五等分の名探偵 - コナンと五つの難事件-   作:真樹

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八つ目のさよなら_五月の場合

 12月03日 日曜日 午後9時

 マルオが勤める病院の明かりはこうこうと院内を照らしていた。

 自分のオフィスで一人、マルオはデスクに向かって資料を整理している。机の上に山のように積み上げられた紙の束を、信じられない速度で右から左へと処理していく。

 だというのにまだ手付かずの紙束の数は気が遠くなるほどあることから、マルオが普段どれほど仕事に忙殺されているかが伺いしれた。

 けれど、その中の一枚を片付け終えた時、マルオは机上の時計をチラリと横目で確認すると、そこで次の資料を取ろうとしていた手を止めた。

 代わりにすでに冷え切っているコーヒーを手に取り、一口飲むと、背もたれに大きく体重を預けた。

 そのまま目を閉じると、しばらくの間じっとして目を休めていた。これから話をする相手はながら作業で相手出来る人間ではないからだ。

 数分の時間が流れたころ、部屋の扉がノックされた。

「入りなさい」

 マルオの返事に呼応して扉が開かれると、廊下にはコナンが立っていた。

 コナンは部屋には入らず、神妙な面持ちでただ一点マルオの表情を伺っていた。

「どうした? 入りなさい」

 廊下の前で立ち止まっていた一花に再び同じことを言う。そこでようやくコナンが中へ入ってきた。

 室内に入るとまっすぐマルオのデスクの前に立つ。

「単刀直入に言おうか」

 ここにきてまだ一言も発さないコナンに対して、マルオは淡々とした声色で告げた。

「先に約束を破ったのは君の方だ。君には、ただちにあの家から出ていってもらう」

 

 12月02日 土曜日 午前10時

 時は一日前まで遡る。

 この日、土曜日は風太郎の家庭教師の日であった。

 中野家の家でいつも通り風太郎の授業が進んでいるはずのリビングに、乾いた音が響いた。

 その場にいる全員が固まった。何が起きたのか一瞬、理解が出来なかったのだ。

「二乃、謝ってください」

 それは五月が二乃をはたいた音であった。ちょっとした諍いから引っ込みがつかなくなった二乃が風太郎が持参したプリントを破いたのであった。

 五月は風太郎が持参したプリントが家庭教師を手抜きするためではなく、逆にどれほど自分達のために労力を注いでくれているのかを懇々と説明した。

 けれど二乃に五月の思いが届くことはなく、ついに二乃が家出の宣言をし始めた。

「いいわ、こんな家出てってやる……!」

「こんなのお母さんが悲しみます! やめましょう!」

「未練がましく母親の代わりを演じるのはやめなさいよ!」

 それまで様子を見ているだけだった一花と四葉も止めに入るが、二乃の気持ちはやはり変わらなかったようで、

「あんなドメスティックバイオレンス肉まんおばけとは一緒にいられないわ!」

「ド……ドメ……肉……そんなにお邪魔な用なら私が出ていきます!」

「あっそ! 勝手にすれば?」

 その後、一度はその場も収まり、風太郎も帰ることとなったが、喧嘩の熱はすぐに再燃した。

 結局、家出の話まで蒸し返された五月は家を出ることにしたのだった。

「おい五月、待てよ!」

 マンションの自動ドアを出てすぐのところを歩いていた五月を呼び止めた。

 幸いにも五月はコナンの呼びかけに素直に立ち止まり、こちらを振り向いてくれた。

 最善策はこの場で宥めて、部屋へ戻ってもらうことであったがそれは今までで散々試みていた。

「江戸川君ですか、なんの用ですか。私は戻るつもりはありませんよ」

「おめえら姉妹があそこまで説得してもダメだったのに、今更俺が言ってどうにかなるとは思ってねえよ」

「ではなんですか。まさか私の家出に付き合ってくれるとでも?」

「ああ、そうだよ」

「——!!」

 五月が息を飲んだ。完全に予想外の言葉だったのだろう。五月は目を見開いたまま黙り込んでしまった。

 けれど、コナンとしてもここで譲るわけにいかなかった。まず一つ目に、万が一という可能性があった。

 潜伏しているコナンではあったが、追われていることに変わりはない現状で、普段のような日常生活ならともかくどこへ行くかもわからない状況になるのは一緒に住んでいる五つ子達であっても避けたかった。

