その日、いつものように風太郎が家庭教師をしに五つ子の部屋へと訪れていた。
まだ三月に入っていないこの時期、"四人"の姉妹は足を炬燵に潜り込ませて風太郎の授業を受ける姿勢でいた。
その状況を前に、風太郎は"五人"でないことに憤っていた。
「今日は四葉が欠席か……あいつが一番の問題児だっていうのに、この大事な時期にどこに行ったんだ」
「いつものように朝のランニングをしに行くって言っていたと思いますが……そういえば遅いですね……」
「どっかで迷子にでもなってるんじゃないのかしら?」
「私たちがここに引っ越してもう三か月は経とうとしてるんだし、いくら四葉でもそれはないんじゃないかなぁ」
「そういえば、四葉が出かけるところは私も見たけど、その少し後でコナンが出かけていくのも見かけたかも」
最後の三玖の言葉に風太郎は「コナンが?」と疑問形に繰り返した。
三玖は風太郎の疑問に肯定するように頷く。
「確かコナンもジャージを着てた気がする。もしかしたら二人でどこかに行ってるのかも」
「どうして江戸川君と四葉が一緒に出掛けるのでしょう……?」
「お前らの中で誰か心当たりあるやつはいるか?」
姉妹四人を見渡しながら確認する風太郎に対して、リアクションをする者はいなかった。
風太郎も今の話を聞いた限りだと、コナンと四葉が全くの無関係だという可能性もなさそうだと考えていたが、探しに行こうも当てがなかった。
マルオとの約束は五人全員の赤点回避であるため、四葉を除いて授業を強行したとしても、四葉一人が落ちてしまえば全て水の泡である。どうすべきか考えていると、三玖がおもむろに立ち上がった。
「フータロー、悪いんだけど私もちょっと出かけてきてもいい?」
「お前まで何言ってるんだ。これから授業をするって」
「もしかしたら四葉が見つかるかもしれない」
「なに?」
三玖は風太郎に見せるようにスマホを持ち上げた。しかし風太郎に見せたのはスマホの裏面であって、画面は見えなかった。
「コナンから四葉と一緒にいるって連絡があった。すぐ終わるようだけど、私に迎えに来てほしいって」
「お前に?」
コナンから連絡が来たということは、一応風太郎の家庭教師の邪魔をしているという自覚はあるらしい。
しかしそれを何故三玖だけに連絡したのか。しかも何故迎えに来るように言ってきたのか理由がわからなかった。
「いいかな?」
一応、教師である風太郎の許可をもらってから外へ出ようと風太郎のリアクションをずっと待っている三玖。
呼びかけに対して、三玖を待たせていることに気が付いた風太郎は渋々頷いた。
「まあ、気になることはあるが四葉が戻ってくるならそれに越したことはない。三玖、頼めるか」
「わかった」
三玖は頷くと、外出用に厚着をするために奥の部屋へと引っ込んでいった。
いつ帰ってくるかは分からないが、それまでは出来ることを進めておこうと風太郎は思考を考えを切り替えると残る三人の授業を開始したのだった。
着替えが終わり、外へと出た後で三玖はスマホの画面を再確認した。
表示させたのは先ほどコナンから来たチャットの画面。そこには二通のメッセージが表示されていた。
一件目の内容は
『四葉と一緒に河川敷の広場にいる。風太郎についてこられないように来れるか?』
三玖はこのメッセージに従って部屋を出たのだった。
そして二通目は風太郎から外出の許可をもらい、これからそっちへ向かうという返信を送った後に届いたコナンからの返信。
『幸運のシロツメクサは沈黙を貫こうとしている』
こちらのメッセージについては何のことかさっぱりだった。
一応、どういう意味か聞くメッセージも返したのだが、既読がついただけで返信はなかった。
「……なんだろう、これ」
コナンの家の近くにある河川敷に広場にはスポーツが行えるように雑草が刈り取られているスペースがあった。
普段であれば休日は市営のサッカークラブや社会人の草野球チームが使用しているが、この日は元々使用予定だった人たちにコナンがあらかじめ連絡しており、午前中の短時間だけ貸してもらえるようにしているのであった。
