだ。
山の中にお寺みたいな建物が幾つも並んでいる。ここで勉強するの?
「お疲れー伊地知。そんでそっちが新入生?」
車を降りた俺たちを出迎えたのはすごい不審者だった。
190cmくらい?ちょっと周囲にはいないレベルの高身長だ。そして真っ黒なアイマスク?バンダナ?でがっちり目を覆っている。何も見えないでしょアレ。
「ご、五条さん。こちらまでいらしたんですね。はい、彼が日下部さんから推薦のあった勅使河原くんで」
「おっけー。さて、ようこそ高専へ。歓迎するよ鏑」
目隠し不審者(仮称)は伊地知さんにフレンドリーに話しかけると、返事を最後まで聞かずにこっちに話しかけてきた。
「あっ、どもっす」
突然の不審者の突入に戸惑ってしまった。
「えっと、どちら様ですか?」
「よくぞ聞いてくれました。僕は五条悟、呪術高専1年担当。君たちの担任だよ」
五条悟。同じ苗字の奴イナズ〇イレブ〇にいたな。人気投票で1位になってたから覚えてる。
えー、これが担任?この不審者が?
いや、偏見良くない。もしかしたらあの目隠しにも何か事情があるのかもしれない。それに人は見かけによらない。あれが彼の単なるファッションだとしても、それは教師としての能力とは何も関係ないはずだ。…たぶん、きっと、メイビー。
「あっ、じゃあこれからよろしくお願いします」
「うん、それじゃあ今から学長と面談ね。ついてきて」
えっ、聞いてない。
「今からですか?」
「うん、今から」
「面談って何話すんですか?」
「まぁ、いろいろだね。高専に入った理由とか何ができるかとかその辺り。呪術師としての適性を測る感じだね」
……呪術師としての適性。自分はあんまり向いてないかもしれない。目指す理由が金だし、呪術で何かしたいって思いもない。見込みなしって判断されたら退学なのかね。
「そんなに暗い顔しなくてもいいよ。ダメでも退学にはならないから」
考えが顔にでていたらしい。自戒。
「そうですか、それ聞いて少し安心しました」
「よし、じゃあいこっか。あっ、伊地知はもう戻っていいよ」
「はい。それでは勅使河原くん、また後で」
「はい、ありがとうございました」
伊地知さんは車にのって去っていった。
「いくよー」
伊地知さんが見えなくなるのを見送っていると、遠くから声をかけられた。振り返ると、もう五条先生は結構遠くまで移動していた。
俺が見送りしてるのに、それを無視して進みがった。これが呪術界の当たり前なのか、伊地知さんが嘗められてるのか、五条先生が失礼な人間なのか。実際のところどうなんだろうか。補助監督は顎で使って当たり前みたいな業界ならちょっとやだなぁ。
「はーい」
とりあえずは五条先生を追いかける。
小走りですぐ後ろまで追いつく。彼の後をついていき、山道の中の階段を昇っていく。
しばらくすると、ひときわ大きい建物が表れた。五条先生が扉を開けるので一緒に入る。
中に入ると厳つい中年男性とブサカワな人形が待っていた。
???
荒く整えられた髭とサングラス、刈りあげられた頭側部。ガッデムとか言いそうな風貌だ。怖い。
「ようこそ、呪術高専へ。私は東京の学長を務めている夜蛾正道だ。」
「勅使河原鏑です。よろしくお願いします」
ひえー。声も怖ー。それより横に並んでる人形をスルーして面談が始まったのが怖ー。あれ何?あの人の私物?趣味?えっ、突っ込んでいいの?触れない方がいいの?あんまり直視したくないんだけど。
「うむ、では早速面談を行うとしよう。勅使河原鏑、君は一体何をしに呪術高専にやってきた」
マジで面談始まっちゃった。本当にスルーしていいのコレ?突っこみ待ちとかじゃなくて?無視するぞ、いいのか?
