第15回戦目。と、行きたいところだが今日の部はもう終わりだ。
ブロック決勝と大会決勝は明日行われるそうだ。
と、言うわけで今夜はパックを買いに会場の近くのカードショップに来ている。
どのパックにするべ?
『マスター、マスター』
「ん?」
頭を傾げながらパックを眺めていると、ヴェノミナーガさんがツンツンと触って来た。
『めっちゃ、見られてますよ?』
回りを見ると俺から半径10mぐらいを境に人が集まっていた。
「そりゃ、デュエルは生中継されてるからな」
デュエルチャンネルというチャンネルで全世界規模でな。
『ウザいですねー、追い払いましょうか?』
「ほっとけ」
こっちから何かしない限り何もしないだろう。
俺はそのまま、パックを選ぶと店から出て行った。
現在、人の居ない公園のベンチでパックを開封中である。
こちとらこれだけが楽しみで……。
ドールパーツ・ブルー
ドールパーツ・ピンク
ドールパーツ・ゴールド
ドールパーツ・レッド
千眼の邪教神
「……………………」
『意外! それはオール攻守ゼロ!』
さらに言えば1レベル、闇属性、魔法使い族、バニラも共通だけどな!
………………もう占い魔女とドールパーツはいらないお…。
『まあまあ、まだ1パックあるじゃないですか』
「まあな…」
そう言いながら最後のパックに手を掛け、破いた。
「スーパーレアだ!」
やったぜ! 何か……。
六武の門(永続魔法)
「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。自分フィールド上の武士道カウンターを任意の個数取り除く事で、以下の効果を適用する。
●2つ:フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。
●4つ:自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。
●6つ:自分の墓地に存在する「紫炎」と名のついた効果モンスター1体を特殊召喚する。
「…………………………」
『ほら、スーパーレアカードだぞ? 笑えよ』
いや確かに強いけど…。
俺は六武の門をそっと胸ポケットに仕舞った。
「お!」
一番後ろの奴も光ってるじゃないか!
文字も光ってるな! ウルトラレアか!
いや、これは……そのさらに上のレアのパラレルレアじゃないか! やった…。
聖獣セルケト
星6/地属性/天使族/攻2500/守2000
このカードは、自分のフィールド上に「王家の神殿」が存在しなければ破壊される。このカードが戦闘でモンスターを破壊する度に、破壊されたモンスターはゲームから除外され、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
「ンッギイィ゛ィイイ゛イ゛!」
『マ、マスター! 落ち着いてください! 巨乳を見つめるRJさんみたいになってますよ!』
「クフフフ……誰でもいい気分なんだ…………デュエル…俺にデュエルを……」
『あーあー、マスターに変なスイッチが入っちゃいました』
俺はゆらゆらと人工の明かりの多い方へ移動していった。
「…デュエッ…デュエッ…デュエッ……ん?」
暫く移動すると面白そうな現場を見つけた。
「いいカード持ってるよね? 僕たちとアンティデュエルしようよ」
一人の俺と同い年ぐらいのピンクの頭の女の子を3人の中学生ぐらいの男の子が囲んでいた。
路地裏などではなく普通の道端で堂々とだ。
ただ、気になるのはリーダーポジションにいる男の子とその取り巻きの服装だった。
リーダーはまるで一昔前の英国貴族か何かのような服装をしており、取り巻きはタキシードのような何かを着込んでいたのだ。
「い、イヤよ! 逆恨みなんてみっともないわよ! バカじゃないの!」
「ああん!? ふざけんじゃねぇ! あの時は偶々運が悪かっただけだ! この僕様が負けるわけねぇんだよ!」
「ひっ…」
