ちょっと今回凄く難産でして、いつかリメイクさせてください・・・
テスト前日の水曜日の出来事であった。
『お前今日は一夜漬けでテスト勉強するって言っただろうが! どこで油売ってやがる!』
「ごめんフータロー、どうしても寄らないといけないところがあるの」
『……戻ったらお前は特に詰め込みで教えるからな。覚悟しておけ』
「うん、分かった」
学校からの帰路の最中、電話越しから風太郎の怒声が響いた。
隣でコナンは様子を伺っていたが、三玖の様子からどうやら何とか納得してもらえたらしい。
スマホをしまうと、三玖はコナンへと向き直った。
「もう大丈夫、行こう」
二人が向かっているのは小五郎が宿泊しているホテルだった。
朝刊で木下看護師の訃報の記事を発見してすぐに小五郎へと連絡をとり居場所を確認したのだ。
『探偵坊主じゃねえか、お前が俺に電話してくるなんてどういう了見だ?』
『小五郎さんって今、殺人事件の調査をしていませすよね』
『なんでおめえがそんなこと知ってんだよ?』
『僕の居候先の中野さんも、事件の被害者である看護師さんが勤務していた病院に勤めてるんですよ』
『なにぃ!?』
『このまま事件が迷宮入りでもして病院の運営に支障が出れば、俺の潜伏先にも影響が出かねない。ですから捜査に協力させてほしいんです』
『事情は分かったが、お前が出る幕じゃねえよ。この名探偵毛利小五郎様がいれば十分さ』
『お願いしますって、どうせ脅迫状の調査だって難航してるんでしょう?』
『……やけに詳しいじゃねえか』
『とにかく、会って話した方が早いから、なるべく早い時間でどこかで落ち合いましょう』
『わーったよ、それじゃあ俺が泊まってるホテルの場所を教えるから来い。場所は——』
そうしてホテルの場所を聞いた後、学校終わりに行く旨を小五郎に伝えていた。
三玖と一緒にいるのは、話を聞いた後で再び病院に行く可能性を考えてのことだった。
「お邪魔します」
ホテルの扉を開けると、小五郎はテーブルスペースに座ってタバコを吸っていた。
小五郎の前の机には大判の封筒が置かれている。
部屋に入ってきたコナン達を見ると、小五郎は意外そうな顔をした。
「おい坊主、お前一人じゃねえのか。それにそっちのお嬢さん、あんたはこの前の……」
「中野三玖です。この前は急にお邪魔しました」
三玖が一礼した。
「そうか、病院で名前を聞いた時にはどうも聞き覚えがあると思ったが、あんたの父親があの中野先生だったのか……ってことは坊主、お前もしかしてこんな可愛い子と一緒に住んでるってことか!?」
「ま、まあまあそれについてはオヤジも交えてあの時に決まったことですから……」
始めは事件に打ち込んでいた思考が徐々に同棲のことへと切り替わるにつれ、語調が荒くなっていく小五郎。
コナンはそれをどうどう、と宥めた。
もし同居の相手が三玖以外にも四人いると知られれば捜査どころではなくなるだろう。
「……親の俺が口出しするようなことじゃねえかもしれねえが、蘭を泣かせてみろ。ただじゃおかねえからな」
「はい、肝に銘じておきます……」
最近怒られてばかりだ、と先日もマルオに釘を刺されたことを思い出しながら思った。
横では三玖が「蘭って?」という疑問を興味津々とした表情で訴えていたが、後で説明することとする。
「早速ですがおじさん。事件のことを教えてください」
「こいつが事件の資料だ」
小五郎は机の上の封筒の上に手を置くと、二人へ差し出した。
コナンは小五郎の対面の椅子へと腰かけると封筒を手に取る。同時に三玖もコナンの斜め後ろ、壁際にある化粧台の椅子へと腰かけた。
当然のように同席しようとする三玖に対して、小五郎が怪訝な顔を浮かべてからコナンへと顔を寄せ、小声で言った。
「おい坊主。お嬢さん……三玖さんにも聞かせるのか?」
「え? ああ大丈夫です。こいつにはちょっと前から協力してもらってるんで」
「そうかよ……」
一応納得したようでそれ以上は聞いてこなかった。
封筒から資料を取り出すと、複数枚の紙と、紙にクリップ止めされた写真が入っていた。
被害者の写真が目に入った瞬間、後ろから三玖の「うっ」という短い声がした。
