ソードアートオンライン~過去からの転生者~   作:ヴトガルド

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更新遅くなってしまい申し訳ありません。
月夜の黒猫団の第二幕となります。
一応次のⅢで最後になる予定ですのでどうぞお付き合いよろしくお願い致します。


月夜の黒猫団Ⅱ

キリトがケイタにサチの戦力外通告をしてから二週間の月日が経っていた。

 

アインクラッド新聞には26層突破の記事が掲載。最前線は着実に先へと進んでいく。

 

「へぇ……もう27層の情報も載ってるのか……。」

 

ケイタ達と同じホームに泊まっているキリトは新聞を読みながらそんな事を呟いた。

実際の所、一番のニュースになっている26層突破についてはさほど興味は無い。26層のボス戦には参加できなかったが内容に関してはクラインから直接聞いている。

それ故に最も興味を引くのは新しい層の情報だ。

攻略本自体は変わらずアルゴが作ってくれているが、それは情報をまとめたという物になっている。

最新の情報の半分程は新聞に載り、ある程度溜まると攻略本として出版されるというわけだ。

 

 

「キリトはもうそんな所まで読んでるんだ。読むの早いんだな。」

 

「うわ!?……ケイタか。脅かすなよ。」

 

いきなり背後から声を掛けられ、驚いた拍子に床に新聞をバラまいてしまった。

 

「へ~……26層では閃光のアスナさんとギルド御庭番衆が不参加だったんだ。キリトはヤヒコ君の知り合いなんだし、御庭番衆とは交流があるんだろ?」

 

「えっ…‥あぁ……まぁそうだな。」

 

アスナもアオシも不参加か……。クラインの奴、んなこと一言も言ってなかったじゃないか。

しかし珍しいな……。アオシはともかくアスナが不参加だったとは……。

一体誰が指揮を執ったんだ?ヒースクリフか?

 

疑問を抱いた以上は知らないままというのは気持ち悪い。

床に落とした新聞の一面、26層攻略の様子に目を通す。

参加メンバーについての記述に目を通してみると御庭番衆の抜けた穴には代わりに新撰組の名前を見つける。

新撰組は大体隔層ペースでボス戦に参加している攻略ギルドではあるが今まで戦陣指揮を執った事は無かったはずだ。

 

 

「あぁ、ギルド新撰組かぁ。凄いよね。平均レベルはそんなに高くないけど2人の高レベルプレイヤーがあらゆる点で優れている事で攻略組に入ったギルドらしいし。」

 

確かに新撰組の中ではフジタとオキタ、この2人は攻略組の中でも抜きんでているといっても過言ではない程の実力者だ。

アオシの話ではイスケも移籍しているらしいが彼は過去一度もボス戦には参加していない。

更に言えば他の新撰組メンバーも一度面通しに顔を見せただけで実際にはボス戦参加はしていないのだ。

 

「つい3ヶ月位前までは彼等も僕たちと同じ様に中層中心のプレイヤーだったんだよね。何度か一緒にクエスト攻略した事もあったけど彼等の指示は的確でさ、特にギルドリーダーのコンドウさんは気さくで付き合い易い人だったよ。」

 

「コンドウ……あぁ、あの人か。へぇ、彼はそんな才能があったのか……。」

 

「あれ?キリト、彼等と面識が有るの?」

 

「ん、……まぁ少しな。それよりもケイタ、今日は24層にあがる予定だろ?準備はどうなんだ?」

 

多少強引だが話題はそろそろ変えておこう。今の所まだ攻略組黒の剣士、ビーターのキリトと言うのはばれていない。

出来ればこのまま隠し通したいしな。

 

「あぁ、そうだった。僕等もヤヒコ君もシリカちゃんももう下で待ってるよ。後はキリト、君だけさ。」

 

「っと、そりゃ悪いな。今行くよ。」

 

そう言うと新聞をストレージにしまいこみ、ケイタに続いて一階のフロアへと降りていった。

 

 

 