 それに、もう一つ当たり前の理由もある。

「おめえ行く当てなんてねえだろ? 女子高生を一人で夜の街に放り出すわけにいかねえだろ」

「で、でもそれだったら二乃だって同じはずじゃ」

「あいつには追跡メガネの発信機を……いや、とにかくまずはお前が優先だ」

「……」

 そう言って、再度まっすぐに五月の目を見て言ったコナンを前に、五月の顔は妙に赤くなっているような気がした。

 返事はなかった。呼吸をするのも忘れているかのようにコナンの顔を見入った後、五月は後ろを向いた。

「そんな風に歩み寄ってこられても……私は帰りませんよ……」

「ああ、おめえの気が済むまで付き合ってやるよ」

 それからしばらく黙ったままになってしまった五月。拒絶はされていないと判断したコナンは次の問題を思案し始めた。

「とにかく、当面の問題は宿をどうすっかだな。未成年の俺たちじゃ泊まる場所を確保するのも一苦労だ……まあ、それは二乃の方も一緒なんだろうがよ」

「……二乃なら心配いりません。この周りには二件ほど、お父さんの顔なじみにしているホテルがあります。私達だけで利用しても泊めてくれるので、二乃はそこへ行くと思います」

 流石はブルジョワだな、などと風太郎のような感想を内心で思った。

「マジかよ、なら俺たちもそのホテルへ」

「それは嫌です」

「なんでだよ」

「二乃とホテルで鉢合わせるなどという最悪な事態はごめんです。どちらのホテルに泊まっているのかもわからない今、適当に決めることもできません」

 そう言った五月の表情は、再び家を出ていった時と同じようにキッとしたものへと変わっていた。こうなると説得をしても聞いてもらえないのは、先ほどまでの説得の失敗で嫌というほど身に染みている。

 こうなると別の案を探すしかないのだが、いつまで続くかもわからないこの家出に対して、カラオケやネットカフェを利用するのは憚られた。

 しばらく脳内で案を考えてはそのメリットとデメリットを並べているうちに、一つの可能性が思い浮かんだ。

 五月へと向き直ると、ポケットのスマホに手をかけながら言った。

「五月、ちょっとここで待っててくれるか?」

「え? ええ……」

 言い残して五月から少し距離を取る。

 取り出したスマホから電話帳を立ち上げると、登録している電話番号へと電話を掛けた。掛ける場所は二か所ある。

 電話を終えたコナンは五月の元へと戻った。

 遠巻きにこちらの様子を見ていたようだが、会話は問題なく聞かれていなかったようだ。

「五月、土日の間だけだがアテは見つかったぜ。とりあえず今晩はそこで泊まって、明日の晩をどうするかは後で考えようぜ」

「アテってどこです?」

「いいから、ついてこいよ」

 コナンが五月の前を歩き始めた。慌ててその後を五月も着いてくる。

 二人が向かった先は最寄りの駅であった。そこから電車に乗り、移動していく。

 途中、五月の交通系ICがチャージ切れを起こして発覚したことなのだが、どうやら五月は財布を家に忘れたようだった。戻ることを提案したが、それも頑として拒否されたため後で清算することを約束しコナンが立て替えた。

 そうして二人が到着したのは名古屋駅だった。そこでもコナンは更に、追加で切符を買おうとした。

 それまでずっと後ろで様子を見ているだけだった五月だが、流石に見かねたのか口を出してくる。

「まさか、新幹線ですか? ちょっと待ってください江戸川君! 流石にこれ以上は黙ってついていけません、どこへ行くつもりなのか教えてください!」

 しかし、慣れた手つきで手続きを終わらせていたコナンは、購入済みの切符の一枚を渡してから、五月の質問に答えた。

 コナンはニヤリとした笑みを浮かべた。

「俺の地元、米花町だよ」

 そう言って二人は電車へと乗り込んでいった。

 

 コナンと五月の二人が新幹線へ乗り込む時、遠巻きにその様子を見ている影がいた。

 影は新幹線が発車するまで見届けた後、自分の携帯を取り出して電話をし始めたのだった。

「お父さん。二人は新幹線に乗り込みました。私も後を追います」

 

 二時間近くかかる経路を経てたどり着いたのは、五月の家と比較しても巨大な家だった。しかし建物の様相は家と呼ぶにはどうも丸っこい形をしており、家というよりは研究所のような見た目をしていた。

 二人はその建物の門の前で立っており、五月は胸に手を当てながら建物を見上げていた。

「ここだよ。阿笠博士っていう科学者が住んでる家なんだ」

「科学者……どうしてそんな人と知り合いなんですか?」

「まあ色々あってな、困った時に頼りにさせてもらってるんだよ……おっと」

 コナンは言いながら勝手に家門を開けようとしたが、慌ててやめるとチャイムを押した。

 豪邸の割には古めかしいチャイムの音が鳴ってしばらくした後、女性の声での応答があった。

『はい』

「俺だよ」

『入って。鍵は開けてるわ』

 インターホン先の主の許可を得ると、今度こそコナンは門を開けて中へと入った。門と扉の間にもまた距離があり、広い庭が広がっていた。庭には芝生が敷き詰められているが、その中央を突っ切るように石畳の通路が建物へと伸びている。二人はその道を歩いた。