「あー、呪術を習いに」
「その先の話だ。呪術を学んで何をしたいのかと聞いている」
「あー、えー」
思いの外、真面目な質問だった。というかそりゃそっか。呪術高専に来るんだから呪術倣いに来るのは当たり前か。
……呪術で何をしたいか、か。さっきも考えたけど何もねぇよな。俺は高い給料をゲットして十分貯めたら早期リタイアして悠々自適な生活をしたいだけだ。
苦悩はストレスだ。人間関係、将来の不安、他にも色々。考えるだけで思考は暗くなるし、精神は不安定になる。
金さえあればそれらを解決できる。それらから逃げることができる。俺はそのための金が欲しい。それだけだ。一日中寝ていられるし、遊ぶだけで生きている。それだけできれば俺はもう満足だ。
「……金が欲しいからです。俺が気持ちよく生きるには金がいる。それも人生をかけて積み上げる金じゃない。若い時に貯めて、後は死ぬまで浪費する金が欲しい。それには呪術師しかない。だから俺は呪術師になります」
言い切った。金のためだと言い切ったぞ。たぶん心象は最悪に近いだろう。無辜の一般人を助けるためとか言っておいた方が良かったのかもしれない。でも、俺の気持ちに嘘はつきたくなかった。
「……そうか。金のためか。一攫千金が望みなら他にも道はあると思うが?」
「投資とか起業とかは俺には無理です。俺よりも才能がある奴ら、俺よりも熱意がある奴ら、そういう人間が鎬を削ってるのが資本経済です。たぶんそこじゃあ俺は埋もれる。でも呪術界はそうじゃない。俺をスカウトした人に聞きました。
情けない話だ。この現代日本で、命を懸けねば目指すこともできない夢なんて。でも嘘じゃない。俺は俺の幸福のためなら命をかけられる。
背後から可笑しそうに笑う声が聞こえた。五条先生だ。
逸らしていた目を夜蛾学長と合わせる。ふと、彼の口元が少し緩んだ気がした。
「いいだろう。君を認めよう。改めて、ようこそ呪術高専へ」
「はい、ありがとうございます」
「さて、とはいえ質問一つで終わりというのも味気ない。何か聞きたいことはないかね?」
「えっと、それじゃあ、その並んでる人間は何なんですか?ずっと気になってたんですけど」
「これは『呪骸』。私の呪力によって動く操り人形だ。このように」
夜蛾学長が合図をすると、人形たちが立ち上がり踊りだした。呪いなのに随分と陽気に踊る。よくよく見ると腹立つ顔してんなコイツら。
「これって俺にもできるんですか?」
「いいや不可能だ。これは私の生得術式『傀儡操術』によって動かしている。術式は一人一つ。君が私と同様の術式を持たない限り、おなじように人形を操ることはできない。しかし、君の術式次第では似たような現象を起こすことも可能かもしれない」
「術式、ですか」
「そうだ。呪術には生得術式と呪力操作の2つがある。前者は個人固有の技能であり、後者は修練によって誰でも習得し得るものだ。今、人形たちが踊っているのは前者に依るものということだ」
「なるほど」
「君の術式についての聞いておきたい。君はいったいどんなことができる?」
「あー、俺は骨を操れます。あんまし使い道ないんですけど、」
「そうか?自身の身体の一部を操る術式は比較的メジャーなものだ。有名どころでは加茂家の『赤血操術』、髪の毛を操る術式、爪を伸ばす術式、肉体を肥大させる術式、様々だ。君のそれも同様に活躍の道があるだろう」
「いやでも、俺の場合、骨を伸ばすと痛いんですよ。成長痛みたいな感じで。自分以外の骨も操作はできるんですけど、呪霊に骨とかないですし。まともな使い方が歯を伸ばすとか骨を固くするとかしかないんです」
「む、なるほど。ならば呪力操作を極めるのが良いだろう。君を推薦した日下部は術式なしで1級にまで上り詰めた術師だ。2年以降は彼が授業を担当することも多い。見習うべきことは多いはずだ」
はえー。日下部さん、そんな凄い人だったの。
「努めます」
「さて、他に聞きたいことは?呪術に関することはこれからの座学で学ぶ予定だ」
「とりあえず、ないです」
「そうか、学長として聞くべきことも聞いた。面談はこれで終了だ」
「はい、ありがとうございました」
「悟、寮への案内と諸々の説明をしてやれ」
「はーい」
そういうことになった。
寮へと向かう途中、五条先生とは少しだけ雑談した。
高専の簡単なセキュリティとか呪術の基礎中の基礎とか。
「そういえば、高専に入った理由。ちょっと面白かったね。お金のためって」
「金欲しさに命を懸けるのが馬鹿らしいってことですか?別にそれは人の勝手でしょう」
