じゃしんに愛され過ぎて夜しか眠れない   作:ちゅーに菌

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 うん、正直、この展開はとんでもなく強引ですが……はじめからこの為だけにリックくんの性格を設定しましたし、作者も流石に普通に4期まで書いたら城之内くんのように精神が焼ききれてしまうのでこうしました。

 先に言っておきますが、ある意味ホラー回です。では初投稿をお楽しみください。





ダークネス三連戦! その1

 

 

 

《ああ、特待生寮の地下で起こった生徒の失踪事件についてなら、"ダークネス"の仕業だぞ》

 

「えっ……?」

 

 携帯端末での通話越しに、さも明日の授業の持ち物でも答えるような軽い口調でリック・ベネット――ナイトメアと呼ばれる男はそう言った。

 

 ナイトメアに電話を掛けた天上院明日香は、あまりに唐突かつ雑に訪れた妙な答えに困惑し、言葉が出せずに止まる。

 

 夜分にオベリスクブルー女子寮の自室で明日香がナイトメアへと電話を掛けた理由は、前日に港にある灯台の前でいつものように情報共有のために丸藤亮に会っていたところ、亮が"今さらだが……そういえばリックは制裁デュエルのとき、旧校舎に侵入したと言っていたな"とふと呟いたことが切っ掛けである。

 

 そのことを彼女も思い出したため、ひとまず何か知らないか聞いてみることにした結果がこれであった。

 

《ダークネスっていうのは……あー……ちょっと電話だけで1から説明するのはたぶん無理だから今は省く。要するに特待生寮での生徒の失踪には、デュエルモンスターズの精霊……のようなものが関わっているんだが……あー……どのみち説明し難いな》

 

「しっかり説明して! 電話で出来ないならどこかで会って話しましょう!」

 

 要領の得ない発言を繰り返すナイトメアに、遂に兄の手掛かりを掴んだと藁にもすがる思いの明日香は声を張り上げた。しかし、すぐに冷静になり、悪いことをしてしまったという想いが募る。

 

「……怒鳴って、ごめんなさい。でも教えて欲しいの。なんでも……どんな小さなことでもいいわ」

 

《ん? 今なんでもするって――》

 

《言ってない。ふむ……それは構わないが、妙にあの失踪事件に入れ込むんだな》

 

(あら? 今の声……メデューサ先生……? いや、まさかね)

 

 明日香はふとした瞬間に、ナイトメアの端末のマイクが、知り合いに似た女性の声を拾った気がしたが、その女性は現在進行形で、女子生徒に触れる場で女子寮の仕事をしている筈である。そのため、他人の空似や、電話越しなので、藤原雪乃や獏良天音といった人物がそう聞こえたのではないかと結論付けた。

 

 それと、ナイトメアは特待生寮の地下で明日香らが体験した出来事を知らず、更に明日香が兄の天上院吹雪を探していることも知らないことに気がつく。

 

 そのため、兄が失踪し、その手掛かりを探していることをナイトメアに伝えた。

 

《お兄さんが失踪……ダークネスに……か》

 

 そう呟いたナイトメアは少し考えているように会話に間が空き、少しすると神妙な声色で言葉を吐く。

 

《わかった。天上院にはダークネスの顛末を見届ける権利があるだろう。全部話すから、時間と場所の指定はそちらに任せる。ただ、デュエルディスクは持っていてくれ》

 

 その言葉にはやる気持ちを抑えつつ、明日香はいつも丸藤亮と会っている港の灯台に、ナイトメアを呼び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日香が思うナイトメアの印象は、丸藤亮よりも比較的話しやすいが、遊城十代ほど親しみやすくはなく、このデュエルアカデミアで一番何を考えているのかわからない人物であった。

 

 と言うのも、そもそもやはり、彼はリック・ベネットというよりは、テレビの中のプロデュエリストとして、慣れ親しんだナイトメアという血も涙もない凄惨で冷徹なデュエリストという印象が強過ぎるため、ナイトメアだということのイメージが先行してしまうためであろう。

 

 実際、明日香どころか、デュエルアカデミアのよく見ているプロデュエルの番組で、花形のプロデュエリストの1人のため、未だに大多数の生徒からは若干の適度な距離を置かれ、明日香自身も一目を置いていると自覚している。ちなみに、それを本人は特に気にも止めていない様子である。

 

 そして、前提としてヒールのプロデュエリストというマイナス評価から彼と接すると、誰しもが驚くであろう事としては、若干ぶっきらぼうではあるが、普通に優しいのである。

 

 いくつか例を挙げれば、定期試験日に試験は途中退出可のため、すぐに試験を終わらせて一息入れていたナイトメアは、窓から購買部のトメさんのトラックが坂で止まってしまい、十代が押しているのを見つけたとき、すぐに行動し、明らかに試験を受けていない十代に代わってトラックを押していた。

 

 購買部の店員の女性――サンの子供のラーがよく風邪を引いて熱を出すため、サンが看病しなければならないときに、不思議なことに学校は公欠扱いでナイトメアがサンの代わりに購買部の店員をしている。ちなみにナイトメアが店員をしているときは、レアが出やすいというジンクスがあるらしく、パックの売り上げが明らかに伸びるそうな。

 

 男女問わず、困り事などを頼まれた際は、ほとんどノーとは言わずに引き受けて最後まで行うが、彼では無理な内容に関しては、教員など可能な方に引き継ぐ。

 

 夏休み後半には浜辺で連日バーベキュー、冬休みには同様に本館の一角で連日鍋パーティー等の様々なイベントを、全て自費かつ誰でも参加可能で開催するという金持ちにしか出来ない道楽を行い、見返りは求めない。

 

 要するに、人並み程度には優しいのである。そして、それは不良が野良猫を拾っている姿を見て、常人の倍以上良い光景に映るのと同じ現象であろう。それが歴代のプロデュエリストでもぶっちぎりのヒールであるなら尚更である。

 

 まあ、良い面ばかりではなく、十代が可愛く見えるほどのデュエル狂であり、休日や放課後に暇そうな学生がナイトメアと目を合わせると、笑顔でデュエルディスクを展開し、半ば強制的にデュエルを持ち掛けて来たりもするため、悪夢で悪魔なことは確かであろう。

 

 ちなみに、そのことを生徒の間では"無差別破壊"と呼んだり、一人を犠牲に他の者は逃げる時間が出来るため、生徒の間ではそのことを"苦渋の選択"や、"生け贄人形"等と呼ばれてもいる。

 

 そのため、明日香としては話しやすいが、親しみやすくはないという評価になる。また、デュエルアカデミアで一番何を考えているのかわからない人物という点に関しては、やはりデュエルモンスターズの精霊が見えることを公言しており、押し付けようとはしないが、聞けば丁寧に説明することや、時々独り言を呟いている点が常人には異様であろう。

 

 

「来たか」

 

