五等分の名探偵 - コナンと五つの難事件-   作:真樹

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中間試験と脅迫状(前編)

 学校から真っ先に帰ってきたのはコナン一人であった。

 五つ子達はそれぞれ一花、三玖、四葉は風太郎と図書室で勉強。五月は自習。二乃は友達と寄り道をしていた。

 預かっている鍵で部屋の鍵を開けると、慣れた動きで自室につながるリビングへと出た。

 その時、リビングから男性の声がした。

「待っていたよ」

「……中野さん」

 リビングのソファで座っていたのはマルオであった。

 家の中だというのにスーツを身に纏っており、脇にはカバンを立ててあった。

「この後、僕はまた出なければならない。あまり時間は取れないが君に話があってね」

「お伺いします」

 直角に並べられているもう一つのソファへと腰かけると、足元に学生カバンを置いた。

 マルオへと視線を向けると、まっすぐとこちらを見つめていた。

「手短に話そう。ここ最近の出来事は娘たちから聞いている。君はこの一か月と少しの間だけでも、ずいぶんと活躍しているようだね」

「ええ、まあ」

 初めて五つ子達と会った時に遭遇したひったくり犯や、スリの捕獲のことを言っているのだろうとすぐさま連想できた。

 マルオはコナンの返事を聞くと、一つ溜息をついてから自分の手元にだけ用意していたお茶を口に含み、飲み込んだ。

「……否定をしないのだね」

「事実ですから」

「君が正直で助かるよ。おかげで話が進めやすい、今日ここに来たのは君に忠告をしに来たんだ」

「……」

「君は自分の立場というものをキチンと理解出来ているのかね?」

 マルオの言いたいことは分かる。潜伏という名目で居候をしている以上、目立つ行為をするなということだろう。

 以前、ひったくり犯を捕まえた時も警察から感謝状を贈与したいという申し出があったが、最終的に断ることとなった。

 スリを捕まえた時も事後処理は五月に任せている。理由は単純、江戸川コナンという偽名を使って公の場に出るわけにはいかないからだ。

「ですが、目の前で事件が起きた以上僕は」

「僕は言い訳が聞きたいのではないよ」

 コナンの言葉を、マルオにしては強い口調で遮った。

 息を呑んで表情を伺うと、いつも以上に凄んでいる雰囲気を感じた。

「繰り返すようだが、工藤さんからの頼みで君をここに置いているにしても条件があることを忘れないでほしい。僕の娘には決して危険な目に合わせないこと。分かっているね」

「はい」

「では、君の行動は僕の約束を守れているかな?」

 コナンは即答した。

「もちろんです。僕は娘さんたちを危険な目に合わせず事件を」

「事件を解決している、と言いたいのだろうが……それは決して普通の男の子が取る行動ではない」

「っ!」

「本来であれば君の役目は通報をするだけでいいはずだろう。君のように自らの手で解決まで導く必要はない」

 マルオの言うことは最もであった。そしてこの後に続く言葉も予想できる。

 自分は過去に、自分が生きていることを知られないようにするために自分で事件を解決するのではなく、別の人間に成り代わってもらっていた経験があるのだから。

「目立つ行動自体、そもそもするなということですね」

「分かっているのなら、常々気を付けたまえ」

 僕は失礼する、と言ってマルオはカバンに手をかけた。

 コナンは何か言うべきかと思案したが、マルオの言う通り自らの立場を考えると言葉が出なかった。

 そのままマルオが立ち去りそうになった時、部屋のインターホンがなる。

 出口へ向かおうとしていたマルオは受話器へと向かうと、通話ボタンを押した。

「はい。中野です」

『県警の横溝と申します。中野マルオさんにお聞きしたいことがありお伺いいたしました』

(横溝刑事? なんでここに?)