運動スペースの両端にはプラスチックのパイプで形作られている簡易のサッカーゴールが置かれている。使わないときは脇へよけられているが、コナンと四葉が使用するため運んだのであった。
コートの中央ではジャージ姿のコナンと四葉が立っており、コナンの右足はサッカーボールの上に乗せられていた。
「ルールは1on1、先に十本点を取った方が勝ちだ。うちの高校は女子サッカー部はないからお前も細かいルールは知らねえだろうし、コートから出したら相手にボールを渡すのと、ハンドだけ守ってくれれば後は適当でいいぜ」
「……わかった」
得意げにルールの確認をするコナンとは対照的に、四葉の表情は鬼気迫るものがあった。とてもこれからカジュアルなサッカーの試合をしようとしている様子ではない。
四葉の表情がそれだけ切迫したものになっている理由はコナンも分かっている。というのもコナンが仕掛けた勝負だからだ。
この勝負の勝敗には四葉が自分の気持ちを風太郎に伝えるかどうかがかかっている。
正確には五年前の京都で約束をした相手が自分だと伝えるだけだが、それは四葉からすれば告白と同義であろう。
四葉が真実を告げることを何故頑なに拒むのかも、理由は聞いている。同じ約束をした風太郎と自分で、目を覆いたくなるほど約束に対する誠実さに差が出来てしまっているからとのことだった。
おそらくこの問題を解決しないまま、無理に風太郎に打ち明けさせたとしても四葉の中に遺恨が残るのは目に見えている。
だから先ほど、打てる手を打っておいた。
(後は芽が出るのを待つだけだが……間に合うか……)
「そろそろ始めようか、コナンさん」
「ああ。最初のボールへのタッチはお前からでいいぜ」
そう言ってコナンはボールから足を話すと、三歩後ろへ下がった。
コナンが下がるのと同時に、四葉が一歩前へ出るとボールに足を置いた。
コナンが身構え、四葉がどう動くかと視線を左右へと動かし始める。そして、コナンの目線が右へと向いた瞬間、四葉は左へとボールを蹴りだした。
三玖が到着した時、ちょうどコートではコナンがゴールを決めたタイミングであった。
「なんで二人がサッカーを……」
そう呟く三玖の方へ、コナンがチラリと目線を向けてきた。どうやらこちらが到着したことに気が付いたらしい。
対して四葉はと言えば、既にかなり息が上がっており肩で息をしていた。
コナンは四葉へと向き直ると、張り上げるような声で言った。
「どうした四葉! これで七点連続失点! 後三点で俺の勝ちだぜ!?」
「……ハァ……ハァ……わかって、ます……!」
「このままじゃ俺との約束をお前に守ってもらうのも時間の問題だな!」
まるで説明口調のコナンの話しによって三玖にも状況が理解できた。どうやらコナンと四葉はサッカーの勝敗に何か掛けをしているらしい。
そして状況は四葉の劣勢。コナン側に一方的な試合運びとなっているらしい。
すぐさま八戦目の試合が始まる。この試合でも始めは四葉スタートだったが、すぐさまコナンにボールが奪われると四葉が翻弄される側となっていた。
しかしだ、
(あれ……?)
三玖が異変に気が付いた。
サッカーに詳しくない三玖だったが、目の前で行われている試合は明らかに作為的なものを感じたのだ。
というのもコナンは四葉から鮮やかにボールを奪って見せたにも関わらず、それから一向にゴールを決めようとしないのだ。
息が上がり足がもつれ始めている四葉では、ドリフトをするコナンにすら追い付くことはできず、コナンはやろうとすればシュートを決められるタイミングが何度もあったのだ。
四葉を余計に走らせて疲労作戦なのかもしれないが、得点の状況からしてコナン側がそんな回りくどい作戦を取る必要もないし、何よりすでに四葉は疲労困憊だ。
何を目的にコナンがそんなことをしているのだろうか。そこまで考えた時、ある可能性が三玖の脳裏を過った。
(もしかして……私?)
