林間学校1日目の朝、コナン達旭学校の生徒は学校前に集合していた。
五台用意されたバスの前で、それぞれクラスごとに分かれて集まっている。
コナン達1組のクラスも順番にバスへと乗り込んでいく最中、行列の横を担任が慌てて走っていく姿が見えた。
(やけに慌ててるな、どうしたんだ?)
走っていった方へと目を向けると、五月の前で立ち止まる。
「中野さん大変!」
「どうしましたか?」
「肝試しの実行委員、代役でやってくれないかしら?」
「え?」
肝試しの実行委員といえば、風太郎が任されている仕事だった。
このタイミングでそんな話が出てくるとなれば、考えられる可能性は一つ。そういえば今日は一度も姿を見かけてないと思い、コナンはクラスの面々を見渡す。
バスにすでに乗り込んでいる連中も含めて、風太郎の姿が見えなかった。
(あいつ、風邪でも引いたか?)
考えている間も五月と担任は話している。
「上杉君から連絡があって、ご家族が体調を崩されて看病をしないといけないから林間学校を辞退する連絡がさっきあったのよ」
「上杉君、来ないのですか!?」
「だからうちのクラスは貴女にお願いしたくて……ほら、中野さんってよく上杉君と一緒にいたじゃない? あの子が準備していたこととか、少しは聞いてないかと思って」
「きっとそれは私の姉妹です! 私は何も聞いてないです……」
「そうなの……困ったわ。どうしましょう」
「ちょっと先生、いいですか」
五月も頼りにならないことが分かると、困ったように口元に手を寄せてオロオロとする担任の元へコナンは歩み寄った。
呼ばれた担任はコナンへと振り返った。
「江戸川君、何かしら?」
「確認ですが、病気になったのは上杉じゃなくて、家族の人なんですよね?」
「ええ、そう聞いてるわ」
「五月、お前確かあいつの家に行ったことあったよな。家族ってどんな人がいたかわかるか?」
確か、と言って五月は思い出そうとして上を見た。
「上杉君の他に妹のらいはちゃんと、上杉君のお父さんがいたと思います。お母さんは……おそらくいないですね」
「だとしたら、風邪をひいたのはらいはちゃんだな」
「何故分かるのですか?」
確かに風太郎以外に病気にかかるとしたら二択しか残っていない。それに担任からはただの風邪とも言われていない。
五月からしてみれば、突飛なことを言っているように感じた。
「いいか、風太郎は学校に自分が看病するって連絡を入れたんだろ? あいつの家庭事情を鑑みると、ちょっとくらいの風邪だったら病院にかからず自力でなんとかするだろう。それに、本当にやばい病気だったとしたらちゃんと通院させるはずだ。あいつは馬鹿じゃないからな。そして、風邪をひいたのが父親だったとしたら、風太郎なら自分でなんとかしろって言ってるだろ」
「でも、風邪だって辛いですし、絶対ってわけじゃ……」
「そうだな、でもよ、確かめる価値はあるんじゃねえか?」
そう言ってコナンは手提げのカバンから一冊の冊子を取り出した。
林間学校のしおりだ。
「あいつが持ってるこのしおり、見たことあるか。付箋だらけだし何度も読み返してシワシワ、誰が見たってあいつがめちゃくちゃこのイベントを楽しみにしてたのがわかるくらいボロボロになってたんだぜ」
「……!!」
五月の目が変わった。
しおりの状態は五月も見たことがあり、それを思い出したのだろう。
コナンは担任に林間学校は、後から合流することは可能かを確認した。答えはYESであった。
「五月、中野さんに連絡して江端さんの車を出してもらえないか聞いてもらえるか?」
「どうするんですか?」
「決まってんだろ、迎えに行くんだよ」
五月がマルオへと連絡した結果、車は出してもらえることとなった。
その間にコナンも他の姉妹達へ連絡すると、二乃を除いた全員が風太郎を迎えに行くことに賛成してくれた。
二乃だけはもう一度連絡し、このままバスに乗っていっても姉妹の中で一人だけ林間学校で過ごす時間ができることを伝えると、渋々同行すると申し出てきた。
そうして五つ子とコナンは江端の車に乗って風太郎の家の前まで行くと、五月が代表して中へと入っていった。
待っている間、コナンは風太郎の家を見た。中野家と比べてではあるが、ずいぶんと慎ましい様相の建物であった。
(あいつの家、こんなんなんだな……)
コナンは過去に自分が暮らしてきた家を思い返す。
中野家の他にも工藤邸、毛利家に住んだことがある。一番近いもので言えば毛利探偵事務所がそれにあたるだろう。
ただ、毛利家と比べても建物からはやや年季を感じるものがあった。
(なんで借金なんか抱えてるんだろうな)
他人の家の財政状況なんか推理することではないが、風太郎ほどの人間がどうして借金苦に悩まされる生活を送ることになってしまったのか考えざるえなかった。
