12月03日 日曜日 午前8時
阿笠博士の家のチャイムが鳴った。
昨日の晩、コナンと五月が襲われ、警察によって助けられたものの元の家に連れて帰られたという連絡を夜中に受けたものだから、それ以来ずっと起きていた阿笠博士は眠い目をこすりながらそのチャイムに応対した。
『すみません、中野といいますが少しお伺いしたいことがありまして。直接お話できますか?』
インターホン越しに聞こえてきた声は女性のものだった。
女性が告げた名前は昨日、客人として来ていた五月も同じ苗字だったことを思い出しながら、近くに来ていた家族でも来たのかと思いながら玄関を戸を開けた。
庭を超えた先にある敷地の門の先では、おそらくチャイムを鳴らした人物と思われる女性が立っていた。
(あれ、しかしあれは……)
その姿にはどうも見覚えがあった。というより、昨日まで合っていたはずだ。
阿笠博士は続けて門前まで出てくる。
「五月君じゃないか。わざわざインターホンなんぞ鳴らさんでも入ってくればよいだろうに。それに、確か君はご家族と帰ったんじゃ?」
「違うわよ博士」
阿笠博士の後に続けて言ったのは、同じく玄関から出てきた灰原であった。
灰原もパジャマの上に白衣だけ羽織っているだけだった。
「よく見て。彼女は五月さんじゃないわ。髪の長さや、身に着けているアクセサリーだって違うもの」
「中野一花と言います。昨日は妹がお世話になったみたいでありがとうございました」
一花と名乗った五月そっくりの女性はそう言うと、一度頭を下げた。
阿笠博士が門を開けると、敷地の中へと手を伸ばす。
「まあ、こんなところで立ち話もなんじゃろ。よかったら中に入るかな?」
「いえ、すぐ住む話ですので結構です。それに五月ちゃんもまだ私が泊っているホテルに残してまして、昨日のこともあるのであまり一人の時間も多くさせたくないですし」
「そうかい、それで聞きたいことって言うのは?」
「御用があるのは、そちらの……灰原さんに」
そう言って一花は灰原へと目を向けた。
対する灰原は一瞬、驚くような顔をしたが、それもすぐに元に戻ると一花の話を聞き始めた。
12月03日 日曜日 午後7時
警察のパトカーに乗せられ五時間近い時間をかけて家に帰ってきた後、コナンは自室で泥のように眠っていた。
目が覚めた時には日は夕暮れ時になっていた。
リビングに降りると一花と四葉がいた。
「あ、コナンさん。起きたんですね」
「ずいぶん寝ちまってたみたいだな」
「ぐっすりだったよ。お昼ご飯の時も声を掛けましたけど全然起きなかったし」
「悪かった。無駄にしちまったか?」
「一花と二人で食べきったから大丈夫!」
そうか、とコナンは返しつつ、四葉のいつも通りの様子にほっとする気持ちが沸いてきた。
久しぶりの命の危険がかかった事件を相手に、自分もどこかで緊張していたようだった。
一花が立ち上がると、コナンの方へと歩いてくる。四葉に聞こえないように耳打ちをしてきた。
「四葉にはまだ、昨日のことは話してないからね」
「ああ、ただでさえ二乃と五月が喧嘩中で家出してるってのに、心配事は増やさせらんねえ。それより、昨日は助かったぜ。お前が五月を保護してくれたんだろ?」
「お仕事で東京に行ってただけなのに、街中でばったり会った時はびっくりしたよ。しかもあんな出来事に巻き込まれた後だなんていうからなおさら。二人で今日のお昼前ぐらいに帰ってきたんだよ」
「それで、五月は今どこに?」
「うちには帰りたくないって言って、フータロー君の家に行っちゃった。今頃彼、驚いてるんじゃないかな」
というか、あいつの家の財政状況で五月の食費を賄ってやれるかが心配だったが、そこまでは言わなかった。
二人が話していると、玄関の扉が開く音がした。続けて廊下から足音がすると、リビングに姿を見せたのは三玖であった。
「三玖! おかえり!」
「ただいま四葉、一花とフータローも帰って来てたんだ」
「ああ。三玖もどこ行ってたんだ?」
答えたのはコナンだ。
「フータローと一緒に二乃を探してた。居場所分かったよ、お父さんのよく行くホテルだった」
「あー、あそこかー。確かにあそこなら安全だし安心だね」
一花が顎に指を当てて思い出すように言った。