「あぁいや、そういうことじゃなくて。僕の先輩にも金目当てに呪術師やってる人いるの。その人はすごい守銭奴だったんだけど、君とはタイプが違ってて守銭奴にもいろんなタイプがあるんだなぁって」
「守銭奴って言い方には反論したいところですが、その人はいくらくらい稼いでるんですか?」
「うーん、高専所属じゃなくてフリーで活動してるから詳しくは分からないかな。投資とかでも稼いでそうだし。いつか直接話聞いてみなよ」
「楽しみにしておきます」
その後は寮の自室へと案内され幾つかの説明を受けた。
「君の部屋はここね。君の先輩は今任務でいないし、同級生もまだ来てないから今は一人だね。ま、夜には帰ってくるから挨拶とかするといいよ」
案内された部屋は家の部屋よりもかなり広く、高専の財力を感じた。
部屋の中心には先に送っておいた荷物を詰めた段ボールが並んでいる。部屋の広さに対して段ボールが小さすぎる。
「僕はもういくよ。何か用があったらさっき通った職員室に人がいるからそっち通してね。じゃあね」
そういうと、五条先生は帰っていった。
とりあえず、段ボールを開けて荷物を取り出す。着替えはロッカーに詰める。勉強道具は机の上に纏めて置く。こっちの整理は後でやろう。別の段ボールに入ってるゲーム機はしばらく使わないから段ボールのまま部屋の隅に放置。
……もう荷解きが終わってしまった。足りないものは明日買いに行くとして。することがないのでベッドに寝転び、スマホをいじる。適当な動画を眺めているうちに眠気がこみ上げ、僕はそのまま眠りについた。
部屋の外から騒がしい音が聞こえて目を覚ます。むくりと起き上がり、周囲を見渡す。時計を見ると短針が12に迫ろうとしていた。寝てたのは8時間くらいだろうか。
喉が渇いた。コップ片手に流しまで向かう。水を汲んで一気に飲み干す。もう一杯。
頭が冴えてきて、先ほどスルーした音に関心が向く。誰か来たんだろうか?
好奇心に突き動かされて、部屋の外に出る。
玄関の方に向かうと、黒髪ドレッドヘアーのヤンキーみたいな男が歩いていた。そしてその後ろを男?がついている。骨格的に男っぽいんだけど女の恰好してるからよく分からん。堂々と女装する男と男っぽい骨格をした女。どっちも同じくら見ないからちょっと判断に迷う。
廊下の角から覗いているのに、あっちが気づいたようだ。
「おい、誰だテメー」
柄の悪い方の男から柄の悪い声をかけられる。すげー、見たまんまだ。こんな絵に描いたようなヤンキー実在するんだ。
軽く感動しながら、廊下の角から出て姿を現す。
「初めまして、今度入学する勅使河原鏑っていいます。先輩でよろしいでしょうか?」
とりあえず挨拶。アイサツは絶対の礼儀。古事記にもそう書かれている。制服っぽいの着てるしたぶんこの2人が五条先生の言ってた先輩なんだろう。制服のいろんなところが改造されているというかラフな感じがするんだけど、これは彼らが改造してるのだろうか?
「んだよ、後輩かよ。俺は秤金次、こっちは」
「星綺羅羅でーす。よろしくね
かぶちゃん。初めて呼ばれるあだ名だ。彼?彼女?は独特のセンスをお持ちのようだ。
「なんでもう新入生来てんだよ。まだ3月だろ」
「中学はもう卒業したんで、とっとと家を出たいなと思って早めに来ちゃいました」
「そうかよ、悪いが俺はもう寝る。話は明日な」
そういって、ガラの悪い方はずかずかと廊下を進んでしまった。
なんか不機嫌そうだし、悪いこと言ってしまっただろうか?
「ごめんねぇ、鏑ちゃん。今、金ちゃんすっごい不機嫌だから」
彼が見えなくなると、残っていた綺羅羅先輩が手を合わせて軽く頭を下げた。
「任務先のおじさんがすっごい性格悪くてさぁ。ぶん殴りたいのずっと我慢して帰ってきたの。普段はあんなんじゃないから安心して」
「はい、了解です」
どうやら彼の不機嫌は自分の所為ではなかったらしい。一安心。
「それじゃあ私ももう寝よっかな。疲れちゃった。おやすみー、また明日ね」
「はい、おやすみなさい」
綺羅羅先輩もそういって去っていった。
部屋に戻るが、特にすることもない。目が覚めちゃったから、寝なおすのも難しい。暇だ。
久しぶりにあのゲームをしようか。隅に寄せていた段ボールを開き、中からDSを取り出す。これで遊ぶのも大分久しぶりだ。
俺は久しぶりのゲームに懐かしさを覚えながら遊んだ。
そうして夜は更けていった。
編骨呪法
骨を操る術式。骨を固くするも柔らかくするも、伸ばすも縮めるも自在。術式の対象は自他を問わない。
より本質的にはカルシウムの操作であり、様々な応用も可能。