その日、中野家は大騒動だった。
リビングには五つのダンボールが並べられており、いずれも蓋が開いていて縁の部分からは布や帯など、浴衣のパーツがかけられている。
姉妹達は交互に互いの部屋を出入りしては、お互いの着付けを手伝っている。
その様子をコナンはと言えば、自室でバタバタと音がしているのを聞いているだけだった。
「女ってのはどうして服を着るのにこんなに時間がかかるもんなのかねぇ」
ベッドに寝っ転がりスマホを見ながらひとりごちるコナン。
自室の机にはチラシが一枚置かれていた。チラシには今日の日付で打ち上げ花火有の夏祭りの宣伝が書かれていた。
現在着替えをしている五人は、この祭りに行くための準備をしているというわけであったのだが、時間はまだ午前。祭りの開始時間よりかなり早かった。
そんなに早くから着替えてどうするのかとも聞いたが、気分を味わいたいと言っていた。コナンには、わざわざ動きづらい服で過ごそうという気持ちもいまいち理解できていなかった。
コナンが見ているスマホにはチャット画面が表示されていた。しかし、会話の履歴は最後のメッセージでも数日前だった。
(俺の想像が正しければ、おそらく今日……)
ちょうどその時、リビングからインターホンが鳴る音がした。
『コナン君! 悪いんだけど出てきてもらえる?』
一花の声が扉越しに聞こえる。そのすぐ後で一花も自室へ戻っていったようだ。
「はいよ! ……きたきた!」
コナンは体を起こすと、駆け足気味に部屋を出て一階へ降りた。
インターホンの受話器の応答ボタンを押し返事をする。
『江戸川様のお宅でお間違いないでしょうか? お届け物です』
「はい、今開けます」
予想通り宅配業者だったようで、コナンは慣れた手つきで開錠ボタンを押した。
しばらくすると、今度は部屋の前に来たことを知らせるインターホンが鳴る。
玄関へと向かい、扉を開けた。
「ご苦労様です。ハンコはここでいいですか?」
「はい」
姿を見せた宅配業者は両手で抱える程度の小さなダンボールを持っていた。そこを台にして伝票に捺印すると、紙だけ返してダンボールを受け取り部屋へ戻っていった。
それからしばらくして、無事に、とは言えないが五人は祭りへと出発した。
無事にと言えないのは、着替えの最中で五月が上杉家に給料の支払いを今日する約束をするのを忘れていたことが発覚したためであった。
一度来た浴衣をすぐに脱ぐという二度手間になった上に、上杉家へ出かけて行った五月がいつまでも帰ってこないものだから姉妹達はリビングで待ちぼうけする羽目になった。
五月が返ってこず、やむなく四人とコナンだけで先に家を出た矢先、風太郎と妹のらいはちゃんを連れている五月と合流するも、宿題を終わらせていないことがバレて先に済ますべく出戻りすることとなった。
そうして宿題を五つ子たちは無事終わらせ、ようやく現在に至るというわけだった。
「やっと終わったー!!」
「みんなお疲れさまー」
「花火って何時から?」
「19時から20時まで」
「じゃあまだ一時間あるし、屋台行こー!」
祭りの会場に着いた途端、それまで宿題の疲れに辟易していた五つ子達プラスらいはのテンションは一変して上がっていた。
対して風太郎は一歩下がったところで恨めしそうな表情をしていた。
(祭りに来てまでなんつー顔してんだアイツ)
一発、発破でもかけてやろうかと思った矢先、コナンが向かうより先に五月が傍に行くのが見えた。
「なんですか、その祭りにふさわしくない顔は」
どうやらコナンと同じ心配をしたようだった。
日ごろからの五月の風太郎に対する態度を思うと、やや意外な行動であるが日ごろから姉妹達のまとめ役を買って出るような性格が、あいつを見過ごせなかったのだろう。
「コナンさーん! こっちで金魚すくいやってるよー!」
別の方から四葉が呼ぶ声がした。一緒にやりたいらしい。
一度風太郎達の方を見るが、一花も近くに行っており三人で話をしていた。
(ま、ここはアイツに任せておけばいいか)
コナンは四葉の元へと向かった。
「来たね! それじゃあ早速、どっちが多く金魚を取れるか勝負だ!」
「普通にやりゃいいだろうがよ。なんでわざわざ勝負にするんだ」
「それは決まってるよ! らいはちゃんにプレゼントするためだよ!」
「四葉さんもコナンさんも頑張ってね!」
そう言ってらいははにこやかに笑った。
この子とはさきほど初めて会ったがなかなか出来た子だというのが第一印象だった。
風太郎と一緒に歩く時には終始つかず離れずの距離で一歩後ろを歩き、兄を見失わないようにしていた。そして五つ子の家で宿題を待っている時やここに来るまでの途中でもにぎやかな五つ子の会話に適切な距離感で混ざっていた。
(正直言って、あの兄と同じ親から生まれてるとは思えねえな……)
これは対人の才能は全て妹に吸われたと言っても過言ではないのだろう。