 

 そして、指定した時間の15分ほど前に到着した明日香は、既に待ち合わせ場所にいるナイトメアが――何故か、デュエルディスクを構えていた。

 

 月夜でドーマのデュエルディスクを構えるナイトメアは、いつもよりも真剣な面持ちをしており、本物の悪魔のような人外染みた雰囲気を纏っていたため、明日香は背筋が凍り付く感覚を覚える。

 

「いきなりで悪いが……デュエルをしよう。天上院」

 

「本当にいきなりね……」

 

 デュエルディスクを持ってくるように頼むのは、デュエルをするという暗黙の了解にも等しいため、ナイトメアがデュエルを挑んでくるであろうことは考えていた。

 

 そのため、明日香はナイトメアと対峙してデュエルディスクを展開する。

 

「ダークネスの話をするのなら、前提として理解して貰いたいことがあるからな。何も言わずにデュエルをして欲しい」

 

「わかったわ……」

 

『デュエル!』

 

 そうして、2人のデュエルが始まった。

 

ナイトメア

LP4000

 

明日香

LP4000

 

 

「私のターンドロー!」

 

手札5→6

 

 明日香はナイトメアとデュエルをしたことはこれまでに多々あったが、いつもとは何かが決定的に雰囲気が異なることを感じつつ手札を確認し、最良の手を行う。

 

「私は手札の"エトワール・サイバー"と、"ブレード・スケーター"を融合して、"サイバー・ブレイダー"を融合召喚!」

 

サイバー・ブレイダー

星7/地属性/戦士族/攻2100/守 800

「エトワール・サイバー」+「ブレード・スケーター」 このカードの融合召喚は上記のカードでしか行えない。

(1):相手フィールドのモンスターの数によって、このカードは以下の効果を得る。

●1体:このカードは戦闘では破壊されない。

●2体:このカードの攻撃力は倍になる。

●3体:相手が発動したカードの効果は無効化される。

 

 プリマドンナが降臨し、音もなく明日香のフィールドに降り立った。

 

サイバー・ブレイダー

ATK2100

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 

明日香

LP4000

手札2

モンスター1

魔法・罠1

 

 

「俺のターンドロー」

 

ナイトメア

手札5→6

 

「俺は手札を1枚捨てて魔法カード、"スネーク・レイン"を発動。デッキから爬虫類族モンスター4体を墓地へ送る。効果により、デッキから"毒蛇王(どくじゃおう)ヴェノミノン"3体と、"ワーム・クィーン"1体を墓地へ送る」

 

(いきなり墓地肥やし……何か来るのね)

 

 メデューサ先生の授業によって、デュエルアカデミアの生徒は多種多様な戦い方を見ているため、ナイトメアがしていることは墓地肥やしだと見当がつく。授業を受けていなければ、まだ気づくこともなかったであろうと、明日香は内心でメデューサ先生に感謝した。

 

「更に自分の手札から魔法カード、"ヴァイパー・リボーン"を発動。自分の墓地のモンスターが爬虫類族モンスターのみの場合に、チューナー以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。俺は"ワーム・クィーン"を攻撃表示で特殊召喚」

 

ワーム・クィーン

星8/光属性/爬虫類族/攻2700/守1100

このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。また1ターンに1度、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースする事で、リリースしたモンスターのレベル以下の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

 それは蟻のような下半身を持ち、蟻なら頭部がある部分からエイリアンのような上半身が生えた真っ白い体をしている。その上、数階建てのビルほどの高さの巨体をしているだけでなく、上半身と下半身で別の生物に見えるという地球の生物とは全く思えない怪物であった。

 

ワーム・クィーン

ATK2700

 

「"ワーム・クィーン"……? ワーム……そんなカードは見たことないわね」

 

「ああ、デュエルアカデミアでもプロデュエルでも1度も使わなかったデッキだからな……うるさい、ヴェノミナーガさんをデッキに入れてても天上院に対して使うわけないでしょうが」

 

 天上院の質問に答えつつ、何故か虚空を向いて宥めるような声を上げるナイトメア。十代や万丈目もたまにそのようなことをしていると天上院は考えていた。

 

「"ワーム・クィーン"の効果発動」

 

「なにを!?」

 

 その瞬間、ワーム・クィーンが自身の上半身を自身の下半身で食べ始めるという異様なことをし始めたため、明日香は驚き戸惑った。

 

「1ターンに1度、自分フィールド上の"ワーム"と名のついた爬虫類族モンスター1体を生け贄にする事で、生け贄にしたモンスターのレベル以下の"ワーム"と名のついた爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。俺は"ワーム・クィーン"をデッキから攻撃表示で特殊召喚」

 

 そして、下半身が上半身を喰らい尽くした後、下半身が痙攣し、内側から張り裂けるように爆散すると、そこには再びワーム・クィーンが立っていた。

 

ワーム・クィーン

ATK2700

 

「入れ替わったことで、1ターンに1度の制約はリセットされる。もう一度、"ワーム・クィーン"を生け贄にデッキから"ワーム・クィーン"を特殊召喚」

 

(気分が悪くなってきたわ……)

 

 光景だけでもかなりアレだが、何故か明日香にはそれがただのソリッド・ビジョンではなく、現実で起きたような感覚を覚え、吐き気を催していた。

 

ワーム・クィーン

ATK2700

 

「最後だ。"ワーム・クィーン"を生け贄に、"ワーム・キング"を攻撃表示で特殊召喚する」

 

ワーム・キング

星8/光属性/爬虫類族/攻2700/守1100

このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。また、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた 爬虫類族モンスター1体をリリースする事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

 ワーム・クィーンからワーム・クィーンが出るものと同様の方法で現れたそれは、ワーム・クィーンと同じほどの巨体をし、酷似した造型をしているが、かなり筋肉質であり、より獣のような外見をした黄色い怪物であった。

 

ワーム・キング

ATK2700

 

「さて……それでダークネスを知る前に天上院とデュエルをして知って欲しいことだが……まあ、論より証拠だな。とりあえず、出来る限りは痛めないように配慮するが、身構えておいてくれ」

 

 そう言うとナイトメアは腕を掲げ、ワーム・キングに指示を出した。

 

「"ワーム・キング"で、"サイバー・ブレイダー"を攻撃」

 

『キング・ストーム!』

 

(え……?)