「マルオは私です。どのようなご用件でしょうか」

『申し訳ありませんが、事件に関わることですので、玄関まで上げていただくことはかないますか』

「……構いません。ドアを開けるので入ってください」

『感謝いたします』

 マルオが端末を操作すると、カメラの先に映っていた横溝刑事と、もう一人いた付き添いの刑事が開いた自動ドアを潜っていった。

 それを見届けた後、マルオは再びソファまで戻ってくると荷物を置いた。そしてコナンを見た。

「話は以上だ。君は部屋に戻っていたなさい」

 正直言えば話に同行したい気持ちがあったが、今釘を刺されたばかりだ。出来るわけがないだろう。

「分かりました。トイレに行ってから言う通りにします」

「よろしい」

 許可を得てから席を立つと、リビングと玄関の間にあるトイレへと向かう。

 廊下へと出てマルオの視線が切れた瞬間、玄関へと駆け寄ると自分の探偵団バッチを外し、靴棚の上に置いてある花瓶の裏にマイクをONにした状態のまま置いた。

 そのままトイレへと入ると、少し間を置いてから水を流しリビングへと戻る。

 リビングにはマルオがソファをかけた状態のままであったため、一礼をした後、二階の自室へと戻った。

 自室に戻ったコナンはすぐに物置の戸を開けると、他の探偵団バッチを取り出しスイッチを入れた。

 しばらくホワイトノイズだけが流れる時間が過ぎた後、遠くの方で古めかしいチャイムの音が鳴ったのが聞こえる。一階エントランスのインターホンではなく、部屋の前に備え付けられているチャイムが鳴らされた音だ。

 少しした後、廊下を歩く音と扉が開く音がした。

『中野マルオさんですね。改めまして、県警の横溝と申します。実は中野さんがお勤めの医院で脅迫状が届きまして、捜査をしております』

(脅迫状だと……?)

『すみませんが、私は心当たりがありませんね』

『そうですか。ですが、念のため二、三ほど確認させてください』

 そう言って横溝はマルオに質問をした。

 話の内容から、どうやら脅迫状が届いたのは病院の院長のらしく、質問の内容はここ最近で不審な出来事や、脅迫状が送られるようなことに心当たりがないという内容であった。

 残念ながら脅迫状の内容までは話さなかった。

 しかし、マルオにはいずれも答えられる質問はなく、結果として警察側は成果なしという結果となった。

 横溝が少し気を落としたような声で言った。

『そうですか……質問は以上です。捜査にご協力いただき感謝いたします』

『構いません。それより、僕もこれからその病院へと仕事をしに行くつもりなのですが、それは大丈夫なのでしょうか』

『ええ、それは構いません。ですがもし何かあれば、病院を通して避難のご連絡は差し上げるかもしれません』

『そうですか。当たり前ですが、あそこには僕や僕以外の医師が面倒を見る患者が大勢います。そのようなことがないことと、早急な解決をお願いしますよ』

『手を尽くさせていただきます。ご安心いただく材料になるかは定かではありませんが、今回の事件には頼りになる協力者もおりますので、どうかご安心ください』

 協力者? 、とマルオが聞き返した。

 バッチ越しに話を聞いていたコナンも同様の疑問を浮かべる。

 その疑問に対して、横溝はそれまでとは比べ物にならないほど自身満々であることが伺える声色で答えた。

『はい! 今回たまたま別件でこちらにご足労いただいていた、あの名探偵の毛利小五郎氏が捜査に参加されているのです!』

(な……! おっちゃんが来てるのか!?)

 思わず耳を疑ったコナンであった。

 

 同じ日の夜、コナンは悩んでいた。

 正直に言うと、どうにかして捜査に加わりたかった。何しろあの小五郎がいるとなれば、事件が無事に解決出来る可能性は上がるどころか下がった可能性があるとすら言っても過言ではない。

 コナンが元の姿に戻ってから数か月、小五郎の活躍はメディアを通して聞いている。居候を辞めて代わりに事件を解かなくなってからというもの、事件の解決率は如実に下がっているようだった。

 とはいえ、以前のように事件を解決する度にニュースになっていたのが、目にしなくなったという程度だ。本当に収入に問題が出るようであれば蘭から連絡だってあるだろう。

 例え今回の捜査に失敗しても、毛利家にはそれほど影響が出ないだろう。だが、問題は他にもある。事件の詳細が分からないため推測の域を出ないが、万が一マルオの仕事に影響が出るようなことがあれば潜伏生活にも支障が出かねない。

 最悪の場合、警察や公安に直接連絡して協力を申し出ることまで考えていたが、どうすべきかの判断材料があまりにも少なく決断に難儀していた。

 一同が寝静まったころ、ベランダへと出ると一人で頭を冷やしながら思案を続けていた。

 すると、背後からガラス扉が開く音がした。振り返ると三玖がいた。

「どうしたの、こんな時間に」

「ちょっと考え事をな。お前こそどうした」

「私はトイレ」

 そうか、と言ってコナンは再び外へと目を向けた。

 考えを再開させようとすると、三玖はベランダへと出て隣に並んできた。

「コナンが悩み事なんて珍しいね。私でよければ話を聞くよ」

「お前に話すような内容じゃ……まあ、少しだけならいいか。わりいけど全部は話せねえぞ」

「……わかった」

 せっかく話を聞こうとしたのに話せないことがあると言われ、少し不機嫌そうに眉を顰める三玖であったが、変にあしらわれるより『言えないこともある』と正直に言ってもらえたことで納得ができたようだ。