 

 

「おせーぞ!キリト!今日の予定を決めたのはお前だろ!?」

 

「っと……悪いな、ヤヒコ。さて、皆。今日行くダンジョン、望郷の洞窟では精神系のトラップが何カ所かある。引っかかると暫くはその場から動けなくなるから注意してくれ。」

 

「あ、あのさ、キリト。それってやっぱり危険……なんだよ……ね……?」

 

「大丈夫。確かにソロやコンビだと多少危険だけどこの人数なら十分安全だ。とはいえ最悪2~3人で戦わないといけない時もある。この2週間で練習した連携を特に気にしていてくれ。」

 

……結局の所、サチは仲間と相談した上で後方支援用の武器である両手長槍と投剣スキルを上げる事になった。

 

ケイタもこのままならサチが死ぬことになると言われてからは盾持ちへの転向を諦め、その上、戦闘職から生産職への転向も視野に入れたようだったが、意外な事にサチ自身が皆と一緒に行動したいと言ってきたのだ。

 

シリカの話では自分が死ぬのと同じくらいケイタ達、月夜の黒猫団の仲間が死ぬのも耐えられない。そう言っていたそうだ。

 

槍に関しては俺達3人の誰もが門外漢だったが、高度な槍術ではなく、基本的な動き程度ならば稽古をつけられる。

結果、サチは俺とヤヒコ、更にはシリカともデュエルを1日9戦は行うという特別メニューを毎日行い、その後、パーティーメンバーとの合同訓練に参加していた。

 

「なぁ。キリト。俺は槍じゃなくて片手剣、盾で言った方が良いのかな?」

 

「そうだな……そろそろササマルも片手剣の扱いに慣れてきたみたいだしな。実戦でもフォローさえあれば何とかなるんじゃないか?」

 

結果としてサチが槍使いとして固定となった事もあり、勿体ないが同じ槍使いであるササマルに片手剣への転向が話として進んだ。

本人もサチの事を考えればその方が良いと言ってくれ、即座にその案を受け入れてくれた。

 

つまりはこのギルドが抱えていた編成の悪さは解決済みで、特に付き合う理由は無いのだが、やはりまだまだ連携は覚束ず、平均レベルもまだ中層プレイヤーの域は脱していない。

 

よってあと一週間の間、俺達3人の付き添いのもとパワーレベリング兼連携指揮を徹底的に行う事になった。

 

ちなみに今の月夜の黒猫団の平均レベルは25だ。

基本的な戦術指南や連携の練習は大まかには終わっているので、恐らく集中的にレベリングを行えば5は平均レベルがあがる。

 

「キリトさん。望郷の洞窟なんですけどそこはそんなに良い狩り場なんですか?あんまり噂にたっていないみたいですけど……。」

 

「トラップを無視すれば最前線を含めても3本の指に入る程の高効率レベリングスポットだよ。……最もほとんどのプレイヤーが一度で行きたくなくなる場所だけどね。シリカもトラップには注意してくれ。……よし、じゃあ行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望郷の洞窟には主にアメーバ状のmobが闊歩するダンジョンだ。

攻撃力、防御力、素早さがバランス良く高く、半数ほどは人型の為、ソードスキルも使用する難敵では有るが、特殊攻撃は行わず、上手く連携出来れば一匹二匹は難なく倒せる。

 

唯一懸念するべきなのは数が多いという事だ。

最小でも五匹はPOPするので黒猫団に向かうmobを調整しないとならない。

ちなみに最大で20ものmobがPOPする事もあるのでかなり多く設置されている安全地帯を上手く活用しながらレベリングを進めている。

 

「手持ちのポーションは平気か?」

 

「俺とシリカは問題ねーよ。ケイタ、そっちはどうなんだ?」

 

「んと……全体的にはまだ余裕が有るけどテツオとササマルの手持ちは今は半分くらいまで減ってるよ。」

 

