五等分の名探偵 - コナンと五つの難事件-   作:真樹

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バレンタインとテスト期間

 世間ではバレンタインデーと呼ばれているこの日に新一は都内のとある刑務所に連れてこられていた。

 今は受刑者との面会部屋で面会相手が部屋の到着するのを待っている状況だ。

 新一の横には灰原が、そして椅子に座る二人の後ろでは安室が立っている。

「二人とも、準備はいいね」

 安室が二人に対して呼びかけた。ガラス越しの向こう側の部屋に変化はまだなかったが、公安として間もなく面会相手が到着するであろう何かを感じ取ったのだろう。

 安室の呼びかけに対して、新一は顎を少し引いて身構えた。隣に座る灰原も膝の上の握っていた拳により一層力が込められる。

「囚人番号211番、入室します」

 直後、囚人側の扉の向こうから看守の声が聞こえる。同時に扉が開くと、一人の男性が入ってきた。

 その男性はボーダーの囚人服に身を包み、銀髪の髪は元々長髪だったと言われても嘘だと思うほど短く切りそろえられていた。

「今更俺に面会しに来る奴なんてどこのどいつかと思ったら、懐かしい顔ぶれじゃねえか」

 以前は長髪によって見え隠れしていた鋭い眼光は今なお健在で、隠れることが無くなったからこそ、なおさら新一達に突き刺さるようであった。

「同窓会でもしようってんじゃねえだろうな。バーボン、シェリー、それに……工藤新一」

 とても囚人とは思えない振る舞いのその男、ジンは不敵に笑うと面会用の席にドサリと音を立てて座った。

 背もたれに大きく体重を任せると、背を仰け反らせてまるでこちらを見下すようにしてこちらを見てくる。

「その名で呼ばれる筋合いはもうないさ、ジン」

「私も。今となっては忌まわしい名前、呼ばれるだけで反吐が出るわ」

 かつてのコードネームで呼ばれた二人は、表情こそ変えはしないものの二度とその名で呼ぶな、と釘をさすように威圧した。

 威圧はジンにも届いているはずだが、当の本人であるジンは「そうかい」というだけでどこ吹く風だった。

 開口一番で話の流れを乱されそうになっていると感じた新一が本題を口にする。

「ジン、お前に聞きたいことがある。アペラってコードネームのやつを知っているか」

「アペラ? ……ああ、あの出来損ないか」

「出来損ない?」

 新一の問いかけに対して、ジンはニヤリとした笑みを浮かべたまま話す。

「ああ、あいつは組織の中でも飛びぬけて使えねえやつだったからな。だから本部にも……待て」

 しかし、途中まで話したところでジンの表情が素に戻る。

「わざわざ俺を呼び出してまでそんなことを聞きに来たってことは……まさかあの女、逃げ切りやがったのか」

(女……)

 ジンの発言を一言一句逃さず聞き取ろうとする新一は、アペラという人物が女性であるということを聞き逃さなかった。

 しかし、同時にジンに対しても不要な情報を与えてしまったらしい。

 組織との最終決戦は、組織のボスと思われる人物の拠点へ警察や公安が突入する作戦が決行された。ジンやウォッカなど、最後まで組織の中枢として動いていたエージェント達もその場で一斉に検挙され、組織としての機能は完全に停止したものと考えられている。

 組織壊滅の時点で、何人かの拠点外にいたエージェントは野放しになっていることは内部から情報を探っていた安室や水無玲奈によって確認されていたが、個人で出来ることなどたかが知れていると判断し公安が裏社会の連中とまとめて対処する算段であった。

 そのため実際にはアペラ以外にも黒の組織の元エージェントが娑婆を自由に歩き回っていることは間違いないのだが、今回わざわざアペラについてジンへ話を聞きに来たのは、先日新一も訪れた火災現場で発見された資料が原因であった。

 内容はほとんど燃えてしまっており解読は不可能だったが、資料にはAPTX4869の名前が書かれていたことや、アペラというコードネームが記載されていたことから黒の組織の残党として何か企んでいる恐れがあると公安が判断したためであった。