 五月が後ろで庭を見渡していると、建物を正面にして左側にはこれまた巨大な洋館が立っていた。まさかあれがコナンの実家だとは思うまい。

 玄関までたどり着いたコナンは、言われた通りそのまま扉を開けると中に入った。

 中は広い一階全部がロビーである広い空間が広がっていた。部屋の中央には大黒柱となる円柱が立っており、その周りにバーカウンターが置かれている。

 壁には本棚が無数に置かれており、空いた空間の一部にはベッドやリビングテーブルなど様々なものがいつでも使用できるように整理された状態で置かれていた。

 そして、そのロビーの中央に一人の老人と、一人の女性が立っていた。

「よお博士、灰原。久しぶりだな」

「久しぶりじゃのおコナン君!」

 返事をしたのは老人の方だった。この姿でコナン君と呼ばれるのはかなり違和感を感じたか、名古屋駅で電話をした時にあらかじめ、潜伏の事情を知らない人物をつれていくから話を合わせてくれるようお願いしていたのだった。

「博士とは電話で話すことも多かったからあんまり久しぶりって感じしねえけどな」

「何を言っておる。こうして顔を合わせるのは大事じゃぞ。哀君だって寂しがっておったからのう」

「嘘を言うのはやめて。久しぶりね、江戸川君。引っ越し先から急に電話をしてきたと思ったら、いきなり泊めてくれなんていうんだもの」

 そう言ったのは灰原のほうだった。

「色々事情があんだよ」

「で? そっちの子も紹介してくれないかしら?」

 灰原は五月の方を見た。こいつのいやに鋭い目つきは元の姿に戻ってからも健在で、視線を向けられた五月はおもわず肩をすくめていた。

「子って、おめえも対して年は変わらねえじゃねえか」

「追い出されたいの?」

 その鋭い目つきがこちらへ向く。コナンへ目を逸らした。

 そのまま、コナンは五月の方に手を向けた。

「俺の居候先で世話になってる中野五月だ。今は同級生だよ。それで五月、こっちは阿笠博士とはいば……じゃなくて宮野ってんだ」

 よろしくね、と灰原が手を差し出してきた。

 けれど、たった今聞いたコナンからの紹介に五月は戸惑っていた。話で聞こえてきた名前と、紹介された名前が違うのだから仕方ないだろう。

「えっと、中野五月です……あの、宮野さんでいいんですか? 今、江戸川君たちは違う名前で呼んでいたような気がしますけど」

 すると、灰原が視線だけを横に向けてコナンと阿笠博士を睨んだ。

 二人は揃って脂汗を浮かべながら苦笑いを浮かべた。

 一つ溜息をつくと灰原が五月へと向き直った。

「気にしないで。この人たちが勝手に呼んでるだけだから、貴女も好きな方に呼んでちょうだい」

「えと……じゃあ、江戸川君も呼んでるなら、灰原さんと……急に押しかけてすみません」

 ずっと差し出されたままだった灰原の手を取った。

 再び、灰原の視線がコナンに突き刺さる。先ほどよりも目つきが鋭い。今度はその目線が何を訴えてきているのかコナンも理解できた。俺だって蘭がいるのに好きで同年代の女子と一緒に暮らしているわけじゃない。浮気を咎める目で見ないでほしい。