中野家御用達のホテルがあるというのは、昨日五月からも聞いていた。メガネのレーダーでも感知できる範囲だったが、座標しかわからないため何の場所か確認できたのはコナンとしてもありがたかった。
「俺もちょっと話に行ってくるよ」
「今から行くの?」
「ああ、三玖や風太郎が説得してダメだったんなら、俺が説得に行っても結果は変わらねえだろうがな。一応出来ることはやっておくさ」
「……もしかしたら合ってくれないかも。私達も半分追い出されるように二乃の部屋を出てきたから」
「ま、ダメならそれまでだよ」
コナンは階段を上り始めた。寝間着姿だったため、外出用に着替えに戻るのだ。
その後ろ姿に心配そうな顔をした一花が声をかけた。
「危なくないかな?」
「大丈夫だよ。あの人たちに出かける前に連絡をしておくから」
「何の話?」
電話をする相手というのは警察のことだった。しばらくは自分の動向を知らせながら動いた方がいいという考えだった。
なんの話かわかっていないように四葉が聞いてきたが、一花もコナンも答えなかった。
着替え終わったコナンは移動しながら宣言通り、警察の自分を警護してくれている人たちに連絡をしておいた。東京で取り押さえられた犯行グループからはまだ聴取をしているが、今住んでいる家の近くであればまだ自由に歩いて構わないとのことだった。
二乃が泊っているというホテルには割とすぐに到着した。
建物の前で再びスマホを取り出すと、二乃への個別通話をアプリから起動した。
数コールが鳴った後、呼び出し音が途切れて二乃の声がした。喧嘩中ではあるが、やや蚊帳の外にいるコナンであれば着信拒否もされないようだ。
『なに?』
「今おめえのホテルの前にいるんだけど、少し話せるか?」
『上杉に三玖、それにあんたといい本当に心配性なんだから……言っておくけど、いくらコナン君でもどう説得されようが帰るつもりはないわよ』
「ダメならすぐに諦めて帰るさ。一回だけチャンスをもらいたいだけさ」
『……一階にカフェがあるから、そこにいなさい。私もそっちに向かうわ』
「了解」
電話を切るとホテルの中へ入った。
近くに立っていた警備員が話しかけてきたため、二乃の名前とついでにさっきの電話で聞いておいた部屋番号を伝えた。
警備員がフロントマンと連携し、二乃へと内線へと確認を取ったようでコナンはすぐに通してもらえることとなった。
言われた通りカフェに入り、適当な席に座ってしばらく待っていると、二乃もエレベーターから降りてきた。
まっすぐこちらに向かってくると、どかっという音が聞こえそうな勢いで席に座った。
(アピールか、本当に機嫌悪いのか……)
「悪いな、急に呼び出して」
「別に構わないわ……何も注文してないのね。夜ご飯は食べたの?」
「まだだけど、やめておく、今日は一日寝ててな。まだ腹が減ってねえんだ」
「お気楽ね。それじゃあ話だけ済ましちゃおうかしら」
二乃は足を組んだ。それと同時に、近くのウェイターにドリンクだけ注文していた。
飲み物はすぐに運ばれ、コーヒーと紅茶がそれぞれの前に置かれた。
「お前、家に帰るつもりは相変わらずないんだよな」
「当然。五月に謝るつもりだってないわよ」
「おめえが家を出た理由はそれだけじゃねえだろ」
「……!」
二乃の表情が変わった。口に運ぶ途中だった紅茶を持つ手も止まった。
コナンはその様子を慎重に伺いながら言葉を選ぶ。
「家を飛び出したきっかけはあいつかもしれねえが、前から家を出ることは考えてたんだろ? お前家を飛び出す前に言ってたよな。『この家は私を腐らせる』って」
「……言ったわ」
「お前とも一緒に暮らしてるんだ。何となく察してはいたよ、お前は五つ子の中で誰よりも姉妹のことが大好きだけど、それを疎ましくも思ってるってな」
「べ、別に疎ましくなんて思ってないわよ!」
「そうだな。今のは正確な言い方じゃない。本当に疎ましいのは、姉妹離れが出来ない自分自身ってところだろ?」
「——!」
コナンが一口、コーヒーを啜る。口の中に広がる苦みが、思考をクリアにさせていく。