 

 そのとき、明日香の耳にはどこかで聞き覚えのある女性の声が聞こえた気がしたが、周りには2人以外の姿はない。

 

 直ぐに我に返った明日香は、セットしたカードを発動した。

 

「罠カード、"ドゥーブルパッセ"発動!」

 

 ドゥーブルパッセは、相手モンスターが自分フィールドの表側攻撃表示モンスターに攻撃宣言した時に発動でき、攻撃対象モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与え、その相手モンスターの攻撃を自分への直接攻撃にする罠カード。

 

 未だに彼には使ったことがないカードであり、彼がいるときにも使っていなかったカードのため、ナイトメアは明日香がこのカードを入れていることは知らない。そのため、これ以上ないほど意表をつく形になった。

 

 ナイトメアは、ドゥーブルパッセの効果を知っているようで、珍しく驚いた表情を浮かべており、その事が明日香は誇らしく思う。

 

「"ドゥーブルパッセ"だと――!? マズい! ダメだ天上院!」

 

「え……?」

 

 そして、これまでとは一転し、酷く焦った様子になったナイトメアが叫んだため、明日香は疑問符を浮かべたが、すぐに殺到したワーム・キングの拳が既に眼前に迫っていた。

 

 その拳は明日香の身の丈程もあり、指からも筋骨隆々の様がありありと伝わってくるもので――。

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃と、自身の内から聞こえる肉がひしゃげる音が響いたことを感じたと共に、明日香の視界は暗転し、そのことを不思議に思っている内に意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 次に目覚めたとき、明日香が真っ先に見たのは、夜空に浮かぶ月明かりに照らされた購買部の女性店員――サンの顔だった。

 

「サンさん……?」

 

「おはよう明日香ちゃん……」

 

 明日香が起き上がり、サンを見ると地べたに座っており、明日香は彼女に膝枕をされていたことに気づく。更に何故か、魔女のような服装をしており、隣に箒と帽子も置かれていた。

 

「もう怪我ない……大丈夫……だよ」

 

「怪我ですか?」

 

 明日香は自分の体を確認してみるが特に変わりはない。服装や髪型も元のままだ。

 

 それから辺りを見渡すと、ボラードに腰を掛け、斜め上を向いて話すナイトメアが目に映り――。

 

『全くもう……マスターの闇の力の素ステは元々無茶苦茶高いですが、特に破壊と殺傷能力に関しては、デュエルモンスターズの神に匹敵するレベルなんですから気をつけてください』

 

「とは言っても真のデュエルや、精霊の力を半信半疑で信じさせるだけならなんとかなるが、ダークネスまで理解させるとなると、最早言葉では無理だからなぁ……」

 

「ッ――!?」

 

(何あれ……!?)

 

 ナイトメアの視線の先に闇そのものだとでも言うように、明らかに異様な力を纏った神話のゴルゴーンのような何かが浮いていた。彼はそれといつも通りの様子で雑談をしており、手には1枚のカードが握られている。

 

 彼の手にあるのは回復カード……ではなく、何故か"死者蘇生"であったが、明日香はそこに注意が向いていなかったため、それが何のカードなのかまでは意識を向けていなかった。

 

『港でお昼寝もいいですねぇ~……ぐぅ……』

 

 それとナイトメアの座るボラードの隣のボラードを枕にして、巨大な女神像のような天使が寝ているが、そちらは今は考えないようにした。

 

 それよりもナイトメアという怪物の存在に気を取られていると、示し合わせたかのように怪物と目が合う。

 

『はーん……』

 

 すると――。

 

『がおー! 食べちゃうぞー!』

 

「きゃぁぁぁぁあぁぁぁ!!!?」

 

「――!?」

 

「なにしてんのアンタ!?」

 

 手を振り上げて冗談半分で怪物が威嚇したところ、それを真に受けた明日香が絶叫し、近くにいたサン――砂の魔女も肩を跳ねさせて驚いた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

『どうやら元々、素質はあったようですが、キングさんにぶん殴られ、マスターに引き戻され、生死の境を反復横飛びしたせいで、本格的に精霊の力に目覚めてしまったようですね。キングさんに殴られて精孔開いちゃった的な?』

 

「キメラアントみたいに言ってないで、真面目に話してください」

 

『くかー……』

 

 とりあえず、ナイトメアと砂の魔女による数分の説得の末、見た目よりは危ないものではないことを明日香は辛うじて納得したため、会話に入ることになった。

 

『とりあえず、見て感じて頂いた全ての通り、デュエルモンスターズの精霊、真のデュエルあるいは闇のデュエルについては納得してもらった形でいいですね?』

 

「そう……私、あなたに殺されかけたのね……」

 

「………………本当に申し訳ありません」

 

 戸籍上はアメリカ人にも関わらず、見事な土下座を見せるナイトメア。こういったところが、彼が周りの印象をよくわからなくしている所以である。謝るまでに若干の間があった気がするが、それが何を意味するかまで明日香は気にしていなかった。

 

 とりあえず、この精霊――ヴェノミナーガだけでなく、購買部のサンや、そこで寝ている大きな天使は全て、ナイトメアの精霊だということは理解した。それと、闇のデュエルなるものが、元々のデュエルモンスターズであり、古代では重要なことを決める際の祭事などにされていたとのことだ。

 

『さてさて、それではダークネスについて、私からお話しましょう――』

 

 そして、ポツリポツリとヴェノミナーガは何かの声真似を交えつつ口を開いた。

 

 

 

 真実の始まりはあまりにも遠く、遥かな昔。何も存在しない暗闇に、最初に1枚のカードが生まれた。そして、表と裏が生まれ、世界の始まりが訪れた。

 

 やがてそこに星々は生まれ、そして、この世界が築かれた。人間が万物の頂点になった。人間が世界の起源であるカード、デュエルモンスターズを見つけることは必然だったと言っていい。

 

 だが、故にデュエルモンスターズこそ、人間の心を計る試金石、心を映す鏡であった。

 

 もし、汝の住む世界をカードの表と例えるなら、我が世界はその影、闇。もし、デュエルモンスターズを操るデュエリストたちの心に光が宿り続けていたなら、表の世界の安息は約束されていたかもしれない。

 

 しかし、デュエリストたちの心の多くは闇に染まり、我が世界に流れ込んだのだ。

 

 我に野心はない。多くの闇に塗り込められた力が我を目覚めさせたのだ。我が世界がこの世界に取って代わるのは、水が高い場所から低い場所に流れる如く自然の(ことわり)。言うなれば我は救世主。

 

 流れ出した激流は止められん。我は流れのままに、そこに立ちはだかる小さな障害を排除したに過ぎん。

 

 

 

『――とまあ……ダークネスさんならこんな感じに呑み込む星で対峙するデュエリストに説明すると思います』

 

「…………………………は?」

 

 明日香は自然に自身の脳が理解することを拒否した。

 

『要するに、この宇宙ではデュエリストたちの心が汚れると、その世界――星そのものを淘汰しに来る摂理としての最終廃絶機構。それがダークネスさんです』

 

 "型月(タイプ・ムーン)にも探せばそんなのいそうですね"と明日香には全くわからないことを呟きつつ、ヴェノミナーガは更に言葉を続ける。

 