「わかった。俺もかなりの数持ってきたし、ひとまずはまだ平気そうだな。とりあえず一番奥にいるネームドボスを狩ったら今日のレベリングは終わりにしよう。」

 

洞窟に潜って一時間。かなりの数を狩り続けた事で月夜の黒猫団は全員が1レベル上がり、戦闘にも二週間前のような危うさは薄れてきていた。

不安要素になっていたサチも後方からの支援程度であれば問題はない。

最もほとんど攻撃の際にもmobに近づかないし、やはりフロアボス戦には参加しない方が良いと思うが……。

 

とはいえレベルは高いに越したことは無い。

出来る限りレベルを上げた後、生産職へと転向するのも一つの手だろう。

更に一時間狩りつつ奥に進んだところで隠し扉をダッカーが発見した。

このダンジョンは最奥部まで一応は攻略組がマッピングしているがあくまでも一応レベルだ。

それ故に取りこぼしの宝箱やこういった隠し扉が有ること自体はさして珍しくはない。

 

「お、ラッキー!隠し扉の中は宝箱部屋だぜ!開けようぜ!」

 

「ちょっとまて!ダッカー、今ピッキングスキルの熟練度はどの程度だ?」

 

「え~と……223だけど……キリト、それがどうかしたのか?」  

 

……確か24層だと240がトラップ解除の最大難易度だったはず……。

まぁ最大難易度の宝箱自体まず滅多に見つからないけど……。

 

「……この層で最大難易度の宝箱の解除基準は240が目安だったはずなんだ。もしかしたらトラップが発動するかもしれない。」

 

「キリト、トラップって実際にはどんなものが在るんだい?今まで僕達は当たったことがないんだけど……。」

 

「軽いものから毒、一時行動不能、麻痺、mob出現、アラームが確認されてる。確か最前線の情報では結晶無効とかってのも確認されてたがこの層には今の所、結晶無効は確認されていないな。」  

 

「あの……アラームって……なに……かな?」

 

「……開いた宝箱が一定数のmobを呼び寄せるトラップだ。それこそ安全マージンがきっちりとれてなけりゃ大抵は死んじまうらしいぜ。」

 

「ひ……!?」

 

「ヤヒコ、いたずらにサチを怖がらせるな。あくまでもそれは何の準備もなければだ。今回は結晶もきっちり揃えているし、何より既にここは最前線でもない。初めから想定していればどうにかなるよ。」

 

 

……最も、パニックを起こさなければ……だけどな。

安全を考えればスルーが一番妥当か。

 

「お~い。結局どうすんだ?開けない方が良いのかぁ?」

 

とはいえ……8個……ゲーマーとしては諦めがたい……。

どうするか……。

両手を組んで悩んでいた俺だがそんな俺に横から小声で話しかけてくる奴がいた。

ヤヒコだ。彼は元々は大してゲームをする方ではないらしいがどうやら何に悩んでいるのか当たりをつけていたらしい。

 

「キリト、現状考えうる最悪を想定して対応出来んのかよ?」

 

「最悪の場合でもパニックさえ起こさなければ対応は出来るはずだけど……。」

 

そう、パニックにならずに転移結晶を使うか一塊になって部屋の隅に陣取れば対応出来る。

ケイタ達には隠してはいるがこの層クラスのmobならば10や20は一度に相手をしようと思えば出来ないことではない。

 

「いや、やっぱり安全を犠牲にするわけにはいかないな。ダッカー、宝箱は諦めよう。もしもアラームトラップで誰かがパニックになったら最悪そいつが死ぬからな。」

 

「了解、りょ~かい。んじゃ諦めるかな。」

 

ダッカーはそう言って両手を広げると満足そうに笑っていた。

実際諦める事を決めて改めて考えてみれば、たった一つの小部屋に8個の宝箱など罠以外の何物でもないだろう。

最悪……結晶無効化の上にアラーム、更には出入り口の封鎖とか、そんなオチも起こりかねないじゃないか。

 

 

 

 