 灰原と五月が向き合っている横で、静かに阿笠博士がコナンへ近づくと耳打ちしてきた。

「本当に戻ってきて大丈夫なんじゃろうな」

「ああ、目暮警部に連絡したら、変なところで野宿されるよりマシだってよ。警備も強化してくれるって」

 そうか、と阿笠博士はとりあえずは納得したようだった。

 コナン達は長旅の疲れもあり、それからしばらくはゆっくりしながら時間を潰していた。ソファにコナンと五月が並んで座っており、対面には阿笠博士と灰原が座っている。

 時々灰原がコーヒーを入れてくれたりしながら雑談をしていると、阿笠博士の話になった。

「阿笠さんは発明をされているんですよね。どんなものを作られているのでしょうか」

 五月からの質問だった。

 すると阿笠博士は待っていましたとでも言わんばかりににんまりとした笑みを浮かべると、ポケットに手を入れた。

 取り出したのは探偵団バッチだった。

「では紹介して進ぜよう。この阿笠博士(ひろし)、正規の発明の一つ! こう見えてもただのバッチだが、実は小型のトランシーバーが」

「あ、それは見たことがあります! 江戸川君がよく使ってます!」

「あら、知ってるのね……」

 自信満々に胸を張って解説し始めた阿笠博士であったが、露骨に落胆した顔を浮かべる。すでにバッチの電源も入れており、実演を見せようとしていた矢先だった。

「ま、まあまあ、そいつにはマジでお世話になってたからな。俺は感謝してるぜ博士」

 コナンはそんな阿笠博士からバッチを受け取ると、わざと見えるようにして胸に付けてあげた。

 しかし、すぐに気を取り直すと探偵団バッチをしまい、次に取り出したのは腕時計型麻酔銃であった。

「それも見たことあります! 江戸川君がこの前それでスリを捕まえてくれたんですよ!」

「これも知ってるのね……」

「どれも阿笠さんの発明品なんですね! 凄いです!」

 五月本人は悪気がなく、むしろ尊敬の眼差しを向けているものの、発表の機会を潰された阿笠博士は心底残念そうにしていた。

 阿笠博士は机越しにコナンへ顔を寄せると、五月に聞こえないように小声で話す。

「向こうでも相変わらずのようじゃのお新一」

「まあな」

「褒めておらん……! 隠れている自覚はあるんか……!? 今日だって急にここに来たし、ちと弛んどるんじゃないか……!?」

「大丈夫だよ。向こうじゃ俺を狙う奴らなんて影も形も見せなかったんだから」

「そうかのう……」

 阿笠博士はコナンから離れたが、いまいち納得していないようだった。

「あの、何を話していらっしゃるんですか?」

「なに、この子に君に見せておらんアイテムがないか確認しておったんじゃっよ」

 五月から投げられた疑問に阿笠博士はしれっと嘘をついた。

 しかし、自分の発表が不発のままだったのはどうも本当に不満だったらしく、しばらく考える様子を見せた後、思い出したかのようにソファから立ち上がり、ロビー奥の廊下へ走っていった。

 影になってしっかりは見えないが、下りの階段になっているその先は阿笠博士の研究室があることを五月に補足した。

 少し待っていると、阿笠博士の足音が戻ってきた。やがて階段を上り切り、再びロビーへ姿を見せると両手で抱えるように一枚のボードを持っていた。

 それにはコナンも見覚えがあった。

「おい、博士それってまさか」

「ふっふっふ、これは君にも初のお披露目じゃぞ……とはいえ、以前まで使ってたやつのマイナーチェンジじゃがの。じゃじゃーん! 今のコナン君サイズに合わせたターボ付きスケボーじゃ!」

「マジかよ! 久しぶりにそれに乗れるのか!」

 阿笠博士が持ってきたのはコナンがかつて小学生の姿だった頃に使っていたアイテムの一つであった。しかし唯一、体格の問題から使い続けることが出来なくなっていたが、まさかリメイクされているとは思いもよらなかった。

 コナンも興奮に沸き思わずソファから立ち上がった。

 気が付くとコナンと阿笠博士の二人でアイテムについて話が盛り上がってしまっており、横に座る女子二人は置いてけぼりになっていた。

 五月も自分が振った話であったため、何とか理解しようと聞く姿勢でいたが理解出来てはいないようで、常時頭の上には「?」は浮かんでいた。

「無理して聞かなくていいわよ。こういう話になると、二人とも子供みたいにはしゃぐんだから」

 見かねた灰原が五月のフォローをした。

 話を理解できていないことを見抜かれた五月は恥ずかしそうにしながら照れ笑いをすると、コーヒーを一口すすった。

「ねえ、私も貴女に一つ聞いてもいいかしら?」

 そう訊いたのは灰原だった。

「なんでしょう?」

「さっき、話を聞いていた中で気になったんだけど、貴女のお父さんってお医者様なの?」

「ええ、そうです」

 探偵アイテムの話の前にも、さきほどまでいくつかたわいもない雑談をしていた。五月の父親が医者であるという話もちらりと出たような気がする。

 そういえば、灰原はコナンが組織の連中から隠れるために優作のツテで居候をしているという事情を知る、どちらかと言えばコナンの事情に詳しい側の人間ではあるが、居候が決まった工藤邸にはいなかった珍しいパターンの人間だった。

 ようするに具体的に誰の家に居候をしているか、という点に関しては知らないということだ。

 けれど、どうも先ほどまでの話を聞いていた中で灰原は、灰原自身の知識から思い当たる人物がいたらしく、

「もしかしてそれって、——病院の中野マルオ先生?」

 病院名を共に伝えられたマルオは、間違いなくコナン達が知るマルオだった。

 五月も灰原の質問に対して同意した。

 五月の回答を聞いた灰原は、そう、と自分から聞いてきたにも関わらず素っ気なく返すと顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。