『ドーマの首謀者もとい首謀神、オレイカルコスの神ことリヴァイアサンが復活してしまったように、実際この世界はだいぶ、闇に染まっているというのは事実ですからね。既にダークネスさんは、この世界に手を出し始めているようですし、まだまだ先の話になりますが、この星の剪定に乗り出すと思いますよ………………まあ、例えば仮にですけど。これから毎年この星に、ドーマ規模ほどの何かしらの負荷が掛かるようなことがあれば、3~4年ぐらいでダークネスさんが来ちゃうかも知れませんけど』

 

「ははは、嫌ですね。ヴェノミナーガさん。流石に毎年世界の危機を救うハメになるなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」

 

 ナイトメアが冗談を嗜める様子でそう言うと、ヴェノミナーガは大きな溜め息を吐きつつ再び口を開いた。

 

『つってもあの方は……他人の記憶を消して無理矢理ひきずり込んだり、個々に偽りの絶望の未来の幻想を見せ続けて心をへし折って取り込んだり、洗脳ついでに手駒にしたりします。行動が言ってることより、かなり外道じみていますし、それ以上に独善でしか行動しないので、話は出来ても対話するだけ無駄な方ですよ。狂化EXですね』

 

 無論、明日香はこれまでの説明と称した何かの内容を、一言目の話から既に理解できなかった。

 

『ふむ……この宇宙は1枚のカードから生まれたというところはわかりましたか?』

 

「…………わかると思う……?」

 

『まあ、思いませんね。私も最初から言葉でわかるとは思っていませんよ』

 

「え? そうだったんですか?」

 

 その直後、ナイトメアの呟きを無視し、ヴェノミナーガは目にも止まらぬ早さで下半身を明日香の全身に巻き付け、身動きを取れなくしてしまった。

 

「な、何をするの!?」

 

『いえ、こっちの方が遥かに分かりやすので、マスターにはどうせ反対されるので言いませんでしたが、少しの間――』

 

 ヴェノミナーガはニタリと笑みを浮かべた。

 

『手っ取り早く私と同化して貰います』

 

「え……?」

 

「は? いや、ヴェノミナーガさん何を言って――」

 

 次の瞬間、ヴェノミナーガは黒紫色の仄暗い異様な光と化し、明日香の体に吸い込まれるように消えて行った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ヴェノミナーガが完全に消えた直後、明日香は心ここにあらずといった様子で呆然とした表情で棒立ちしていると、徐々に髪の毛の色がヴェノミナーガの鱗と同じ青紫色に染まり、目の色が深紅に染まる。

 

 そして、どちらも完全に染まり切ると、目に光が宿り、苦虫を噛み潰したような表情をしているナイトメアに向き合い、満面の笑みを浮かべた。

 

「明日香ちゃんですよーミ☆」

 

「…………ヴェノミナーガさん、他人の体で遊ばないでください」

 

「むっ、遊ぶだなんて失礼な」

 

 そう言うと明日香――ヴェノミナーガはナイトメアの手を取り、谷間に押しつけて沈めつつ抱き着いて見せた。それをされているナイトメアは、能面のような無表情を貫いている。

 

 無論、今のヴェノミナーガの声は明日香と全く同じであるが、その言動は明らかに明日香ではない。

 

「見ての通り、私がいれば他のおんにゃのこにエッッッルロィことし放題ですよ! その上、洗脳から、常識改変、意識を残した強制奉仕までなんだって可能です! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに! ぐへへへ……実際たまんねぇな!」

 

「よし、俺は今日この日までヴェノミナーガさんの危険性を見誤っていた。待っていろ天上院……この馬鹿をデュエルで跡形もなく消滅させて助け出してやる!」

 

「わー! わー! 流石にただの小粋なジョークですって!? …………30%ぐらいは」

 

「あ゛?」

 

「ひぃ!? 本気で怒ってらっしゃる!? わ、私の持っているダークネス関連の記憶や真のデュエル、精霊界の知識といったことを共有したら元に戻りますから朝まで待ってください!」

 

「おいこら、待て――」

 

「………………リック(マスター)

 

 すると突然、抱き着いたままの姿勢で、ナイトメアと自身を交互に見て、怒りに眉を顰め、わなわなと震え始めた。

 

「……天上院か?」

 

「ええ……天上院明日香よ……全部説明してくれるのよね?」

 

「あ、ああ……俺だと説明しきれないところもあるが、出来る限りは力になろう」

 

「私は元に戻れるのよね……?」

 

「まあ、明日の朝には戻れるようなことをヴェノミナーガさんは言って――」

 

「戻 れ る の よ ね ?」

 

 有無を言わさぬドスの聞いた声で言われ、ナイトメアは再び苦虫を噛み潰したような表情になるが、目を泳がせた末、観念した様子になり、口を開いた。

 

「すまん……ヴェノミナーガさんは俺でも理解不能なんだ……」

 

「…………そうなの」

 

 すると仏頂面のまま、何故か明日香はナイトメアの腕に抱き着く力を少し強め、より密着した。

 

「…………つかぬことを聞くが、天上院は俺から離れた方がいいんじゃないか? というか、流石に近過ぎるような……」

 

「………………そう言えばそうね。何故かしら……?」

 

 しかし、そう思うと共に、何故か明日香はこうしていることが自然であり、むしろ可能なら率先的にこのようにくっついていたいというよく分からない感覚を覚える。

 

 そして、ナイトメアの側にいることで、とても安心感を感じ、匂いを嗅いでいるだけで、幸せになれるような気さえし、胸の高鳴りを自然なものと感じていた。

 

《それはもちろん、憑依したゆきのんさんのときと違って、私と同化していますから、私のマスターへの好意がそのまま、引き継がれているんですよ。今の明日香さんはさながら体験版恋する乙女ですね!》

 

「は……?」

 

「なにかあったか?」

 

 突如、頭の中に響いたヴェノミナーガの声と、その内容に思わず声を上げる明日香。

 

リック(マスター)は聞こえないの?」

 

「マスターって俺のことか……?」

 

「……? リック(マスター)は、リック(マスター)でしょう?」

 

 そして、どうやらその声は、ナイトメアには届いていないらしい。その事に多少の落胆を覚えるが、明日香としては、それだけであった。

 

「ヴェノミナーガさん……元に戻ったら後で、覚えていろよ……」

 

 わなわなと震え出し、怒りを露にするナイトメア。その様子を見つつ、明日香はどうしたらヴェノミナーガに話を聞けるかナイトメアに聞いた。

 

「普通に天上院の中にヴェノミナーガさんがいる筈だから、心の中で質問してみてくれ……本当に申し訳ないが、マスターの俺でも手綱を握れるような存在じゃないんだあの人は……」

 

「そ、そうなの……」

 

 小言の一つでも何か言ってやろうと思ったが、疲れ切ったサラリーマンのような哀愁を漂わせる背中と、半笑いを浮かべて影が射した表情により、明日香はそれ以上の言葉を掛ける気にならず、とりあえず言われた通りに質問してみることにした。

 

(ねぇ、私に何をしたの?)