 話を聞こうと黙る三玖に、コナンが話始める。

「中野さんに今日、注意されてな」

「お父さんが?」

「初めて会った時、ひったくりを捕まえたりとか、五月からスリを見つけたって話があったろ」

「うん。スリもコナンが見つけたんだよね」

 コナンは「ああ」と相槌を打って頷いた。

「でも、それに対して中野さんから釘を刺されてな。『娘の傍でそんな危険な真似をするなってよ』」

「お父さんがそんなこと言ってたんだ……」

 三玖は少し顔を俯かせて言った。意外だったのだろう。

 マルオのことは五つ子から多少は話を聞いている。それに自分も同じ家に住んでいるから、たまに帰ってきた時の彼の行動は見ている。

 ハッキリ言えば、度が過ぎた放任主義と言える有様だった。

 しかし、コナンから言えば今日の会話でも分かる通り、あの父親は十分に娘たちを気にかけている。しかしそれを説明して、納得させるのに今の場で納得させるのは難しいだろう。

 話を続けることにした。

「それでな、その時たまたま警察がここに来たんだよ」

「家に?」

「ああ、中野さんの病院でちょっと問題が起きてるらしくてな。細かいことは言えねえけど、解決出来るか怪しいみたいなんだ」

「もしかして、コナンも捜査に加わりたいの?」

「ああ」

 コナンは体を翻し、手すりにもたれるような体勢に変えた。

 三玖の方は手すりに手を置いたまま、しばらく固まった。話を聞いて考えているのだろう。

 コナンも頭の中で考えを再開させ、そのまましばらくした時間が流れた。先に沈黙を破ったのは三玖であった。

「いつもみたいに姉妹の問題だったら、入れ替わりで何とかしたのに……」

「入れ替わり……そうか!」

 呟くように言った三玖の言葉を皮切りに、コナンの中で捜査のプランが浮かび上がった。

 コナンは手すりから離れると、部屋の方へと歩き出す。

「サンキューな三玖! 話せてよかったぜ。おかげでなんとかなったぜ」

「……よくわからないけど、役に立てたならよかった」

 制服も冬服へと変わった今の季節、すでに外の気温は深夜になると肌寒さを感じるころとなっていた。

 コナンは三玖も早めに部屋へ戻るように伝えると明日に備えて就寝すべき、ベッドの中へ飛び込んだ。

 ちなみにこの日、風太郎が家に中間試験の対策勉強として泊まりにきていたのだが、何故かコナンの部屋ではなく三玖本人の志願によって三玖の部屋で眠っていた。

 

 翌日、目が覚めるとコナンは早々に行動を開始した。

 風太郎と姉妹達は図書館へと勉強に行ったらしいが、リビングでは五月が勉強をしていた。

 寝起きの支度を済ませると、コナンは一度自室へと戻りスマホと蝶ネクタイ型変声期を手に取った。

 スマホのダイアルに入力するのは愛知県警の電話番号であった。

 蝶ネクタイ型変声期のダイアルも慣れた手つきで設定し、通話ボタンを押すと数コールもしないうちに電話先の担当が出た。

 コナンは一息ついてから話始めた。

「ああ、もしもし。毛利ですけども。大変お手数おかけします、実は確認したいことがありまして……」

 

 同日の昼、コナンは近所のファミレスへと訪れていた。

 例のひったくりを捕まえた店で、相変わらず店の中は閑散としていた。

 コナンの姿はいつもとは大きく様相を変えており、首元の蝶ネクタイ型変声期も電源を入れたままの状態だった。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「コーヒーを一つだけお願いします」

「かしこまりました」

 話すコナンの声は別の男性物へと変えていた。これで準備も万端だ。

 ちょうど後ろで話し声が聞こえる。

「毛利さん、本日はご足労いただき、誠にありがとうございます」

「なあに構わないっすよ。それで横溝刑事、脅迫状が届いたんでしたな」

 話しているのは横溝刑事と小五郎であった。横溝の隣には別の男性も座っている。昨日家に来た連れの刑事とは違う男性だった。

 今朝、小五郎の声を使って県警へ電話をしたコナンは忘れたフリをして打ち合わせの約束をしていないか確認をしたところ、横溝の連れの男性もいるからファミレスで約束をしているはずとのことだった。

 そのため、コナンは話で聞いた店の前で張り込み、小五郎達が入った後に小五郎達とは背を向けるようにして隣の席に座ったのだった。

 背後で小五郎が連れの男性へと話す声が聞こえる。

「確か、副院長の美澄さんと言いましたな。早速ですが、例の脅迫状を拝見させていただけますか」

「は。はい」

 美澄と呼ばれたメガネをかけた細身で、初老を少し超えたであろう男性がカバンから封筒を出すとテーブルへと出した。

 紙を広げる音がしたため、そっと背後へと視線を向ける。

 封筒には一枚の紙が三つ折りで入っており、文章が書かれていた。

 