「おじさん! 二回分お願いします!」
考えている間に四葉がポイを注文する。二つ受け取ったうちの一つをコナンに渡してきた。
「ふっふっふ、コナンさん。はたして私に勝てるかね?」
「別に得意ってわけじゃねえけどよ、こういうのは大体コツがあんだよ」
コナンは生簀の前にしゃがむと、構える前に一度ポイを上に掲げ電球へと向けた。
ポイに張られた和紙を電球を通して見ると、光を透過するのは当然としてもわずかに電球の輪郭が透けて見えた。つまりかなり薄いということだ。
とはいえ直接指摘をすればトラブルになることは目に見えていた。
(……こりゃこの店はボッタクリだな。あんまり入れ込まないでさっさと次へ行った方がよさそうだ)
コナンはポイを構えた。
「狙うのはなるべく小さくて動きの少ない個体だ。それに救い上げる方向は頭から。魚は尾びれをなびかせて泳ぐから、後ろからすくおうとすりゃ一発で破られちまう。そんでなるべく水に紙が触れないように気を付けながら、すくいあげる一瞬だけ水の中に斜めから滑り込ませれば……そら!」
すばやく手を動かした後、コナンの左手に持つ容器には金魚が一匹入っていた。
すぐ横で見ていたらいはが目を輝かせる。
「わあ! コナンさん凄い! 本当に一回で取れちゃった」
「どんなもんだい。どうだ四葉、早速リードだぜ」
「むむむ、なかなかやるね……でもいいのかな? 敵である私にアドバイスなんかしちゃって」
「今言ったことはネットで調べりゃすぐ出てくるような話だよ。それを見て誰でもできんならこの商売はあがったりだ。いいからやってみろって」
「では……まいります!」
四葉も同じように生簀の前へとしゃがみ込む。
そしてコナンのアドバイスの通り、狙いを定めその間は水にぬれないように気を付けながらしばらくタイミングを狙った、次の瞬間。
「ふっ」
四葉の腕が消えた。
「なにっ!?」
いや、消えたように見えただけだった。
先ほどまで振りかぶっていた右腕は、気が付けば振りぬいており、反対側の手にもつ容器には金魚が入っていた。
「できた! コナンさん! 私にもできたよ!」
「凄い! 四葉さんも取っちゃった! 二人とも凄いよ!」
「マジかよ」
流石のコナンでもガキの頃、蘭に自慢するためにできるようになるまで結構練習した記憶がある。
それを一目見て習得するのは流石に予想外、というより常識外れだった。
なんだか金魚をすくう瞬間、変なオーラまで見えた気がする。
しかし、アドバイスをした手前、動じていてはいられなかった。平静を装うと生簀を再び見る。
「な、なかなかやるじゃねえか。まぁ、どうせマグレだろ……見てろよ……!」
再びコナンもトライし、何匹か捕ることに成功した後で流石にポイは限界がきて破れた。
四葉のポイは店主のおっちゃんが泣くまで破れることはなかった。
その後、何度もいらないと止めたのにも関わらず花火セットを買ったりしながら三人は風太郎達の元へと戻ろうとした時、少し離れた位置に一花の姿が見えた。
電話をしているようだった。
合流した時には会場はかなり混雑をしており、気を抜けばはぐれそうなほどになっていた。
「らいは、あんまり離れると迷子になるぞ。ここ掴んでろ」
「はーい」
風太郎の傍にもどったらいはは風太郎の半そでの袖口をつまんだ。
そして反対側の手にかけていたものを風太郎へ見せる。
「あのねお兄ちゃん。見て見て。四葉さんが取ってくれたの」
そう言って見せたのは先ほどの金魚すくいの成果だった。
店に泳いでいたやつを全部取ったのではないかと思うほど袋の中には金魚が詰まっており、そんな袋を複数個持っていた。
「もう少し加減はできなかったのか……」
「あはは……らいはちゃんを見てると不思議とプレゼントしたくなっちゃいます」
「これも買ってもらったんだ」
持っていた花火セットも見せる。
「それ今日一番いらないやつ!」
「だって待ちきれなかったんだもーん」
「いつやるんだよ……四葉のお姉さんにちゃんとお礼言ったか?」
風太郎から言われたらいはは、そういえばという風に四葉の元へ駆け寄るとそのまま抱き着いた。
「四葉さんありがと! 大好きっ!」
瞬間、四葉が何とも言えない赤面した表情へと変わっていく。
「あーんらいはちゃん可愛すぎます! 私の妹にしたいです! ……待ってくださいよ。私が上杉さんと結婚すれば合法的に義妹にできるのでは……」
(……おいおい)
「自分で何言ってるか分かってる……?」
最後らへんはコナンがよく見る犯人たちのような顔で真剣に唸っていた四葉であったが、二乃も思わず半目でツッコんでいた。
次いで二乃は、今度は風太郎へと釘をさす。
「四葉に変な気起こさないでよ!」
「ねえよ!」
詰め寄る二乃に思わず体を反らすと隣を歩いていた三玖と風太郎はぶつかった。
「すまん」
「い、いいっ」
三玖は慌てて風太郎から離れた。
(あれ?)