 

《A:調整中です》

 

(私はちゃんと元に戻れるの……?)

 

《A:調整中です》

 

(――話を聞きなさい!)

 

《A:調整中です》

 

 しかし、まるで壁とでも話しているようにマトモな返答が返って来ない。

 

「ダメね……何を言っても調整中って言葉が帰ってくるわ……」

 

運営(ヴェノミナーガさん)がポンコツなんだな……"成仏"か、"大成仏"か、"融合解除"でも投げつけてみればいい感じに分離しないか……」

 

《あっ、それはダメです。そんなことしたら明日香さんの魂が、逆に私と完全に融合して私の体の一部――具体的には意識を保ったまま、永遠に私の髪の毛の蛇の一匹になってしまいます》

 

「な……や、止めなさい! リック!? 私を生きたまま殺す気なの!?」

 

「お、おう……なんだかわからないがそうなのか……」

 

 このまま明日香を女子寮に帰す訳にも行かず、悩んだ末、こっそりと明日香を自室に連れて行き、朝まで様子を見ることにした。

 

「……? 私の帰る場所はリック(マスター)の部屋でしょう?」

 

 ――尤も、当の本人は最初から女子寮に戻る気はなかったようだが。

 

「完全にホラーだろこれ……」 

 

 死んだ魚のような目をしつつ、スリスリと身を寄せて鼻歌でも歌いそうなほど、機嫌が良さげな明日香を連れてナイトメアは帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「お腹がすいたわ」

 

 部屋に戻ると、真っ先にヴェノミナーガの定位置になっている炬燵に入ったまま、テレビが一番見易い位置に陣取ると、開口一番に明日香はそう呟いた。

 

「…………そう言えば、そろそろヴェノミナーガさんが夜食を頼んでくる時間だな」

 

 部屋の時計を見つつ、そう呟くナイトメアに明日香は畳み掛ける。

 

「何故かしら? とても卵料理が食べたいのよ。まあ、無理にとは言わないわ」

 

「……わかった。とりあえず、冷蔵庫にある材料でオムライスでも作るから待っていてくれ」

 

リック(マスター)が優しいわ……いつもは残り物食えって言われるだけなのに……」

 

 明日香は感動した様子を見せつつ、炬燵のその場所から動かずに取れる位置に置いてある箪笥をまさぐり、お菓子とジュースと蛇の柄が描かれたコップを取り出して食べ始めた。

 

「……港にいたときより、侵食率上がってねぇか?」

 

《あ、ちなみに常人なら1日も同化していると、完全に私になってしまいますので気をつけてください》

 

「――ぶふっ!? どういうことよそれ!?」

 

「…………その様子的に長時間ヴェノミナーガさんといることは危なそうだな」

 

 ちなみにナイトメアはこう見えても、舌の肥えたヴェノミナーガにほぼ毎日食事を提供しているため、料理の腕は店を出せるレベルである。

 

 その後、食わせるだけ食わせ、明日香を自身のベッドで寝かせた後、ナイトメアは寝ずに朝まで見張り、遂に夜が明けた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「おはようリック(マスター)!」

 

「だから怖いって……」

 

 ナイトメアは知らないが、もけもけの時に見せていたような明らかにおかしい笑顔を見せる明日香。それにナイトメアは恐怖を覚えていた。

 

「なあ、朝になったし、もう戻るんだよな……? ヴェノミナーガさん……もう、怒らないから早く戻してくれ……俺に出来ることなら何でもするからさ……」

 

「ん……? 今、なんでもするって言ったかしら?」

 

「……言ったけど、言ってない」

 

 天上院がきたなくなってしまった……等とナイトメアは思いつつ溜め息を漏らした。

 

 その時である――。

 

『にゅーっと、"モルティング・エスケープ"! 記憶のコピペでの受け渡しは無事に成功しましたよー!』

 

 明日香の背中からヴェノミナーガが、海老が跳び跳ねるようにするりと抜け出した。ナイトメアはヴェノミナーガさんには装備できないじゃねーかと思いつつ、明日香を見ると、既に青紫色の髪は金髪に戻り、赤い瞳も元の色を取り戻していた。

 

 そして、明日香は顔を伏せたまま、わなわなと小刻みに全身を暫く震わせた後、急に立ち上がるとデュエルディスクを腕に装着し、ナイトメアと対峙する。

 

「デュエルよ! 私を殺して、あなたも死ぬのよ!!」

 

『普通、逆じゃないですかね?』

 

「無理もないが、錯乱して色々可笑しくなっているな……」

 

 明日香の瞳はぐるぐると回っているような色になっており、表情は羞恥と怒りと困惑とその他色々なものが混ざった形容しがたい感情の爆発で、真っ赤に染まっていた。

 

 その後、前日から今日に掛けてのことは、他言無用で、2人も互いに言及しないという取り決めをして、事なきを得た。実際に知識としての記憶は明日香に渡っていたらしく、彼女から譲歩してくれたのである。

 

 ちなみにデュエルはした。明日香が負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三幻魔のカード?」

 

 数日後、校長室に呼び出された丸藤亮、遊城十代、天上院明日香、万丈目準、三沢大地、クロノス・デ・メディチは鮫島校長から三幻魔のカードについての話を聞かされていた。

 

「そうです。この島に封印されている古より伝わる3枚のカード」

 

「えっ? この学園ってそんな昔からあったのかぁ?」

 

「うるさい……黙って聞け」

 

 十代の呟きを万丈目が嗜める。その光景は既に他者からは見慣れた光景になりつつあった。

 

「そもそもこの学園は、そのカードが封印された場所の上に立っているのです」

 

 驚愕の事実にその場は騒然となるが、鮫島校長が再び口を開いたため、直ぐに静かになる。

 

「学園の地下深くに、その三幻魔のカードは眠っています。島の伝説によると、そのカードが地上に放たれるとき、世界は魔に包まれ、混沌が世界を覆い、人々に巣食う闇が解放され、やがて世界は破滅し、無へと()す。それほどの力を秘めたカードだと、伝えられています」

 

「破滅……」

 

「よくわかんないけど、なんか凄そうなカードだな」

 

「黙って聞いているノーネ!」

 

 今度はクロノス・デ・メディチが、十代を嗜めた。私怨10割ではあるが、状況としては間違ってはいない。

 

「そのカードの封印を解こうと、挑戦しに来た者たちが現れたのです。」

 

「一体誰が?」

 

七星皇(しちせいおう)――セブンスターズと呼ばれる7人のデュエリストです。全くの謎に包まれた。7人ですが、もう既にその1人はその島に……」

 

「なんですって!?」

 

「でも、どうやって封印を解こうと?」

 