「お前のお母さんが生きていたころからの慣習だった花火大会に固執したり、風太郎に対して異様に敵対心をむき出しにしたりってのは、どれも今の生活環境を変えたくないっていう心理から来てるもんだと俺は読んでる。まあ、俺が居候するってなった時はすんなり受け入れてくれたのが、逆に気になるところだけどな」
「一花に頼まれたのよ。居候に来る子は良い子らしいから、仲良くしてあげてって」
また一花か、と二口目を飲みながらコナンは考えた。
目を細めたコナンには気づかず、二乃が話し続ける。
「それに君との出会いは衝撃的だったわ。あのカフェで君の推理ショーを見た時に、直感的に思ったのよ、悪い奴じゃないって」
そう言って二乃はコナンを見てきた。あの時の事件はコナンもよく覚えている。
あれの解決があったおかげで、ずいぶんと居候として五つ子達に馴染むのが楽になったのはコナン自身実感していた。
「話を戻すぜ。そんくらい五つ子のことを大事にしているお前だが、何となく気づいてたんだろ。お前はいつの間にかそうやって五人全員でいること自体に縛られてるって」
「……そうね」
言いながら、二乃は自分の髪を触った。
一束持ち上げると、その長さを確かめるようにし髪を撫でた。
「前に他の姉妹から聞いたことがある。お前たち昔は長髪だったって。そして今の姉妹の中で一番髪を長くしているのはお前だ。これは無意識にやってることかもしれないが、他の姉妹や母親に対する依存心の強さはその髪の長さに出てるんじゃないかって思ったんだよ」
「だから、何よ」
「お前自身、変わりたいって思ったんだろ。成長と共にどんどん変わっていく姉妹達に対して一人だけ母親の巣から飛び出せない、ひな鳥のままの自分に嫌気が差したんだ。変わるためには、無理にでも姉妹達から離れた環境に身を置かなければならない。そしてそれを行動に移したのが、今ってわけだ」
「……」
二乃は一つ、大きく深呼吸した。コナンから受けた言葉を咀嚼するように目をつむりしばらく黙り込んだ後、次に帰ってきた言葉は反論ではなった。
「コナン君、心理学者でも目指したらどうかしら。人の心にズケズケと入り込んで全部を白日の下に晒されたって言うのに、言い返す気にもならないわ。むしろ、自分の中でずっともやもやしていたものの輪郭をはっきり捉えられたような感じがして、すっきりさえしてる」
でも、と二乃は続ける。
「結局今の話は私がなんで家を出たのかっていう理由でしかないわ。あんたは私を連れ戻しに来たんでしょ?」
「別に?」
「……は?」
あっけらかんと言ってのけたコナンに、二乃は鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をした。
固まった二乃を前に、コナンは三口目を飲む。
「電話でああ言ったのはお前と話をする時間を作るための口実だよ。ぶっちゃけ、風太郎や三玖がお前の説得に失敗した時点で、俺に出来ることは無いって考えてるよ。気が済むまでここで過ごせばいいさ」
「な、何よそれ」
「おめえだって分かってんだろ? いつまでもこんなことしてられないって。じゃなきゃ、本気で家を出るつもりだったら他の姉妹がすぐに思いつきそうな場所に泊まったりしねえだろ。もっと遠くの場所に行って、一人で住む場所でも探してるはずだぜ」
二乃はため息をついた。
「降参よ。コナン君に口喧嘩で勝てる気がしないわ」
「勝ち負けを決めるつもりもねえけどな。俺はただアドバイスをしに来ただけだよ。きっとおめえは本気で家を出るつもりもないけど、納得がいく結果になるまで帰るつもりもないだろうからな。少しでも自分の気持ちの整理がつけばいいと思ってここに来ただけさ」
「でも、コナン君が何もしないなら変わらないんじゃないのかしら?」
「風太郎のこと舐めんなよ。あいつはどうせ、明日もここに来るぜ」
「……!」
「あいつ、勉強はできるけど結構バカだからな、お前が折れるまでひたすら通い詰めるくらいしそうだぜ」
「何それ、大迷惑なんですけど」
言いながら二乃は舌をしておえーっという表情を見せた。
四口目。コナンがコーヒーを飲みほした。
「だったらさっさと仲直りしちまうことだな」
「説得はしないんじゃなかったのかしら」
「これもアドバイスだよ。おめえがさっさとこんな生活やめたいって言ったからだろ」