一連の流れを見ていたコナンであったが、三玖が風太郎から離れる瞬間、妙に顔が赤くなっているように見えた。
とはいえ先日のラブレターは自分の気のせいであったことは確認している。それに今は電光色の照明で埋め尽くされている祭りの最中だ。三玖は表情が見えづらい髪形をしているということも相まって、気のせいだったのだろうと思うことにした。
「しかし、この人の量じゃ身動きもままならんな」
「同感だ。さっさと休めるところに移動したいな」
未だに人の流れに流されながらぼやく風太郎にコナンは同意した。
風太郎はコナンに目を向けるが、元々鋭い目つきだったのが更に細まった気がした。
「お前には言ってない」
「こんな時にまでやっかんでくんのかよ。少しはこの場を楽しもうとしようぜ」
「お前に言われなくても分かってる。それに俺は別にやっかんでなどいない。大体なんだ首に巻いてるそれは、似合ってないぞ」
普段なら一切口出ししてこない服装にまで言及してくるあたり、やっぱりやっかんでんじゃねえかと言い返したい気持ちが沸いたが、ここでそう言い返せば口論に発展するのは火を見るより明らかだ。
コナンは言葉を飲み込むことにした。
「そうかよ」
「これじゃあ落ち着いて花火も見られんぞ」
早々に切り替えたらしい風太郎が姉妹達の方へと愚痴を続ける。
それに反応してくれたのは三玖だった。
「二乃がお店の屋上を借り切ってるから、ついていけば大丈夫」
「ブ……ブルジョワ……それならさっさと行こうぜ」
「待ちなさい。せっかくお祭りに来たのに、アレも買わずに行くわけ?」
「アレ?」
二乃がそう言った矢先、姉妹達も思い出したかのように口々に同意する。
いつの間にか電話を終えたらしい一花まで混じっていた。
「そういえばアレ買ってない……」
「アレやってる屋台ありましたっけ……」
「あ、もしかしてアレの話してる?」
「早くアレ食べたいなー」
一様に固有名詞を言わない姉妹達のせいもあって、風太郎はアレが何を指しているのか理解できていないようだった。
「なんだよ……」
姉妹達は答え合わせのように声を合わせると
「せーの」
「かき氷」「りんご飴」「人形焼き」「チョコバナナ」「焼きそば」
と言った。
当然、コナンは聞き取れなかった。
(なんだって?)
「全部買いに行こーっ!」
横から聞いていた人間ですら聞き取れないなら、自分の分をしゃべっていた姉妹達が聞き取れていたわけもないのに、答えが違っていることが初めからわかっていたかのように姉妹達は歩き出した。
「お前たちが本当に五つ子か疑わしくなってきたぞ」
後ろ姿を眺める風太郎がそう呟いた。
それにはコナンも同意だった。
屋台の食べ物は偶然にも姉妹の上から順に買っていくことになった。
途中、人形焼きを買った時には姉妹の中でも一花だけ贔屓にされて多めによそってもらえるなどという事もあり、五月がそれに憤慨していた。
チョコバナナを買った時にはやたら気合が入った四葉であったが、勝てばもう一本オマケでもらえるじゃんけん勝負に負けて凹んだものの、らいはが勝ったおかげで譲ってもらえたということもあった。どっちが年上なのやら。
焼きそばの屋台に並んだ時、コナンも小腹が空いており流石に買うかと行列に並ぶと、その後を五月が並んできた。
「あれ、お前。他の食いもんはどうした?」
五月の手には先ほどまで食べ物が大量に持たれていたのはずだった。というのも、五つも屋台をはしごすれば満腹以上になるのは必至なわけで、姉妹達は食べたい屋台のものだけ買っていたというのに、五月だけは全ての屋台に並んでいたのだった。
そしてその戦利品が消えていたのだ。
「え? 全部食べ終わりましたけど」
「アレを全部って……お前」
「焼きそばは箸をもって食べないといけない分、手がふさがりますからね。先に手を開けておかないといけないのです」
(いかないのです、じゃねえよ)
問題なのはあの量をどうやって食べたのかというところであったが、掘り下げると風太郎の二の舞になりかねないと思いそれ以上は掘り下げないこととした。
今日はなんだかやたら地雷が自分の周りに埋まっている気がした。
焼きそばを食べ終えたころ、ちょうどアナウンスが流れ始める。
『大変長らくお待たせいたしました。まもなく開始いたします』
するとその瞬間、人混みが大きく流れだした。
コナンも押される形になり、思わず体制を崩しそうになる。
「ちょ、押すなって、あぶねえだろうが!」
視界の端で、その時まで一緒に歩いていた一花とも距離が出来てしまう。
人の濁流はしばらく続き、ようやくコナンが体勢を立て直した時には全員を見失っていた。
急いで周囲を見渡すと、人混みが途切れているあたりに風太郎と二乃の姿が見えた。
(あいつらははぐれなかったのか……)
二人はどこかへと移動し始める。自分もせめて一人になるのだけは避けるべく後を追った。
二人の後を追うと、一軒の建物へと入っていく。
どうやらレストランのようで、中に入るとウェイトレスが出迎えに来た。
