江戸前騎士王   作:冬霞@ハーメルン

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ヨルデのお話をスキップして、原作ではエルダが風邪をひいた会を小糸の風邪でリメイクしました。
サーヴァント風邪ひかない。でも飯は人10倍食べる。


第3話「巫女、風邪をひき、水炊きを食べる」

 

 東京都中央区月島。

 江戸時代より400年以上の歴史を刻む火思劔(ほしのつるぎ)神社。

 祀られたるその御神体は剣の騎士(セイバー)、騎士王アルトリア・ペンドラゴン。そしてその巫女(マスター)である私、小金井小糸は―――

 

 

「ただの風邪ね。薬飲んで安静にしてりゃ治るわ」

 

 

 現在、熱と悪寒、くしゃみと絶賛風邪の症状でダウンしています。

 小糸は熱でフラフラする頭でヘラヘラとそんな益体もないことを考えていた。へらっと笑ってしまったからか彼女を診断していた女医もギョッとして、お薬強めにしておこうかしらなどと呟いた。

 儀式のあとに倒れてしまったので、ここはセイバーが普段寝泊まりしている本殿。最初はセイバーの布団で、今は祖父が持ってきてくれた自分の布団を敷いている。

 

 

「アカネも貫禄がついてきましたね。佐々木医院も安泰のようで何よりです」

 

「セイバー様は神様だから病気しないのに、よくウチの面倒を見てくれてありがたいわ。代わりに小金井家は400年かかりつけだからね。なんかありゃすぐ飛んで来るわよ」

 

 

 佐々木医院は月島の人たちのほとんどのかかりつけで、小さな病院ながら400年続く名家である。その新たな当主である佐々木茜の言葉通り、その腕前は400年間、氏神であるセイバーが保証し続けていた。

 セイバーは祭神として一通りの神事をこなすが、特に疫病退散の類のお参りには当初たいそう手を焼いていた。鰯の頭も信心ともいうが、かつては一国の王を務めた身としては、流石に病気に苦しむ人間を気の持ちようなどと言って放っておくわけにもいかない。 

 なので積極的に佐々木医院を紹介したし、佐々木医院も文字通りの御神託だと張り切って腕を振るった。月島ではネットの口コミ以上にセイバーの口コミの方が信用される。結果、令和の世になっても佐々木医院は常に大繁盛である。

 

 

「まぁ巫女継承の儀で長いこと真冬の深夜をほっつき歩いてたんだから、風邪引いてもおかしくないわけよ。せめてヒートテックぐらい着こんでおきなさいよ」

 

「私はそうしなさいと言ったのですが、神事だからと聞かなかったのです」

 

「へへ、茜ちゃん、コンタクトにしたんだね。似合ってる。お仕事バリバリできそ。大人の女、ダァ‥‥」

 

「あんたは黙って寝てなさい。ほらとっとと腕出して」

 

「腕?」

 

 

 だいぶ頭ぼうっとしてるみたいだから強めの薬打ったげるわ、などと注射器を取り出した茜に小糸は一気に青ざめた。

 献血が趣味のおじさんじゃあるまいし、注射が好きな花の女子高生などいるものか。だがそこは従者(サーヴァント)のはずのセイバーが許さなかった。しっかり主人(マスター)の肩と腕を掴み、もうそうなるとびくとも動かせない。これぞ主従逆転(偽)である。そもそも400年前から逆転したままだ。

 

 

「うう、ひどい。たかだか風邪って言ってたのに、珠のお肌に傷つけられた‥‥」

 

「おや、もう随分と楽になったようですね。よかったではないですか薬が効いて」

 

 

 茜が帰ってしばらく、セイバーが学校への連絡やら菊次郎への言付けやらをこなして戻ってくると、最初に比べれば頭もはっきりしてきた小糸がさめざめと愚痴を漏らしていた。まぁ元気な証拠である。

 彼女が生きていたのは今から1500年以上も前で奈良時代よりも古く、医学も発展途上どころか前途の状態であった。

 当時に比べれば茜の治療はもとより、江戸時代の医学ですら飛躍的に進歩したものに見えたことだろう。

 

 

「じゃあ昔はどうやって風邪とか治してたの?」

 

「医者はいましたし薬もありましたよ。しかしどちらも希少で、どちらかというとまだ魔術師の方が多かったですね」

 

「え、魔術?! 魔術って、本当にあったの?!」

 

「一昨日見せた私の風の鞘も魔術の一種ですし、そもそも私が召喚されて現在ここにいるのだって魔術ですし、小糸と私の繋がりも魔術的なものなのですから今更そんなに驚くほどのことではないでしょう」

 

 

 そもそも小糸の魔術回路は巫女の修行の過程で穏やかに開かれている。およそまともに魔術らしい魔術を使えないだけで、小糸は明瞭に魔術師である。

 ただ掌から炎を出したり、空を飛んだりできないだけに小糸は自分自身が魔術師であることを毛ほども信じてはいない。やれやれ困りましたねとセイバーはため息をついた。

 