「三幻魔のカードはこの学園の地下の遺跡に封印され、七星門と呼ばれる7つの巨大な石柱がカードを守っています。その7つの石柱は7つの鍵によって開かれる」

 

 そう言いながら鮫島校長は箱を取り出して開くと、そこには1枚の板状になっている鍵があった。しかし、その中でひとつだけ欠けており、6つある。

 

「これがその7つの鍵です。尤も、1本は既にリックくんに渡していますので、ここにあるのは6つですが」

 

 実力的にも申し分ないため、それを聞いた面々の反応は特に何か言うことはなく、むしろナイトメアが味方にいることに心強さを覚えている者もいた。

 

「じゃあ、セブンスターズが、この鍵を奪いに?」

 

「そこで、あなたたちにこの7つの鍵を守っていただきたい」

 

「守ると言っても一体どうやって……?」

 

「もちろん、デュエルです」

 

『デュエル!?』

 

 今度はほとんどの者が声を上げて驚く。デュエルがそこまで重要になるとは思っていなかったのだろう。

 

 しかし、唯一明日香だけは、ヴェノミナーガから与えられた知識により、闇のデュエルというものを完全に理解していたため、少し眉を顰め、不安げな表情になるだけに留まった。

 

「七星門の鍵を奪うには、デュエルによって勝たねばならない。これも古より、この島に伝わる約束事。だからこそ、学園内でも屈指のデュエリストであるあなた方に集まって貰ったのです。……まあ、1名数合わせに呼んだ者もいますが」

 

「あなたのことなのーネ!」

 

「ふんっ……」

 

 クロノスと十代の小競り合いが起こるが、鮫島校長は気にせずに言葉を続ける。

 

「この7つの鍵を持つデュエリストに、彼らは挑んできます。あなた方にセブンスターズと戦う覚悟を持っていただけるなら、どうかこの鍵を受け取って欲しい」

 

 その頼みを受けた生徒と教員は、使命に燃える光を目に宿した後、全員が鍵を受け取った。

 

「ありがとう皆さん。この瞬間から戦いは始まっています。どうかいつでもデュエルのスタンバイをしておいてください。そして、必ずや、三幻魔のカードを七星門の鍵を守りきってください」

 

 鮫島校長はそう締め括った後、更に言葉を続けた。

 

「ここからは秘密裏に、セブンスターズの調査を担ってくれていたリックくんと、コブラ先生に代わります」

 

「失礼する」

 

「失礼します」

 

『ちゃっちゃっちゃーっす!』

 

「――!?」

 

「ん? どうした明日香?」

 

「どうしたんだ天上院クン?」

 

 コブラとナイトメアに続き、当然のように妙な挨拶で入り込んできたヴェノミナーガに吹き出す明日香と、それを当たり前のことのような様子を見せる十代と、万丈目が非常に対照的であった。

 

 単純に慣れの差であろう。十代に関しては時々、ヴェノミナーガにデュエルを挑む程度には親しく、万丈目もサイレント・マジシャンが会いに来るときについて来るため、知り合いよりは上の関係である。

 

 2人と1体は鮫島校長の隣に並び、最初にコブラが前に出て話した。

 

「私があらゆる人脈を駆使して、セブンスターズの正体をひとりでも突き止めようとした結果だが、それらは全て空振りに終わった」

 

「なんだ……元軍人のコブラ先生でもダメだったのか」

 

 そう呟いた十代に対し、コブラは回答する。

 

「その通りだ。しかし、私が尻尾すら掴めなかったということは、逆に言えばセブンスターズはほとんどが、人間ではない可能性さえもあるということだ」

 

 そう言い切られた言葉に場は再び騒然となる。コブラは更に続けた。

 

「人間ならば、社会に何かしらの痕跡を残すだろう。それが何一つとして見つからないとなれば、逆説的にそうも言えてしまうのだ。そのため、相手に何が来るかわからない。そこだけは注意して欲しい」

 

 ちなみに実力的には上の筈のコブラや、メデューサが鍵を受け取らなかった理由は、互いに教員陣のトップであるクロノスの顔を立てるためと鮫島校長に伝えている。

 

 それだけ言い終え、次はナイトメアに移った。

 

「丸藤先輩もいるが、今日は敬語を抜きで頼む。俺からは確定情報を2つ。ひとつは悪いニュース、もうひとつはもっと悪いニュースだ。どちらから聞きたい?」

 

「どっちも悪いじゃんかよ~!」

 

 そう言う十代に対し、ナイトメアはクツクツと笑うと、"では悪いニュースから"と言って言葉を続けた。

 

「セブンスターズのうちの1人は、プロランク11位ノーフェイスだ」

 

「え!? ひとりはわかってんのか!?」

 

「なん……だと……?」

 

「なんですって!?」

 

 十代と他者の反応は明らかに食い違っていた。

 

「あの人かぁ……今度はちゃんとデュエルしてぇな!」

 

「待て十代……ノーフェイスと言えば、事実上の最強の女性プロデュエリストだ。一筋縄では行かんぞ!」

 

「待ってくれ。コブラ教諭が見つけられなかったことを、どうしてリックが知っているんだ?」

 

 三沢の質問に対し、ナイトメアは包み隠さずに答える。

 

「それは俺の元にもセブンスターズにならないかという誘いが直接来たからだ」

 

 あまりにも衝撃的な発言に鮫島校長とコブラ以外は非常に驚かされた様子であった。しかし、キャラクターや、その実力から誘いが来ても何も可笑しくはないとも考え始め、各々納得していた。

 

「……そこで納得されるのは少々遺憾だが……流石に俺は断った。学園や友人を売ってまでデュエルをする気はないからな。楽しくデュエルとは言えなくなってしまう」

 

『マスター、報酬のレアカードの目録を見せられたとき、30秒ぐらい悩んでましたよね?』

 

 ヴェノミナーガのその言葉に十代と万丈目と明日香は、ナイトメアらしいと何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「まあ、問題はその後だ。拒否してから、セブンスターズになってスパイにでもなればよかったと思っていた頃に、十代らの制裁タッグデュエルが発生した」

 

「ああ、影丸理事長の意向が変わって、制裁デュエルに方針が変わったときの話か」

 

 その話題が出たとき、クロノスが面白いほど青白い顔になっていたが、誰もそれについては言及しなかった。

 

「あれは意向が変わったのではなく、意向を変えることを条件に影丸理事長の意向を変えさせたんだ」

 

「どういうことだ……?」

 

「要するにセブンスターズの元締めは、影丸理事長で、俺がスパイ目的でノーフェイスを送り込んだということだな」

 

 さらりと言われたとてつもない発言に場は困惑する。

 

「影丸会長がセブンスターズの元締め!?」

 

「何故だどうしてそんな!?」

 

「親玉までわかっているじゃないか!?」

 

「まあ、そのことは後で話す。今はノーフェイスについて聞いてくれ」

 