「なんだ灰原、中野さんのことおめえ知ってんのか」

「ええ、少しね」

 灰原も席を立つと、未だにソファの横に立ってスケボーのあれやこれやを見ていたコナンの手を掴んだ。

 五月の目が一瞬鋭くなった気がした。

 灰原は小声で「ちょっと来て」と言うと、有無を言わせずにロビーの隅までコナンを連れていく。

 十分に離れて五月に声が聞こえなくなったことを確認すると、ようやくそこで話始めた。

「一応、貴方には伝えておくわね。工藤君」

「なんだよ、改まって」

「中野医師、つまりあの子の父親はAPTX4869の開発に関わっているわ」

「へ……? な、なんだとぉ!?」

「でも勘違いしないで。組織の一員だったってわけじゃないわ。まだ私が組織に所属していた頃、医学方面の分野で研究に行き詰ったことがあるの。その時、ちょうど役立ちそうな研究をしていたあの子の父親に、一般大学の研究員として近づいて、ただの新薬開発のための意見交換をという名目で話をしたことがあるだよけ」

「お前、中野さんと会ったことがあるのか」

「もう何年も前の話だけどね……話を戻すわ。そういうことだから、あの薬に使われた研究論文の一部には、あの子の父親が編み出したものも使用されているのよ」

「世の中ってのは狭いもんなんだな……確認だけどよ、あの人、中野さん自身はあくまでも普通の人でいいんだよな?」

「ええ。それは保証するわ」

「そうか」

 ならいい、とコナンは胸を撫で下ろした。

 APTX4869によって体験することになった1年間は今でも夢に思い出すことがある。元の姿に戻ってからの期間より、あの小さな姿でいた期間の方が長いのだ。時々、朝目が覚めるとむしろ今の姿の方が一時的なものなんじゃないかと錯覚しそうになる。

 薬の効果自体は、灰原の活躍により今は完全に薬の機能は停止されている。もう心配をする必要などない、そう何度も自分自身にコナンは言い聞かせていた。

 灰原も念のため、と最初に付けていた通り、コナンがあっさりと話を受け入れた様子を見ると、さっさと席へと戻っていった。そして阿笠博士や五月と再び雑談をし始める。

 その様子を見ながら、コナンの身の回りには今でも組織の残滓が纏わりつくことがあるのかと、かつてのような緊張が背筋に走るのを感じた。

「……まあ、考えても仕方ねえか」

 そう呟いてコナンも席へと戻ろうとした。ついでに博士にバッチも返しておこうと外した。

「おっと、スイッチ入れっぱなしじゃねえか。もう元太たちも着けてない今、俺が渡した相手しか持ってないとはいえこんな初歩的なミスをしちまうとはな。マジで気を引き締めた方がいいのかも」

 

 時刻は夜中となった。

 想像以上に家の備蓄を消費していく五月のワンマン夕食ショーに阿笠博士と灰原の二人が目を丸くするという一幕もあったが、それも終わると早々に全員寝ることにした。

 コナンと五月に割り当てられたのは別々の空き部屋であった。

 コナンも自分のベッドで眠っていると、廊下に足音に目を覚まさせられた。

 ベッドから起き上がると、コナンは静かに扉を開けて廊下を出た。

 寝巻用にジャージを着ている五月の後ろ姿が見えた。どうやら外に出ようとしているらしい。

 阿笠博士の家から出たタイミングで、コナンは後ろから声をかけた。

「こんな夜中にどこ行くんだよ」

「すみません、起こしてしまいましたか? ……私はちょっと、慣れない環境のせいか眠れないので少し散歩をしようかと」

「そうかよ。なら俺も付き合うぜ」

「そんな、悪いですよ」

「言ったろ、気のすむまで付き合うってよ」

 そう言うと、五月は一瞬押し黙った。月明かりに照らされた五月の瞳が煌めいた気がした。

「……では、少しだけ歩きましょうか」

 そう言って五月がさっさと振り返ると前を歩き始めた。コナンもその後を続く。二人は歩きながら話した。

「正直、江戸川君がこうして私に付き合ってくれるのは意外でした」

「なんでだよ。俺は普段から付き合い良い方だと思ってるぞ?」

「でも貴方、こういうトラブルが起きた時には客観的な目線から正しいことを言うじゃないですか。てっきり、意地でも私を家に帰らせようと説得してくるものだと思ってました」