先ほど五月から聞いた話では上杉家は父子家庭とのことだった。だとすれば、原因は母親にあるのか。
そこまで考えた時、二階の居住スペースに繋がる階段から人が下りてくる足音がしてきた。それと同時に話し声も聞こえてくる。
「なんでうちに来たんだ」
「あなたの家を知っているのは私だけですから。私にしかここへ案内できません」
外へと出てきた風太郎の姿が見えた。
「フータロー」
「おそよー」
「こっちこっち!」
「ったく、何してんのよ」
姉妹達が口々に言った。
すでに林間学校へのバスが出発した後の時間に、何故全員いるのかと同様している風太郎に五月は背中越しに言った。
「肝試しの実行委委員ですが、暗い場所に一人で待機するなんてこと私にはできません。オバケ、怖いですから。あなたがやってください」
「……仕方ない、行くとするか」
五月の説得に対し、頭をかいて渋々という声色で言って風太郎は少し顔を伏せた。
けれどその表情は、声色に反して穏やかなものであった。
その様子を眺めていた時、一花と三玖が話し出した。エンジンのかかったリムジンが近くにあり、声は聴きとりづらかった。
「三玖、昨日言ってたキャンプファイヤーの話、本当に私でいいの?」
「うん、その場しのぎで私が決めちゃったことだから」
「そっか」
そう言えば、キャンプファイヤーなんてイベントも最終日にあったなと思い出す。
女子が賑やかに話しているのを何となく聞いていたが、確か伝説があるとかなんとか。
「でもさ」
いかにも女子が好きそうな話だったし、コナンは誰かと踊る約束をしているわけでもなかったからあまり詳しくは聞かなかったのだった。
そうして考えている内に二人の話も終わったようだった。
その後、一同は車に乗り込んだ。
「みんな乗った?」
「ちょっと詰めて」
いくらリムジンとはいえ、五つ子に加えてコナンと風太郎まで乗っている。
スカスカというわけにはいかなかった。
中間の席に座っている四葉が再後部座席の風太郎へと振り返った。
「ようこそ上杉さん。どうですか乗り心地は?」
「ああ、ふわっふわだ!」
ご満悦の様子の風太郎に四葉も思わず笑みを浮かべると、ご機嫌の様子で手を上に振り上げた。
「それでは、しゅっぱーつ!」
四葉の合図と同時に、リムジンは林間学校へと走り出した。
意気揚々と出発したリムジンであるが、軽快に走っていたのは最初だけで気が付けば豪雪によって完全に車は足を止めていた。
すでに一時間以上の時間を停車した車内で過ごしており、一同は暇つぶしのゲームなどをしていた。
林間学校への移動時間も大幅に超えたころ、運転手の江端が申し訳なさそうに申し出てきた。
「お嬢様方、大変申し訳ございませんが、午後から私は別件の仕事がございまして……残りの道のりは明日、お送りさせてください」
そうして一同は道中にある旅館へと急遽宿泊することとなった。
案内された部屋は四人部屋一つだけ。流石にこの部屋で七人に泊まれというのは無理があるにもほどがあったが、部屋はここしか開いておらず、コナン達も宿泊する以外の選択肢がなかったためやむなく了承することとなった。
問題なのはどう頑張っても布団は並べられて六枚が限界、誰か二人が同じ布団で寝なければならないということと、そしてもう一つ。
「良い旅館だ! 文句言ってないで楽しもうぜ!」
この会った時から異様にテンションの高い風太郎であった。
(なんだコイツ、ずいぶんと浮かれてんな……)
風太郎らしからぬ様子に半目で様子を見てると、背後では二乃が「女子集合!」と号令をかけ、何やら部屋の隅で相談をし始めた。
おおよそ、この妙な状態の風太郎への対策と、今晩をいかにしてやり過ごすかを検討しているのだろう。
(んなこと俺がいる間はしねえし、させねえって)
そんな姉妹達の様子を眺めていると、風太郎が自分のカバンをおもむろにごそごそと漁り始めては何やら手に持って立ち上がった。
姉妹達へと近づくなり一言。
「やろうぜ!」
「っ!!」
「な、何を!?」
唐突な物言いにコナンまで身構えてしまった。
しかし、そんなことなど気にせぬ風にして風太郎は手に持っていたものを差し出した。
「トランプ持ってきた! やろうぜ!」
初めのうちは固まっていた姉妹達であったが、どうやら勘違いと分かってからは慌てた様子で同意し、トランプで遊ぶことに口々に同意していく。
(おいおい、マジで大丈夫か……? 頼むから止めに入るような事態になるなよ……)
そうしてしばらく時間を過ごしたり、夕食を取った後は温泉に入ることとなった。
「コナン! 俺たちも温泉に行くぞ! 今日はふやけるまで入ってやるんだ!」
「へいへい」
やけにテンションが高いのは変わらないままの風太郎に連れられ、コナンも温泉へと入った。
衣服を脱いで風呂場へ出て、先に体を洗った後で湯につかるなり、風太郎が声を上げた。