 ジンは新一からの質問一つだけで、アペラが現在も逃亡中であること、そして何か行動を起こしているということ察知したのだろう。

「つまりお前らは、あの役立たずを捕まえるためにわざわざ俺に話を聞きに来たわけだ」

「分かっているなら教えてくれ。アペラが組織でどんなことをしていたのかをな」

「適当なことを言っても無駄よ。そのために私も来てるんだから」

 先日、灰原から聞いたアペラというコードネームの由来にもなっている酒のことを思いだす。

 アペラとはオーストラリア産の酒精強化ワインの総称を指す言葉だ。元々は『オーストラリア風シェリー』『ジェネリックシェリー』などという呼ばれ方をしたが、法の改正によってシェリーという名称を使用することが禁じられ、2000年台にアペラという名称を使用することとなった。

 そのため、シェリーが現役である限りはアペラというコードネームは使用されなかったのだが、灰原が組織を抜けて以降にそのコードネームが使用されるようになったということは、考えられる役職は科学者、しかも灰原の研究を引き継いでいる可能性が高かった。

 つまり、考えられるのはAPTX4869の完成品の作成だ。

「私が組織を抜けた時点だと、まだAPTX4869はごく一部の人間に対してしか幼児化効果は発揮しなかったわ。それ以外の人間に投与すると細胞の自己破壊が過剰に作用して卵子、つまり単細胞になるまで幼退化しすぎてしまい、結果的に死体も残さず死亡させてしまう毒薬でしかなかったわ」

「灰原は組織を抜けた後も自力で研究を進めてくれていたが、同じことを組織だってやってた可能性は十分ある。俺たちはアペラがそれをやっているんじゃないかと推理している」

「そこまで読めておきながら今更俺に何を吐かせようってんだ。まさかその通りって俺が言えば、この場は終わりってこたねえだろうな」

 ジンの言う通りだ。新一たちは何もYESかNOで済むだけの話をしに来たわけではない。

「今俺が話したのはあくまで俺と灰原、そして安室さんが知る研究の延長線上にある話でしかない。俺たちが知りたいのは、もっと別の俺たちが想像もつかねえような研究をやつがしてたんじゃないかってことだ」

 ジンはフッ、と鼻を鳴らした。

「仮にそんな話を知ってたとして、俺が話すメリットはなんだ?」

「その交渉のために、僕がここに来ている」

 安室が新一と灰原の間を縫って一歩前に出る。ジンと新一たちを隔てるガラス壁付きの机の上に一枚の紙を出す。

「司法取引だ。我々が有益と判断できるような情報を提供するなら、お前の減刑を考えてやってもいい」

 すると今度こそジンは一度、声を上げて笑った。

「減刑? 笑わせんな。死刑が一生刑務所の中に変わるだけだろうが。そんなのなんの取引にもなりゃしねえよ」

 だが、とジンは続ける。

「塀の中ってのは何しろ刺激がなくてな。お前らとあいつがつぶし合う光景を拝めるなら、いい暇つぶしにもなるかもしれねえ。組織がなくなった今、俺にとっちゃ元組織の仲間もお前らのことも等しくどうでもいい。全部片付いた後に事の顛末を教えてくれでもするなら、少しは話してやってもいいぜ」

 ジンの言葉に一瞬、新一たち三人が揃って訝し気な表情を浮かべた。回りくどい言い方をしたが要するにこの男は無償で捜査に協力してもいいと言っているように新一たちには聞こえたのだ。

 ただより高いものはないという言葉がある通り、そういった提案を受けると逆に疑いたくなるのが利口なものの心理だ。

 新一ジンという男のプロファイリングはある程度聞いている。この男は狡猾で、異常に頭がキレ、犯罪という行為に一切の躊躇が無い男だ。

 もしもジンがただ組織というものに心酔しているだけの男であるならば、この取り引きは断るべきだろう。偽の情報を流して操作をかく乱するのが目的である可能性が高いからだ。

 しかし、新一が知るジンという男は組織自体に対する忠誠心というものはそれほど高くないのではないかと推理している。あるのはどこまでも自己利益の追求であり、それが約束されている状況だからこそ、当時は組織のためにどこまでも冷徹な男だったのだろう。

 そしてその組織がない今、ジンは本当に刺激を求めているという理由だけでかつての仲間を売ろうとしている可能性も無いとは言い切れなかった。

 もしかしたら、こうして自分の発言で一喜一憂している新一たちの様子を見ている今現在ですら内心でほくそえんでいるかもしれない。

「やめておきましょう」

 新一の思考を断ち切ってそう言ったのは灰原であった。

「この男がどういう意図でこんなふざけた取引を持ち出してきたのか知らないけど、意図が分からないなら乗らない方が私たちには得策よ」

「……宮野さんの判断に同意だね。僕もこれ以上、この男と話すことはないと思うよ。少なくとも今は、アペラという僕も知らなかったコードネームの女性が、組織が健在だった時から実在していたっていう確証が取れただけでも十分さ」