「ご予約の中野様でございますか?」
「……そうです!」
店の予約を取っているとは事前に聞いていた。場所は聞いていなかったが、予約を取ったのが二乃であったこともありコナンは肯定した。
二人が階段を上がっていった姿は店の外からでも見えたから、自分も階段を駆け上がる。
上の方ではまだバタバタと音がしているから二人もまだ上っているのだろう。
それに二乃は下駄をはいていたこともあり、上る速さはこちらが上だった。
徐々に足音に追い付いてきており、最後に踊り場に出た時には二人の後ろ姿が見えた。
最後の階段も登り切った瞬間、空が輝いた。
打ち上げ花火の開始を告げる、始まりの大玉の光だった。
それからしばらくの間、コナン、風太郎、二乃の三人で花火を眺めた。
目が死んでいた。
風太郎がおもむろに話始める。
「日本で最初に花火を見たのは徳川家康という説があるんだ」
唐突に始まった花火の由来に、コナンは先日の歴史の勉強が活きているなと花火とは無関係のことを考えていた。
「全然詰まんない! 何が悲しくてあんたと花火見ないといけないのよ!」
「お前が悪いんだろ! 俺だってお前とコイツなんかと花火なんか見たかねえよ!」
「俺を巻き込むなよ」
二乃の怒りに切れ返す風太郎はなぜかコナンに指さして言ってきた。
確かに考えればこの状況は今日祭に来ているメンツの中でも最悪に近い組み合わせだった。
死ぬほど風太郎を嫌っている二乃と、死ぬほどコナンを嫌っている風太郎。俺も二乃を嫌いになればトライアングルの完成だななどとくだらないことまで考え始めた。
その時、四葉から二乃へ電話があったようだが、電話に出るもすぐに切れてしまったらしい。どうやら電波が悪いようだ。
コナンも自分のスマホを取り出すがアンテナは一本だけ、時々圏外と表示される瞬間もあった。
どうするか考えていると、風太郎が遠巻きに一花の姿を見つけたらしい。
二乃は姉妹達へ電話をかけ続け、風太郎もどうするか考えて二乃と話していたが、解決の糸口は見えなさそうだった。
二乃の表情は徐々に曇ってきており、これ以上はせっかくの夏祭りが台無しになりかねない雰囲気になりかけていた。
(しゃあねえ、俺が一肌脱ぐか)
そう思った次の瞬間だった。
「俺が探してくる。お前らと一緒なのも嫌だしな」
そう言って風太郎が歩き出した。
「お前……」
「! ……ふん、アタシこそ」
二乃の表情が変わった。
二乃は言いかけていた言葉を飲み込むと、代わりに言った。
「なんでもない。一花は任せたわ」
風太郎は頷くと再び歩き出そうとしたところを、コナンは呼び止めた。
「待てよ」
「なんだよ! お前に構ってる時間は」
「これを持っていけ」
そう言ってコナンはポケットに入れたものを風太郎へ投げた。
片手でキャッチすると、風太郎はまじまじと受け取ったものを見る。
「なんだ、これ」
「お守りみたいなもんだよ。大事に持ってろ。俺も一花以外を探しに行くぜ。人手はあった方がいいだろ」
「……だせえお守りだな……ヘマすんなよ」
「お前こそな」
そう言って風太郎は今度こそ歩き出し、階段を下りて行った。
「そういうことだ二乃。俺も行ってくる」
「……コナン君も行っちゃうの?」
見上げるようにして二乃が言う。
「アイツに任せておけば一花は連れて帰ってこれるだろうが、他の姉妹達まで全員探してたら一人じゃ手が足らないのは間違いない。俺も行った方が確実だろ」
「でも、もし二人とも帰ってこなかったら、今年は私、一人で最後まで花火を見ることに……」
「二乃」
コナンは一度、二乃の元まで戻って肩を掴んだ。
「大丈夫だ。俺たちを信じろ」
「……うん」
不安気な顔をする二乃を一人残していくのは確かに心苦しかったが、それでもコナンは二乃が頷いたことを確認するとその場を後にした。
最初に向かったのは時計台だった。
さっき二乃に四葉から電話があった時、一瞬しか繋がらなかったが横で聞いていた限り四葉が現在位置を伝えたようであった。それにらいはとも一緒にいるようだった。
正直、会話の内容だけで言うと四葉は現在位置を伝えただけだからその場を動きかねなかったが、側にらいはがいるのであれば動かずじっとしている可能性も考えられた。
四葉以上に信じられると、少ししか会っていないがらいはには感じられるものがあった。
時計台の場所は存外遠く、ずいぶんと移動に時間がかかった。
人混みをかき分けて時計台の元まで進むと、案の定二人の姿が見えた。
「四葉! らいはちゃん!」
「あ、コナンさん!」
いち早く気が付いたらいはが手を振った。
「よかった。お前らよく動かないでじっとしていたな」
「うん! 四葉さんがお姉さんしてくれてたから!」
「……本当か?」
「あ、あははは。モチロンデスヨ」
「目が泳いでるぞ……ったく。らいはちゃん、四葉の面倒見てくれてありがとうな」
そう言ってコナンはらいはの頭を撫でた。
「あー! コナンさん全然私のこと信じてないね!」