「言ってないわよ!」
そうかよ、と言いながらコナンは席を立った。
テーブルの上には二乃が気が付かないうちに千円札が一枚置かれている。
コナンは出口へと歩き出した。
「ま、こんな機会滅多にないんだ。心残りだけは残さないようにしておけよ」
最後に、チラリと後ろを向くとさきほどいた席へと目を向けると二乃がこちらを見ていた。口元が動いていたが声までは聞こえなかった。
けれど、何を言っているかはその動きからなんとなくわかった。
『ありがと』
ホテルを出た時、コナンのスマホが鳴った。マルオからだった。
「先に約束を破ったのは君の方だ。君には、ただちにあの家から出ていってもらう」
マルオに呼び出されて病院に向かったコナンは、オフィスに入るなり開口一番に言われた言葉であった。
まず真っ先に、コナンはマルオに対して深々と頭を下げた。
「この度は、娘さんを危険に巻き込んでしまい大変申し訳ありませんでした」
「約束を破ったなどと君を責めるような言い方をしたけど、謝罪はいらないよ。君の事情を知った上で、条件をつけていたとはいえあの家への入室を許可したのは僕だ。だけど、どうやら僕は判断を誤ったらしい」
「……仰る通り、あの家にはもう戻りません」
するとマルオは自分のスマホを取り出し、どこかへと電話した。
耳に当てたまま数秒が経つと、電話先の相手と繋がったらしい。
「もしもし、中野です。今、工藤君に部屋を退去するように伝え、彼も承諾しました。あなたにも今後の話に参加してもらいたく……ええ、スピーカーにして彼にも聞こえるようにします」
マルオは耳からスマホを離すと、画面一度タップした。直後、スマホから声がした。
『聞こえているかい、新一君』
「安室さん!?」
電話先の相手は公安の人間、降谷零……もといコナンが呼び慣れた名で言うところ、安室透であった。
『君はもう散々いろんな人から怒られているだろうけど、僕からも一言くらい小言を言わせてくれ。日本という法治国家で戸籍を偽造するというのは、いくら公安であっても簡単なことじゃないんだよ。だというのに、君はずいぶんと簡単にその努力を水泡に帰そうとしてくれたじゃないか』
「……すみません」
『今中野さんからも話があった通り、約束が破られたからには君を中野さんに匿い続けてもらうことは難しい。とはいえ、君を狙う脅威を全て取り払うにはまだ一年以上はかかりそうだ。その間、僕たちは君を引き続き守らないといけない』
「僕の次の隠れ先をどうするかってことだよね」
『その頭の回転の速さを昨日も発揮してもらいたかったところだね。はっきり言うけど、今君が住んでいる地域は想像以上に奴らの監視の目も手薄でね。結構君にお任せできそうなんだ』
「……どういうことです?」
『住む場所は自分で探したまえってことだよ。家賃だけはこっちで補助してあげるから』
コナンが目を見張った。
「はあ!?」
『中野さん、次の住む場所が見つかるまではせめて彼を置いといてあげたいんですが、少し猶予をもらえませんか?』
「……二週間だ」
安室から振られた質問に、マルオは数秒だけ思案を巡らせるとタンパクに答えた。
続けて『と、いうわけだ』と安室がコナンへと話を戻してきた。
『二週間で自分の住む物件を見つけなさい。じゃないと君の住む場所は、警察の目でガチガチに監視されてる独房みたいな部屋になるよ』
「二週間って、平日は学校だってあるんですよ!? 実質来週の土日しか」
『普段難事件を解いている君だったら、このくらい朝飯前だと信じているよ。工藤さん……君のお父上にも話は通しておくからね』
最後にマルオと安室は一言挨拶をすると、コナンの反応など知らぬとでもいうように通話は切れてしまった。
マルオがコナンへと向き直る。
机の上に膝をつき、顔の前で手を組んだ。
「そういうわけだ江戸川君。検討を祈るよ。話は以上だ」
そしてマルオは机の上に置かれたままだった資料の山へと再び手を付け始めた。
最早コナンなどいないものとでも思っているかのように、眼中にない仕事ぶりだった。
いろいろと文句があるコナンであったが、これ以上は取り合ってもらえないだろうと考えると一度姿勢を直し、一礼した。
「失礼します」