「まったく良い湯だな! 生き返りそうな心地よさだぜ!」
「……始めっから死んでねえよ。おい風太郎、お前今日なんか変だぞ?」
「変? 俺はいつも通りだが!?」
「いつも通りじゃねえから聞いてるんだよ。おめえが林間学校を楽しみにしてたのは知ってっけど、流石にテンション上がりすぎだろ」
半目になって言うコナン。それに対して風太郎は少し黙った後、温泉の湯を手ですくうと一度洗った。
顔を上げた風太郎の表情は、そこでようやくいつもの無表情のものへと戻っていた。
「らいはから手紙があったんだよ。楽しんで来いって」
「あの妹ちゃんか……まさか、それで律儀に楽しもうと”努力”をしてたってわけか? ……真面目にもほどがあんだろ」
「あいつ、俺が家を出る時、まだ熱が下がってなかったんだよ。お前らが迎えに来た時、親父がもう帰ってきてたし、らいはも元気になったから行ってこいって言ってくれたんだ。だけどそれが嘘だなんてことは、直前まで面倒を見てた俺にはすぐにわかったんだよ」
そこでようやくコナンも風太郎の気持ちに理解が及んだ。妹の言われたことをただ実行しようとしたわけではなく、自分が林間学校を楽しみにしていたという気持ちを汲んで無理してくれたらいはに対して、自分もその気遣いを汲み取ろうとしていたというわけだ。
それにしたって、あんな無理して騒ぐ必要はなかっただろうと昼間の光景を思い出して思った。
「ったく、せっかくエンジンかかってたっていうのに、お前のせいでいつも通りの気分に元通りだ」
「わりぃ、そんな風に考えてたなんて思わなくってよ。水差しちまったか?」
「別に構わん。お前もお前なりに心配してくれからなんだろ」
そう言って風太郎はコナンを見ると少し笑った。
どうやら出会った時のような何を言っても裏目に受け取られるような風には見られなくなったようだ。
「どういたしまして」
回りくどい礼を言われたような気がした。
「なあ、俺からもお前に聞きたいことがあるんだが」
「んだよ」
「この前の、中間テスト前日の話だ。お前と三玖、二人して夜中に何やってたんだ?」
風太郎が言っているのは前に会った脅迫状事件のことだった。あの時、深夜になって帰ってきた二人にひとしきりの文句を風太郎は言った後秘密が男を探偵にする……とにかくテスト勉強を優先するために早々に話を切り上げて、それ以来話が蒸し返されることはなかった。秘密が男を探偵にする……
単純に興味がないから聞いてこなかったのだろうと思っていただが、どうやら違ったらしい。
ちなみに姉妹達には三玖への質問攻めがすでに行われており、事件の全容が共有済みらしかった。
風太郎に対しても別に隠すことではないと考え、話すことにした。
「病院に行ってたんだよ」
「なんでそんなとこに行ってたんだ?」
「事件が起きてたんだよ。病院の院長に脅迫状が届いて、それを発端に看護師も一人殺されたんだ」
「ころ……はっ? え? ……どういう、いや、それとお前らに何の関係があるんだ」
おそらくはいかがわしい展開を疑っていたのだろうが、殺人という全く予想外のワードに動揺する様がありありと浮かんだ。
「俺と三玖はその事件を解決しに行ってたんだよ。ま、実際に真相を解明したのは、その時警察に協力していた毛利小五郎だけどな」
「……誰だ?」
「知らねえのかよ。結構有名らしいぜ」
「俺の家にはテレビがないからな。最近のニュースとかは知らん」
仕方なく、コナンは小五郎の説明をした。数々の事件を眠ったような姿勢を取りながら解明する名探偵という内容を、いくつかの事件も例に挙げながら話したが、いずれもかつて自分が解いた事件であったため、話しているうちに徐々に恥ずかしい気持ちが沸いてきた。
ひとしきりの説明が終わると、小五郎がどういう人物かは風太郎も理解したようだ。
「その毛利探偵という人のことはわかった。だが、やはりわからん。その人や殺人とお前達に何の関係があるんだ」
「それは何というか、流れってやつだな。気が付いたら協力することになってたんだよ」
正直に言うのであれば、自分から巻き込まれに行ったというべきなのだろうが、風太郎の知能で納得いくまで話そうとすれば居候に至った経緯まで話すことになりかねないと考え多少フェイクを混ぜることにした。
「それで、捕まったのか。犯人」
「まあな、結局犯人はその病院の医者と、副院長だったよ。おかげで病院の人員にはぽっかり穴が開いちまって、中野さんが大忙しになったってわけだ」
普段から滅多に帰ってこないマルオであったが、ここ最近は輪をかけて忙しくなったようだった。
そのおかげで、中間試験期間の始まりではわざわざ風太郎の家庭教室の資質を見極めるべく、赤点回避が出来なければ解雇という条件を出したにもかかわらず、採点後のテストの返却時には二乃からの『五人全員で全教科の赤点を回避した』という報告に対しても裏を取る時間も確保できなくて、風太郎の首の皮が繋がったのは別の話だった。