被害者の名前は木下由美。31歳。複合医院の看護師。
病院から自宅までの帰り道の途中、人通りの少ない道端で倒れているところを発見された。
死亡推定時刻は月曜日の夜八時頃。遺体が発見されたのは二時間後の十時頃とのことだ。
遺体の首には人の手で絞められた跡があり、死因も絞殺と断定された。
服装に乱れはなく、所持品からは財布と指輪が無くなっているとのことだった。指輪の紛失は被害者の指に指輪の跡が残っていることから判断されたとのことだ。
被害者と交友があった人物からの証言で、被害者本人にトラブルがなかったか確認したところ、例の食中毒が起きた翌日に投函された別医院の医師との不倫をしていたのが、木下看護師であることが確認された。
「え、不倫してたのってあの人だったのか」
「ああ、投書でバレてからは、結構周りの人間と揉めてたらしいぜ。不倫相手の医者や奥さんとはもちろん、慰謝料の話も出てて金のやりくりで知人にも頼りまくってたらしい」
「それじゃあ、トラブルの種には事欠かなかったってことですね……」
貴重品を取られていることから物取りの可能性もあり、警察は強盗と知人とのトラブルの両方の線から調べているとのことだった。
また、その他の遺留品は残っていなかったとのことだ。
その他にも不倫相手を始めとした関係者のアリバイが書かれていたが、不審な点はなく新たに分かりそうなことはなかった。
資料を封筒に戻すと、小五郎へと返した。
「ありがとうございました。お返しします」
「で、何か思いついたことはあったのか?」
「残念ながら事件の犯人も、脅迫状の件との関わりも分かりませんね」
「んだよ、使えねえな」
小五郎が頬杖を着いて言った。少しムカッと来たが、くちごたえをすんでのところで留まった。
「おじさんはどう思いますか。脅迫状に書かれていた予告だって、もう明日に迫ってるんですよね?」
「なーんにもわかりましぇーん」
お手上げのポーズをする小五郎。
今度は後ろから三玖が顔を寄せてくると、小声で言ってくる。
「毛利探偵って、いつもこんな人なの?」
「まぁ、気を使わなくていい相手にはこうだな……」
ややショックを受けた顔を三玖はした。テレビで見る小五郎とは別人のようでイメージが崩れたのだろう。
小五郎は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、椅子から立ち上がった。
「聞きたいことはもういいか? 俺はそろそろ病院へまた行く予定だが、どうせおめえのことだ、ついて行きたいって言うんだろ」
「いや、僕は行きませんよ」
「あ……そう?」
予想外の反応だったようで、小五郎はキョトンとした。
コナンは「その代わりに」と言いながら後ろへ振り向くように半身をよじった。
「三玖を連れて行ってあげてください。こいつが俺の代わりに捜査します」
「な、なにぃ? どういうつもりだ?」
「それについてはホラ、例の中野さんとの約束があるじゃないですか」
「約束ぅ? ……ああ、あのことか。俺も父親だ、どちらかと言えばお前より中野さんの方に賛成なんだが?」
「そう言わずに、頼むよ! この通り! 電話でも言った通り事件が解決しなかった場合だって居候を続けられるか怪しくなるんですから!」
「……わーったよ! ただし、くれぐれも俺の邪魔はするなよ。三玖さんも、いいね?」
「わかりました」
三玖が小五郎と一緒に病院へ到着するなり、小五郎とは別行動となった。
コナンは病院の敷地内に入る前に隣のカフェへと移動している。その代わりに前回同様に探偵団バッチを預かっていた。
『声は届いているな、三玖。毛利探偵は美澄副院長から話を聞くって言ってたから、俺たちは本郷先生から話を聞きに行こう』
「わかった」
コナンの指示に従い三玖は病院内を歩きだす。普段行かないため本郷のオフィスの場所は知らなかったが、マルオの娘として認識されている三玖が看護師に聞いたところすぐに教えてもらえた。
部屋に到着した三玖はノックをし、返事を待ってから入室する。
「やあ、三玖ちゃん。こんなところにどうしたんだい?」
「毛利探偵のお手伝いをしに来ました」