体格の違いすぎる者からの一括で女の子は身を寄せて引いた。
ふむ、話を聞く限り、あの貴族坊っちゃんが女の子にデュエルで負けてその腹いせにアンティデュエルとな。
暫くそれを眺めていると貴族坊っちゃんが何か閃いたようで悪い笑みを浮かべた。
「アンティデュエルしないなら……お前ら! デュエルディスクを壊して次のデュエルが出来ないようにしろ! カードも全部破り捨てろ」
「わかったぜ」
「悪く思うなよ? 命令だからな」
「や、止めて!」
命じられた男の子たちは女の子が抱えるデュエルディスクとデッキを奪いに掛かった。
「ああ、やっぱりデッキは破るな。僕様が使ってやるからな!」
貴族坊っちゃんはそんなことを言いながらゲラゲラと笑っていた。
俺は回りを見渡した。
女の子が襲われているというのに回りの大人たちは早足で通り過ぎるか、見向きもしない者ばかりだった。
「はぁ…」
俺は溜め息を付き、携帯を出すとカメラを起動し、何枚も彼らの写真を撮った。
「おい、そこのガキ! なにやってんだ!」
案の定、気付かれて貴族坊っちゃんが声を上げた。
それに気付いた取り巻きの手も止まった。
テメェもガキだろうが。
「人のカードの強奪、デュエルディスクの破壊。これって重罪なんだ。……知らないわけ無いよな?」
「…な!?」
証拠写真を撮られていたことに今、気が付いたのだろう。
貴族坊っちゃんは顔を青くした。
「勝ったら消してやるよ…」
俺は坊っちゃんたちが何か言う前に先に提案を出した。
「俺とカードを掛けてアンティデュエルしろよ。3対1で良いからさ…」
俺はデュエルディスクを構えると、ドーマのディスクは気持ちのいい音を立てながら開いた。
「このゴミクズ共が…」
その言葉が引き金になり、3人はデュエルを挑んできた。
◇◆◇◆◇◆
「大満足」
パックを開封した時にいた人の居ない公園で、そう言う俺の目の前には伸びた貴族坊っちゃんたちが転がっていた。
そして、俺の手には120枚のアンティデュエルでゲットしたカードが収まっている。
ちなみにアンティデュエルは犯罪ではないぞ。れっきとしたデュエル方式の1つだ。
神聖なデュエルで行われた事は例え、裁判に掛けようと覆すことは出来ません。
『あれ? カードを掛けたアンティデュエルだったような…』
「ヴェノミナーガさんは眼科いった方がいいな。あるじゃないか120枚のカードが…」
『色々ヒデェ!?』
これも社会勉強だ。良かったな、坊っちゃんたち。
『とりあえず後腐れの無いように証拠隠滅しときますね』
ヴェノミナーガさんは坊っちゃんたちに黒紫色の身体に害のありそうな光線を当てた。
『これでよし、記憶とデュエルレコーダーの改竄終了です。全部、突如、空から降って来た"モイスチャー星人"のせいにしましたよ』
モイスチャー星人かわいそう。
「ち、ちょっと……」
「ん?」
一応、助けた事になる女の子が声を掛けてきた。
「………………あ、ありがとう…」
お礼を言われた。ピンクの癖ッ毛にリボンを乗せた女の子だ。
『にょろーん! ピンクは淫乱! こいつはくせえッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ─────ッ!! 具体的に言えばこの事が切っ掛けでマスターにときめきキュンキュンになってしまってぇ! いつか下のお口もキュンキュごはっ!?』
『タヒネ!』
「気にするな」
俺がピースサインを出すと、ヴェノミナーガさんがデス・ガーディウスの剛拳にぶん殴られて50mぐらいぶっ飛んで行った。
「とりあえず証拠の写真はやるよ。何かあったらこれで脅しとけ」
「う…うん…」
俺は女の子に赤外線で撮った写真を渡した。
「じゃあな」
それだけ言ってその場を立ち去る俺。
一刻も早く選手に用意されたホテルに戻ってこの偶々、手に入ったけっこうレアカードが入った120枚のカードをチェックしなければな。
え? 門? セルケト? なにそれおいしいの?