「そんなことがあったのか……まあ、事情は分かった。お前たちもテストを蔑ろにしてたわけじゃなかったんだな」
「当たり前だろ、学生の本文は勉強だから」
「良いことを言う、まさしくその通りだ」
そう言って互いに笑いあった。
けれどその後、風太郎は再び真剣な面持ちへとすぐに戻した。
「だが、他にも気になることはある。お前、事件は今回が初めてじゃないだろ。他の事件のことだって五月達から聞いている……お前は本当に、ただの高校生なのか?」
そう問いかける風太郎の頬には、温泉に浸かっているからとは別の理由から流れ出た汗が伝っていた。
対するコナンは、一つ、不敵な笑みを浮かべた。
「もちろん、と俺は答えておくぜ。だけどもし、お前が本当に気になるなら、推理で俺の正体を暴いてみろよ……名探偵」
「な、俺は真剣に」
「わりいな、マジで答えらんねえんだ。そろそろのぼせそうだし、先に上がってるぜ」
コナンは立ち上がると洗い場へと上がった。
脱衣所へと向かう途中で、背後から風太郎が声をかけてきた。
「久しぶりにお前のそのキザったらしい言い方にイラってきたぜ……ああ、わかった。お前のその難問、必ず解いてやる」
そう宣言する風太郎の表情に敵意のようなものはなく、むしろ楽しんでいるようだった。
コナンは背中を向けたままひらひらと手を振った。
一花達が温泉から上がった時、髪にはいつものようなセットがされていなかった。
二乃と四葉のリボンも、三玖のヘッドホンも、五月のヘアピンも全て外されており、髪も湯上りでまっすぐになったままだった。
五人が五つ子である以上、個性を失ったともいえる様相の制ではた目から見れば誰が誰かも見分けがつかない格好をしているのには理由があった。
この旅館についてからというもの、妙なテンションの風太郎に警戒心を持った五つ子達の中で誰がどの布団を使うかという議論が持ち上がった。
無論、風太郎を壁際へ追いやり、その隣にコナンを寝かせることまでは確定している。とはいえ万が一のことも考えると、風太郎から見れば誰が誰だか分からない状況にしておけば、特定の誰かが狙いで会った場合はトラブルを回避できるという考えだった。
「さあ、行くわよ!」
その状態でとうとう事実まで戻ってきた五人が意を決して部屋の扉を開けると、室内はすでに暗くなっていた。
想定通り、風太郎とコナンはそれぞれ壁際とその隣で眠っていた。どうやら長風呂で待たせすぎたらしい。
「えーっと……私達も寝よっか……」
肩透かしを食らった気分のまま、五人も寝ることとした。
翌日、一同の中で真っ先に目を覚ました五月は皆を起こさないように部屋を抜け、食堂へと出ると朝食の準備がすでに始まっていた。
寝起きだが腹の虫が鳴り始めていた五月は、早く朝食にありつくべく自室へと戻ると扉を開けた。
直後、五月の視界にはある光景が飛び込んできた。
「!!」
五月は勢いよく扉を閉めた。
たった一瞬の出来事だったが、あの二人の光景はどう見ても『寝ている彼に対して、彼女は”あれ”をしようとしていた』だった。
鼓動が早くなっていくのを感じる。まさか自分達姉妹の中から、逆に行動を起こす者が出るとは思ってもいなかったからだ。
(嘘……あれって……)
一つ深呼吸をすると、再び扉をそっと開けて中を覗き込んだ。
その時には、先ほど見た光景は幻だったかと思うほど全員が静かに寝入っている光景が広がっていた。
直後、予想外にも五月の背後から声が投げかけられた。
「中野! ここで何やってるんだ!」
五月が振り返った先には、すでに林間学校に到着している先生方が立っていた。
幸か不幸か、豪雪によって足止めを食らったのは五月達だけではなく、学校の面々も同様ったようで同じ旅館に泊まっていたらしかった。
旅館から先は、江端の運転ではなく学校のバスで林間学校へ向かうこととなった。
林間学校に到着した学校の一同は、二日目のスケジュールに則って飯盒炊さんとなった。
男子は米炊きや巻き割りなどの力仕事、女子はカレールーづくりという分担となっている。
なぜか四葉だけは巻き割り組に加わっているものの、姉妹達も各々の仕事をしていた。
コナンも自分の仕事であった食器の準備や調理器具の水洗いをしていたが、その周りには妙に人だかりが出来ていた。
「江戸川君! よかったら私と肝試し行こうよ!」
「明日のキャンプファイヤー、まだ踊る人いなかったら私と!」
「三日目のスキー俺たちとやろうぜ! 江戸川!」
男女構わず、コナンを引っ張りだこにしていた。
「ん、んないっぺんに言われたって答えらんねえよ! 後で予定確認しとくから、今はあっち行ってろ!」