 そう言ってひとまず、その場にいた面々をナイトメアは宥め、溜め息を吐くと言葉を続けた。

 

「悪いことはスパイの意味が全くなかったことだ」

 

「どういうことだ……?」

 

「セブンスターズはほとんど雇われ傭兵に近かった。要するにセブンスターズ同士の横の繋がりは一切ないと言い切ってもいい」

 

「セブンスターズに情報源そのものがなかったということか……」

 

「ああ、正直、俺としても大誤算だった……」

 

 丸藤亮の言葉に深い溜め息を吐くナイトメア。しかし、それだけに留まらなかった。

 

「そして、もう一つ悪いことは、報酬とか関係なしに、ノーフェイスがセブンスターズの仕事をやる気満々なことだ」

 

「は……?」

 

 思わず、丸藤亮の口から出た呟きにナイトメアが返す。

 

「もう、ノーフェイスは単純にセブンスターズのノーフェイスとして襲い掛かってくるから、もし対峙した場合、一切容赦なく叩き潰して構わない。むしろ、向こうもそれを望んでいるだろう。すまない、正直、俺の人選ミスだった」

 

「なんだよリック! それなら良いことじゃんかよ! 心配して損したぜ!」

 

 謝るナイトメアに十代が嬉しげな様子でそう返したため、他の者もナイトメアを悪くは言い難い雰囲気になり、ひとまずこの話は終わった。

 

「そして、もっと悪い話だが……影丸理事長を法的手段や権力を使って止めることはまず不可能だということだ」

 

 直ぐにナイトメアは会話を続ける。

 

「まず、法的手段だが……影丸理事長は表面上は何も問題があることはしていない。セブンスターズ自体も、七星門の伝承通りに行っており、腹が立つほどルールに乗っ取っている。むしろ、デュエル以外の方法に頼れば、邪道なのはこちらになるだろう」

 

 場の雰囲気がかなり沈み始めているが、更にナイトメアは続けた。

 

「次に権力なのだが……そもそも影丸理事長は世界でも有数の権力者だ。彼に勝てるものなどほとんどいないため、考えるだけ無駄だろう。その上、海馬社長にこの件を取り次いだところ、"貴様らがデュエルで解決出来ることならばデュエルで解決しろ。自分達の学園の存亡ぐらい貴様らで守って見せろ"という大変ありがたい言葉を頂いた。要するにKCは今回の件に一切ノータッチ、またその話をペガサス会長に話したら彼からも似たような返事を頂いたため、I2社もノータッチだ」

 

「なんだ! やっぱり社長も会長も話のわかる奴らなんだな!」

 

 場の空気が通夜のようになり始めたところで、十代がそう言ったことで雰囲気が変わる。

 

「要するに全部、デュエルで解決すれば良いんだろ? 分かりやすいぜ!」

 

 全くもってその通りではあるが、それを言い切れる者はそうはいないであろう。ナイトメアが言いたいことはそれだけであったため、コブラとナイトメアは下がり、その場に居たデュエリストたちで少し会話をし、セブンスターズに対峙する意思を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。明日香は校長室で十代が言っていたことを思い出し、居ても立ってもいられなくなったため、オシリスレッド寮へと続く夜道を歩いていた。

 

(気になる……十代は強い者からデュエルを挑まれると言うけど……倒しやすい者から潰していく方が、自然な考え。だったら、オシリスレッドから――)

 

 途中でそんなことを考えていると、オシリスレッド寮から少しだけ離れた森に見覚えのある上半身が見えたことに気がつく。

 

(え……? "ワーム・キング"と"ワーム・クィーン"……?)

 

 それは巨体過ぎるため、森から上部がかなりはみ出ているワーム・キングとワーム・クィーンである。

 

 そして、それはすなわち、あの場所でナイトメアがデュエリストをしているということに他ならなかった。

 

「なんてこと!? まさか、もうセブンスターズと……?」

 

 明日香はナイトメアがいるであろう場所に向かい、駆け出した。

 

 その途中で、男性の悲鳴が聞こえ、ソリッド・ビジョンのワーム・キングとワーム・クィーンらが消えたが、明日香はナイトメアの元へと向かい――。

 

 

 

 黒い服を身に纏い、倒れ伏した様子の自身の兄――天上院吹雪と、吹雪の側に立ち、手に何らかの精霊の力を込めながら、1枚のカードを握り潰そうとしているナイトメアを目にした。

 

 

 

「ふ、吹雪兄さん!?」

 

「あ……?」

 

 その言葉でナイトメアは気がついたのか、明日香に目を向け、酷く驚いた様子を見る。見れば手にあったカードは握り潰した直後であり、それを中心に闇のようなものが溢れ出し、ナイトメアを急激に呑み込み始めていた。

 

「おい、ちょっと待て……なんでここに天上院が……いや、それよりも今ここに近づくな! 急いで離れ――」

 

「兄さん! 兄さん! 兄さん!?」

 

 しかし、明日香は既にナイトメアが眼中に入っておらず、遂に見つけた兄の姿に安堵の表情を浮かべながら駆け寄っていた。

 

 直ぐにナイトメアの手を中心に広がった生暖かい液体のような闇が明日香と吹雪を呑み込む。

 

『ああ、ダメですねこれ。その方とダークネスのカードを呼び水にする予定でしたが、私とマスター以外に明日香さんもごあんなーい!』

 

 そんなどこか調子外れなヴェノミナーガの声を他所に、明日香の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 目を覚ました明日香は生暖かい液体の中に漂うような感覚を覚え、周りを見ると何も入っていない水族館の水槽を下から眺めるような無意味な闇が広がるばかりであった。

 

「気がついたか」

 

 すると、隣から声を掛けられ、そちらを見ると、そこにはナイトメアとヴェノミナーガが立っていた。ナイトメアはいつも通りの表情だが、ヴェノミナーガは少し困ったような顔をしている。

 

「リック! 兄さんは!?」

 

「あのとき、元いた場所に置いてきた。一応、十代には場所のメールはしておいたから朝になれば発見されるだろう」

 

「そうなの……よかった……」

 

 ひとまず安堵する明日香。そして、周りの明らかに異様な様子に口を開いた。

 

「ここはどこなの……?」

 

「ああ、ダークネスの中だ。来てしまったものは、仕方ないから天上院は待っていてくれ」

 

「ダークネスの中ですって……?」

 

 ダークネス。

 

 宇宙が1枚のカードから生まれた時のカードの裏側。12次元の宇宙、つまりは宇宙の暗黒面そのものと言うべき存在であり、この果ての見えない暗黒の領域の全てがダークネスそのものである。

 

 知識を与えられた明日香はそのことに驚愕すると共に、絶望を覚え始めた。

 

『全くもう……明日香さんが悪いんですよ? マスターと私だけで全部解決しようと思っていましたのに……まあ、ギャラリーに徹してくださいよ。もし、運が良ければ私たちが負けても帰してくれるかもしれませんから気楽にどうぞ』