 安室は出口へと向かい、灰原も席を立った。

 けれど、新一だけが席を立たずにいた。

「江戸川君?」

 不審に思った灰原が振り返り、新一を呼んだ。

 その直後、新一がジンに言った。

「いいぜ、その条件に乗るさ」

「ちょっと、江戸川君何言ってるの!?」

「今僕達が言った事を聞いていたのかい!?」

「ああ、もちろん聞いてたさ。その上でやっぱり俺は、こいつの話は聞いた方がいいと思ったんだよ。きっとこいつは、ジンは嘘をつかねえ。そんな気がするんだ」

「気がするって……」

 灰原が呆れた顔をして言葉を失っていた。

 対してジンはと言えば、これまでずっと浮かべていた笑みがより一層野性味のあるものへと変わった。

「流石は名探偵だ。俺のことをよくわかってる……それとも、意外とお前も犯罪者の素質があるのかもな」

「笑えない冗談はやめろ。それで、約束通り俺たちがアペラを捕まえたらお前にも経緯を教えてやる。だから教えてくれ、アペラが何をしようとしてるのかを」

「いいぜ」

 ジンが話し始めようとした瞬間、安室は懐から手帳を取り出すとメモを取る姿勢を取った。

 新一も前のめりになり、聞き漏らしがないようにする。

 一拍置いた後で、ジンは話始めた。

「やつが作ろうとしてるのはイブだ。そしてアダムと知恵の実のありかをあいつは知っている。せいぜい奪われないよう気を付けることだな」

 

 結局、ジンから聞き出せたのは意味の分からない助言のようなものだった。

 あの後、コナンや安室がもっと真面目に話すように迫ったが、ジンは「ただの暇つぶしのために馬鹿正直に答えを教えるやつがどこにいる。自慢の頭脳を使ってせいぜい推理することだな」と吐き捨てて面会室を自ら立ち去っていった。

 三人は刑務所前の駐車場まで移動していた。

「すまないねコナン君。せっかく君に都内まで出てきてもらったというのに、空振りになってしまった」

「いえ、得るものはありました。ジンのあの言葉もまったく無意味なものとも思えませんし」

「けど、あの男は少しだって信用すべき相手じゃないわ。今日の話は聞かなかったことにした方が、捜査が進む可能性すらあるかもしれないわね」

 三人の前に一台の車が到着した。助手席側の窓が開き、奥からは風見警部補が顔を覗かせた。安室がコナンを家まで送るために手配したのだった。

 コナンが助手席の扉を開けて中へ入ろうとすると、安室が呼び止めた。

「そうだ、変える前にこれを君に渡しておくよ」

 そう言って手渡してきたものは、ラッピングされた四角い箱だった。

 受け取ったコナンは何か分からずしげしげと見た。

「なんです? これ?」

「チョコレートさ」

「ああ、そういえば今日はバレンタイ……安室さん!?」

「誤解をしないでもらいたいが、君のガールフレンドからだよ」

「え……蘭?」

「君がこっちに来ることは、警察や毛利さんのところにも連絡を一応してあってね。そしたら蘭さんが君と会う時間を作れないかと申し出てきたんだが、先日の襲撃のこともある。それは難しいと断ったところ、それを渡すよう頼まれたというわけさ」

 なるほどな、とコナンは事情を理解した。

 実際のところ、コナンも時々蘭と電話をしている最中でバレンタインのチョコを渡す時間が作れそうかという話は本人から再三の確認があった。

 しかしながら、そのような事情で自分が東京へ出てくることは難しいし、蘭にこっちの家に来させるにしても事前に説明をすませておかなければならない事情があった。

 そのため、最悪郵送か、チョコレートショップのギフト券で今年はすませてしまうかもしれないと二人で落胆していたところであった。

(ただそれにしても蘭の奴、公安にチョコの配達をお願いするとは図々しいというか……)