思わず追い払おうとするが、人だかりがはける気配は一向になかったか。
両手は鍋やフライパンで埋まっていて結構重く、どうこの状況を切り抜けるか考えていたところ、不意に荷物が軽くなったこと。
「コナン君、私も手伝うよ」
「一花か」
横からコナンの荷物をさらったのは一花だった。
一花はさきほどから男子の片づけを手伝ったりなど、率先して気の利く仕事をしていたようだが、様子を見ていたコナンからすれば軽い荷物ばかり運んで苦労をしうないように立ち回っていたのが見て取れた。
(コイツ……俺までダシにする気かよ)
とはいえ、現状に困っていたコナンはその申し出をありがたく受けることにした。
「わりいな、助かるよ」
「いえいえ、お安い御用ですって。それよりも、コナン君ったらモテモテですな」
「茶化すなよ。転校生が珍しいだけだろ」
「あら、コナン君自分のクラスでの評判知らないんだ。うちのクラスまで結構噂で流れてるよ? 一組に美男美女の転入生がセットで来たって」
「……俺が美男ってことにも反論したいが、美女って五月のことだろ? 五つ子のお前が言うとナルシストに聞こえるぞ」
「コナン君はやっぱり手痛いですなあ」
そうして一花はケラケラと笑った。
気が付けば周囲の人だかりは抜けていた。男子陣はよくわからないが、女性陣に関しては一花が割って入った時点で勝負を放棄したのだった。
「ねえ、コナン君。コナン君ってこの後の肝試しどうするのかな?」
「お前までそれを聞いてくるのかよ」
コナンはうんざりな顔をした。せっかくさっきの騒動を抜けたというのに、これでは逆戻りだと思ったのだ。
「残念だけど、もうクラスの男子と一緒に回るって約束してるよ」
「ありゃりゃ、そうなんだ。さっきの子にもそういってあげたらよかったのに」
「あんなに詰め寄られちゃ答えられるもんも答えらんなかったんだって」
話している内に物置棚へとたどり着いた。コナンと一花は持っていた調理器具を棚へと置いた。
「それじゃあさ、明日の自由行動は」
「なんでご飯焦がしてんのよ!」
一花の声が別の声によって遮られた。声がした方へ目を向けると、クラスの男子と女子が言い争っていた。
「どーせほったらかしにして遊んでたんでしょ!」
「ち、ちげーよ! 少し焦げたけど食えるだろ!」
「こっちは最高のカレー作ったのに!」
「やったことねーんだから誰だってこうなるんだよ!」
「なっ……!」
言い分を信じるのであれば、どうやら男子と女子で料理の理想形が違っていただけのようだった。
少しぐらいの焦げはご愛敬と捉える男子と、一部の失敗も許さない女子が一緒に料理をした時点で十分ありえる未来だった。
「二乃、どうする?」
女子側の子は、最早逆ギレをし始めた男子に言葉を失ったようで、女子側の料理を仕切っていた二乃へと意見を求めた。
女子の問いかけに合わせて二乃の方へと目を向けた時、コナンは内心で思わず「うわ……」という言葉がでかけた。
二乃の表情は、それまで目の前で男子と女子が喧嘩をしていたと思えないほど、それはそれはにこやかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、私達だけでやってみるから、カレーの様子見てて?」
二乃は笑顔を崩さないままで言ったが、その鉄仮面が張り付いたような固まった笑顔からの圧を流石の男子も感じ取ったようで、「お、おう……」とという言葉だけを言って引き下がっていった。
「あれは二乃、相当怒ってるね」
隣で様子を見ていた一花の感想だ。
コナンも二乃と一緒に暮らし始めてそれなりの日数が経っているからなんとなくわかった。あれは爆発寸前まで行った時の顔だった。
料理ができると、こういう団体行動の時にはそういう悩みもあるのかと見ていた思ったのだった。
飯盒炊さんもなんとか終わり、肝試しとなった。
コナンは予定通り、クラスの男子とペアを組んで行くこととなった。順番は五つ子達よりも後だった。
「普段スカしてるお前のビビる顔拝んでやるから覚悟しろよ?」
「言ってろよ、おめえがビビッたら俺が写真撮ってやっからな」
クラスの中ではそこそこ仲良くしているやつとのペアだった。
林の中は照明がなく、事前に渡された懐中電灯だけが唯一の頼りだった。
(思ったよりくれえな……)
「しかしよお、何でこういう”いかにも”なイベントに野郎のお前と二人っきりなんだ?」
「おめえが誘ってきたのにそれを言うのかよ」
ぼやく男子にコナンが突っ込んだ。
「そりゃあ誘える女子がいれば誘ってるつーの。お前こそ、昼間さんざん女子に誘われてたのに何で俺となんだ? 中野さんにだって誘われてただろ」
ここでいう中野さんとは、おそらく一花のことだろう。
昼間の様子を見ても分かる通り、あいつは外面だけはよくしているおかげで自分のクラスの男子からはマドンナ的な扱いを受けているらしかった。