「待ってよ!」
「ん?」
「どうして……ボクを助けたの?」
ははは、そんなの決まってるじゃないか。
「俺の信条は"情けは人の為ならず"だ」
だから人助けとかは良くするたちなんだよ。
あ、そうだ。今、とっても気分が良いからこの色んな意味でクソカードのコレをプレゼントしよう。
「これやるよ」
俺は胸ポケットに仕舞ってあったカードを渡した。
「"六武の門"!? こんなレアカードなんで…」
「じゃあな」
今度こそ俺は立ち去った。
もう、後ろから声が掛けられることは無かった。
『おー、痛い。デス・ガーディウスに殴らせるなんて酷いじゃないですか』
ちなみにデス・ガーディウスには、ヴェノミナーガさんが煩い時にピースサインを立てるとヴェノミナーガさんを全力で止めろと指示してあるのだ。
なぜ、ピースか? そりゃ、人混みでしてても可笑しくないしな。
後、平和のブイは勝利のブイだからな。
「お前が煩いのがいけない」
『それにしても"情けは人の為ならず"ですか……"情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い"って意味ですね』
俺は120枚のカードを持ち上げた。
「これ、その成果」
『相変わらず、現金な人ですねマスターは』
「当たり前だ。俺は無償のヒーローでも、伝説の勇者でもないからな。見返りが無いとやってられんよ」
『だったらまず、私に親切にしてくださいよー。愛が欲しいですマスター』
「ヴェノミナーガさんは人じゃないじゃん」
『ぐぬぬ……』
そんな会話をしながらホテルへと戻った。
◆◇◆◇◆◇
時は遡り少し前。夜間は全く人通りの無い公園で3対1のデュエルが行われていた。
『こいつで血の海渡ってもらおうか? "仮面魔獣デス・ガーディウス"を特殊召喚。さらに"思い出のブランコ"で"トライホーン・ドラゴン"を特殊召喚』
「嘘だ…最上級モンスターが1ターンで2体……」
『あの世へスキップしな』
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!?」
「そんなインチキ効果……ふざけるな!?…」
『 ああん? 文句があるってんならてめえも自分の手で集めたらどうだ。"仮面魔獣デス・ガーディウス"に"巨大化"を装備。ダーク・デストラクション』
「攻撃力6600……か…勝てるわけな……うわぁぁぁぁぁ!!!?」
『俺はお前達に知ってほしいんだデュエルの無限の可能性を! お前達にだって、俺を倒せるかもしれない…それがデュエルなんだって!』
「最上級モンスターを5体並べて言うことか!?」
『ならさっさと沈め。速攻魔法、"時の女神の悪戯"』
「い、いやだぁぁぁぁぁ!!!?」
「凄い……」
デュエルが終わり、3人をたった1人で打ち負かした少年をみて彼女は自然と声を出した。
彼が誰かは彼女は知っていた。
彼の名は"リック・べネット"
I2ジュニアカップ予選を全て一方的な展開で叩き潰し、本選でも快進撃を続け、Aブロック決勝まで登り詰めた男だ。
当初は彼に期待しているものは誰もいなかった。
なぜなら、彼が当たったのは全員、大会優勝候補筆頭だった日本人ジュニアデュエリストだったからだ。
そして、それを全て退け現在、優勝候補最有力になっていた。
スポーツクジはとんでもない大判狂わせになったことだろう。
そして、彼女の対戦相手でもあった。
しかし、彼の評価は決して高くない。
予選や、1と9回戦で見せていた相手にエースモンスターを出させてからそれを自分のエースモンスターで態々叩き潰したり、自分のエースモンスターの効果で奪い取ったりする明らかな見下した戦法を主体にしていたからだ。
さらに彼のエースモンスターも原因だ。
彼のエースモンスターは"仮面魔獣デス・ガーディウス"