そう言ってコナンは部屋から出て行った。
12月06日 水曜日 午後5時頃
学校帰りにコナンは今日も不動産を回っていた。
先日のマルオとの会話の後、優作とも電話で話したのだが、そこでも怒られたコナンは優作から自力で生活費を賄うように言われたのだった。
家賃補助は公安から出るため、食費や光熱費などを賄えばよいのだが、それにしても働かなければいけないことのだった。
元々コナンの家も裕福な方ではあるため、コナン自身も親からもらっている小遣いの貯金はある。とはいえ、あくまでも小遣いなので大した額ではない。
(もって三か月ってとこか、それまでにバイトも見つけねえとな)
ここ数日は不動産巡りより先にバイト関連の情報収集する羽目になっていた。バイトの募集状況や時給を確認し、大体どのぐらいのシフトを入ればいいかなどを計算しているうちに今日になってしまった。
(自分が原因とはいえ、なんだか妙なことになってきたな……)
今は最後に行った不動産屋から家までの帰り道であった。
広大な池が設置されている広い公園で、その池沿いを歩いていた。
すると、視界端で動く影が見えた。目を向けると貸出のボートを漕いでいる二人の人影があった。ずいぶん青春っぽいことをしていると思っていると、徐々に遠目に慣れてきて誰が乗っているのかまで見えた。
「あれ、風太郎じゃないか? ……マジかよ!? あいつこんな時にどっちと仲を深めて……誰だあれ」
ボートには風太郎の反対側に女性と思わしき人物が乗っているが、知らない人物であった。
追跡メガネのズーム機能を使おうかとも思ったが、それは出しゃばりすぎかとも考え少し思案していると、池とは反対の林の方にも人影があるのに気が付いた。
「あっちにいるのは……四葉じゃねえか」
コナンはとりあえず、四葉の方へと歩いて行った。
四葉としばらく話をした後、四葉は陸上部の練習に戻っていった。
四葉と別れた後もしばらく風太郎の様子を見守っていたコナンだが、どうやら上手く話が進まなかったらしく、コナンが見守る中で風太郎はボートから桟橋への移動に失敗し池に落ちた。
「あいつ! 何やってんだ!」
コナンが林から出ようとしたが、どうやら池の周りを周回していたらしい四葉が戻ってきて、桟橋から陸地へと上がってきた風太郎と鉢合わせた。
何事か話しているようだったが、その会話もすぐに終えると四葉は走り去っていった。
(四葉……)
続けてコナンも風太郎の前に出た。
「何やってんだよお前」
「コナン……お前こそ」
見ていたのか、と聞き返してこない当たりかなり余裕がない様子が見て取れた。
「ずぶ濡れじゃねえか。早く帰って風呂入れよ」
「そんなことしてる場合じゃない……二乃を説得しないと」
「お前、その格好で行くつもりか!? 追い返されるに決まってんだろ!」
「二乃……」
「風太郎、お前……!」
ぼんやりとしている風太郎の様子がおかしいことにようやくコナンは気が付いた。
池に落ちただけでこうなるとは思えない。ここ数日、こいつが姉妹喧嘩を解決するために方々を駆けずり回っているのは知っている。おまけに来週は二学期末試験だ。かなり精神的に追い込まれているのだろう。
正直、この状態の風太郎であれば無理やり家まで引っ張っていってやることも出来たが、抵抗されると面倒だ。
(こいつも気が済んだら大人しく帰るだろ)
そう考え、コナンは逆に風太郎を止めないことにした。その代わり、
「分かった、俺もホテルに一緒に行ってやる。ただし、追い返されたらまっすぐ帰れよ」
「ああ……」
風太郎を連れてホテルに着くと、先に風太郎を中に入らせて様子を伺った。風太郎は不審者として顔を覚えられているらしく、速攻で入り口の警備員に止められていた。
ずぶ濡れの様子も相まってか、警備員の顔も真剣な仕事モードになっている。
(そら見たことか)
すぐに出てくだろうと思っていたが、するとエントランスの奥の方から二乃が出てくるのが見えた。
二乃も風太郎に気が付いたらしく嫌そうな顔を浮かべた二乃が早足で風太郎の方へと歩き始めるが、それに対して放心気味のままの風太郎は二乃の存在に気づかずに帰ろうとし始めていた。
(早く戻ってこい……! 二乃に捕まると面倒だぞ!)