俺達は近場の安全地帯に入り、一度30分の休息を取ることにした。

既に洞窟に潜ってから二時間はたっている。

仮想体に現実と同じ様な疲労は存在しないはずではあるのだが、長時間集中していると何故か疲労感が全身を包むのだ。

そのまま無理をし続ければ失神(どういう原理かはわからないが……)を起こしてしまうことさえ有り得る。

それ故に二~三時間に一度30分程の休息を取るのが最も望ましいと言えるだろう。

 

「なぁキリト、この洞窟のボスはどんな奴なんだ?」

 

ケイタの問いかけに俺は少し答えに迷った。

この望郷の洞窟の主は毎回姿を変えるのだ。

過去のフロアボスを除くネームドボスがプレイヤーの記憶の中から引っ張り出される事までは判明している。

とはいえどのプレイヤーのどの記憶のボスが引き出されるかはその時までわからないというのが通説で、その時までは判断のしようがないのだ。

 

「ケイタ達はネームドボスとは戦ってないんだよな?ヤヒコやシリカはどうなんだ?」

 

「え?うん、僕達は攻略には参加してないからね。ネームドボスと戦った奴は1人もいないよ。」

 

「……俺もねーよ。アオシの奴、連れてってくんねぇんだ。」

 

「あはは、ヤヒコ君大抵私とコンビ組まされてる事多いもんね。あ、私もネームドボスは経験無いです。あれ、復活しないんですもんね。」

 

……って事は俺だけか……。低層のフィールドボスだと良いなぁ……。

 

このダンジョンのボスに関しては経験値が固定という珍しい特性が有る上、無限にPOPするというレベリングには最適な場所なのだが、如何せん再POPまでの時間が10日と長く、またネームドボス戦の経験が一切無いと固定された経験値が最低クラス(およそこの層の雑魚一体分)のスフィアというmobになり、旨味がガクンと落ちてしまう。

 

ちなちにネームドボスは一律で一万という補正無しとしてはこの上ない待遇ではあるが……。

曲がりなりにもボス討伐はリスクもあるという判断で過疎化しているのだ。

参考までに言えば最前線で雑魚一体分の経験値を俺が手に入れると約50程である。

つまりは約200体分の経験値にはなるのだが……大体攻略組の勤勉なプレイヤーで1日に狩るmobの数は50~100体にのぼるので、今のところ血眼になって取り合いにはなっていない。

……最も、この洞窟特有の精神系のトラップが強く影響しているのは確かだけど……。

 

「どのボスが出てくるかはわからないけど少なくとも俺が一度は倒した相手だからな。パニックにだけはならないでくれ。都度指示は出す。」

 

「わかった。」

 

 

 

そこから更に一時間ダンジョンを進み、俺達はようやくボス部屋へと到達した。

 

途中一回この洞窟特有のトラップにサチが掛かってしまったが幸い辺りにmobも居なかった為、事なきを得た。

しかし、このトラップは“ログアウト出来た”と錯覚させられてしまういやらしいトラップで、トラップ効果が終わってもなかなかサチの戦線復帰は出来ず、ボス部屋のすぐそばには安全地帯でとりあえず休息を取った。

 

現在月夜の黒猫団は平均27レベルとなり、中層プレイヤーの中では上位に位置するギルドになった。連携技術だけならばどうにか最前線でも通用する程度にはなっただろう。

しかし、この先は経験値効率の事もあり、今までよりも高効率レベリングを行っていかなければなかなか攻略組には追いつけない。

 

それを含めた上でのここ、望郷の洞窟でのレベリングだが、唯一ボス戦に関しては月夜の黒猫団に取ってはさほど効率的ではない。

その代わりに最前線でしか経験出来ないネームドボス戦を経験すればそれはレベルでは表せない大きな糧になるだろう。

 

やがて精神的に落ち着いたサチの様子を見て俺達は安全地帯を出てボス部屋の前に到着した。

 

「あ、あのさ。今日のボス戦では……その……死んだり……しないんだよ……ね?安全マージンとか……その、大丈夫……何だよね?」

 