それはバトルシティでデュエルキング 武藤 遊戯と、海馬コーポレーション社長 海馬 瀬戸の奇跡タッグを敗北寸前まで追い詰めた2人組のデュエリストのエースモンスターだったからだ。
戦法からエースモンスターまでまさに筋金入りのヒール。
当然、特に若年層からの評価が高いわけもなかった。
だから彼女からしてみれば現在の現状は戸惑いを隠せない。
先の対戦相手に目の敵にされ、窮地に陥っていた彼女を助けたのは大人でも、白馬の王子様でもなく、次の対戦相手であり、この大会の完全な悪役であるリック・べネットだったからだ。
普通なら未来が掛かった大会での次の対戦相手の窮地などまず助けないだろう。
助けるとすれば相当なアホか、正義感に満ち溢れた者ぐらいだ。
彼の場合、"頭の良い外道"という最悪の組み合わせであると彼女は思っていた。
だが、現在の彼の行為はその真逆だ。それが彼女を混乱させていた。
ハッと我に返った彼女はデュエルが終わったのにも関わらず、彼に礼すら言っていない事に気付き、彼に近付いていった。
近くで見ると細身に見えるが、よく見れば体格がかなりしっかりしており、常人より遥かに鍛えられているのがわかった。
自分と同い年のはずだが、2~4ぐらい上にすら感じた。
だが、その雰囲気は大人と言われても遜色無かった。
「ち、ちょっと……」
「ん?」
彼が振り向いた。
その表情は極めて冷淡な顔だ。
彼女に興味が無いのだろう。彼の視線は直ぐに手元のカードに戻った。
「………………あ、ありがとう…」
そのそっけなさに思わず、言葉が詰まったが、伝えたい事は伝えることができた。
彼女がそういうと彼は視線をカードから彼女に戻し、少し彼女を見つめてから視線を他に向け、指を2本立て…。
「気にするな」
一言、そう言った。
彼なりの意思表示だろうか…。
その後、彼はまた彼女を脅した連中が何かしても大丈夫なように、現行犯を押さえた写真を携帯で彼女に渡すと、そのままその場を去ろうとした。
「待ってよ!」
彼女は彼を引き止めた。
「ん?」
彼は足を止め、振り返った。
「どうして……ボクを助けたの?」
彼女の最もな疑問だ。
その問いに彼は一言、こう言った。
「俺の信条は"情けは人の為ならず"だ」
それは日本のことわざで"情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い"という意味だ。
正直、彼には全く似合わないと彼女は思った。
彼は思い出したように彼女に近付くと胸ポケットに指を入れた。
「これやるよ」
彼が胸ポケットから出したカードを見て彼女は目を疑った。
「"六武の門"!? こんなレアカードなんで…」
六武の門、六武使いの彼女が持っていない最強の六武サポートカードだ。
末端価格なら家が立つほどの金額になるだろう。
「じゃあな」
そんなカードを渡しておいて彼は何食わぬ顔で立ち去って行った。
次の対戦相手に態々、彼女の持っていない最強のカードを渡す、これがどれ程致命的な行為かデュエリストならわかるハズだ。
彼女は彼の背を見ながら考えた。
彼の本質、リック・べネットという人間の人となりを。
きっと本当の彼は凄く好い人なのだろう、そして彼女が知る誰よりも熱いデュエルが好きなのだ。
だが、それを知られれば相手が彼に本気を出せないかも知れない。
それは彼の望むところではない、相手の100%いや、150%の力を引き出した状態で彼は戦いたいのだろう。
だからこそ対戦相手にここまでするのだ。
そして、自分を悪役にすることで、彼なりの最大限のリスペクトデュエルをするのだろう。
なんて不器用で、愚直で、誠実な人だ。
それはまるで彼女の理想とする武人そのままだった。
「リック・べネット……」
彼女は気づけば彼の名前を呟いていた。
その頬はほんのりと赤く染まっているように見えた。
あー、次の対戦相手はいったい誰でしょうか? さっぱり、わかりませんわ。