『お前が過去に犯した罪を知っている。今こそ罪を告白し、罪を償うべし。

 一週間以内に世間に公にしなければ、私があなたの罪を裁く』

 

「一応聞いておきますが……イタズラの可能性はないんですかい?」

「それが、院長の巻田も初めはそう思ったらしいのですが、手紙が届いた日からというもの不自然なことが起こり始めたのです」

「不自然なこと?」

 小五郎の相槌に、美澄は話始める。

 手紙が届いたのは昨日、つまり金曜日とのことだった。

 脅迫状を受け取った日、朝食の時間が過ぎたころになると入院していた患者の一人が食中毒を起こしたという。

 当然、入院中の患者に出した病院食でそんなことが起きれば大事で警察の捜査も入り、院長の巻田にも事情聴取をしている中で変な手紙がそういえば届いていたと言って脅迫状の存在が出てきたということだった。

 横溝の補足により、院長から脅迫状の存在が明かされた後、院内の勤務者に聴取を行い、その後外出中の居場所が分かっている関係者にも話を聞いて回ったという。マルオの元に夕方になって横溝が来たのは、そういった経緯の結果だったのだろうとコナンは考えた。

「そして今朝、つまり二日目になると今度は病院に一通の匿名の投書が届いたのです。中には勤務している看護師の一人が、別の病院の医師と不倫をしているという告発をする内容が書いていました。看護師本人に事実確認をすると、とても話しづらそうにしながら認めました」

「なるほどなあ、そうも立て続けに問題が起きれば不安にもなりますわな」

 小五郎は納得したように頷いた。

 経緯を話し終えたころ、入店してすぐに小五郎達が頼んでいた飲み物が届いた。

 小五郎達は一口、飲み物に口を付ける。

 一息ついた後で、次に横溝が捜査状況を話し始めた。

「昨日の時点までの調査状況ですが、病院内の調理施設を調べたところ、施設内に保管されている食材の状態に問題はなく、毒物の反応もありませんでした。被害者の食器類からだけは、非致死性の毒物が検出されています」

「出来上がった料理に、後から毒が入れられたってことか」

「はい。配膳の時間は午前10時頃。美澄さんの病院は一般の面会を9時から受け付けているため、病院外の人間も建物内には入っていました」

(ということは、外部の人間の可能性も捨てきれないというわけか……)

 話をこっそり聞いているコナンも考える。

 厨房から毒物反応が出たのであれば犯人は病院の関係者の可能性が高いと考えたが、状況を聞く限りだと誰でも反応は可能だろう。

 続いて、今朝届いたという匿名の投書も看護師のプライベートを知っていることから内部犯の可能性が高いが、絶対とは言い切れなかった。

 何より、食中毒と投書自体には何の関係がない。

「これは美澄さんが勤務する病院以外の、同業からの嫌がらせという可能性もありますな」

「なるほど、病院の評判を落として営業の妨害をしようとしているということですね」

「そんな……」

 小五郎と横溝の会話を聞いて、美澄は不安げな表情を浮かべる。

 自分が勤める病院が何者かに悪意を向けられていると言われれば不安にもなるだろう。

 小五郎は手紙を机に置くと、美澄を見た。

「ところで美澄さん、気になっていたのですが、この脅迫状は院長の巻田さんの元へ届いたのですよね? 何故副院長である貴方がこれをお持ちに?」

「巻田は本日、医師会へ出払っており一日不在の予定なのです……それに、お恥ずかしい話で巻田本人はこの件を警察の方々や私に丸投げしているのです」

「丸投げ?」

 取り出したハンカチで汗を拭きながら申し訳なさそうに話す美澄。元々気弱な性格なのだろう。

 横溝が横からフォローした。

「院長の巻田さんは昨日私もお話しました。同僚の美澄さんの前で申し上げるのは少し憚られますが、少々プライドの高いお方のようでした」

「……こんなしょうもない事件はお前たちだけで何とかしろってことか」

「申し訳ありません……」

 事情を察した小五郎に美澄は申し訳なさそうに頭を下げた。

 それからもうしばらく、事件に関係する質疑応答が続けられた後、一同は病院へと行くこととなった。

 小五郎が配膳を行った看護師や、投書に書かれていた看護師に話を聞くと言い出したのだ。

「それでは病院までパトカーでお送りいたします。美澄さんも、お付き合いいただけますかな?」

「はい、今日は一日スケジュールを空けてきましたので……」

「では行きましょう」

 三人は立ち上がると、横溝が伝票を手に取って出口へと向かった。

(くそっ、俺も付いていきてえが流石に病院の中まで後を追ったら怪しまれるよな……)