「まさか、お前ってもしかしてそっち系?」
「バーロー! そんなわけねえだろうが!」
口元に裏手で寄せる男子に思わず声を荒げる。男子は対して動じる様子もなく、つまらんと顔に文字が書いてあるかのような表情に戻る。
「でもよ、お前ってモテるわりにはそういう浮いた話ねえよな」
「別にモテてねえよ」
「謙遜すんなって」
「してねえって……それに、俺にはもう相手がいるんだよ」
「はあ!? なんだそれ聞いてねえぞ!」
「言ってねえからな」
「いつからだ!? 誰と!?」
急に話に食いついてくるそいつの顔を見ながら、男子も意外と恋バナ好きだよな、などとコナンは考えた。
「こっちに越してくる前からだよ。東京で待ってくれてるんだ」
「遠距離恋愛ってやつか!? ……くぅー! 裏切者! 先行きやがって! お幸せにな!」
「怒るか祝福するかどっちかにしろ」
それと、と言ってコナンは視線を下げる。
「その後ろ手に持ってる岩は捨てておけ」
「真顔で突っ込まれるとマジでつまらんな」
男子は言われた通りに岩を捨てた。
「俺がお前らに言わなかったのは、クラスでそういう話をするとおもむろにお前らモテない組が凶器を取り出すからだよ。その岩だっていつ拾ったんだよ」
「いやあ、抜け駆けが起きると殺らなきゃっていう本能が俺たちには働くようになっちまってるようでな」
「そんな最悪な進化を遂げるくらいなら人類なんかやめちまえ」
そこまで言った後、男子とコナンは顔を見合わせてがははと笑い合った。
「誰がモテない組だ、殺すぞ」
「おせえよ」
いつの間にか再び持っていた岩を、男子は再び捨てた。
そうして今度こそ会話が少しの間途切れ、肝試しのルートを歩いていると、草陰から影が飛び出してきた。
「食べちゃうぞー!」
四葉だった。
「うおっ!?」
ネタを事前に聞いていたコナンはリアクションをし損ねたが、男子の方が代わりに意外と驚いたようだった。
四葉の方もきた相手がコナンだと気が付いたらしく、すぐにオバケの演技をやめた。
「なんだ、コナンさんか。やっぱり驚いてくれないかー」
「まあな……あれ、風太郎はどうした?」
コナンは周囲を見渡した。
事前に聞いた話だと、お化け屋敷の実行委員が肝試しのルートで驚かすポイントは一か所だけの話だった。
風太郎も仮想の準備をしていたのは知っていたから驚かすなら一緒にしてくると思ったのだが、予想外であった。
「それが、コナンさんより先に来ていた二乃と五月のペアを脅かしたところ、少しやりすぎたみたいで五月がルートから外れちゃったみたいなんだ。だから風太郎はそれを探しに行ったの」
「それ、あいつ一人で大丈夫なのか?」
「私達実行委員は事前にこの辺の地形を確認しておいて、どこか危ないかは知ってるから大丈夫だよ」
「とはいえ、この暗闇だぞ? 五月がパニックを起こして逃げたってんなら、捕まえようとして暴れられる可能性だってあるんじゃねえのか」
コナンに指摘されると、四葉はそこまで考えてなかったようで確かに、というように口元に手を当てた。
「ど、どうしよう。私も探しに行った方がいいかな……」
「いや、それだと肝試し自体が台無しになっちまう。話で聞いた限りじゃ、驚かすポイントはここしかねえんだろ」
「え、俺今ネタバレ食らった?」
「お前は黙ってろ」
だからな、と四葉へと向き直る。
「俺が行くぜ。この辺で危ねえところがあったら、先に教えてくれ」
「うん、わかったよ」
四葉はコナンへとこの辺の地形に関する簡単な説明をした。
ここからルートを少し進んだ先に看板があり、その前に二股の分かれ道がある。看板には矢印があり、順路を示しているが逆に言ってしまうと途中からは道が開拓されていないけものみちへと変わるそうだった。
五月達はその順路とは逆の分かれ道を進んでいってしまったとのことだった。
「わかった。俺も探してみるから、何かあったら連絡すっからよ。風太郎も五月達も任せておけ」
「お願いね、コナンさん」
「なあ……俺は?」
「お前は帰ってろ」
「ここまで来てか!?」
「あはは、うちの姉妹のせいですみません……」
最後まで納得してはいないようだが、男子はぶつぶつと言いながら来た道を戻っていった。
コナンもそれと同時に、四葉に聞いた話の方向へと走っていった。
しばらく林の中を捜索していると、遠くから話し声が聞こえてきた。声のした方向へと進んでいくと、一花と三玖の姿が見えた。
確かコナンの記憶では、三玖と一花は、五月達よりも更に早い順番だった。
どうやら無作為に林の中を進んでいる内に、順路へと戻ってきてしまったようだった。
暗闇でもハッキリと姿が見えるようになったころ、コナンから声をかけようとした瞬間に向こうが話始めた。
「一花はフータローのこと、どう思ってるの?」
(……は?)