二乃の顔はどう見ても文句を言ってやろうという顔に見えた。しかし、入り口近くまで来ている風太郎のすぐ傍まで寄ってきた二乃も、逆に風太郎の様子に気が付いたらしく顔色を変えた。
直後、二乃はカバンからタオルを取り出すと風太郎へ投げつけた。
「警備員さんの言う通り、あんたみたいなみすぼらしいのがいたら他の人のお目汚しになるわ。邪魔よ、部屋に入りなさい」
(うそっ……!?)
二乃に連れられてホテルの中へ入っていこうとした風太郎に対して、慌ててエントランスに入ったコナンは風太郎から少し距離のある所まで近づくと、追跡メガネに付属の盗聴器を飛ばして二乃へと取り付けた。
その後コナンは、以前二乃に客人として通してもらえていることを警備員にも覚えてもらえていたらしく、会話の様子をカフェエリアで聞くことができた。
池での出来事以外、その日は対した話もなく収穫はなかった。
12月07 木曜日 午後6頃
再び風太郎が二乃のホテルに向かったのを放課後に見かけたコナンは、風太郎の後を尾行すると、風太郎がホテルに入ったタイミングで自分も再びカフェエリアへと上がり、二乃のカーディガンに取り付けた盗聴器をONにした。
幸い昨日の今日では洗濯されておらず、盗聴器は無事に音を拾い始めた。
『なんだか俺がお前たちの家に居座った時、お前がイライラしてた気持ちがわかってきたぜ』
『ふーん。ルームサービス呼ぶけどあんた何かいる?』
『じゃあ飲み物頼む』
『はーい、こっちで適当に選んじゃうわねー……ってなんで当たり前のようにいんのよ!!』
それからしばらくは二乃が、先日コナンと話した内容を自分なりに咀嚼した結果を風太郎へと伝える会話が続いた。
やはり、自分でも前に進まないといけないという気持ちには変わりないようだった。
『いいのよ、過去は忘れて前を向いて行かなきゃ。後は……そうね、心残りがあるとするとしたら、林間学校……キンタロー君』
(キンタロー? 誰だ?)
『しっかりお別れできなかったからかしら、もう一度会えばケリをつけられると思ったんだけど、忘れさせてくれないわ』
『会えると言ったら……お前はどうする?』
『え……?』
知らない名前が急に出てきたと、会話の内容に耳を澄ましてしたコナンであったが、風太郎のリアクションも予想外であった。
知っている人間なのだろうかとも思ったが、よく考えなくても風太郎とキンタロー、まさかという思いが脳裏を過った。
その場では風太郎は一度帰ると言い出し始め、コナンも慌ててホテルの前で風太郎を待ち伏せた。
自動ドアを潜って外へ出てきたところで、影から風太郎に電話をかけた。
コナンのスマホから呼び出し音が鳴るのと同時、風太郎が携帯を取り出すのが見えた。
『コナンか、どうした?』
「ちょっと聞きてえんだけどよ、おめえキンタローって誰か知ってっか?」
風太郎が足を止めて仰け反った。
『なんでお前がそれを知ってるんだ!? まさかお前、さっきの話聞いてたんじゃないだろうな』
「さっきの話ってなんだよ。俺は今学校で隣のクラスの女子と話してたんだよ。二乃を連れ戻す案が思い浮かばねえかと思ってな。それで、そいつらから二乃のことをいろいろ聞いてたら、キンタローってやつと林間学校で何かあって心残りになってるかもって話を聞いたんだ。こんな安直な名前、逆に最近じゃ中々聞かねえからな。もしかしておめえとも関係あんじゃないかと思ったんだよ」
やや説明っぽくなり過ぎたかと思ったが、風太郎は気が付いていないようだった。
それどころか、どう説明しようと悩んでいるらしく前髪を弄りながら少し黙り込んだ。