「日ごろの行いだよ。それより、二乃が店で待ってる。早く行ってやれ」
そう言ってからコナンは二人に店の場所を伝えた。
どうやら初めて行く場所というわけでもなく、説明をしたら四葉が知っているという反応をした。
でも念のため、らいはにも建物の場所を補足しておいた。
「一花は店から姿が見えたから上杉が迎えに行ってるところだ。三玖と五月がまだ見つかってないから、俺はこのまま探してくる」
「それなら、私も行きます」
「ダメだ。らいはちゃんもいるだろ。こんな混雑の中で小さな子を連れまわすわけにはいかない」
「あ、そうですね……」
コナンの説明に四葉はシュンとしたが、納得したようだった。
しかし、それを見ていたらいはがコナンへと向く。
「あの、私だったら全然大丈夫です。ここでじっとしてたし、四葉さんが荷物全部持ってくれてたから体力残ってます」
「けどよ」
「コナンさん。二乃さんが姉妹で花火を見たがってるのを知ってるから、頑張って探してあげてるんですよね。私もお手伝いしたいです。お願いします」
そう言ってらいはは頭を下げた。
小さな子が自分に向かって頭を下げている状況に、コナンはいたたまれなくなると観念したように頭に手を回した。
「わーったよ! その代わり、見つからないと思ったらすぐに店に移動すること。最悪、花火が終わるまで二乃を一人にさせるのは避けたい」
「わかりました」
四葉が返事し、コナンはそれに頷いた。
「それともう一つ。これを持っていけ」
コナンは風太郎に渡したものと同じものを渡した。
受け取った四葉はしげしげとそれを眺めた。
「なんですかこれ」
「ちょっとした小道具だよ。襟元に着けておけ」
「わかりました」
四葉は言われた通りそれを身に着けた。
コナンはそれを見届けると「また後でな」といってその場から離れた。
残る三玖、五月の二人の行く場所には見当がつかなかったが、さっき手に入れた情報だと、どうやら三玖は風太郎が見つけたらしい。コナンは五月を探すことにした。
しかし、しばらく歩き回っても一向に姿が見えず、気が付けば祭りの会場の外近くまで来ていた。
するとだ、視線の先で一花の姿が見えた。しかも知らない男性と一緒に歩いていた。
(誰だあいつ。というか上杉のやつ、しくじりやがったな!)
とにかく、風太郎が失敗したなら自分がやるしかない。
後であいつには説教をすることを誓ってから一花の元へと走り寄った。
「一花!」
「え、コナン君!?」
「お前、なんでこんなとこにいんだよ!?」
「君こそどうして」
「お前を探してたんだよ! 店の場所知ってっからさっさと」
「さっきの子とは別の子か。君は誰だい?」
二人の間に男が割って入った。
男性は値踏みするような目でコナンを見てくる。
「……俺は江戸川コナン、今日そいつと一緒に祭りに来ていた友達です」
一瞬、居候という言葉が先に出たが、一花と男の姿を見た瞬間コナンの脳裏には嫌な想像が一つ思い浮かんでいた。
万が一それが本当だった場合、争いの火種を撒きかねないと考え言葉を飲んだ。
「そうかい。悪いけど、一花ちゃんは用事があるんだ。ここは失礼するよ」
そう言って一花の手を引いて連れて行こうとする。
「わかりました。でもすみません、一言だけそいつと挨拶させてもらってもいいですか。急いでるのはご様子を見ればわかりましたけど、こっちもこんな急じゃ納得がいかないんで」
なるべく下手に、けれど決して譲れないという考えが伝わるように言うと、男は渋々と言った様子で頷いた。
男は一花から手を離した。
「……少しだけだよ」
「ありがとうございます」
一花から男が少し離れると、単刀直入に本題を言った。
「あの、コナン君、悪いんだけどさ」
「上杉が一人でお前を探し回ってる」
「え?」
「あいつ、このままじゃお前を探すだけで祭りが終わるぞ」
一花はバツが悪そうに眼を伏せた。
けれど、すぐ後に薄く笑って言った。
「ごめん、君からフータロー君に言っておいて」
「事情を知らない俺が何を言えって言うんだ。お前が行くんだよ」
「でも、今からフータロー君を探してる時間なんて……私を探して歩き回ってるんでしょ?」
「……アイツなら今広場の階段だな。三玖と一緒にいる」
「どうして分かるの……!?」
一花が目を丸くした。
驚いている一花に対して、コナンはポケットから風太郎と四葉に渡したものと同じものを取り出した。
一花はそれを受け取る。
「これ……バッチ?」
「無線機能付きのバッチだ。気が付いてないかもしれねえけど、今電話は繋がりにくい。何かあったらこれで連絡をくれ」
手渡しものは今日、阿笠博士から送ってもらった探偵団バッチだった。
祭りの時に携帯が繋がらないのは大勢の人間が一か所に集中し、一斉に電話やSNSへの写真の投稿などで携帯会社の施設に急激な負荷がかかることが原因だ。無線ならば携帯が使用する電波の周波数とも違うし、基地局も利用しない。実際、マイクをONにした状態で渡した風太郎の音声は常に聞こえていたというわけだ。