声をかけようと開いたコナンの口から声は出ず、思わず木の陰へと隠れてしまった。
もはや二人のすぐ隣まで近づいているというのに、二人の方はこちらに気が付いていないようだった。
「あれも、一つの思春期かな。ほら、正直かなーり偏ってるじゃん。あのまま大人になったらと思うとお姉さん心配だよ」
そう言ったのは一花の方だった。
どうやら風太郎の恋愛観に対する物言いだったが、一花の言い分にはコナンも同意するところがあった。
しかし、その解答は三玖の望むものとは違っていたらしい。
「そうじゃなくて。一花はフータローのことを」
「三玖」
一花が少し強い語調で三玖の言葉を遮った。そして、続けて言う。
「やっぱり最終日のダンス代ろっか? 心配なんでしょ?」
(最終日のダンス……なんの話だ?)
続いた話は、話の途中からだったコナンにはいまいち状況が読み取れなかった。
しかし、三玖にはその意味が理解できているようだった。
「でも、約束だから……一花が相手になってあげて……」
「……後悔しないようにしなよ。今がいつまでも続くとは限らないんだからね」
そこで話を辞めた二人は、再び歩き始めた。
妙な空気の二人に、コナンは声をかけ損ねたままその場で固まっていた。
話の全容までは理解できなかったが、それでも今の会話がどういった系統のものはか理解できた。
(もしかして、一花と三玖の二人は……風太郎のことを……)
その後、コナンの電話には四葉から連絡があり。二乃と五月の二人は無事に戻ってきたとのことだった。
風太郎と合流はしていないとのことで、コナンは前の花火大会のことを思い出した。
(あいつ、またしくじりやがったな……)
肝試しが終わった後、二日目を終える前に最後の準備として、三日目のキャンプファイヤー用の丸太を運ぶこととなった。
かなりの大仕事らしく、役割に関係なく林間学校の係を担っている人間は全員駆り出されることとなった。
風太郎も肝試しの係というだけであったが、この時だけは手を貸していた。
初めは四葉と一緒に運んでいたが、無限の体力を持つ四葉の足を引っ張るだけだった風太郎はいつの間にか取り残されており、一人で丸太を運ばなければならない状況となった。
しかし、タイミングよく蔵に戻ってきた一花と合流すると、四葉と入れ替わるようにして一花と風太郎の二人で丸太運びは再開された。
風太郎と一花は何往復かしながら、気づけば風太郎のお悩み相談コーナーとなっていた。
どうも自分の好感度が低いのではないかと感じ始めた風太郎に対して、お姉さん風を吹かした一花が姉妹達の真似をしながら丸太小屋へと戻った。そんなころだった。
「じゃあ、次は三……」
「どうした?」
おそらく三玖の真似をしようとしたであろう一花は、けれど最後まで言わずにいた
「なんでもない。それよりみて、もうなくなりそうだよ」
倉庫の中に残っている丸太は最後の一本だった。一花達が終われば終わりだ。
「最後の一本だな」
「これで明日キャンプファイヤーできるね」
「明日か……」
すると、風太郎が神妙な面持ちとな。
思い返されるのは、林間学校の前に風太郎の身に起きた出来事だった。武田という男子が、三玖が成り済ました一花に対して告白と共にキャンプファイヤーを一緒に踊るよう誘ったのだ。しかし、一花ではない三玖は当然それを受けられるはずもなく、苦肉の策でその場にいた風太郎と既に一緒に踊る約束をしているという嘘をついたのだった。
「三玖から話、聞いてるよな?」
「……うん。なんか踊るみたいだね、私たち」
話しながら風太郎と一花は屈むと、最後の一本を抱えた。
「なんでこんなことになったんだか」
「あはは、恥ずかしいよね。どうする? 練習でもしとく?」
そこで風太郎はしばらく黙り、考えた。
一花か、二乃。どちらかにしなければいけないのならば、と。
そう、先ほどの肝試しの時にも風太郎は二乃達を見つけ損ねてなどいなかったのだ。
ちょっとした行き違いがあってのことだったが、風太郎を風太郎以外の別人だと認識してしまった二乃が、キャンプファイヤーのダンスを誘ってきてしまったのだった。