考えてみれば、今自分がいるのはコナンからの連絡によってだ。しかも姉妹全員にではなく、自分だけに連絡が来ている。つまり、この状況を三玖に見せるためにコナンが演出していると考えると筋が通る。
(私にサッカーを見せたいだけ……なんて訳はないよね)
三玖はスマホを取り出すと、二通目のメッセージを表示させる。
『幸運のシロツメクサは沈黙を貫こうとしている』
これに意味があるかもしれないと考えたのだ。
今目の前で行われているのはサッカーを用いた四葉へのイジメにも見えるが、コナンは決してそんなことをする人間でないことを知っている。そして同時に、無意味なことをしないことも理解している。
メッセージが三玖宛に送られたのなら、きっとこれは三玖ならば解読できるであろうと踏んでの暗号なのだろう。
ヒントはおそらくシロツメクサだ。
(植物の名前だよね……)
スマホで検索アプリを立ち上げると、シロツメクサを入力欄に入力し検索をかける。
結果はすぐに表示され、シロツメクサとは日本での別名でありクローバーのことであることを知った。
(クローバー……幸運のクローバーって言ったら……四葉のクローバー!)
つまりメッセージの前半は四葉のことを指しているのだろう。メッセージを再び表示させ、言葉を読み変えてみる。
『四葉は沈黙を貫こうとしている』
続けて考えるのは後半のメッセージの意味だ。
(沈黙……)
四葉が文字通り四葉のクローバーのことなのか、妹の四葉を指しているのかもまだハッキリ決まってはいない。
仮に植物の方だとすれば、植物が沈黙をするというのは妙な話だ。順当に考えるならば妹の方を指していると考えた方が適切だろう。
目の前でサッカーをしている四葉を見れば、最早しゃべる余裕がないほど息が上がっているが、これを沈黙"しようとしている"と表現するのは些か無理がある。
(だとしたら、四葉には何か秘密があるってことなのかも……でも秘密って)
考えている間にもコナンが八点目のゴールを決める。
四葉がふらつく足でゴールまでボールを拾いに行っており、コナンはいち早くセンターポジションまで戻っていく。その途中でコナンが再びこちらを見た。
コナンの真意はわからない。しかし、今は例のメッセージから"幸運のシロツメクサ"が四葉を指していることを解読したことを伝えるため、四葉へと指さした。するとコナンは笑みを浮かべて、コナンも三玖の方へと指さしてきた。
しかしその角度は妙に低く、三玖の足元を指していた。
(足元……あ)
釣られて三玖も自分の足元を見てみると、大量のクローバーが咲いていることに気が付いた。そういえば昔からこの辺はクローバーの群生地だった。
やはりメッセージは植物の方を指しているのかと、三玖は再度考え始める。
さっきも考えた通り、植物が言葉を発するわけがないため文字通り”沈黙する”という動詞をクローバーに当てはめるのはおかしい。となれば『沈黙しようとしている』というメッセージの後半の部分も読み替える必要があるのかもしれない。
"沈黙"というキーワードから連想される単語をいくつか考えてみる。
(声……言葉……口……待って、植物で言葉って言ったら……花言葉!)
三玖は再び検索アプリで検索をかける。キーワードは『クローバー 花言葉』だ。
表示されたいくつかの結果の中で、三玖が特に目を引いたのは次の二つ『約束』『私のものになって』だった。
メッセージの意味をもう一度精査すると、
『四葉は約束と、自分の気持ちを隠そうとしている』
(もしかして……!)
三玖は三度、チャット画面を表示させる。しかし今度見るのは一通目のほうだった。
『四葉と一緒に河川敷の広場にいる。風太郎についてこられないように来れるか?』
このメッセージではわざわざ風太郎を名指しで連れてこないよう指名が書かれている。これはコナンからすれば、風太郎には特にこの暗号が解かれた後の意味を知られたくなかったからだろう。
そして、もしもコナンが四葉のために動いているのだとすれば、
(風太郎に秘密にしようとしている四葉の気持ち……嘘、四葉は、風太郎の事を……!)