「俺のことを人の気持ちも考えられない冷血漢だとでも思ってんのかよ。それに今回は、俺より今回の件には適任がいるって思ったんだよ」

「なんですかそれ」

「俺にも出来ることがあるかもしれないけどよ、これはお前達五つ子と風太郎の問題だろ」

「上杉君も、ですか?」

「正確に言えば、風太郎と二乃だな。前からあいつが家庭教師をすることに二乃は反発し続けてたが、今回それが爆発したもんだと思ってる」

 五月が少し俯いた。コナンはその様子を横目で見ていた。

「ですが、二乃のしたことを許すべきではないと私は考えています。少なくとも、彼女から先に謝罪がない限りは帰るつもりはありません」

「わーってるよ、んなことは。ま、二乃の方は他の姉妹と風太郎が何とかすんだろ」

「……あの、江戸川君」

 すると、不意に五月が歩みを止めた。電柱の蛍光灯だけが道を照らす狭い交差路だった。

 気が付けば大分歩いたようで、阿笠博士の家が大分遠くに見えた。

 五月がコナンの方へ上目遣いで向いた。

「どうして江戸川君は、二乃ではなく私についてきてくれたのですか?」

「だからそれは二乃は風太郎が」

「それだけですか?」

 五月がコナンの言葉を遮って問いかけてきた。

 コナンとしては実際問題そうなのだが、五月は別の答えを求めているような気がした。

 しかし、何を期待されているのか、その時のコナンには想像がつかなった。

 しばらく考えていると、先にしびれを切らしたらしい五月が一つ溜息をついてから、薄い笑みを浮かべた。

「すみません、困らせる質問をしてしまったみたいですね。今のは忘れてください」

「別に……何か、わりいな」

 正直言えば、考えられる可能性が一つだけあった。

 けれどそれがもし外れていれば、自分はずいぶんと自意識過剰な人間だということになってしまう。

 それに、そういった話は自分は極力避けるべきだという考えも持っている。

 けれど、今五つ子達の心の問題に直面している現状で、そこで避けるようなことをすればこの家出は更に長引くかもしれない。五月が話を切り上げ再び歩き始めたその背中を見て、そう考えた。

 だから一つ、確認をすることにした。

「なあ五月」

「はい?」

「もしかしてお前」

 そう言いながら一歩前へ出た。

 直後、後頭部をかする風切り音と、小さな石の音がした。

「……え?」

 コナンが振り返った先、自分が先ほどまで立っていた位置の横の壁に、小さな穴が開いていた。

(やべぇっ!)

 コナンはほぼ反射で背後へと飛んだ。それと同時に再び壁に穴が開く。

 勢いよく飛んだせいで態勢が崩れていく中で、コナンの思考が活性化していく。自分が襲われたということを即座に理解した。

 地面に倒れ込んだコナンは急いで体を起こし、五月を見た。

 まだ状況を理解できておらず固まっている五月の後ろから、見るからに風貌の悪い男が駆け寄ってきているのがコナンからは見えた。

「五月! 逃げろ!」

「にげ……え、いったいどうし……きゃっ、何ですかあなた離して!!」

 コナンの警告空しく、五月はあっさりと男に抱きかかえられると、奥で控えている車へと運び込まれた。

 コナンもすぐに後を追って車の元へ駆け寄ったが、からくも車の後ろのボンネットに手を着くのが精いっぱいだった。

 しかし、それで十分だった。発信していく車に対し、コナンはメガネに手をかけた。

 左目のレンズにレーダーが映し出される。さきほど手を着いた時に発信機をつけたのだった。

(襲ってきた連中は俺の命を狙ってたんじゃないのか? ……何故五月を攫った……? いや、考えるのは後だ!)

 レーダーに映る車のマークはどんどんと離れていく。コナンは踵を返すと阿笠博士の家へと走り出した。

 阿笠博士の家に飛び込んだコナンは、ロビーの壁に立てかけたままだったスケボーを手に取る。

「早速こいつを使う時が来るとはな。ナイスだぜ博士」

 スケボーを持って再び道路に出ると、乱暴にスケボーを放り投げその上に乗った。

 スケボーの上の前側にはボタンがあり、それを踏み込むことで自走し始める。スイッチを押した瞬間、モーターの工藤音が鳴ったと思うと勢いよく発信し始めた。

 脳内でコナンは地図を広げた。追跡レーダーは方向と距離しか分からない代物だ。そしてレーダーによれば既に2,3KMは離れようとしている。その距離の差をどうやって埋めようか考えていると、最短のルートが思い浮かんだ。

 曲がり角に差し掛かると、コナンは即座に近道のルートを選んだ。

 車との距離は徐々に近寄っていき、ついには目視できる距離まで近づいた。

 最後の曲がり角を曲がれば、車の背後につけるところまできたコナンは頭の中の地図通りに角を曲がる。

 出た先は繁華街であった。

 時刻は12時を近くなろうとしているのに、未だに飲食店が賑わいを見せており一気に視界が眩しくなる。

 一瞬、目を細めたが決して眼前に捉えた車を見逃すまいと、反射で顔を覆ってしまった腕を降ろした。

 その時であった。

「新一?」

 道路脇の歩道から知っている声がした。

(まさか……)