「サチは本当に恐がりだな。キリトがそんなギリギリになるようなレベリングをするわけ無いじゃないか。それにいざとなったら僕達が守ってやるって!」

 

「そうそう。ケイタの言う通りだって。それにサチはサポートだろ~?むしろ敵の懐に入らなきゃなんねぇ俺のが心臓バクバク言ってるって。」

 

不安そうな表情でそう呟いたサチにケイタ、ダッカーだけではなくササマルやテツオも笑いながら声を掛けている。

その姿は俺には眩しく映っていた。

もう何ヶ月もボス戦以外はパーティーを組んでこなかった(行きずりや成り行きで短期組んだことはあるが……)俺の脳裏に浮かんでいたのはかつて自分の隣に常にいた細剣使いの顔だ。

 

そう。彼女を遠ざけたように俺と長く関わらせるわけには行かない。

そろそろ……この関係も終わりにしないとな……。

 

「さて、じゃあ入るぞ。」 

 

ゆっくりとドアを開けてその中へと慎重に進んでいく。

奥行き50メートル、幅10メートル、高さ5メートルからなるボス部屋の中央には直径1メートル程の綺麗な水晶が台座に置かれている。

俺は他の皆に戦闘準備をさせるとその水晶に近づき手を触れる。

 

綺麗な光を放っていた水晶は途端に禍々しい光を放ち始め、やがてその形を変えていく。

 

『シャドー・ザ・ヒューマン・コピー』

 

表示された名前は低層、それも四層のフィールドボスで本来ならばありがたいと思えるフィールドボスだ。

しかし、それはこのフィールドボスにのみ当てはまらない。

何故なら唯一ステータスが変動したボスでその上、数もまた此方の人数に合わせて変わる特殊なボスだからだ。

 

(くそ!よりにもよって……!コイツらが相手じゃ俺はフォローに動けない!)

 

「俺以外の自分とは違うシャドーを2人一組で相手どれ!コイツらの特性は“コピー”こちらのステータス、戦闘技術を真似する!弱点はソードスキルを一種しか使えない事、連携技術の拙さ、それ以外はそれぞれのプレイヤー能力に由来する!倒した奴から他のフォローに当たれ!」

 

俺は早口の説明し、自分自身のシャドーへと即座に斬りかかった。

自意識過剰ではなく、確実に自分自身のシャドーは危険だからだ。

現在レベル41である自分のシャドーは恐らくは攻略組でも1対1で押し切れる奴はそういないはずだ。

つまりはこいつを自由にさせれば自ずとこちらは全滅する事になってしまう。

 

首尾良く自身のシャドーを相手どり、ちらりと他の戦線の様子を見る。

 

ヤヒコとシリカ、ケイタとサチにササマル、ダッカーとテツオがペアを組んでそれぞれ相手どっているようだ。

 

組み合わせとしては悪くない。

問題はケイタ達の所にシリカシャドーがダッカー達の所にヤヒコシャドーが居ることだろう。

彼等とヤヒコではレベルの差が大きい。

その上、戦闘センスを見てもヤヒコ、シリカは月夜の黒猫団のメンバーよりも高い。

戦闘センスの差は恐らくは今後も変わらないだろう。

 

「敵はスイッチのようなシステム外スキルを使えない!相手どっている中でもヤヒコ、シリカのシャドーには特に注意しろ!使い魔の動きにも注意を払えよ!」

 

俺自身も気を取られすぎればやられてしまう可能性も充分にある以上、いちいち指示だしをしている余裕は無かった。

現状ではHPの残量の割合としてはこちらのが多いが、それもあくまでも見えているHPバーの幅でしかない。

恐らく、バーの減り方から見ても軽く五倍はこちらよりHPが多いはずだ。

 

自分自身の太刀筋だからこそ防ぐのも躱すのもそう難しくはないが、変わりにこちらの攻撃もなかなか当てられない。

自らの戦闘スタイルながら戦いづらい敵だ。

更には向こうはHPが多いが故にソードスキルまでちょこちょこ放つのだから嫌になる。

恐らく一度でもソードスキルの直撃を受ければ3~4割はHPを持って行かれるだろう。 

 

(くそ、あの時みたいに隣にアスナがいればいくらでも手はあるってのに!)