(どうやら解けたみてえだな……)
九点目のゴールを決めた後、三玖の方を見ると先ほどまでとは明らかに違う様子で四葉を三玖は見つめていた。
おそらく三玖へ送っておいた暗号を解いたのだろう。
(ここまでくれば、後は仕上げをするだけだ)
「なあ四葉、ちょっといいか」
「……ハァ、ハァ……なに……」
良き絶え絶えで、両膝に手を付いている四葉が上目遣いでこちらを見てくる。しかし、実際は上目遣いなんて可愛いものではなく、憎々し気に睨んでいると言った方が正しい眼光の鋭さだった。
「元々この勝負はフェアに行こうってことでサッカーを提案したわけだが、実際やってみればこの有様だ。一方的に勝つのは俺も気が進まねえし、何だったら今回の試合は無しにして別の勝負でも」
「だい、じょう……ぶ……」
(全然そうは見えねえけどな)
三玖が結論に至った時点で本当に勝負が流れてもよかったのだが、四葉自身何か思うところがあるのだろう。提案を受け入れてはくれなかった。
しかし、このまま試合にむざむざ勝ってしまうわけにもいかない。
となると三玖にはもうひと働きしてもらう必要があった。
「けどよ、このまま続けたら俺が勝っちまうのは目に見えてるぜ。俺がサッカーを選んだのはお前とならいい勝負なると思ったからだ。これはサッカーの話だけどよ、先に好きになったからとか、自分の方が好きだからって言っても、そもそも勝負の土俵にすら立ってない相手に勝ったってそんなんフェアじゃねえだろ。公平な試合をして初めて勝負ってのは」
「だったら、私が四葉のチームに入る」
コナンの言葉は、四葉によって遮られた。
予想通りの展開にコナンは笑みを浮かべながら、四葉はそれまで全く気が付いていなかったようで驚きながら三玖の方を見た。
三玖は取り出したヘアゴムで髪を結わえながらコートの中へと入ってくると、四葉の隣に立った。
「三玖……なんでここに……」
「四葉、後で私からも話がある」
「え?」
「きっと、私だけが知ってるんじゃきっとダメなんだろうから。だから、公平にいこうぜ」
そう言って笑った三玖は、髪も丁度結わえ終わったようでコナンへと対峙する。
「いいぜ、二対一相手になってやる。ま、それでもお前らが十点取る前に俺が一点を取る方が早いだろうが……この際だ、十点先取ってのは無しにして、次の一点に勝敗を委ねようぜ」
「コナンさん……それは……」
「いいよコナン……でもその代わり」
「ああ、全力で、だろ? ……行くぜ!」
そう言って、この試合が始まってから初めてコナンの先制で始まった一本勝負のゴールは、こぼれ球を拾った四葉のシュートによって想像以上に早く決着がついたのであった。
期末テスト返却後、風太郎と二乃以外の四人はコナンと風太郎のバイト先のケーキ屋へと集まっていた。
姉妹達が持ち寄ったテストの結果は、風太郎の家庭教師の努力の成果もあり、無事に赤点を回避していた。
順位は意外にも、一花が一番を取っていた。
しかし一位を取ったはずの一花はと言えば、喜ぶような素振りなど見せず、むしろ三玖に対して、
「三玖……私……そんなつもりじゃなくて……」
と冷や汗を垂らして呟いた。
対する三玖はそんな一花の内心を知ってか知らずか、対象的なほど笑みを浮かべて、
「一花おめでとう。私もまだまだだね」
と言っていた。
試験突破を祝って店長から風太郎の給料分(コナンの分には手を出さないよう交渉済み)好きなものをご馳走するとの提案があり、姉妹達はそのまま祝賀会をする運びとなった。
ただ一人、その場にいない二乃を連れ戻しに風太郎が店を出て行った。
日も完全に暮れた頃、前のコナンと五つ子達の家の前には二乃が立っていた。
そのすぐ傍に黒いリムジンが停車すると、中からマルオが下車してくる。
マルオも二乃の存在には降りる前から気が付いているようだった。
「帰ってきたか、二乃君」
そう言うマルオの後ろでリムジンが走り去っていく。
「パパ、その君付けムズムズするからやめてって言ってるでしょ」