当然、風太郎は断ろうとしたが強引な二乃に断りきることが出来なかった。
結果として約束をブッキングさせてしまった今、風太郎は考えた結果より断りやすく、そして断ってもダメージが少なく済むであろう一花に対して言葉を”紡ごうとした”。
「ねえ、やっぱりやめようか」
先に沈黙を破り、そう言ったのは一花であった。
「だって、せっかくのキャンプファイヤーだよ。風太郎君にだって私の他に踊りたい人がいるんじゃないの?」
「俺は……別に……」
突然の一花からの申し出に、驚きがまだ収まらない風太郎であったが、一花の話を聞いているうちに徐々に平静を取り戻していった。
確かに考えても見れば、今回の件について一花とちゃんとやるかどうかの確認をしたことはなかった。
とはいえ、だからこそ今この場で話を切り出したわけだったのだが、やめようとダイレクトな申し出があったのはやや意外であった。
「お前の方こそどうなんだ。一花……誰か、踊りたい相手がいるのか……?」
「うん……いるよ」
「……!!」
そのあまりにもあっさりとした即答に今度こそ風太郎は言葉を失った。
脳内では誰だ、と探ろうとする気持ちと、これ以上は踏み込んではいけないという自制の気持ちが一挙に風太郎の内心を駆り立てた。
そんな、様々な思考を巡らせる風太郎の様子を見て一花が、ようやく風太郎のことを困らせ始めていると理解したようだった。
手は丸太を持ったままだったが、どうやら言葉を探しているようで一花の目が泳いでいた。
それに、自分は風太郎を相手に何故そこまで赤裸々に本心を語っているのだろうという気持ちも沸いていた。
「と、とはいっても私もその人と約束してるわけじゃないんだけどね! むしろ……その、まだ私自身整理がついていないというか」
「わかった、一花。皆まで言うな」
一花に手のひらを向けた。これ以上は話さなくていいというジェスチャーだ。
「第三者である俺が根掘り葉掘り聞くことでもないだろう。余計なことを話させたな。とにかく、キャンプファイヤーの件は了解した。お前も、例の伝説の恩恵を受けられるといいな」
「それ、林間学校に向かい始めた時から話題に出てたよね? 伝説って、何……?」
「なんだ、知らないのか。四葉から聞いたくだらない話だ。キャンプファイヤーで踊った二人は、生涯結ばれるってやつだ」
「……それ、三玖は知ってるの?」
「ああ、その場にいたな」
すると、一花の目が大きく見開いた。
いくつかの間、逡巡した後で一つ息を吐くと、一花は小声で「危なかった」と呟いた。
「ねえ、フータロー君はキャンプファイヤー、私と踊る約束だったんだから他に約束する人なんているわけないよね」
「え!? ……あ、ああ。もちろん」
当然、二乃とのことが脳裏を過ったが、五つ子ネットワークがある以上、ここで風太郎としての自分がYESといえば瞬く間に姉妹達にも知れ渡り、二乃に正体を知られる可能性があった。そのため、嘘をつくことになった。
風太郎の答えに、一花は頷くと、続けて言った。
「だったらさ、三玖と踊ってあげてよ」
「え?」
何故そこで三玖の名前が出る? という疑問で頭がいっぱいになった。
その困惑する様子は当然一花も気が付いたはずであったが、当の一花本人はゆっくりと丸太を降ろすと、軽く手を上げた。
「三玖には私から約束は取り下げたって伝えておくからさ。後で君から三玖を誘ってあげて。お願いね!」
「え、ちょ、待て!」
有無を言わせぬという風に一花は自分の言いたいことを言い捨てると、そのまま倉庫から出て言った。
去り際に一度だけ風太郎へと振り返ると、「それ頑張って運んでね!」と言ってきた辺り、確信犯のようだった。
一人取り残された風太郎はその場でしばらく途方に暮れ、後ほど様子を見に来た四葉によって、最後の一本は運ばれていった。
作者の個人的な事情ですが、林間学校の舞台と予想されている茶臼山高原は限りなく長野県に近い県境にあるようで、前の回で勢いで事件を起こすべきでなかったと後悔してます。