 

もう一人、パートナーさえ居ればこの敵はそこまで驚異的なボスではない。

しかし、少なくとも今この場に居るメンバーでは誰一人としてキリトのパートナーになりうるプレイヤーは居なかった。

ステータス的にも、センス的にも、コンビネーション的にもだ。

 

いくら回避や防御が難しくないとは言え完全に躱し続けられる程自分自身は優しい敵ではなかった。

直撃こそ一度も貰ってはいないが掠ったり、防御を貫通してきたりとジリジリとキリトのHPを減らしていく。

 

キリト自身何度かミスリードを駆使してソードスキルを叩き込んでは居るがそのHP総量の差は大きく、さほど大きくは削れていない。

現状ではキリトが残り7割、シャドーが残り6割といったところだろう。

 

月夜の黒猫団の方をちらりと確認するもまだ誰一人、プレイヤーもシャドーも数は変わっていないようだ。

救援は期待せずに再度握る剣に力を込めてその刀身をシャドーに叩き込み頭の中でスイッチを切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サチ!スイッチ!」

 

「う、うん!ヤァ!」

 

ケイタの掛け声に合わせてサチは槍のソードスキル“フェイタル・スラスト”を放つ。

システム道理の槍カテゴリーのソードスキルは深々とサチのシャドーへと突き刺さる。

更にケイタ、ササマルのソードスキルが追撃を放ち、シャドーのHPを一気に五割近くも削った。

3人は即座に距離を取ると数瞬前まで居た場所にダッカーのシャドーとシリカのシャドーのソードスキルが通り過ぎていた。

 

「よし、このまま先ずは1体ずつ減らそう!サチ、いけるか?」

 

「う、うん。どうにかだけど……。」

 

「次は俺が隙を作るからさ、サチはその隙を突いてくれよ!」

 

2人はサチを後方へと下がらせてケイタがシリカ、ダッカーのシャドーのタゲを取りつつササマルからは少しだけ距離を取らせ、その間にササマルはサチのソードに肉迫した。

サチのシャドーには恐怖感がない。

それだけで実際のサチよりも数段上の実力を発揮してはいたがプレイヤースキルを含めてもササマルの方が実力が上である。

 

唯一の懸念としてはササマルは片手剣に転向してまだ2週間たたないということだろうが、元々センスはあったようで上手く立ち回りつつも初期ソードスキル“スラント”“ホリゾンタル”を的確に当てていく。

 

「サチ!今だ!」

 

サチのシャドーが放ったソードスキルを盾で受け止めた瞬間にササマルはそう叫び、そこにサチの槍カテゴリーソードスキル“ソニック・チャージ”が放たれた。

先程のフェイタル・スラストと違い、きっちりとブーストされたソードスキルは残り三割まで減っていたサチのシャドーのHPを削りきった。

 

 

 

 

 

 

「テツオ!大丈夫か!?」

 

ヤヒコのシャドーの一撃を食らったテツオにダッカーが駆け寄る。

幸いソードスキルではなく、通常攻撃だったおかげでテツオのHPは二割程度しか削られてはいない。

 

「どうにか……どうしようか、ヤヒコ君とシリカちゃんが三体相手してくれてるのにこっちはまだダメージらしいダメージ与えられてないよ。」

 

「どうするったって……や、やるっきゃねぇよ。とにかくガードに専念してくれよ。最悪結晶使えば立て直しはきくんだから。」

 

こちらではケイタ達と違い劣勢を強いられていた。

ヤヒコは元々戦闘センスが良い上、主な試合相手はシリカだった。

そのせいで短剣に対してはキリトやアオシ並の反応、対応能力がスタイルとして身についている様だった。

 