 そう考えていると、コナンの前にもう一つ、紙袋が付きだされた。

 突き出してきている相手は灰原だった。

「なんだよ」

「あげる」

「なんだこれ」

「あなたの持ってるそれと同じよ。こっちに入ってるのは買ったやつだけどね」

 コナンは紙袋を受け取った。

「なんだよお前まで」

「別に、博士の分と一緒に買っただけよ。その方がセットで安かったから」

「あ、ああ。義理か」

「何よ」

「何でもないです」

 灰原から受け取ったチョコはコナンでも知ってる銘柄のものだったが、義理でこんなものを渡すだろうかと思いつつも、刺殺できそうなほど鋭い目で睨んできた本人を前にそれ以上は何も言わなかった。

 

 家から少し離れた場所で下ろしてもらった後、コナンは歩いて自分の住むアパートへと向かった。

 二階の自分の部屋へと続く階段が見えたころ、ちょうど反対側から帰ってきたらしい一花が階段を上る姿が見えた。

(仕事帰りか?)

 そんな風に考えながら、自分もアパートへ近寄っていくと、階段を上がり切った先にある踊り場の真下に差し掛かった時、上から声がした。

 どうやら一花と三玖が立ち止まって会話をしているようだった。

「フータローは私のことを全然女子として見てない。知ってたけど、フータローにとって私たちはただの生徒」

 踊り場の下でコナンの足が止まって。とてもではないが割って入れるような話題ではないし、急いで立ち去ってもそれで気取られでもしたら傷つけかねないからだ。

 前にもこんなことがあったな、とコナンは林間学校のことを思い出した。

 一花も三玖も、そんなコナンに気づかないまま話を続ける。

「だから決めた。この期末試験で赤点回避する。しかも五人の中で一番の成績で。そうやって自身をもってフータローの生徒を卒業出来たら。今度こそ好きって伝えるんだ」

(!!)

 それは三玖の決意表明であった。

 何故一花にしたのかは、話を途中から聞いていたコナンにはわからなかったが、それでも『今度こそ』という言い回しから先日の菊が前の家に遊びに来た時のことを意識しているのだろうとは想像できた。

 そういえばあの場には、一花も一緒にいた記憶がある。

「そっか、三玖は決めたんだね。なら、お姉さんは応援するよ」

「うん……でもこれはあくまで私の想いだから、一花も試験はちゃんと頑張ってね」

「もちろん……というか、手を抜いてる余裕なんてないですし……」

 二人はそう言いながら部屋へと入っていく音がした。

 残されたコナンは一人、四葉のことを思い浮かべていた。

 まずい話を聞いてしまったと思った。片一方だけに肩入れするようなことはしないと決めていたが、四葉の現状を思うとこのままでいいのかと、どうしても考えてしまうのだった。

 

 その日の夜、コナンの部屋に五月が訪れてきた。

「あの、江戸川君……少し夜のお散歩をしませんか」

 五月に連れ出されたコナンは近くの池のある公園へと訪れていた。

 先日、風太郎が謎の女とボートに乗っている様子を四葉と眺めていた公園だ。

 池沿いの遊歩道をしばらく並んであるいていたが、五月は自分からコナンを連れ出したというのにずっと黙ったきりだった。

 妙な空気に耐えかねたコナンが無理やり話題を作ろうとする。

「そういえば今日はお前も出かけてたんだっけか。確か、毎月行ってる墓参りだったよな」

「え、ええ。今日は母の月命日ですから」

「そうか……」

 また沈黙が流れた。

 別に地雷を踏んだとも思っていないが、お母さんの命日から話を広げるのもどうかと思ったのだ。

 五月もコナンの気遣いには気が付いたようで、少し慌てた様子で話し出す。

「そういえば、先月のお墓参りの時に、お母さんの元教え子だった方にお会いしたんです」

「へえ、そうなのか。良い人だったか?」

「ええ、とても。先日、進路希望調査の用紙は江戸川君も受け取りましたよね?」

「ああ、まあな」

 急に話題が変わったな、とコナンは思った。

「ずっと何を書くべきか迷っていたのですが、その人のおかげで私は自分の進路が見えた気がしたんです。そしてここ最近、上杉君の提案によって私たち姉妹も自分の得意科目を他の姉妹へ教えるようになって、より強い気持ちに変わったんです。私、教師になろうと思うんです」