 思わずスケボーを止めてしまったコナンは、声のした方を向いた。

 そこには、蘭が立っていた。

 向こうも予想外であったようで、驚いた顔でこちらを見ている。

「新一、帰って来てたの!?」

「おめえこそこんな時間に何してんだよ!?」

「私はお父さんを居酒屋まで迎えにいるところよ! ねえ新一、帰ってきてたならなんで連絡を」

「わりい、それどころじゃねえんだ……今事件を追ってるんだ!」

 そう言ってコナンは再びスケボーのスイッチを押し込んだ。再度モーターの爆音がなり、発信しようとした時、コナンの背後で衝撃が走った。

 後ろを向くと、蘭がスケボーに飛び乗りコナンを掴んでいた。

「何やってんだ!?」

「知らない! でも新一がどっか行くなら私も行く!」

「事件だっつってんだろ!?」

「また前みたいにそうやって私の前からいなくなるつもりなの!?」

「!!」

 思わず出た言葉であったが、蘭に言われてようやく気が付いた。小さい頃の自分と同じ言い訳で蘭をけむに巻こうとしていたことを。

 それは蘭の方も同じように考えていたようで、そこでようやく蘭へと振り返ると目尻に涙を浮かべていた。

 事態は一刻を争う。ここで蘭と話をしているわけにもいかない。

 そこまで考えてコナンは一つの決断をした。

「わかった……おめえも一緒に連れてってやる。だから、離すなよ!」

「……! うん!」

 コナンの腰に手を回す蘭の腕により一層力が入る。

 直後、スケボーは再び疾走を始めた。

 今の会話のせいで車にはまた距離が出来てしまっている。しかし、見失うほどの距離ではない。

 大通りに出たおかげで交通量や信号も増えている。逃走車は定期的に止まらざる得ないのだった。

 対してコナンと蘭を乗せたスケボーは車の間を次々とすり抜けると、どんどんと距離を縮めていく。

 車に向かって走っている最中、コナンは蘭に状況を説明した。

「女の子が攫われた車を追ってるんだ。どうにか捕まえて助けなきゃなんねえ!」

「だったら、車の横まで私を連れてって!」

「どうする気だ!?」

「いいから!」

「……わかった!」

 それだけの会話でコナンはスケボーの走る道を歩道へと切り替える。未だ多くの通行人が通る比較的広い歩道を、右へ左へと人波を縫って駆け抜けていく。

 通行人たちが驚いてこちらを見る様、視界を高速で駆け抜けていく車のライトや街灯の明かりが懐かしく思えた。

 やがてスケボーは信号に捕まっていた車の横へと到達し、急停車する。

 そして、それと同時であった。

「はあああぁぁぁ!!」

 蘭が車へと跳躍した。

 空中で膝蹴りの構えを取ると、そのまま車へと突入する。

 車のガラスへ勢いよく膝蹴りをかますと、ガラスは勢いよくはじけ割れ中の様子がうかがえるようになった。

 男たちは驚きながら顔に手を当ててガラスから自分を守ろうとした。

 着地した蘭はその隙を見逃さず、即座に窓から車の中へとを入れると車のカギを開錠した。そして扉を勢いよく開けると、一番手前の男を外へ引きずり出した。

 車の中にはまだ、後部座席の真ん中に座らされている五月の他に、反対側に男が一人と、運転席にも男が一人座っていた。

 蘭が車の天井へと外から手を着くと、跳躍し、まるで片手で側転をするように車の反対側へ回り込もうとしていた。

 その様子を外から見ていたコナンは、車の真上に蘭が来た時に、運転席の男が懐から拳銃を取り出して蘭がいるであろう位置に狙いを定めようとしているのが見えた。

「させねえ!」

 時計型麻酔銃を起動すると、男より早く狙いをつけ、発射した。

 首元にヒットした針によって、男は即座に眠りこけた。

 同時に、その時には反対側へ着地した蘭が勢いのまま正拳突きの構えを取る。直後、放たれた拳は反対側のガラスも破ると、先ほどと同じようにして後部座席反対側の男を引きずり出していた。