 

「え……? ダークネスを解決?」

 

 その言葉が、知識を与えられていても明日香には理解できなかった。というよりも、2人を理解することができなかったというのが正しいだろう。

 

 そうしていると、ナイトメアが前に出て、デュエルディスクを展開しつつ高らかに宣言する。

 

 

 

「おい、ダークネス! デュエルしようぜ!」

 

 

 

 そう言い放ったナイトメアの表情はいつも通りの愉しげな表情のままで、恐れなどの負の感情は欠片も見られなかった。

 

「え……?」

 

『スゴいでしょ私のマスター? 昔、ダークネスのことを最初に教えたときに真っ先に言ったことが、"つよそうだからデュエルしたい"ですもの』

 

 全てを理解した上でこの場に来て、あんな言葉が吐けるというのならば、精神状態が可笑しいとしか明日香は思えなかった。既にデュエルの好き嫌いという次元を超越している。

 

『まあ、破滅の光と戦うっていうのに、ダークネスさんまで構ってられないので、この辺りで退けておきたかったので、折角、セブンスターズとしてダークネスさんがやって来たついでに、デュエルで黙らせてしまおうというわけです』

 

「何を言っているの……?」

 

『ええ? 別に勝てば良いですからね。万物はデュエルで解決しますから、当然ダークネスさんもデュエルで負かせばいいのです。この星の未来のためですよ』

 

 知識として知り、ダークネスは何れ避けようもないことだと知った上でも、ナイトメアとヴェノミナーガの行動に明日香は理解出来なかった。格上などという次元ではない存在に立ち向かい、どうしてそこまで言い切れるというのか? 2人は命が惜しくはないのだろうか?

 

 

「ダークネスに挑戦者か……愚かなことだ」

 

 

 するとセブンスターズのダークネスだった天上院吹雪が着ていたものと、ほぼ同じデザインの黒服を来て、黒い仮面を付けた男が地面から生えるように現れた。

 

 明らかに異様な様子であり、人間としての要素がまるでない様は、存在そのものが、明日香に恐怖を抱かせた。

 

「事象の理、世界の真実、理解できぬ全てを否定することしか出来ない人の限界………だが、そんなゴミのようなお前たちを俺が肯定してあげよう。お前の挑戦を祝福しよう!」

 

「ああ、ご託や口上はどうでもいい。早速、愉しいデュエルをしようじゃないか!」

 

『デュエル!』

 

ナイトメア

LP4000

 

藤原

LP4000

 

 

「俺のターンドロー!」

 

手札

5→6

 

 先攻は挑戦者のナイトメアから始まった。

 

「俺は手札からフィールド魔法、"オレイカルコスの結界"を発動」

 

「――!? "オレイカルコスの結界"だと……ッ!?」

 

 明日香にも与えられた中にオレイカルコスの結界の知識はあった。ドーマ事件の首謀者、オレイカルコス神 リヴァイアサンが復活の贄のために人間の魂を集めるために造り出したカードである。

 

 なぜ、それがナイトメアの手にあるのかはわからないが、彼の額に紋章が浮かび上がり、瞳にギラつく赤い光が灯ったことで、紛れもない本物であることがわかった。

 

「"オレイカルコスの結界"はいかなる場合にも無効にならず、破壊および除外することもできない。無論、発動すれば最後、ルールで張り替えも出来ない。そして、このデュエルに敗北したデュエリストは勝者に魂を奪われる」

 

「な……に……俺の"クリアー・ワールド"が……!?」

 

 どうやら事実上のフィールド魔法封じが、対戦相手のダークネスにとってかなりの痛手らしく、声を上げて驚いていた。

 

 そんな彼に向けて、明日香の知るいつも通りの楽しそうな笑みを浮かべたまま、ナイトメアは口を開く。

 

「誰だか知らないし、興味もないが……見たところ、お前も先鋒のセブンスターズのダークネスと同じく人間だろう? 俺が倒したらカードに封印して、元の世界に連れて帰ってやるよ……それとも……お前が特待生寮のダークネス事件を引き起こした首謀者か? 仮に現実に嫌気が差してダークネスを呼んだのなら……お前にとって現実で生きることはさぞ地獄だろうなぁ! クハハハハハ!」

 

「よ、余計なお世話だ!」

 

 プロデュエリストとして、テレビで見せるような嘲笑を上げたナイトメアに、対峙するダークネスは酷く人間染みた反応を返す。

 

 明日香としては彼が兄の敵かもしれないことに気づかされると共に、どちらがそのままの意味でのダークネスなのか、わからなくなり始めていた。

 

 

「さぁ……久々のマトモな闇のデュエルだ……精々、どちらか力尽きるまで愉しもうぜ? ダークネスの次鋒さんよ。殺したり、殺されたりしよう。死んだり、生き恥を晒したりしよう。心を、体を、己、全てを、ついでに世界の命運を賭けて戦おうじゃないか……」

 

 

 そのとき、初めて明日香はナイトメアという名が誇張でもなんでもなく、誰にでも等しく訪れる悪夢そのものであることに気がついた。

 

 

 







今日は約20500字でした。リックくんの真のデッキはワーム軸ヴェノミナーガです。あ、一戦目は原作でも5戦5敗の方との試合だったため、流れで割愛しましたので、次回は二戦目になります。

ダークネスさんって最序盤から行こうと思えば行けるラスダンよりキツいダンジョンみたいなものでしょう?(すっとぼけ)

なので、折角ですから十代くんの世界を救う負担を4分の3にしようと思います(優しい)。


ナイトメアくんのパッシブスキル
・心理フェイズ完全耐性
・デュエル脳(コナミくんに準じるレベル)


・次回予告
やめて!オレイカルコスの結界の特殊能力で、クリアー・ワールドを対策され、心理フェイズまで無効なら、勝ち筋がクリアー・バイス・ドラゴンしかない藤原の精神まで焼ききれちゃう! そもそも発動出来たって、ワーム・ヴェノミナーガはほぼ光属性だからデメリットは手札公開だけなのに!

お願い、死なないで藤原!あんたが今ここで倒れたら、吹雪さんや顎関節症はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、ナイトメアに勝てるんだから!

次回、「藤原死す」。デュエルスタンバイ!



~QAコーナー~
Q:本当に疫病神じゃねーか!?

A:毒蛇神だぞぅ!

Q:ヴェノミナーガさんってやろうと思えば何が出来るの?

A:人々の魂を生け贄に捧げ続ければ、ドーマ編規模の大災害を引き起こすことも可能(設定や、やれることだけはモロにラスボスである)

Q:ヴェノミナーガさんって結局なにがしたいの?

A:面白おかしく生きる。破滅の光は殺す。


Q:リックくんってなんなの?

A:異界の最終戦士(文字通りの意味)




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