「いいじゃねえか。その夢を叶えるためにはもっと勉強しなきゃいけないかもだけどな」

「上杉君みたいなこと言わないでください」

「わりぃわりぃ」

 そう言って苦笑するコナンに、釣られるように五月も笑みを浮かべた。

 先ほどまでの妙な空気が弛緩したのを感じた。

 その時だ。五月が立ち止まった。

 二、三歩先を行ってしまったコナンも続けて止まると後ろを振り返った。

「どうした?」

「あの、江戸川君。江戸川君は今日、誰かからチョコってもらいましたか?」

「チョコ? ……ああ、一応な」

「……! そう、ですか……江戸川君はクラスでも人気者ですもんね」

 そう言う五月の表情はやや暗いものとなっていた。

 その後ろ手には何か持っているような気がしたが、五月はそれを出してはこなかった。

 気になったコナンはそれを覗き込むようにして見ようとする。

「何か隠してるのか?」

「い、いえ! これは、その……!」

「なんだよ、俺に言いたいことでもあるならはっきり言えよ」

「……! で、でしたら、こ、これを何も言わずに受け取ってください!」

 そう言って五月は今まで背中に隠していたものをコナンの目の前に突き出してきた。

 突き出されたものは無地の紙袋であった。

 灰原からも同じようなものを渡されていたため、それが何かはすぐに理解できた。

「これ、チョコレートか?」

「何も言わずにと今言ったじゃないですか!? ……そうですけど、ここ最近三玖が頑張って作っているのを見てたら、私も少しくらい料理が出来るようになった方が家事の役に立つかと思いまして……そ、それだけなんです! 他意はありませんから!」

「おっと」

 早口で捲し立てながら、なかば押し付けるようにして強引に紙袋を渡すと、五月はそのまま走り去っていった。

 残されたコナンは本日三個目になるその紙袋を掲げた。

「他意はないか……家事の手伝いでチョコ作りなんて普通しねえよな……」

 もしかしてこのチョコは、そう考え始めようとした時、視界の端の遠くで横切る影に気が付いた。夜だというのにぴょこぴょこと跳ねるような動きをするリボンのシルエットによって誰かは一目瞭然であった。

 スマホを取り出すと、四葉へと電話をかけた。数コールが鳴った後、電話先の四葉が出た。

「四葉か。お前今一人か?」

『うん、そうだけど。どうして知ってるの?』

「俺も外を散歩しててな。遠巻きにお前の姿が見えたんだよ。時間あるならちょっと会わねえか。話があるんだ」

『コナンさんが私に? ……分かった、すぐ行くよ』

 公園の入り口で待っていることを伝えて待っていると、ものの数分で四葉が到着した。

 結構な距離を走っていたようで大分汗をかいている様子だった。

「お待たせ! ちょっと勉強に詰まったから気分転換に走ってたんだけど、思った以上に気分が乗っちゃって」

「別に俺は家庭教師でも何でもないんだから言い訳なんてしなくていいぞ。それよりだがな四葉」

 そうしてコナンは先ほど、自分が聞いてしまった三玖と一花の会話を四葉へと説明した。

 話を聞いた四葉は驚いた様子でコナンを見た。

「どうしてそんな話を私に教えるの?」

「そりゃ、俺だって出過ぎた真似をしてるってのは分かってる……でもよ、お前だって風太郎のこと好きじゃねえか」

「それは、そうだけど……」

「どうしてかまでは知らねえが、おめえが自分より姉妹を優先してるのは見ればわかる。けどよ、自分の恋愛感情に嘘をついてまで応援されるのは、三玖だって素直に喜べねえと思うぜ」

「……」

「お前はこのまま三玖に風太郎を取られちまってもいいのかよ」

 コナンの問いかけに四葉はしばらくの間答えなかった。けれど、コナンも四葉の行動の真意が掴めない今、下手に話を進めるよりは四葉から出てくる言葉も聞くべきと辛抱強く返答を待った。

 しばらくすると、ようやくポツリポツリと話し始めた。

「上杉さんが三玖を選ぶんだったら、私はそれでも構わない」

「お前、本気でそれ言ってんのか?」

「……」

「四葉、お前なんでそこまで頑なに、自分を犠牲にしてまで姉妹の気持ちを優先しようとするんだよ。いや、それ以前の問題じゃねえか。お前は風太郎と再開した最初の時から、まるで赤の他人みたいにあいつに接してた。俺に話してくれた時はあんなに好きだって自分から言ってたのに……なんでだよ?」