「悪かったね、二乃。先ほど全員赤点回避の連絡をもらったよ。君たちは見事六人でやり遂げたわけだ。おめでとう」
「あ、ありがとう……でも、六人じゃなくて七人よ」
二乃の訂正に、マルオの眉がひそかに動いた。
「江戸川君か……期末テストという点に関していえば、部外者だと僕は思ってるんだがね」
「そんなことないわ。コナン君自身はそう思ってるかもしれないけど、三学期の間、勉強尽くしだった私たちのフォローをずっとしてくれてたのは彼よ」
風太郎もテスト期間中に遊園地に連れて行ったりしてくれはした。しかし、それも三学期が始まってから一か月以上経った後のことだった。
それまで風太郎の授業に文句ひとつも言わずぶっ通しで続けてこれたのは、定期的にコナンが様子を見に来てくれたからであった。
「……どうやら上杉君と江戸川君を認めざるを得ないようだ。だから足からはこの家で……」
「あの二人とはもう会わない。それと……もう少し新しい家にいることにしたわ」
「なんだって……?」
「試験前に五人で決めたの。当然、一花だけに負担はかけない。私も働くわ。自立なんて立派なことをしたつもりはない。正しくないのも十分承知の上。でも、あの生活が私たちを変えてくれそうな気がする……少しだけ前に勧めた気がするの。今日はそれだけ伝えにきたの」
二乃の言葉にマルオは一瞬沈黙した。しかし、
「理解できないね。前に進むなんて抽象的な言葉に何の説得力もない。君たちの新しい家とやらも見させてもらった。僕にはむしろ逆戻りに見えるね。五年前を忘れたわけではあるまい。もうあんな暮らしは嫌だろう? いい加減わがままは」
マルオがそこまで話した時、そこから先の言葉は遮られて聞こえなかった。
マルオの言葉を遮った正体はバイクのエンジン音だった。
エンジン音がブレーキ音へと切り替わると同時、二乃とマルオ、二人の姿を光が照らし、二乃は思わず手で光を遮った。
「何……!?」
光にも目が慣れて、光源の正体へと目を向けると、そこには真っ白な白馬、もといバイクにまたがった男性がいた。
「え……」
「ここにいたか、二乃。返るぞ」
ヘルメットをかぶっていたその男がサンバイザーを上げると、そこから覗いた顔は、半目の風太郎であった。
「はぁ!!? ……え……ちょ……何それ!」
「早く乗れ、バイトが始まる前に帰らないといけない」
そう言うと風太郎は一方的にヘルメットを投げ渡してきた。
二乃がなんとかキャッチすると、風太郎の方へ歩いていくより先に背後からマルオの声が聞こえた。
「二乃、君が行こうとしてるのは茨の道だ。うまくいくはずない。後悔する日が必ず訪れるだろう。こちらに来なさい」
そう言って手をこちらへ差し伸ばしてきた。
気が付けば風太郎とマルオ、どちらを選ぶか選択する立場に自分が立っているこちに気が付いた。
マルオの言うことも分かる。きっと父の方を選んだ方が、前のように裕福な生活を送れるのだろう。
しかし、裕福なだけではダメなのは、この五年間で十分理解できている。だから、
「……パパ、私たちを見てて……行って!」
二乃はバイクの方へと駆け寄ると、風太郎の後ろへ飛び乗った。
「え、えーっと……お父さん……娘さんを頂いていきます」
バイクの速度に合わせてネオン街の帯状の光が風と共に流れていく。
耳は常に唸るエンジン音を聞きながら、二乃は振り落とされないように抱き着いている風太郎の背中へと話しかける。
「あんたは用済みって伝えたはずだけど」
「面倒くさいことに人間関係ってのは片側の意見だけじゃ進まないということだ」
「はぁ? 何それ?」
「っていうかこのバイク」
風太郎がバイクを運転できることすら今まで知りもしなかった。それに風太郎の家庭の財政状況を勘案すると、バイクを購入できる余裕があるとも思えない。
「ああ、店長に借りた。言ったろ、前に出前のバイトをしてたって。その時、無理して取ったんだ」
「ふーん……びっくりするほど似合わないわ」
正直言えば、ヘルメット姿を見た時までは風太郎ではなく、もう一人の方かと思ったほどであった。