「コナン君、どうしてこんなの持って」
「そろそろいいかい?」
しびれを切らし始めた男の声が割って入る。
時間切れか、と思ったコナンは一花の答えを聞くことにした。
「それでどうする。お前が行くなら、この場からお前を逃がしてやる」
「……わかった。私行くよ。これから行かなきゃいけない場所は、私にとっても大事な場所だけど……ちょっとだけフータロー君と話してくる」
「よぉし、なら行動開始だ! そのバッチの音声はいつでも聞こえるよう顔の近くに持っておけ……走るぞ!」
掛け声とともに、コナンは一花の手を引いて駆け出した。
先ほどまで背を向けていた男は、すでにかなりしびれを切らしていたようでこちらを向いていたこともありすぐにこちらの動向に気が付いた。
「な、待ちなさい!」
慌ててこちらを追って駆け出しきた。
コナンと一花は少し走った先の屋台の間に隙間があることを見つけると、その隙間の間に潜り込み屋台の裏手に回った。
「ここまでだ一花、お前は上杉の方へ行け! 俺は反対側へ行く!」
「え、どうするつもり!?」
「いいから! いけ!」
怒鳴るコナンに一瞬気圧されるが、一花は表情を引き締めて頷くと言われた通り走っていった。
そのすこし後、男が隙間から出てくるのをコナンは確認した。一花が走った方向とは反対の屋台の影に隠れると、首元へと手を伸ばした。
祭りに来た時に風太郎にケチをつけられた、蝶ネクタイだ。
知っている声ならどんな声にも変えることができる、蝶ネクタイ型変声期。これも博士から送られてきた荷物の一つだ。
裏側に着いたダイアルを回し、一花の声に合わせると、なるべき聞こえるように大声で叫んだ。
「ちょっとコナン君! また出口の方に向かってどうしたの!?」
叫んだすぐ後、屋台から顔を覗かせると男がこちらを振り向いたところだった。
そしてすぐに走りだしてくる。
そのまま角に潜んでいくと、男は通り過ぎていった。声のした方向と聞こえた内容から、さっきの場所へ戻ったと思ったのだろう。
「一花、聞こえてるか。お前の連れは反対側に誘い出した。そのまま行け」
バッチに対してそう伝えた。
(これで時間は稼いだ。一言言う時間くらいはあるはずだ。後はお前ら次第だぞ、一花、風太郎)
コナンは再び五月を探し始めた。
歩き回っている最中、風太郎の探偵団バッチからは五月と合流できたという会話が聞こえてきたが、そのすぐ後で一花も合流したようで五月とは別れたようだった。
タイミングが悪かったらしい。
そのため、最後に五月がいたであろう場所へ行くと、そこは姉妹達とはぐれた場所であった。
五月はフラフラとした足取りで歩いている。
「五月!」
「あ、江戸川君……えどがわぐ~ん!!」
五月はこちらに気が付き顔を向けると、その表情はすでに決壊寸前の様相だった。
コナンの元へと走り寄ってくる。
「お前、はぐれたくらいで泣くなよ!」
「違います! ……さっきまで私、上杉君と一緒だったんですけど、彼に置いていかれてしまいまして……」
知ってる。
「それに私、その前からずっと……財布を落としてしまって探してるんです~!」
「なにぃ!?」
どうやら姉妹達とはぐれたすぐ後、五月は屋台で食べ物を買って気を取り直そうとしたところで財布がカバンから消えていることに気が付いたらしい。
運営などにはすでに届け出を出しているらしいが、届いていないということだった。
「それで、その運営が結構並んでいて、みんな私と同じでした。財布を落としてしまったらしく……待ってる時間にほとんど時間を取られてしまいやっと探し始めていたというわけです」
(なるほど、それで風太郎に会った時も妙に明るい声が最初にバッチから聞こえたというわけか)
出会ったのがコナンであれば、もしかしたら見つかる可能性も上がるかと期待していたようだが、現れたのが風太郎だからガッカリしたということだろう……あるいは単純に好感度の問題かもしれないが。
とにかく、今は探すしかないと考えたが、果たしてそんなことをしていて間に合うかが問題であった。
時計を見るとすでに19時半を回っている。花火大会は合流して終わりではない、一緒に見てこそなのだ。
「あれ、江戸川君、腕時計なんてしてましたっけ?」
「ん、ああこれか。これはほら、午前中に荷物が届いてただろ。実家から荷物を送ってもらったんだけどよ、あの中に入ってたんだよ」
「そうですか」
納得したように五月が頷くのを見た後、コナンは再び財布を探す時間配分を考え始める。
時計を探す時間、店まで移動する時間、そして花火を楽しむ時間、念のために運営にもう一度行って届いてないか確認する時間もほしい。
(……待てよ)
そこまで考えて、コナンは思い出したことがあった。
五月が先ほど言っていた、運営に届け出を出した時の様子だった。
確か五月は、他にも財布を無くした人が多く詰めかけていて行列ができていたと言っていた。
(確かに異常な込み具合をしている祭りだが、普通そんなにいっぺんに財布を落とす奴が出るか?)