『俺の親戚だよ。どうも二乃と会ったらしくてな』
「へえ、たまたま同じ林間学校に来てたってわけか」
『そうだ』
「嘘つくなよ。それで二乃は騙せたかもしれねえけど、俺には無駄だぜ。あの日、あの林間学校に他の学校が来てないのは知ってるぜ」
『……』
「別にとやかく言おうと思ってるわけじゃない。ただ俺も二乃と五月を仲直りさせられればいいと思っているだけだ」
風太郎に言ったことは事実だ。とは言っても、二乃や五月本人たちに言っている通りコナン自身が何かをするつもりはない。ただ、風太郎の手伝いが出来ればという考えだった。
風太郎はしばらく考えた後、観念したらしく正直に話し始めた。
林間学校の日に、肝試し用に変装していた姿を二乃に見られたところ別人だと勘違いされたと。元々、変装した姿に似た姿を林間学校前にも見せたことがあるらしく、そこで自分の従妹だと説明してしまったとのことだった。
林間学校では結局キャンプファイヤーに誘われることにまでなってしまったが、最終日はコナンも知っての通り風邪で風太郎はダウンしてしまい、断りの連絡もろくにできなかったせいで二乃をキャンプファイヤーの最後の時までまちぼうけにさせてしまったということだった。
(そういえば、あいつ一人でいたな……)
コナンもキャンプファイヤーの終わりのころは、焚火の周りにいた。あの時は一花と五月も一緒だった。
それでようやくコナンの中で話が繋がった。
未だに二乃は金太郎のことを引きずっており、その心残りを解消するために風太郎はもう一度変装をしようとしているということだった。
(本当に上手くいくか……? そんなの)
心配には思ったが、しかしもし上手くいけば二乃の心残りはなくなる。次のステップに進み二乃が家へ帰ってくるきっかけになるかもと考えた。
コナンは風太郎の案に乗ることにすると、電話を一度切りしばらくホテルの前へ張り込むことにした。
日も暮れて夜になったころ、金髪のカツラを被っただけの風太郎が戻ってきた。その姿を見て途端に不安になった。
(……本当に大丈夫か……? もしかして分の悪いカケに乗っちまったんじゃねえだろうな……)
本日二度目の利用ということもあり、やや不審な目で見られはしたがコナンは再びカフェで話を聞くことにした。
とはいえ、二乃も制服から着替えてしまっているらしく、カーディガンに取り付けられた盗聴器からは話はほとんど聞こえなかった。
断片的にしか聞こえない会話をかろうじて聞き取っていると、途中から話は聞こえなくなった。
その代わり、エレベーターから二乃が下りてくるのが見えた。
(な、なんでここに!?)
コナンはやや身を小さくして二乃の視界に入らないようにした。
幸いにも顔は見られなかったようで、二乃はコナンの脇をすり抜けると少し離れたところに座った。
続けて風太郎がエレベーターから降りると、急いでホテルの外へ駆け出していくのが見えた。
(くそ、部屋の中の会話が聞こえなかったせいでどういう状況かよくわかんねえな……)
しばらくするといつもの制服姿でカツラも取った風太郎が汗だくになって戻ってきた。
二乃同様、コナンの脇をすり抜けると、二乃の席に風太郎は付いた。
「遅いわよ」
「どうしたんだ急に」
「なんで汗だくなのよ。すみません、こいつにアイスコーヒー」
良き絶え絶えで話も難しい風太郎が呼吸を整えているうちに、先に飲み物が届いた。
風太郎はブラックのままアイスコーヒーに口をつける。そこで二乃もようやく話し始めた。
「私、彼にコクられるかも」
「はぁ……」
(告白……? 風太郎のやつ、金太郎の姿で口説きでもしたのか?)