 

「いい機会です。薬が効いているうちは寝込んでいるのも暇でしょう。コイトも念話を試してみるといい」

 

「念話って、たまにセイバーが使う神託みたいな神通力?」

 

「だからアレは神通力ではありませんと何度も説明したでしょう。あれは貴女(マスター)従者(サーヴァント)の魔術的な繋がりが由来のもので、本来は私からの一方通行ではありません。貴女からも使えるはずなのですよ」

 

 

 そんなオカルト全開なことを言われても。とはいえ現存する神様、というか幽霊、その実は伝説のアーサー王を目の前にすると「あんたほどの英霊が言うなら」って話である。

 じきに薬の効果で眠くなるはずだから、動けなくなる前に覚えられるものは覚えておいたほうがいいのも事実。セイバーに言われるままに、小糸は目を閉じて集中できるだけ集中した。

 

 

「私との念話、つながりを思い出してみてください。できますか? コイト」

 

 

 普段の念話、お腹が空いたと言われた記憶しかない。あと掃除や神事をサボった時のお小言。マスターとサーヴァントらしい心温まるやり取りは全然思い出せなかった。いや心温まるやりとりが正しい在り方なのかはわからないけど。

 でも一昨日の夜の幻覚、兵を率いて草原に立つ騎士王の姿がふと明瞭に脳裏をよぎった。あれは幻覚じゃない、セイバーの人生そのものを眺めていたのだ。どうやって?何の権利によって?

 

 

『これが、つながり‥‥』

 

『おや、コツを掴むのが早いですね。流石は私の巫女(マスター)です。しかしそろそろ薬の効果で眠くなってくる頃でしょう。ゆっくりおやすみなさい、コイト』

 

 

 初めて意識して魔力を扱うのは、念話のような微量であっても想像以上に疲労するものだ。そもそも病人ということもあり、初めての魔術の成功の興奮も手伝ってくらりと小糸の意識は落ちた。

 普段こそ元気な巫女(マスター)の子どものような姿に、セイバーも思わず昔を思い出して微笑んだ。

 小金井の家は神主であっても巫女であっても、代々セイバー自身が産湯を浸からせてその誕生を言祝いだ我が子同然の存在だった。小糸は特にセイバー自身が色々と思い悩む時代に突入したタイミングの子で、その天真爛漫な育ち方は随分と彼女の心を安んじたものだった。

 

 

「少しばかり荒れていた私の心を貴女が救ってくれた。貴女が私に、生きる気力を与えたのですよ。そんなこと言っても、何のことだか分からないでしょうけどね」

 

 

 さて、とお気に入りのライオン柄のエプロンをつけて気合を入れる。去年の例大祭で小柚子がプレゼントしてくれたエプロンは、勤勉な巫女が家事をさせてくれないだけに、久しぶりの戦場にやる気満々といった様子であった。

 セイバーはこう見えて、だいたいの家事は人並みにこなす。伊達に400年も江戸、帝都、東京で氏神をやっていない。代々の巫女の中には氏神すら気を使う程の破壊的な不器用が何人かいたので、どうしても神社の保護のために氏神自身が剣を執る必要が間々あったのだ。

 普段は小糸が性格に見合わぬ丁寧さで掃除していく境内を、順ぐりに清めていく。たまにお参りにくる氏子が珍しいその姿にギョッとするが、気を取り直してお供物を置いていき、その度にお茶を入れて休憩するから効率はそんなによろしくない。

 とはいえ400年のベテラン、合間にテキパキと手を動かしていき、夕暮れ前にはだいたい神社は綺麗に片付いていた。

 

 

「おや」

 

 

 もう両手の指で数えるほどの、しかし最後の休憩を本殿で寝る小糸の手拭いを取り替えながらとっていたセイバーの耳に、控えめに障子の枠を叩く音が聞こえる。

 いくら温和で気さくな氏神とはいえ、本殿まで遊びにくる氏子などいるはずもない。どうぞ、と口に出せば控えめに障子が引かれ、そこは巫女(マスター)の妹、畏まった様子の小柚子の姿があった。

 

 

「おやコユズ、どうしましたか」

 

「ごめんなさいセイバー様。お姉ちゃんの様子が気になって。ご飯、どのぐらい食べられそうかなって‥‥」

 

「コユズは優しい子ですね。熱は随分良くなったようです。さっき立派な腹の音がしましたから、起きたらお腹が空いたと騒ぎ出すに違いありませんよ」

 

 

 四世紀ほどもセイバーと契約していた小金井の家の者はセイバーの特性に寄せられたのか、怪我や病気にめっぽう強く、治りも早い。特に直接契約関係にある巫女(マスター)ならば半日も寝て休めば風邪ぐらいは綺麗さっぱり完治するほどに。

 茜に薬も打ってもらったし、起きれば全快。普段の倍も食べるのではなかろうか。とはいえ病み上がりには違いないから、あまり重いものもよろしくないだろう。

 

 