 コナンの変装はメガネや髪形を変えるといった程度のもので、顔を大きく変えているわけではない。

 病院で小五郎と鉢合わせをしようものならバレる可能性は十分にあった。それに横溝や、同じ病院に勤務しているマルオは変装後の姿を知っている。より一層顔を見られるわけにはいかなかった。

(せめて病院に行く真っ当な理由でもあればいいんだけどな)

 とはいえ、コナンの体調はすこぶる健康だ。この場で思いつくような理由はなかった。

 仕方なく、コナンも小五郎達がレストランを出たのを見食った後で、自分も退散すべく席を立ったところ、窓の外に姉妹達の姿を見かけた。

 朝、家を出て言った時は風太郎も一緒だったと思ったが、そこに姿はなかった。

 会計を済ませてから外へ出ると、姉妹達もこちらに気が付いたようだった。

「あれ、コナン君じゃん。一人でお昼ご飯?」

「まあな、お前らこそ今日は一日中図書館で勉強するんじゃなかったのか? 風太郎もいねえみてえだしよ」

 すると四葉が恥ずかしそうに頭に手を回した。

「それが、上杉さんは筆箱を忘れたって一回家に帰ったんだけどそれっきりでさ。私達だけで勉強しようともしてみたんだけど、あんまり集中出来なくてすぐ帰ってきちゃったの」

「戻ってこないって、大丈夫なのかそれ?」

 あの風太郎が何も言わずに戻ってこないなんて考えづらかった。

 先日、五つ子達とコナンは風太郎と連絡先の交換も済ましていた。戻れない用があるなら一本連絡ぐらい入れるはずだ。

 すると一花がコナンへと歩み寄ってきて耳打ちをしてきた。

「フータロー君だったら家で五月ちゃんと勉強してるから大丈夫だよ」

「……? あいつら喧嘩してるんじゃ……まあいいか」

 昨日、リビングで勉強会をしている様子はコナンの部屋にも聞こえていた。

 と言っても断片的ではあるが、四葉と風太郎がリビングを駆け回る音がした時には流石にうるさくて部屋から顔を出したが、同じように考えた五月も部屋から出てくると風太郎達に注意をして、三玖からヘッドホンを借りた後部屋へと戻っていった。

 あの時の様子から、どうやら五月と風太郎の仲は元々良くなかったものが更に険悪になっているとは薄々感じていた。

 それがどうして今は二人だけで家に残り勉強をするまでになったのか、コナンには分からなかったが一花が心配をしていない様子から、それ以上は気にしないこととした。

「それで、お前らはもう帰るのか?」

「私はそうしよっかなって。朝早くから起きたから、実はまだちょっと眠くてさ」

 言いながら一花があくびをした。とはいっても八時間以上バッチリ眠っているはずなのだが、コナンは突っ込まなかった。

「私はバスケ部の試合にスケットしに行く予定だよ。テスト勉強があるから普段の練習は断ったんだけど、試合だけは出るって約束しちゃったから」

 見れば四葉の肩にはスポーツバッグがかけられている。中にはユニフォームが入っているのだろう。

「私は病院。最近ちょっと貧血気味だから、お父さんのとこの病院に薬をもらいに行く予定」

「三玖、それ本当か!」

「うん。本当だよ」

(ラッキー!)

「それ俺も一緒に行っていいか?」

 初めは何故、という表情をしていたがすぐに気が付いたらしく、三玖はすぐに何かを思いついたような顔をした。

「……いいよ」

「サンキュー! 助かるぜ!」

「なになに、どうしてコナン君が付いていくのさ?」

「コナンもお父さんに用があるんだよね。中々帰ってこないし、病院だと普通じゃ会えないから」

「ああ、そうなんだ」

「ふうん」

 三玖が機転を利かせてフォローのおかげで、一度は興味を示した一花であったが、納得したように頷いた。

 コナン達はそれからしばらく同じ方向へと歩き、勉強の状況などを聞いたりしたが、病院への分かれ道へ差し掛かったところで一花と四葉とは別れた。

 二人だけで病院へと向かう最中、三玖が話しかけてきた。

「あれから捜査は順調?」

「昨日お前にアドバイスをもらったおかげで話を聞くことは出来たぜ。でも場所を病院に移すってことになっちまって、俺はついていくことも出来なくて困ってたところを、またお前に助けられたってわけだ」