「君が?」
本郷は目を丸くした。
「……まあ毛利探偵のことだ。何か考えがあってのことなんだろうね。それで、手伝いでここに来たってことは事件の捜査かい?」
三玖の耳にコナンから指示が届く。
「先日お願いした、カルテと帳簿の確認結果をお聞きしに来ました」
「それだったら警察の人にも伝えておいたと思うけど、まあいいか。事件に関係しそうなものは見つからなかったよ」
「……そうですか」
三玖は内心で少し落胆した。カルテの調査はコナンが提案したことであったため、何らかの成果が出るものだと思っていたからだ。
しかし、その後で本郷は「ただね」と続けた。
「おかしな部分はあったよ」
「……! どこですか!?」
「十三年前のカルテが無くなってたんだよ。一年分丸ごとね」
「十三年前……?」
バッチの反応を待つが、コナンからの反応はない。
あまり反応が遅れても怪しまれると思った三玖は返す言葉を探した。
「えっと、十三年前って、この病院で何かあったんですか?」
「ごめんね。僕も知らないんだ。その時僕はまだ大学生だったからね。この病院ではまだ働いていなかったんだ」
三玖はコナンの肩越しに見た捜査資料の内容を思い出す。確か、本郷の年齢が34と書いてあった。
13年前となると本郷の年齢はまだ21、大学に通っていたという話と計算は合う。
「他の先生で知っている人とかはいないんですか?」
「僕の上にも何人か先輩がいるけど、そんなに前からこの病院で勤めているとなると巻田院長と美澄副院長くらいだよ。でも、心当たりがないって言ってたなあ」
そうすると、せっかく怪しい点を見つけたというのに確かめようがないと三玖は思った。
他にも聞くべきことが無いかと思案していると、コナンが次の質問を指示してきた。
「そしたら、木下看護師については何かご存じですか?」
「木下君か……彼女のことは残念だったよ。同じ病院に勤めていたが、僕と彼女じゃほとんど接点はなかったが、それでも少しショックだよ。彼女についてはあまり知らないんだけど、強いて言えば例の不倫についての投書があってからというもの、病院内の看護師の間では彼女の噂が結構あったくらいかな」
「どんな噂ですか?」
「本当かどうかも分からない、根も葉もない噂だよ。例えば昔の彼女は水商売をしていたとか、不倫相手は他にもいるとか、そういうのばっかりだ。盗まれた彼女の指輪なんて、かなりの高級品だったらしいしね」
確かに、財布と一緒にわざわざ盗まれるほどのものだ。見るものが見れば価値が分かるようなものだったのだろう。
それに本郷の話には三玖も納得する部分があった。集団で行動する中で一人だけ派手な行動をするものは目の敵にされるものだ。
木下が病院に勤めていた間は何事もなく仕事をできていたかもしれないが、亡くなってしまい文句を言ってくる本人が消え、しかも事件原因の調査という口実まで出来たとなれば堪っていた不満も溢れるものだろう。
(やだな……なんか)
「他には何か聞きたいことはあるかい?」
「えっと、本郷先生から見て美澄副院長と巻田院長って、事件が起きてから変なところってありましたか?」
「そうだなあ……美澄副院長は一緒にカルテやらを一緒に確認してずっと一緒だったけど、変なところはなかったかな。一週間以内に20年分も溜めてるカルテを全部見返さないといけなくて、家にも帰らず一緒にいたから間違いないよ」
「帰ってないんですか!?」
罪悪感を感じた。コナンに言われるままに発言したこととはいえ、調べるようにお願いしたのは三玖だ。
あの日からすでに四度も夜を越している。自分たちが呑気に家で試験勉強をしている間も本郷達を病院に縛り付けてしまったと思うと胸が痛んだ。
その時、コナンから追加の質問が届く。
「……病院にはずっといたんですか?」
「流石に少し外に出た時間はあるよ。近所の銭湯に行ったり、コンビニに行ったりね。流石にいつ外出したのか、なんて質問までは答えられないよ。いちいち覚えていないから」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「もうそろそろいいかな、患者さん達の様子を見に行かないとなんだ」