「じゃあお鍋とか、どうかな。鶏肉があるから水炊きにしようと思うんだけど」

 

「ナベですか、いいですね。私も手伝いましょう」

 

 

 いつもより多く作らないといけませんからね、と巫女(マスター)を気遣いながらも自分が人一倍食べる気の氏神。当然、料理も人並みにはできる。

 戦国時代、どういうわけか武士は包丁の扱いにも長けていなければならなかった。また江戸時代に将軍家に食事を出す料理番の身分は士族。召喚主が健啖家だったこともあり、セイバーもある程度の包丁術は嗜みとして習得していた。

 

 

「水炊きは出汁をしっかりとって、火加減に気をつけるのがコツですね」

 

「セイバー様の和食は上手だよね。出汁の取り方は私も勉強になります」

 

 

 鶏が煮えすぎないように、しかし出汁はしっかり出るように。包丁を使うときは骨の残しかたにも気を使う。

 繊細に煮た鶏肉でうっすらと白濁した透明に近いぐらいの鍋に手早く野菜を、煮える順番に、鍋が冷えないように入れていく。残念ながら水炊きを覚えたのは平成に入ってからのことであるが、長年出汁を扱ってきたセイバーの目はそんじょそこらの日本人では太刀打ちができないほどのものだ。

 負けじと小柚子も腕を振るう。昨日から仕込んでいた鰹出汁に醤油と味醂、手絞りの酢橘で自家製ポン酢を作る。ほとんど片手間に大根おろしも用意するが、まぁなんとも手際の良いことで、神社よりも料亭の方が似合いそうな二人である。

 

 

「うーん、いい匂い。うわお腹空きすぎてお腹痛い」

 

「おはよう、お姉ちゃん。すぐ食べられるから待っててね」

 

「よく寝ましたねコイト。汗をかいたでしょう、お茶でも飲んでいてください」

 

 

 テキパキと体を起こされ、ちゃぶ台の前へ連れて行かれ、タオルを渡されてお茶まで注がれる。至れり尽くせりでいっそ自然体に世話されてしまう。

 あれよあれよという間に特大の鍋が据えられて、お夕飯の用意は完成した。

 

 

「では、いただきます」

 

「いただきます」

 

「お姉ちゃん、お椀ちょうだい。よそってあげるね」

 

「コイト、舌をやけどしては良くない。冷ましてあげますからね」

 

「や、やめてよセイバー! いやありがとうだけど、でも赤ちゃんじゃないんだからっ! 小柚子も笑ってないで止めて!」

 

 

 母親が赤ん坊にするようにフーフーと冷ましてやろうとするセイバーを真っ赤になって止めて、自分で冷まして、大ぶりの鶏肉を一口。

 鶏肉の旨みが出汁として染み出し、それが野菜の旨味を吸って戻ってきて、何倍にも美味しくなっている。シャキシャキの歯応えを残した白菜も、にんじんも同じ理屈で美味い。風邪を治すために体力を使っているからか、気怠いに栄養が染みる。口だけが人一倍元気になって、黙々と食べる。

 前述の理屈でセイバーと縁の深い小金井家は健啖家が多かった。小柄な小柚子も人一倍食べる。大鍋はセイバーばかりの責任ではなく、実はもう一つ用意してあって、それもあっという間に空に近くなり。

 そうなると間髪を入れずにシメの用意だ。普段ならばインスタントラーメンを雑に放り込むところを、こればかりは小柚子も敵わない熟練の眼差しで火加減いを見極めるセイバーの独壇場と、たっぷり用意された雑炊。

 鶏肉と野菜の旨みをたっぷり吸った雑炊など、いくらでも食べられるというもの。

 

 

「さぁコイト、あーん」

 

「だからやめてってば!」

 

 

 結局押し切られ、程よく冷まされた雑炊を雛鳥のように食べさせられる真っ赤な顔の巫女(マスター)

 顔から火が出るほどに恥ずかしいけど、なんか懐かしい。小柚子よりも小さかったころ、同じように熱を出したとき、こうしてお母さんが食べさせてくれたような。

 

 

「あ、それも私ですね。サヨコは不器用というか豪快というか、コイトの顔に雑炊をぶちまけてしまったので」

 

「思い出が台無しだよ! いや妄想だったのかもしれないけどさっ!」

 

 

 そんなことは絶対にありえないが、セイバーが作る過程で魔力でも宿ったのだろうか。たっぷり鍋と雑炊を楽しんで、また小糸にとっては罰ゲームのように三人でお風呂に入って散々世話をされて。

 逆に精神的に疲れてしまったからかもう一晩ぐっすりと眠った翌朝は風邪など嘘のように回復した巫女(マスター)。前日お恥ずかしくも氏神にさせてしまった掃除の分を取り戻そうと張り切って箒を振るって。

 障子を何枚か破って何故かセイバーと一緒に先先代に怒られる。

 それもまた、この火思劔(ほしのつるぎ)神社の100回目ぐらいの伝統なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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