 そのまま男に蘭はとびかかると、空中蹴りを頭部にヒットさせた。

 同じころ、最初に車から引きずり出された男がよろよろと立ち上がり始めていた。やはり手には拳銃を持っている。

 まだ飛び蹴りから体勢を戻せていない蘭がこのままでは狙い撃ちにされかねなった。

「お前もそこまでだ!」

 続いてコナンはキック力増強シューズのダイヤルを回すと、近くに停めてあったバイクにかけてあるヘルメットを手に取り、即座に蹴りぬいた

 一直線に飛んでいったヘルメットは男の頭部にヒットし、男は倒れた。

「大丈夫ですか!?」

 体制を戻した蘭が車の中を覗き込む。五月が涙ぐんだ顔で外へと出てきた。

「あ、貴女は一体……いえ、それよりもありがとうございます! 助かりました……!!」

 五月が蘭に抱き着いた。

 何とかなった。そう思った矢先であった。

 背後からけたたましいタイヤの音がするのが聞こえた。

 助手席からは先ほどの男同様に、風貌の悪い男が顔を覗かせている。

「ここは何とかする! お前らは逃げろ!」

「で、でも!」

「いいから! 邪魔だ!」

 コナンの怒声に最初に反応したのは五月だった。

 五月もコナンと一瞬目が合ったが、自分は邪魔ものにしかならないと理解したようで指示の通り走り去っていく。

 次に反応した蘭は、コナンの言うことを聞かなかった。

「何やってる蘭!」

「新一が残るなら、私も残る!」

「馬鹿野郎! もうさっきみたいな不意打ちは通用しねえ今度は殺されちまうぞ!?」

「それでも残る! ……もう、私だけ部外者でいるのは嫌なの!」

「蘭……! くそっ!」

 既に目の前では男たちが車を停め、降り始めている。どのみちここから蘭を逃がしても、下手をすれば銃の的になるだけだ。

 やむを得ない、やるしかないかと覚悟を決めた。

『そこまでだ!』

 けれど、その覚悟は空ぶることとなった。

 空間全体に響き渡らせるような拡声器の音が届いた。

 声がした方を見ると、複数台のパトカーが停車していた。パトカーの前では、茶色い背広を着た恰幅のよい男性、目暮警部が立っていた。

『警視庁の目暮だ! これ以上の騒動は許さん! かかれ!』

 目暮警部の合図と同時、脇にひかえていた警官たちが一斉に男に取り掛かる。車の中にいた残る二名の男達も、警察によって取り押さえられた。

 

 男たちが連行されていった後、残されたコナンは目暮警部の説教を受けていた。

「君は自分の立場がわかっているのか!? こんな時間に人気のないところで出歩けば危険なことくらい、頭の良い君なら分かるはずだろう!!」

「申し訳ありません……目暮警部……」

「いくら我々警察がいても守るには限度がある! だから君は引っ越したというのに、それを台無しにしおって……! とにかく、この件は優作君や君の下宿先へ連絡しておく。君もパトカーで今の君の家へ送る! いいね!?」

「……はい」

 目暮警部の言うことに関して、今回ばかりはコナンは何も言い返す言葉を持っていなかった。

 つい先ほど、昼間の時も自分の気が緩んでいる可能性は考えていたばかりであった。

 組織の存在を気にしなくてよくなってから、もうすぐ一年が経とうとしている。やはり感覚が鈍っているのだろうかと、そう考えた。

 コナンは言われるがまま、パトカーに乗り込むと、扉を閉める前に外で心配そうに様子を見ている蘭に気が付いた。

 自分自身への苛立ちなどでいっぱいな内心であったが、何とか笑みを作ると蘭へ行った。

「わりい、また今度連絡するよ」

「うん……待ってるからね」

 パトカーの扉が閉められ。車は発信した。

 車の中で他の警官から告げられたことだが、五月もどうやら無事に保護されたらしい。と言っても実際には警官に保護されたのではなく、たまたま仕事で東京に来ていた一花と鉢合わせをしたらしかった。

 コナンのスマホにも、五月本人からチャットが届いており、同様のことが書いてあった。

 こうしてコナンはパトカーに乗せられ、五月は一花と一緒に再び愛知へと戻ることとなった。





米花町で起こる事件はやっぱり格が違った。

おまけ設定メモ
五等分の花嫁の漫画を読み返していると、七つのさよならは日付の描写はあんまりないですが、xx日後といった相対的な日にち感覚の表記からしっかり作中で何月何日か決められているのを下調べで知りました。
作中の期間でも一か月近くかかる話なので、ご参考までに"原作漫画の五等分の花嫁の場合"の日にちを残しておきます。
こういう裏設定ってあった方が個人的には嬉しいほうだったりしますし。
2017年
11/23(木) 四葉とデート
12/01(金) 菊登場
12/02(土) 二乃と五月の喧嘩勃発
12/03(日) 五月居候開始
12/04~05(月~火)風太郎の努力空しく空振り
12/06(水) 麗奈遭遇
12/07(木) キンタローバレ
12/08(金) 陸上部合宿宣言
12/09(土) 四葉退部、二乃断髪、二乃と五月の喧嘩終結
12/11(月) 期末テスト初日、風太郎退任宣言
12/12~15(火~金)テスト二日目+採点期間+テスト返却
12/16(土) 江端家庭教師代行。五つ子新居探し開始
12/17~12/23(土~土) 空白期間
12/24(日) ケーキ屋バイト中の風太郎を迎えに行く
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