三玖は小声で切り上げていいかバッチへ話しかけると、問題ないと返事があった。
「大丈夫です。お時間をいただいてありがとうございました」
「どういたしまして。脅迫状の件も殺人の件も、毛利探偵によろしく伝えておいてね。命を守る仕事に就いている身として、見過ごしてはおけないから」
「はい、必ず」
部屋からの退出時に扉の前で一礼してから、部屋から出ていった。
廊下を歩きながら小声でバッチへと話しかける。
「良い人だったね、本郷先生」
『ああ、そうだな』
「私達、あんな良い人に何日も迷惑かけちゃったんだね。なんだか申し訳ないかも」
『そうだな……でも、だからこそ俺達は事件を解明しないといけないんだ。これ以上、あの人たちに危険が及ばないようにな』
「……うん、そうだね」
三玖が次に向かったのは美澄のオフィスであった。
すでに小五郎が向かっていたはずだが、事件関係者の残り一人である巻田の元へ向かってもろくに話を聞けないだろうという判断の下、合流しようということであった。
「失礼します」
中に入ると小五郎と美澄、そして巻田もいた。
オフィスの様子は本郷と比べると、流石副院長の部屋というだけあり広かった。入り口から見て手前には応接スペースがあり、部屋の奥に巨大なデスクが設置されている。デスクの横、壁際に金庫まで置かれていた。
「おお、戻ったか。どうだ、本郷先生から何か聞けたか?」
小五郎の確認に三玖は先ほどの話を伝えた。
逆に小五郎側では何か手がかりがなかったか聞いたところ、反応はいまいちだった。
「最後に念のための確認ですが、木下看護師が亡くなった時、お二人はどうしていましたか?」
質問したのは小五郎だ。
「ワシはこの病院にいた。オフィスに詰めていたが、秘書に聞けば確認が取れるだろう」。
小五郎の質問に答える巻田を見て、以前に会った時よりもずいぶんと落ち着いていると三玖は思った。小五郎の質問に対してもしっかり回答しようという気概も見える。
次に美澄が答える。
「私はその時、お風呂に行っていました。他の時間はずっと本郷君と一緒にいたというのに……どうしてあんな時に限って……」
そう言って頭を抱えた。
毛利は手を向けると、まあまあと宥めるポーズをする。
「大丈夫ですよ。銭湯に行かれたことが本当なら、番台さんに確認すれば済む話ですから」
遅れて部屋に入ったということもあり、小五郎の話も終盤だったようで、質問は以上というように小五郎は手帳を懐にしまった。
代わりに三玖がコナンからの指示により質問をする。
「私からも確認させてください。先ほどお伝えした通り、13年前のカルテがなくなっていたらしいのですが、当時のことで何かご存じないですか?」
「警察の方にもお伝えしたけど、私も巻田も何も知らないよ。私達二人は当時からここで働いていたけどね。事件に関わりそうなことはなかったと思うよ」
「そうですか……お二人は、もうずっとこちらに勤務されているのですか?」
「ああ、ワシと美澄は元々同期だからな。ずっと一緒に仕事をしている、親友のようなもんだよ」
美澄と巻田は、三玖の質問に対してそれぞれ答えた。
こんなことを聞いて何が分かるのだろうと三玖は内心では思っていたが、コナンからは「聞いてくれてサンキューな」と礼が聞こえた。
三玖の質問が終わったことを確認すると、小五郎が最後に割って入ってきた。
「どうも、お話を聞かせていただきありがとうございました。最後に確認ですが、明日は脅迫状で予告された七日目。巻田さんはどうなさるごおつもりですか?」
「明日は一日中、院内にいるつもりだよ。今日も帰り道や行きで襲われないよう、ここに泊まる予定だ。このことは院内の者しか知らん」
「であれば安心ですな。分かりました。明日は私もここで、巻田さんをお守りいたしましょう!」
「それは助かる! 是非とも犯人を捕まえてくれたまえ!」
そういう巻田の物言いにも、三玖は違和感を感じたのであった。
その後、小五郎と三玖は二人で部屋を出ると、そのままの足で病院の外まで出た。
小五郎はホテルへ、三玖はコナンが待つカフェへと向かうことをお互い確認すると、解散した。