「コナンさんは知らないんだよ、私が姉妹にどれほどの迷惑をかけたか。上杉さんとの約束をどれだけぞんざいに扱ってしまったのかを」

 前者の姉妹にかけた迷惑というものは四葉の言う通りコナンは知らなかった。だが後者の風太郎との約束というのであれば聞いたことがあった。

「確か勉強して賢くなって、稼げるようになったら姉妹を養うってやつだったか……確かに風太郎とお前を見比べれば、同じ約束をしたはずなのに得られた結果は雲泥の差だな」

「……うん」

「だがお前だって努力してこなかったわけじゃないだろ? そりゃ前の学校は転校する羽目になっちまったかもしれねえが」

「落第したんだよ」

「なに?」

「前の学校で、私は落第しちゃったんだよ。私一人だけが転校をさせられそうになった時に、姉妹のみんなが私についてきてくれたの」

 この話は、上杉さんにもこの前しました。そう四葉は付け加えて言った。

 話を聞いてコナンもようやく理解した。四葉がそのせいで、他の姉妹に対して明確に負い目を感じているのだろうと。しかし、それだけではまだ全ての納得がいかない。

 今聞いた話はあくまでも、四葉が他の姉妹を優先して行動するようになった理由だ。

 一番初め、まだ四葉以外の誰も風太郎のことを好きになっていない時から、自分が風太郎と約束をした相手であることを秘匿した理由にはならなかった。もしその理由があるとしたら、

「落第した理由はなんだ?」

「……流石コナンさんだ。上杉さんは今の話だけで納得してくれたんだけどな」

「あいつとは抱えてる問題も違うからな」

 すると四葉は続けて自分が落第になってしまった経緯を話し始めた。

 元々は風太郎との約束通り勉学に励んでいたが、思ったように成果が得られず、気が付けばいつの間にか純粋な学力の差で他の姉妹に抜かれてしまったこと。それをきっかけに、勉強以外の手段で自分の将来へ繋がる道を作ろうとスポーツに打ち込んだものの、今度はそれが足を引っ張って元々芳しくなかった成績に更にひびが入り、ついには他の姉妹ですら突破で来た二度目の追試すら落ちてしまい落第に至ったのだと。

「私は、上杉さんと違い意味のないことを執着し、間違った努力を積み重ねてきちゃったんだよ。だから、今の私が上杉さんに正直に打ち明ける資格なんて、ないんだ」

「なるほどな……」

 そこまで四葉の話を聞いて、コナンも今度こそ理解できた。

 おそらく四葉の中では、今の自分自身そのものが人生における失敗作のように感じているのだろう。

 姉妹だけでなく、他の連中たちに対しても異様なほどに協力的に接しているのはそうやって感謝の気持ちを積み重ねていって自分の中の罪悪感を少しでも薄くしたいからなのだろう。

 しかし、そんなことをいくらしたところで、胸の中にある罪悪感が消えることは決してないということをコナンは知っていた。

 今までコナンが向き合ってきた犯罪者がそうであったように、彼らが犯した罪そのものが消えることは決してない。ただ出来ることがあるとすれば、考えを改めさせて、同じ過ちを繰り返さないよう前を向かせることだけだ。

 きっと四葉も同じで、このままでは消えることがない過去の過ちが消えてなくなるのを眺めているだけで高校生活を終えてしまうだろう。

 そんな反省の仕方は、間違えている。

「四葉、おめえの事情は分かった」

「ご理解いただけて何よりです……じゃあ私はこれで」

「だが、だからこそお前をこのままにしておくわけにもいかなくなったぜ」

「え?」

「なあ四葉、俺と一つ勝負しねえか?」

「勝負?」

「おめえが勝ったらもう、俺は口を出さねえよ……もともと他人の恋愛事情に余計な口出しをしてたわけだしな。けど、もし俺が勝ったらお前には、約束の相手が自分だってことを打ち明けてもらうぜ」

「そんなこと急に言われても……! それに、私がコナンさんを相手に勝てる可能性がある勝負なんて」

「一つだけあるじゃねえか」

「え?」

「純粋な身体能力ならお前のが上。競技としての経験なら俺の方が上なスポーツ……サッカーだよ」




過去に対峙した凶悪犯に捜査協力を求めるのは犯罪捜査物あるあるだと思うんですけど、コナンシリーズは黒の組織の連中が尻尾を掴ませなさすぎてないよねって話

活動報告でも書きましたがあんな場所誰が見るんだって感じなのでこちらにも。
作者四日ほど風邪をひいてました(もうかなり治りました)ので、今回ちょっと短めです
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