実際今だって風太郎が運転しているバイクに乗っているにもかかわらず、その姿には違和感を感じた。
バイクに乗っている間に他の姉妹達のテストの結果も聞かせてもらった。無事に赤点を全員回避できたらしい。それはマルオも言っていたことだから、間違いないだろう。
けれど、そのせいで風太郎の成績がオール百点ではなくなってしまったことも同時に知ってしまった。
「私たちのせい?」
「ちげぇーよ。そんなこといいから飛ばすぞ。しっかり捕まってろ」
そう言って風太郎はバイクを加速させた。
そうやって自分のことなど省みず、自分達姉妹のために動いてくれる風太郎は、あの日林間学校で二乃の代わりに落ちてでも助けようとしてくれたキンタローの姿と重なって見えた。
だからだろうか、風太郎の言葉に驚くほど素直に従えた。
速度を上げたバイクの上で、二乃は思っていた。
姉妹含め、自分たちは無事に赤点を突破で来た。
これから三年生へと自分たちは進級するわけだが、今まで得た知識は何も全て無駄になるわけではない。
純粋な知識だけではなく、勉強の仕方だって風太郎から教わっている。
三年生の授業からは、その教わった勉強方法で挑めば自力でも赤点回避をすることだって不可能ではないだろう。
だから二乃は風太郎に用済みだと伝えたのだ……いや、それだけが理由ではないのだが。
けれどきっと、今までのように勉強については頼りっきりということもない……ただの生徒と教師という関係は終わりだろう。
そこまで考えた時、風太郎からぼそりとつぶやきが聞こえた。
「寂しくなるな」
「——」
同じことを考えていた、いや、いてくれたらしい。
だとしたら、もしかしたらこの先にある気持ちだって、風太郎も同じなのかもしれない。
確かめてみよう。試してみよう。伝えてみよう。
一度思い立った可能性に、二乃自身歯止めがきかなかった。
けれど、女である自分からこんなことを、しかも自分が言うなんて、ちょっとだけムカついた。本題を言う前に少しくらい悪態をついてやったっていいだろう。だから、
「っていうか、スピード遅すぎ! 飛ばすんじゃなかったの?」
「仕方ねえだろ。思いの抱えて走ってんだからよ」
「はぁ? 重いって誰に言ってんのよ! ……まったく、嫌になるわ……あんたはずっとそうだったわね。ほんと最低最悪」
後は……そうね、と二乃は続けた。たった一つの本音と、一つの踏ん切りをつけるために。
「好きよ」
そう伝えた二乃を乗せたバイクは、そのまま姉妹が待つケーキ屋へと走り続けた。
返事のないまま風太郎の後ろで、とうとう伝えてしまったと何度も反芻した。そして同時に、これでいいのだとも自分に言い聞かせた。
手に入れられる恋は一つだけ。自分の中にある"二つ"の恋心で、自分は真っ当な方を選んだのだから、何も間違っていない。
既に恋人がいる男に対する恋心は、このまま忘れてしまおうと、何度も、何度も、店につくまでずっと繰り返した。
次回はいよいよスクランブルエッグです。伝わる人にだけ伝わればいい気持ちで書くと、作者は次回までに客室に備え付けの灰皿を全部片づけておこうと思います。
Next Conan's HINT『灰皿』には絶対させない。
2023/09/26 大変急なお知らせとなり、かつ勝手ながら当作品の更新を停止いたします。
理由は申し上げられませんが、モチベーションの低下やストーリー構成の挫折などではございません。
一応ストーリーは結末まで組んでおりましたので、万が一気になる方がいらっしゃればメッセージなどでお問い合わせいただければ回答いたします。
現在連載中の他作品は更新継続いたしますし、今後は用意していた新作の方に取りかかりたいと思います。
2023/10/01 意外にもお問い合わせいただけている状況のため補足追記です。メッセージでお問い合わせいただいた方には宣言通り、最終回までのストーリーをご連携させていただいておりますが、形式としては簡易的なプロットのようなものとなります。
小説形式で続編を希望されている場合には、ご期待に沿えませんので何卒宜しくお願い致します。