「そうなんだ」

 会話が途切れた。

 しばらく沈黙が続いた後、再び三玖が口を開く。

「事件の内容はまだ話せない?」

「なんだ、気になんのか?」

 三玖は頷いた。

「この前の、あのレストランで見せてくれたコナンの推理凄かった。まるで探偵みたいだったから、また見たい」

「そりゃどうも」

 少し考えた後、話したとしても捜査にあまり影響は出ず、逆に例の脅迫状と昨日から立て続けに起きている不審な出来事との関係性を見つける糸口になるかと思い、話すことにした。

 一通りの内容を話し終わると、三玖は言った。

「その、院長さんの罪っていうのは何だったの?」

「それがわかんねえんだとよ。少なくとも副院長の美澄さんには心当たりがないから、もしかしたら院長が隠してるかもっつってな」

「そっか、それで病院に刑事さん達は行ったんだね」

「そういうことだ」

 話しているうちに病院へと着いた。

 建物は思ったより大きく、複数の科が入っている複合病院のようだ。

 中に入ると清潔感のあるロビーが広がってる。

 入り口の横で立ち止まると、三玖はカバンから受付用の保険証などを取り出した。

「それじゃあ、私は処方箋を出してもらいに行ってくるけど、コナンはどうするの?」

「まずは刑事の人たちがどこにいるか調べないとだなぁ……つっても、医者から話聞くってなったら一般人じゃ入れないだろうしな、正直困ってるよ」

「……私がお父さん、中野医師の娘だってことは結構みんな知ってるから、少しくらいなら好きに歩き回れるかも」

「本当か!?」

「うん」

 そしたら、と言ってコナンは懐から探偵団バッチを取り出すと三玖へと渡した。

 目を輝かせながら受け取った三玖に使い方を一通り説明すると、胸元へとつけさせる。

「聴取の現場や、刑事の人を見つけたらスイッチをONにしてくれ。それで出来る限りでいいから話を聞いてほしいんだ。俺は病院の横にカフェがあるのを見かけたから、そこで話をバッチ越しに聞かせてもらう」

「潜入捜査……!!」

「そういうことだ。困ったことがあったら、こっちからも指示を出す。やってもらえるか?」

「分かった。やってみる……!」

 鼻息を荒くして頷いた三玖は、そのまま病院の奥へと消えていく。

 コナンも急ぎ足で建物を出ると、そのまま隣のカフェへと入った。ついさっきも小五郎達の話を聞くためにコーヒーを飲んだばかりであったが、何も頼まないわけにもいかず、やむを得ず注文をした。

 しばらくすると、コナンが持つバッチから通信先のマイクがONになったことを知らせるノイズが走った。

『コナン、聞こえる? 毛利探偵を見つけたよ』

「よし、場所はどこだ?」

『副院長のオフィス。他にも刑事さんっぽい人とか、お医者さんとかも何人かいる』

「扉の外からこっそり聞くことは出来そうか?」

『多分無理、結構人通り多いから、聞き耳なんか立ててたら怪しまれる』

「そうか……」

 となると中に入るしかないわけだが、なんと言い訳して入るべきかと理由を考えていると、まだ思案の最中であるにも関わらず扉が開く音がした。

『ん、誰だね君は?』

 聞こえた声は横溝の声だった。

(まさか三玖のやつ、もう入っちまったのか!?)

 バッチを渡した時から普段では見ないテンションの高さだったから心配であったが、少し勇み足が過ぎると思った。

『君は、確か、中野君の娘さんだったね。どうしたんだい? お父さんなら今日は別の医院へ回診に出ているよ?』

『扉の外から毛利探偵の声が聞こえて、私、ファンなんです』

『俺の? いやあ、こんなかわいいお嬢さんにまで応援してもらえてるだなんて、まだまだ人気も落ちてないってことだなぁ!』

 そう言って五郎の豪快な笑い声が聞こえる。

 けれどそのすぐ後、申し訳なさそうな横溝の声がする。

『しかしですねお嬢さん。申し訳ありませんが、我々は現在事件の捜査をしています。部屋を出ていただけませんか?』

『私、一度でいいから毛利さんの推理を生で見たいと思ってたんです……! お邪魔はしませんから、少しだけいさせてもらえませんか……?』

 そして少し間が開いた後、再び三玖が続ける。

『ダメ……ですか?』

 渾身の媚びるような声に、マイク越しからどよめいた雰囲気を感じる。

(そういやコイツ、姉妹の中でも変装一番上手かったっけ。結構演技の才能あるんじゃねえのか?)