それよりも、考えられる可能性が一つあった。
「五月、まだ少しだけ時間がある。探してやるからお前も探せ」
「もちろんです」
「でも、見るのは地面じゃない。人だ」
「人、ですか? 何故です?」
コナンは不敵に笑って言った。
「いるんだよ、この溢れかえった人混みの中に、人の思い出を食い物にしようとする性根の腐ったスリがな」
「ええ! スリ!?」
自分の財布が盗まれたという可能性を全く疑っていなかったようで、目を大きく見張った。
「ああ、探す時の特徴は多分、上を見ていない奴だ」
「どういうことですか?」
「この花火大会の中、ずっとじゃなくても普通は花火を見るだろ。その中で一心不乱に周りの人間を観察するようにしたり、後を付けたりするようなやつだ。それに持っているとしたらでかい鞄か、手ぶらのはずだ」
「両極端ですね」
「でかい鞄を持ってるとしたら、中は盗んだ財布でいっぱいのはずだぜ。もし手ぶらだとしたら……残念だが金だけ抜かれて捨てられてる可能性が高いな」
「そんな、困ります! あの財布の中にはお金以外にも大切なものが入ってるんです!」
どうやら五月の目的はお金ではなく財布そのものらしい。
「安心しろよ。どちらにしても、犯人を捕まえればいいだけだ。カバンの中に入っているなら返してもらえばいいし、捨てたとしても捕まえたやつから直接聞きだせば……五月、どうした?」
話している途中で、五月がコナンからコナンの後ろへと視線を移したことに気が付いた。
恐る恐るといったように五月は指をその方向へと向ける。
(いた……!)
目を向けた先には先ほど話した特徴とぴったりのリュックサックを背負った男がいた。
人相の悪い、にやついた笑みを浮かべながら周囲を見渡す男だった。
「五月、運営へ行って人を呼んでこい!」
「わ、わかりました」
そう言って五月が走っていくと、コナンも男の方へと近づいた。
コナンはしばらく男の後を付けた。この男が間違いなく犯人であるかと確認するためにもうしばらく様子を見ていたが、すぐに裏は取れた。
男は花火に夢中に女性のカバンに手を入れると、財布を取り出したのだった。
「そこまでだ!」
「!!」
直後、コナンが叫んだ。
男は振り返り、コナンの姿を見ると一目散に逃げだした。
「待て!」
コナンもその後を追う。
人混みをかき分けながら進むが、気が付けば出口まで来ていた。
男は人混みを抜けて安心したのか、まっすぐとした足取りで逃げていく。
だがそれは、コナンにとっても好都合だった。
コナンはしゃがみ込むと、靴に手を寄せた。側面についているダイアルを回した瞬間、靴がわずかに発光し始める。履いていた靴もただの靴ではなく、例の荷物のひとつ、キック力増強シューズだった。
周囲を見渡すと、山盛りに積みあがったゴミ箱から空き缶を拾い上げ、上へと放り投げた。
(前のひったくり犯の時は失敗したが、今度は逃がさねえぜ)
放り投げた缶が足元へと落ちてきた瞬間、缶を力いっぱい蹴りぬいた。
「いっけー!!」
蹴られた缶は一直線に犯人へと飛んでいき、後頭部にヒットする。
犯人は思わず前のめりに倒れた。
取り押さえるべく、犯人近くまで近寄ると缶では重さが足りなかったらしく男がのそのそと立ち上がった。
振りかえったころにはコナンは目の前まで迫ってきており、荷物を持ったままでは逃げられないと考えたのか、こちらへと掴みかかってきた。
「捕まっかよ!」
コナンは横へと飛び犯人を回避した直後、左腕を前に構えると、腕時計の横のボタンを押してガラス面を立ち上がらせた。
立ち上がらせたガラスには十字マークの、まるで銃の照準についているクロスヘアのような模様が付いていた。
照準を犯人の首元に合わせた瞬間、コナンはスイッチを押した。直後、時計から針が飛び出すと男の首へと命中し、男は掴みかかった姿勢から立ち直ることはなく、そのまま前のめりに倒れた。
コナンが撃ったのは人間を瞬時に眠らせる針が一発だけ出る例の荷物に入っていた最後の一つ、時計型麻酔銃だった。
「江戸川くーん!」
遠くから声が聞こえる。その方向を見れば五月が警備の人を連れてこちらへと向かってきていた。
五月と別れた場所からは大分移動してしまっていたが、流石にスリとの逃走劇をしたともなれば注目を集めていたようで、人混みは一直線に道を開けていた。
犯人の引き渡しもすんなり行きそうだと思い、少し気が抜けた後、それまで聞いている余裕がなかった探偵団バッチの音声が耳に届き始めた。
どうやら例の男には追い付かれているようだが、まだ一花とは会話中の予定だった。
そして同時に、別のバッチからのキャッチが入る。この状況でキャッチが入るとなれば、相手は一人だ。
「四葉か」
『コナンさん! 一花、三玖、上杉さんを見つけたよ!』
「話はバッチから聞こえてたな」
『……うん、一花のお仕事のこととか、全部聞いちゃった』
「きっとそれは一花がちゃんと話してくれる。それより一花と上杉に後腐れが残らないよう、今は三玖を保護してやれ」
『うん、わかった! …………どうやらお困りのようですね』
どうもマイクをONにしたまま風太郎へと話し始めたらしい四葉、マイクからはらいはの声も拾われ、「ですね!」と聞こえてくる。
コナンはこれでようやく、一花以外の全員が捕まったと胸を撫で下ろした。