どうにかテツオがガードブレイクを狙ってはいるものの、上手く躱され、なかなか上手くいかない。

それどころか無理をすれば反撃すら貰うだろう。

ソードスキルを浸かってこないヤヒコシャドー相手にダッカーもまた攻め込めていない。

実際にはタイミング自体は有るのだがそのタイミングに合わせてヤヒコの使い魔の狼のシャドーがダッカーに攻撃を仕掛けてきて攻撃に移れないのだ。

 

「くそ~……テツオ、どうにかガードブレイク出来ないのかよ!?」

 

「やってるよ!でもそんなに簡単な話じゃないんだ!」

 

そんな2人に容赦なく襲いかかるヤヒコシャドーと使い魔のシャドーだったが一瞬だけその動きを止める瞬間が有る事に気付いた。

それは使い魔がヤヒコシャドーの元に戻った瞬間だ。

時間にしてみれば1秒にも満たない時間だが、確かに両方が動きを止めていた。

 

「テツオ、次の使い魔の攻撃まで耐えられねぇか?」

 

「耐えられるに決まってるだろ!しくじらないでくれよ!」

 

再度動き始めたヤヒコシャドーをテツオが抑えに入る。

武器と盾を使いとにかく攻撃を防ぎ続け、ヤヒコシャドーの攻撃の終わりを待つ。

連続攻撃8回。

それがソードスキル無しでもヤヒコシャドーが一瞬の隙を見せるまでの攻撃回数だ。

攻撃を防いでいるテツオには反撃の余裕は無いがダッカーには充分攻撃可能な時間ではある。

だが、その隙は使い魔の狼がダッカーに攻撃を仕掛ける事でこれまで潰されてきていた。

しかし、更にその先、使い魔が噛みつきを行った直後にヤヒコシャドーのそばに戻った時に一瞬動きを止めるのだ。

ダッカーとテツオはその瞬間を狙ってソードスキルを放った。

 

片手棍5連撃技

“ダイアストロフィズム”

 

短剣5連撃技

“インフィニット”

 

2人の放ったソードスキルが使い魔の狼へとクリティカルヒットし、使い魔の少ないHPは綺麗になくなり爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「シリカ、こっちの2人は引き受けてやるからそいつをとっととやっちまえ!」

 

「了~解、3分よろしく。」

 

テツオ、ケイタ、ササマルの三人のシャドーを相手取っていたシリカとヤヒコはそこから更に1対2、1対1の形に分裂するように別れた。

そこには大きく分けて2つ理由がある。

まず、2人はビーストテイマーで有る事。

すなわち、実際には2対2、2対1の形に近くなるのだ。

シリカは一人でもピナの助力で易々とミスリードを行えるし、ヤヒコも攻め込んだ隙を相棒の狼『ミブロ』が埋めてくれる。

更にもう一つの理由はレベルの差だ。

月夜の黒猫団は平均で27レベルになったばかりなのに対してヤヒコは既に34、シリカも31までレベルを上げていた。

 

むしろ一人(と一匹)で3人を相手どる事も出来ないとまでは言わない状況だ。

それ故に2人は勝負を急ぎ、その結果がこの布陣である。

 

「ピナ、バブルブレス!」

 

シリカの掛け声で即座に相棒の小竜ピナが口から無数の幻惑効果のある泡をケイタのシャドーに吹き付ける。

量も多く、広範囲に広がる泡をケイタシャドーは躱しきれずにその身に受けた。

 

「ハアァァァァァ!」

 

短剣9連撃上位剣技

“アクセルレイド”

 

シリカの持つ最強のソードスキルがケイタのシャドーにクリティカルヒットした。

その威力は高く、一気に七割近くものHPを削りとる。

 

「ピナ、噛みつき!」

 

ソードスキル後の硬直の隙を埋められればそれでよし、ダメでも相手は通常攻撃しか出来なくなる様なタイミングでシリカはピナへと指示を出す。

結果、ケイタシャドーは発動させようとしたソードスキルをピナの噛みつきで失敗させられた。

 