解散後、カフェと入った三玖はコナンが座る席の前に、同じく座った。
「お疲れ、おかげで色々分かったぜ」
「うそ、あれだけの話で?」
「ああ、つってもおめえが帰ってくる間にこっちで確認したこともあっから、伝えておくぜ」
コナンは三玖が美澄の部屋からここに来るまでの時間を使って、阿笠博士のところへ電話をしていたのであった。話した内容は、本郷から聞いた13年前のことだ。
『おお新一。元気にしておったか?』
『ああ、なんとかな。それより博士、昔の事件で調べてほしいことがあるんだけどよ』
『なんじゃ、久しぶりに電話してきたというのに、前とやっとることが変わらんじゃないか』
『また事件が起きたんだよ。仕方ねえだろ。それでよ、調べてほしいことってのは13年前に愛知県で医療事故が起きてないかなんだ。もっと詳しく言うと場所は——』
『そこまで分かっとるなら地方新聞を見れば何か載っておるかもしれんのう……とはいえ、一年分となるとちと骨が折れる。もう少し絞るためのキーワードなんかはないかの?』
『それなら、巻田宗一、または美澄健治で出ねえか? 13年前に事件が起きた病院に残っていた院長と副院長なんだ』
『待っておれ……1件あったぞ。病院の不手際で患者が亡くなったというニュースじゃ』
『それ、どんな内容だ!?』
『亡くなった人の名前は──』
同日の晩、病院の中を移動する一つの影がいた。影が動いている場所は巻田のオフィス前だった。
音もなく扉を開けると、するりと中へと入り込み再び扉を閉める。そして影はデスクへと目を向けた。
夜だというのにブラインドが下ろされた室内ではシルエットすらおぼろげだが、人影が見えた。
今晩、巻田は襲撃を備えて院に泊まるという連絡が一部の医師達の間に通達されていた。つまり、デスクの人影の正体は眠っている巻田で間違いないだろうと影は思っていた。
懐からナイフを取り出すと、デスクの方へと近づこうとした、その瞬間だった。
部屋の明かりが点いたのだった。
驚いて周囲を見渡すと、入り口近くにある照明のスイッチに手をかけた状態の三玖が立っていた。その体制のまま三玖は言う。
「やっぱり、貴方が犯人だったんですね。本郷先生」
突如照らされた証明によって姿をさらしたのは、本郷であった。
「三玖ちゃん……! どうしてここに……!」
本郷は驚いた様子で目を見開いた。
そして慌てて振り返り、今度はデスクを見るとそこに座っていたのは巻田ではなく、小五郎であった。しかしその姿は椅子に座った状態で俯いており、まるで眠っているようである。
「貴方を誘き出すためですよ。本郷先生」
「毛利さんまで……!」
愕然とする本郷の背後で外側から扉が開かれると、廊下からは巻田、美澄、そして刑事達が入室してきた。
最後に入ってきた横溝が代表して警察手帳を見せる。
「県警の横溝です。我々は毛利探偵より、今日貴方が日付を跨ぐと同時にこの部屋を訪れると聞いて張り込ませていただきました。毛利さん、貴方の推理通り本郷先生は凶器を持ってここへ現れました。そろそろ我々警察にも、真相をお聞かせ願えますか?」
「ええ、もちろんですとも横溝刑事」
動揺している本郷に対して小五郎……実際には蝶ネクタイ変声期で声を変えたコナンが話始める。コナン本人は病院の外におり、眠った小五郎の首元につけられた小型スピーカーから声を響かせていた。
「本郷さん、あなたが脅迫状と木下さんの不倫を告発する投書、そして食中毒を引き起こした犯人です。そうですね? 医者である貴方であれば、どうやって薬を手に入れたり、木下さんのことを調べるのも容易いはずです」
「いきなりなんですか! なんだって僕がそんなことをしないといけないんですか!? 毛利さんの言っていることは、この病院にいる全員が出来ることです! 僕がここに来たのはただ、院長が無事か確かめに来て……このナイフだってただの護身用です! そんな風に仰るなら動機を教えてください!」
「動機はおそらく、復讐です。貴方の母親、本郷君代さんのね」
「!!」
小五郎から告げられた言葉に、本郷は絶句した。何故それを知っているという考えが表情から見て取れた。