 一花が嫉妬しそうな話だと思いながら、聞き逃しがあってはいけないとすぐにスピーカーを聞き取ることに集中する。

『ま、まあ中野君には普段から世話になっているしね。少しくらいいいでしょう』

『こんな美しいお嬢さんの頼みとあっちゃあ、断ろうものならこの毛利小五郎の名が廃ります。横溝刑事、いいじゃないですか少しくらい』

『……お二人がそう仰るのであれば……わかりました。本当に少しだけですよ?』

『ありがとうございます!』

 そうして、話はすでに途中だった事件のことへと移り変わる。

 初めのうちは途中から聞き始めたということもあり要領を得ない内容であった。

 話を聞きながらも、少し離れた位置へ移動したらしい三玖が小声でコナンへと室内の状況を説明してくれた。

 室内には小五郎、横溝、美澄副院長の他に以下の人物がいるとのことだった。

 

 巻田宗一 院長

 本郷望 内科医医師

 木下由美 看護師

 

 巻田がいるのは脅迫状の受け取り主として当然であるが、その他の二人が呼ばれているのも事件に関係しているためということであった。

『それでは改めて確認させていただきます。昨日もお聞きしたことですが、毛利探偵にお聞かせさせたいため、ご協力をお願いいたします。まずは本郷さん、あなたからです』

『はい。刑事さん』

『昨日の食中毒が起きた時、あなたはその食中毒を起こした患者の病室へ診察をしに行っていたそうですね?』

『はい、朝食が運んでくる直前まで患者の方と話してました。診察が終わった後、木下君がトレイを運んできたので入れ替わるように病室を出ました。しばらくオフィスで仕事をしてたところでナースセンターから連絡があり、例の患者が腹痛を訴えているとのことですので確認したら、食中毒を起こしていることを確認しました』

『ありがとうございます。続いて木下さん。お願いできますか? できれば、配膳した料理に関することで詳しくお願いします』

『はい、今本郷先生が仰ったように私が朝食の配膳をしました。私が担当しているのは個室棟の患者さんで、台車には六人分の朝食が乗ります。例の患者さんを運び終えた後で台車には他にはまだ二人分の料理が残っていたので、残りの分も運んだ後は台車を戻してナースセンターに戻りました。戻って少しした後、ナースコールがあったので受けたら腹痛がするとのことですので本郷先生をお呼びしました。料理には特に変なところとかはなかったと思います』

『ありがとうございます。最後に巻田院長、事件が起きた時には自室へいらしたとのことですが、何か不審なことはありませんでしたか?』

『昨日も話したが知らんといっただろう! ワシはその時、医師会の連中と話していた! 誰も来ておらんし、何もなかった! これでいいか!?』

『え、ええ。分かりましたから、どうか落ち着いてください。ご協力ありがとうございます』

『さっさと終わらせてくれたまえ! ワシはこの後も会合を控えておるんだ!』

 最後に話したしわがれた男性の声、巻田院長の尊大ぶりは想像以上であった。

 レストランで美澄の姿を見た時には、妙に疲れている様子であったが、この院長の下で働いているというのであれば納得も行った。

 コナンは聞いた話を整理する。

 個室の配膳をしていたということは、木下看護師は患者へ料理を出す時、台車を廊下に置いたままトレイを取り出し、個室へと配膳したと思われる。

 また、二人分の朝食が残っていたということは被害者の料理が配膳されたのは四番目、つまり三回は廊下で放置された時間が発生しているということだ。

 その間に毒物を混入させることは十分可能だろう。

 現時点では、事件の流れだけ理解出来ただけで手掛かりとなるような情報はないと考えた。

『巻田院長。あたしからも一つ質問をさせていただけますかね?』

『ふん、探偵か。なんだね?』

『……脅迫状の中身はあたしも拝見しました。”過去に犯した罪”というのに何か心当たりはありませんか?』

『それも昨日警察に言っただろう! 知らんものは知らん!』

『本当ですかい? 脅迫状なんてものがわざわざ送られるんだ、大きい声では言えないような内容なんでしょう。ここで正直に仰られなければ、貴方は脅迫状を受け取った被害者という立場から、別件の容疑者となる可能性だってあるんですよ?』

『ぶ、無礼だぞ貴様! なんだその言い草は!?』

『巻田院長、どうか落ち着かれてください。大変申し上げにくいのですが、毛利探偵の仰っていることは事実です。我々は今回の毒物混入の事件や、脅迫状の件から貴方のことも調査させていただく必要がありますので、もしも何かお気づきのことがありましたら正直に仰ってください。よろしいですか?』