その隙にシリカ自身が作り出したOSS、“キャット・ラッシュ”を放った。

キャット・スラッシュの上位に位置する技としてシリカが編み出したソードスキルで7回の斬撃と刺突を組み合わせたOSSである。

高威力になる黒いライトエフェクトを纏ったシリカの短剣が深々とケイタシャドーを引き裂き、そのアバターを爆散させた。

 

シリカは爆散したシャドーには目もくれずにヤヒコが相手どっているササマルのシャドーへとOSSキャット・スラッシュを放つ。

ヤヒコの攻撃のガードに手一杯だったササマルシャドーは直撃を受けてのけぞり、その隙にヤヒコの片手剣4連撃ソードスキル“バーチカル・スクエア”を受けて爆散した。

残る一体のシャドーを倒すのも数分ですませた2人は先ずはと言うかのようにダッカー、テツオの所の救援に駆けつけ、ダッカー、テツオは2人にその場を任せてケイタ達の救援に入った。

 

戦闘時間にしてシャドーがPOPしてから15分、キリトを除く全てのシャドーが爆散し、ヤヒコとシリカ、そして月夜の黒猫団はその光景を見る。

 

 

黒いコートを装備したキリトの本当の実力を。

 

 

 

 

遡る事10分。

キリトは、自身の心のスイッチを切り替えた。

自分の中にいつの間にか産まれていた弱さを再度断ち切るように。

 

キリトは元βテスターを新規ユーザーとの確執から守る為にビーターを名乗り、独りになるように自ら仕向けた。

その事には今でも後悔はない。きっと同じ状況になれば同じ事をまた行うだろう。

しかしそれでも彼は願っていた。自分の無事を願い、そしてそばに居てくれた少女を守り抜く強さを……。

あの時、仲間を頼っていたあの頃、一歩間違えれば失っていたかもしれなかった時から彼が頑なにソロに拘る理由の一つ。仲間を頼らずとも手の届く範囲の人を守り抜く強さを求める心を全面に押し出して彼の自分自身を超えるための戦いを始めた。

 

 

キリトが自らのシャドーを真っ正面から斬り伏せるのに掛かった時間は約25分程だった。

その間に手助けをした者は1人もいない

いや、正解にはこの場に居る誰一人として彼の戦いに……いや、動きそのものに着いていけなかったのだ。

 

(速く、もっと速く。さっきより速く。まだ速く。極限まで速く。極限を超えて速く。)

 

キリトの身体そのもの、それこそ腕や頭は今どこにあるのか……それさえもわからない程の動きをヤヒコ達は10分に渡って呆然と見続けていた。

 

以前、シリカと2人で御庭番衆お頭であるアオシと今やナンバー2と言えるユキナとの試合を見たことがある。

しかし、ヤヒコにとってそれは特殊な事例であの2人だからこその動きなのだと思っていた。

しかし、今、目の前で起きている事はその認識を変えるには充分すぎる光景だった。

 

2人のHPバーを見ればキリトは残り少ない5割、そしてキリトのシャドーは残り1割程。

つまり、本来ならば技量は互角のはずのシャドーをこの戦闘中に超えたのだ。

 

その場にいるプレイヤーの中でそれを理解したのは数人だけだろう。

ヤヒコが辺りを見る限りでは気付いたのは恐らくシリカとケイタだけだ。

やがて爆散した最後のシャドーの残滓が消えると全員に経験値とコル、そしてなにやらアイテムを手に入れる。

 

「……疲れたな……。街に戻ろうか……。」

 

キリトの一言で全員が転移結晶を使い、主従区へと戻った。

そして……この日こそが彼等の運命を変える事になったのだった。

 

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
恐らくは年内投稿は最後かと思います。
皆さん良いお年を……。
ついでに……
メリークリスマス(*・ω・人・ω・*)
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