言葉を失った本郷に対して小五郎は話を続ける。
「貴方、三玖さんに話していましたよね? 13年前のカルテが無くなっていたと。その話を聞いた時ピンときましたよ。13年前に何かあったとね。そして当時のニュースを調べればすぐに出てきました。貴方の母である本郷君代さんが、かつてこの病院に入院しており容体の急変によって亡くなったこということがね。そして亡くなった直接の理由は君代さんの病気によるものでしたが、当然入院中の患者が病によって亡くなったとなれば病院の責任問題です。けれど病院はそれを、病状が想定外の変化を遂げたとして片づけていました」
「確かに、我々警察でも関係者の身辺調査をした時、そのような出来事が本郷先生のご親族であったと記録がありました」
横溝の同意に対し、一息ついてから小五郎は話を続けた。
「しかし、想定外の出来事というのは嘘。本当の理由は、本来当直をするはずだった、当時はまだ副院長の巻田さんが不在だったためだった。そうですよね、巻田さん」
「……ああ、そうだ」
小五郎の問いかけに対して、巻田は目を伏せながら肯定した。
「巻田さんが当時、病院にいなかった理由はそりゃひどいものです。なにせ水商売の店で泥酔していたせいで、病院に駆けつけることができなかったんですからね。そしてその当時、巻田さんが入れ込んでいた水商売の相手というのが殺害された木下さんだったのですよ」
「なんですって!?」
驚いた横溝が巻田を見た。その表情は苦虫をかみつぶしたかのように歪んでいた。
「本郷先生、貴方はこの病院に働き始めてから、どこかのタイミングで13年前のカルテを見る機会があり。真実を知ったのでしょう。そして、自分の母の仇とも呼べる存在の下で働き続けることに限界を感じ、今回の犯行に及んだ……ですが本当なら、殺したくなどはなかったのでしょう?」
小五郎の理解を示すような声色の問いかけに対して、本郷はポツポツと話始める。
「毛利さんの仰る通りです。本当は木下君も、巻田院長も、この病院から去ってもらいたかっただけだったんです。だから木下君には病院に居づらくなるよう投書を送り、巻田院長には脅迫状がイタズラじゃないことを教えるために、自分の患者に軽い毒を盛りました……ですが脅迫状で予告した日、つまり今日になるまで巻田院長は何もしませんでした。だから、最後は直接脅してでも自白させようと思ったんです……!」
最後は絞り出すように言葉を吐き出した本郷の隣に、横溝が歩み寄る。
手には手錠が握られていた。
「貴方の仰ることは理解できます。しかし、木下看護師は殺されてしまいました。どのような理由であれ、人を殺してはならないのです」
そう言って本郷の手に手錠をかけようとした時、本郷はそれを振り払った。
「それは違う! 僕が木下君を殺したわけじゃない!」
「往生際が悪いですよ! たった今全て毛利さんが事件の真相を」
「いや、本郷先生の言う通り、彼は人など殺していませんよ。横溝刑事」
え、と言って横溝は小五郎を見た。
「この、脅迫状を発端にした三つの事件のうち、二つは確かに本郷先生によって引き起こされたものです。病院内での食中毒と、不倫の投書。しかし、三つ目の木下さんの殺人に関しては、全く別物なのですよ」
「それはどういうことですか毛利さん!?」
「考えてもみてください、横溝刑事。本当に恨みを持つ相手である巻田さんに対して、ここまでして罪の自白をさせようとした本郷さんが、何故木下さんを殺害してしまったというのでしょうか。それでは犯人の動機として辻褄が合わない」
「もったいぶらないで教えてください! 本郷さんが殺人の犯人ではないというなら、一体誰が犯人だというんですか!?」
「わかりました、はっきりと申し上げましょう。木下由美看護師を殺害した犯人、それは先ほどからそこでどんどん顔色を青くしていっている、美澄健司副院長。あなたです!」
直後、室内全体に驚きの声が上がった。
病院の外で内部の状況が見えないため、逐一コナンへ状況を伝えていた三玖ですら、美澄の様子がおかしい理由に気が付かなかったようだ。