「だってあんな真剣な顔して大切な話って何よ。そんなの一つに決まってるわ」
「そ、そうかなぁ」
(ああ……正体をバラそうとしたのか)
「あんたはどう思う?」
「え? 俺は……」
「なんてね。あんたの意見なんてどーでもいいわ。ただ人に聞いてもらって、自分の状況を整理したかっただけ。これから彼の話を聞くことにするわ」
二乃が机の上に手を出すと、風太郎へと差し出した。握手のポーズだ。
「今日は彼に合わせてくれて感謝してるわ」
「なんだよ、らしくねえな」
風太郎の意見に同意見だった。ずいぶんと晴れやかな顔を浮かべて握手をしようとする二乃の姿は、あまりにも今までの風太郎に対する態度とは異なっていた。
「この先、どういう結果になっても彼との今の関係に一区切りつけるわ」
「二乃……何も出来なくて悪い。頑張れよ」
風太郎が握手に応じた。
その直後で会った。二乃の表情が満面の笑みへと変わった瞬間、コナンには逆に背筋に冷たいものが走るのを感じた。
そしてその直感は正しかったようで、二乃は立ち上がると握手している手とは反対の手で風太郎の握手している手の袖をまくった。
風太郎の手首にはミサンガが付けられていた。
(なんだ、あれ)
コナンから見ると何が起きているか理解できなかったが、たったそれだけの確認で二乃と風太郎には理解できることがあったらしく、
「やっぱり」
二乃が短く言った。
「これは……順を追って……!」
「約束を破ったら許さないって言ったはずよ。あんな明るいところで会うなんて詰めが甘いわね。前回と違ってよーく顔が見えたわ」
そこでコナンも理解した。あのミサンガの存在が風太郎と金太郎が同一人物であることを確定させる決め手になっていることを。
(あのバカ! そんな証拠品を付けたままここにきたのかよ……!? せめて外してもっておけば……)
二乃が風太郎の手を離して席から離れる。
「変装なんてすぐバレるのよ。五つ子じゃないんだから……バイバイ」
そう言って立ち去ろうとした二乃の手を、風太郎が掴んだ。
「待てって! 一方的に話すんじゃなくて少しは俺の言い分も」
「騙していたのはあんたの方よ。これ以上話すことはないわ。離して」
そう言って二乃は掴まれたまま歩こうとする。しかし、風太郎は手を離さないままだった。
それに対して二乃は心底嫌気が差したように顔を歪めた。
「離してよ!」
二乃は手を大きく振ると、風太郎の手を振り払った。体勢がよろけた隙に二乃が早足でカフェから出ようとした。
このままだと最悪な終わり方を迎える、そう思いコナンも立ち上がると二乃の前に立ちふさがった。
二乃の目が見開かれる。
「コナン君……! なんでここに……いえ、あんたまで盗み聞ぎなんて、どういうつもりよ!」
「落ち着け! 風太郎も悪気があったわけじゃ」
「いい加減にして! 今はもう話なんて聞きたくないのよ!」
聞く耳持たず、といった様相でコナンに構わず全身する二乃。
コナンの目の前まで来ると乱暴にコナンを押しのけて先へ進もうとした。
暴力というほどのものではないが、強く押された拍子にコナンは体勢を崩すと脇へと尻もちをついた。
それと同時に、コナンの傍でカシャン、という物が落ちる音もした。
転んだ拍子に目をつぶってしまったコナンであったが、目を開けるとそこには自分がかけていたメガネが落ちていた。
そして続けざまに、二乃の声がした。
「うそ……」
二乃の方を見る。信じられないものを見ている、そんな表情をしていた。
(ヤベェ!!)
慌ててメガネを拾い上げてつけるが、二乃の様子は当然ながら変わらない。
「そう、上杉だけじゃなかったんだ……何よ、みんな……みんな嘘つきじゃない!!」
叫んだ後、二乃はエレベーターの方へ走り去っていった。立ち上がって追おうとしたが、振り向きざま、二乃の目に涙が浮かんでいるのが見えてしまい、固まってしまった。
その間に二乃はカフェへ出ると、側に立っていた警備員に話しかけていた。
「あの二人! 上に上げないでください! 不審者です!」
「なっ……!」
後ろで風太郎が驚く声がした。
コナンと風太郎、二人が見送る中で二乃は偶然来ていたエレベーターに飛び乗っていった。
その後、風太郎からも何故ここにいるのか聞かれたりもしたが二乃の説得に来たところカフェで二人がいるのを見かけたと嘘の説明したら納得してくれた。
二乃の部屋にはエレベーターや階段を上る前に警備員より、二乃の知り合いとして一度は通されているから不審者だとは思っていないが、客の要望を優先するため通せないとやんわりと拒否された。
やむなく二人でホテルを出て、少し歩いていると、反対側から三玖が歩いてくるのが見えた。どうやら三玖も二乃の説得に来たらしく、細かい説明はしないものの自分たちは失敗したことを伝えた。
三玖はいったん了解してホテルへと向かい、コナンと風太郎もお互いの家の帰路に繋がる分かれ道で別れた後、コナン一人で歩きながら考えていた。
昨日からというもの妙に何事も上手くいかない。今回だって、まずいことになったと思っている。
(もしかして、二乃に正体がバレたかもしれねえ……)
もうすぐこの家を出て、五つ子たちとの関係も切れそうになったこのタイミングで、どうしたものかと頭が痛くなる思いだった。
コナン「二乃が泊ってるホテルの中の会話をどうやって聞くかって?・・・盗聴すればいいんだよ」
捕まってしまえ。
※「盗聴すればいいんだよ」は原作でも本当にあったセリフです。