『……分かった! 気づいたことがあったらな!』

 その後、ズカズカと踏み鳴らす足音が聞こえた。おそらく機嫌を悪くした巻田が室外へと出て行こうとしたのだろう。

『どきたまえ!』

『ご、ごめんなさい』

 入り口近くに立っていたらしい三玖にも当たり散らす声が聞こえた。

 自分が脅迫されているというのにこんな対応を取るともなれば、助ける気もなくなりそうであるが、すでに被害者も出ている。どう調査を進めるか思案を続けた。

『毛利さん、いかがですか。何か分かったことはありましたか?』

 部屋に残された一同を代表して横溝は毛利の反応を伺う。

『何かと言われても、これじゃあ推理のしようがないでしょう。肝心な毒物が入れられた瞬間も、脅迫状の中身についても分からずじまいでどうしろってんだ』

『そうですよねえ……いかに毛利さんと言えど、こうも情報が少なければそう言わざるを得ないですよね……とにかく、他にも何か気づけることが無いか、院内を見て回りますか?』

『ああ、そうしよう』

『それと中野さん』

『は、はい。刑事さん』

『残念ながら貴女が期待したような展開にはならなかったでしょうが、これからは病院内を移動しての捜査となります。すみませんが、この辺りまででよろしいですか?』

『えっと……』

 三玖の困惑した声が聞こえる。

 自分に話しかけられている以上、コナンへ呼びかけることも出来ずに困っているのだろう。

 だが、コナンは今の時点で確かめたいことがあった。

「三玖、今から俺が言うことをそのまま喋ってもらえるか」

 三玖から小さな声で「分かった」と短く返ってきた。

 その返事を確認してから、コナンは話す内容を三玖へ伝える。

『刑事さん、部屋を出る前に一つだけ確認させてください』

『君が確認? 何をだい?』

『院長さんに脅迫状が届いて、それと同時に院内で事件が起きるってことは、犯人が告白させたい院長さんの罪っていうのは病院に関わることじゃないかと思うんです。だとしたら、一度病院のカルテや、帳簿を確認した方がいいんじゃないかなって思ったんですけど……どう、ですか?』

 話終えてから三玖はふぅ、と一息ついた。普段話さない長話に慣れてないのだろう。

 すると、三玖が言った直後、美澄の慌てた声が聞こえた。

『ちょっと待ってください! 帳簿もカルテも病院の機密情報です! そんな簡単にお見せなど出来ません!』

『ただですね美澄さん。すでに事件だって起きているんです。確かにこの子の言う通り、一度確認した方がよろしいのではないですか?』

『まだ脅迫状と関係があると決まったわけじゃないでしょう? 確証がなければ流石に……』

 横溝の説得にも難色を示す美澄。

 どうにかして確認する方向へと持っていけないかと考えていると、続けて本郷の声が聞こえた。

『でしたら、病院の関係者で確認するというのはどうでしょうか。何か不審な点があれば刑事さんへご報告する、それなら問題ないんじゃないですか?』

『確かに、それであれば美澄さんが仰る余計な機密情報を我々が目にすることもありません。いかがでしょうか、美澄さん』

『……わかりました。それで手を打ちましょう。ただし、確認には私も参加するよ。いいね、本郷君』

『はい』

(なんだ、美澄さんはどうしてそんなに頑なに見せたがらないんだ……? 今までのこの人だったら、心配の種となってる事件の解決を一刻も早く解決したいからってなんでも協力してきたのに急に態度を変えてきた……やっぱり、何か裏がある匂いがするぞ)

 そうして、話し合いの場はそれで一度解散することとなった。

 病院側の確認にはしばらく時間がかかるようで、日も改めることになった。

 とはいえ、脅迫状に書かれている期限の一週間を超えないように、途中で一度確認することとなった。

 副院長の部屋から出た三玖は小五郎達と別れ、しばらく間を開けた後でスマホの方から連絡をよこしてきた。

『コナン、どうだった?』

「ナイス演技だったぜ三玖。おかげで少しは捜査が進みそうだ」

『何か分かったことはあった?』

「残念ながら、現場にいた刑事達と同じ意見だよ。今の時点じゃ情報が少なすぎて何もわからねえ」

『……そっか』

「悪いな、期待させちまったみたいで」

『大丈夫。捜査現場を見ただけでも新鮮だった。また手伝いたい』

「ああ、そん時は頼むぜ」

 通話はそこで終了し、コナンは席を立った。

 すぐ後に個人チャットが三玖から届き、まだ自分の用を済ましてないから先に帰っていてほしいということだったが、捜査に協力してもらった手前もあり、付き合うこととした。

 

 数日後、コナンは木下看護師が殺害されたことを新聞のニュースで知った。

 





このまま三玖にサイドキックを続けてもらったら、原作の三玖史上一番の長文を超えることがあるかもしれないですね。
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