それまで自分が犯人として、後悔に満ちた表情をしていた本郷が驚いた顔で言う。
「美澄副院長が……巻田院長じゃないんですか……?」
「本郷さん。貴方は一つ重大なことを見落としていたんですよ。貴方はたとえ、自分が脅迫状を送った犯人だとバレたとしても、それで巻田さんの過ちが公表されるならばそれでよいと考え、紛失の理由を深くは考えずにカルテが無くなっていたという事実を周囲に伝えることに気を向けてしまった。しかしもしもカルテが無くなった本当の理由が本郷さん、貴方に対しても偽装するためだとしたらどうですか」
「美澄副院長がカルテを隠した理由……まさか!?」
「そう、巻田さんは世間に対して二つの嘘をついたのです。一つは世間に対して病気が予期せぬものであったということ、そしてもう一つは病院の人間たちに対して、本当に危篤となった本郷君代さんの元へ駆けつけられなかったのは巻田さんではなく、美澄さんだったということです」
「そんな……!」
横溝は巻田へと目を向けた。
「本当ですか? 巻田院長?」
「……」
「どうなんですか!?」
詰め寄る横溝に、小五郎が話で割って入る。
「巻田さん自身としては自分の犯した罪だと思っているのでしょう。何せ貴方は、本郷さんの母親の事故以来、一心不乱に仕事に打ち込むほどに熱心なお方なのですから」
「巻田院長が、ですか?」
「ええ、巻田さんの様子を見ていたら気が付きましたよ。木下さんの殺害の前後では、我々の捜査に対する協力の姿勢がまるで別物でしたからね。巻田さんはただ、一人でも多くの命を助けるべく、死者が出る前までは自分の脅迫状になど眼中にもなかったのでしょう」
「だとしたら、そんな仕事に熱心だった巻田院長が、何故そんな偽装を……」
「巻田さんと美澄さんは古くからの知人でした。そして勝気な巻田さんとは対照的に、美澄さんはやや気の小さいお方です。そのため、万が一バレたとしても自分が世間からのバッシングを受ければよいと記録を偽ることとした。本郷さんが見たのは、偽装された後のカルテだったというわけです」
横溝は顎に手を当てて小五郎の話を咀嚼するようにうなずくと、なるほどと呟いた。
「ですが疑問はまだ残ります。今の話が本当だとしても、かつて水商売をしていた木下さんと繋がりがあったのが巻田さんから美澄さんへと変わっただけ、何故殺害にまで至ってしまったのですか」
「木下さんは不倫の投書を受け取った日からというもの、不倫相手から慰謝料の請求を受けて金策に苦労していたそうです。そこで思い出したのです。かつて自分に入れ込んだことによって患者を死なせてしまった美澄さんであれば、自分に援助をしてくれるであろうと。そして、殺人が起きた日の晩に木下さんと美澄さんは病院の外で話すこととなり、このままでは自らの立場が危うくなると考えた美澄さんは殺害した。銭湯に行ったというのはアリバイを作るためでしょう」
「待ってくれ! そ、そこまで言うなら私が彼女を殺したという証拠を出してくれ!」
そこでようやく、これまで青い顔をして話を聞いているだけだった美澄が反論へと打って出た。
「証拠なら貴方が持っているじゃないですか。いえ、正確には貴方のオフィスにある金庫にね」
「!!」
「木下さんを殺してしまった貴方は、物取りの犯行に見せかけるために貴重品を持ち去った。しかし、木下さんにまだわずかばかりの情が残っていた貴方は余計なものまで持ち去り、捨てることが出来なかった。それが指輪です。事件が起きた日から一度も帰っていないという貴方が隠す場所といえば、そこしかないでしょう」
「ご一緒に、金の中身をご確認いただけますね。美澄さん」
そうして横溝と一緒に美澄の金庫を開けると、推理通り被害者の指紋が付着した指輪が発見された。
そこでとうとう観念した美澄は、本郷と共に警察へと連行されていった。
事件解決後、小五郎は犯人連行後に目を覚まし、いつもの調子で横溝からの絶賛を受け気をよくしながらホテルへと帰っていった。
コナンと三玖の二人も家へと帰宅したが、もはや鬼のような形相となった風太郎に迎え入れられ、三玖は当然としてコナンまで巻き込まれてテスト勉強をすることとなった。