一花だけは犯人追跡中も聞こえていた断片的な情報ではあるが、仕事で抜けようとしているとのことだったため、戻るのは難しそうだ。
最悪の事態だけでも避けられてよかったと思うべきだろうと考えた。
五月と一緒に二乃の待つ店へと向かう途中、風太郎と一花の話が始まった。
『フータロー君、もう一度聞くね。なんでただの家庭教師の君がそこまでお節介焼いてくれるの?』
『俺とお前が、協力関係にあるパートナーだからだ』
そこで音声をOFFにした。これ以上聞くのは無粋だろう。
その時、コナンのスマホが鳴動した。取り出して画面を見ると四葉からだった。
「スマホ、繋がるようになったんだな。どうした? お前らも店に向かってるんじゃ」
『あのね、上杉さんから提案があったんだけど、実は』
そう言って四葉は風太郎の計画を話し始めた。
一通り聞いた後、コナンが目を見張った。
「なるほどな……やるじゃねえか、あいつ」
それから花火大会も終わりしばらくした後、コナン達は近所の公園へと移動していた。
最初は一花と風太郎を待とうという話だったのに、移動してしばらくしたころ、待ちかねた四葉の合図により”それ”は始まった。
そのすぐ後で二人も合流してきた。
「あ、一花に上杉さん」
「打ち上げ花火と比べると、ずいぶん見劣りするな」
コナン達がしていることの様子に、立案者である風太郎は平然としていたが一花は手を口元に持って行って驚愕していた。
二人に気が付いた四葉が花火を振り回しながら言う。
「上杉さん、準備万端です! 我慢できずにおっ始めちゃいました!」
すでにらいはベンチで寝ていた。
それを確認してから風太郎は返事をする。
「お前が花火を買ってたおかげだ。助かったよ」
「ししし」
褒める風太郎に、四葉は照れくさそうに笑った。
それからは四葉がらいはに買ってあげていた花火セットによる、姉妹たちの小さな花火大会が始まった。
野郎組のコナンと風太郎は、ベンチからその光景を眺めるだけであったが悪い気はしなった。
「ここに来る途中。一花から聞いた……お前が一花に俺のとこへ来るよう言ってくれたんだってな」
「まあな」
「社長を誘導してくれた話も聞いた。なぜだ。結果で言えばお前のしたことで変わったことはない。一花は打ち上げ花火に間に合わなかった。お前ができたのはせいぜい俺が祭りの会場で時間を全て無駄にすることを防いだことだけだった」
「……」
「俺は一花に言われた。なぜ家庭教師の俺があいつらに手助けをするのか、ってな。お前に同じことを聞いてやる。なぜ俺を手伝う」
コナンは風太郎へと視線を向けた。
風太郎もまた、目線だけをコナンへ向けていた。
「……嫌なんだよ。お前みたいな正しく努力した奴が不当な結果しか手に入れられないのがよ」
「つまり、自分が納得できないから、俺を助けたってことか?」
「そもそも、俺はお前を助けただなんて思ってねえよ」
なに、と言って風太郎が顔をこちらに向けた。
コナンは続ける。
「家や五つ子のために努力するお前に心動かされただけなんだよ、俺は。そうやって勝ち得た結果は間違いなくお前の戦果だよ」
風太郎の目が見開かれた。
しばらく何かを言おうと開いては閉じてを繰り返した後、絞り出すように言う。
「……悪かったな」
「あ?」
「悪かったっつったんだよ。お前が最初から俺に親切にしてくれてたのは、今なら分かる。だけど俺は、お前のことが気に入らなくて拒絶した……だから、悪かった」
徐々に尻すぼみに声が小さくなっていく風太郎。
コナンが風太郎の様子を観察すると、それでも精いっぱいに絞り出した言葉であるのだろうと察した。
「ああ、気にすんな」
それ以上は何も言わなかった。
しばらく二人の沈黙が流れた後、コナンは何も言わず姉妹達に交じって花火を始めることにした。
ベンチに座ったままの風太郎も来ればよいのにと思ったが、あいつにはあいつなりの速度があるんだろうと、わかったような気がした。
入れ替わるように、一花が風太郎の元へと寄っていった。二、三ほど一花から言葉をかけるが風太郎から返事はない。
不審に思ってしばらく様子を見ていると、どうやら寝ているようだった。
それに気が付いた一花は風太郎を
そのままにした。
続けて一花はコナンへと歩み寄ってくる。
「君にもお礼を言わないとね」
「ああ、上杉……風太郎にも言ったけど気にすんな」
「そういうわけにもいかないよ。あれが無かったら私、みんなにお仕事を隠したままだったかもしれないもん」
ということは、っと思いコナンは姉妹達の方へと目を向けた。
「言うんだんな。あいつらに」
「うん、そのうちね」
「その方がいい。嘘なんてつくもんじゃねえからな」
「君はそういう嘘ついたとあるの?」
そう問われ、コナンは続いて空を見上げた。
思い出されるのはまだ少し前だというのに、どういうわけか幼い姿だった頃の記憶だ。
「ああ、あるぜ。別の人間に変装して、世界で一番大事な奴を相手に……ずっと嘘をついてた頃がな」
「……そうなんだ」
それなら、と言って一花は続けた。
「やっぱり、君は私たちと一緒なんだね」
その言葉の意味を理解できず、コナンは一花を見た。
一花はコナンを見て、笑っていた。
「ならきっと、君なら私たちを分かってくれるはずだよね……これからも私たちを守ってね、名探偵さん」
この町の犯罪率が徐々に米花町に近づいてまいりました。
原作からのルート分岐、始まります。