「うい〜っす。皆さんばんちゃ〜っす。今回はなんと、"ガチでヤバイ"と噂の赤繰神社へとやって来ました〜w」
夜闇の中、お決まりの挨拶と共に、俺は草を掻き分け道なき道を進む。普通の人であれば手こずるかもしれないが、心霊スポットや廃墟の探索を仕事の一つとして行う自分のような配信者にとっては案外慣れた道程だ。
「この手の心霊スポットって、どうしてそうなってんのか分かんない事が多いっすよねぇ〜。けど、ここはちょいと違うんすよ」
赤繰神社に着くまでの間、カメラを片手にネットで拾った適当な情報を滔々と語り続ける。視聴者はまだ存在しない。そもそも俺は人前では饒舌になれない質なのだ。今までの配信人生で生配信を行った事は一度もない。
「....さて、そろそろ赤繰神社が見えて....は?」
赤繰神社の説明を終え、現地へと到着するその寸前に言葉が詰まる。当然ながら配信者としては望ましい状況だが、それでも俺は硬直してしまう。
「壁....っすね....?」
そこにあったのは、恐らく赤繰神社が鎮座しているであろう場を囲むように設置された石のドームだ。狐色に彩られたそれは心霊スポット"らしさ"を見事に破壊していた。
「おっかしいな....改修工事でも入った....?あー....とりあえず、入り口探しますか〜」
改修が入っているのであれば、視聴者の求める"新鮮な恐怖"などは望むべくもない。とはいえ、何もせずに帰ってしまうのは惜しい。正直な所、オカルトの類を信じていない俺は寧ろこの状況にこそ興味をそそられていた。
「おっ、あったあった」
ドームに沿って歩いていくと、狐色の中で、唯一白に縁取られた四角の大穴を見つける。恐らく此処が入り口だろう。奥にある扉から目を外し、横にやったその時、ガラスを隔てた先に居た女と目が合った。
「うおっ....!?」
「入場客の方ですね、赤繰神社へようこそ」
驚きのあまり後ずさった俺を意に介する事なく、巫女服を纏った女は温和な笑みを浮かべる。彼女の容姿は非現実的な程に美しかったが、俺の視線はどちらかというと頭頂部に向けられていた。何故か彼女は、狐の付け耳を付けている。
「....?どうかしましたか?」
「いや....なんでも」
確かに気にはなるが、狐の耳を付けている理由を聞き出そうと思う程ではない。女はコンと咳払いをし、話を続けた。
「撮影、録音の類は禁止なので、入場希望であればそれらは預かる事になりますが、宜しいですか?」
「....ああ、まぁ、了解っす」
此処に来た理由を考えれば本来良いはずが無いのだが、そもそも全く恐怖の要素が無い時点で企画倒れなのだ。単純な興味だけで残っている以上、大した問題ではない。
「それでは、入場料は5円です。ささ、そこのお賽銭箱にどうぞ」
「あ、入場料あるんすね....というか安....」
カメラを受付の台に置き、財布から出した五円を賽銭箱へと投げる。すると、女が指を鳴らし、扉がカチリと音を立てる。鍵が開いたらしい。服に通信機でも隠しているのだろうか。
「それでは、幻のような新体験をお楽しみ下さい」
まるで神社には似つかない言葉を疑問に思いながらも、俺は扉を開く。
「....」
その瞬間、身体を刺すように、太陽の光が俺を照り付ける。歩きながら辺りを見回せば、そこにあるのは可愛らしい羊を象った小屋に、数十メートル上まで道が伸びている巨大ジェットコースター、そして、地平線の先まで広がる狐色の海....
「....は?」
いや、絶対におかしい。何がと問われたらもう何もかもがおかしい。太陽の光、羊型の小屋、ジェットコースター、海....この言葉を並べて山奥の心霊スポット(真夜中)を連想できる人間など存在しないだろう。
「どうかなさいましたか?」
後ろから聞こえた声に対し、俺は咄嗟に振り返る。そこに居たのは受付の女だ。狐の耳を付けたその女は、このおかしな空間で、それが正常であるかのように微笑んでいた。
「いや、その、ええっと....なんすかこれ?」
「アトラクションです」
女はよくぞ聞いてくれましたとでも言いたげなドヤ顔でそう断言する。いやそうじゃねぇんだよ。しかもなんで神社にアトラクションがあるんだよ。
「こちらがジェットコースター、こちらがもふもふコーナー、そしてあちらが潮干狩りですね」
「えっ....えっ?あの海って潮干狩りの為にあるんすか?」
「はい」
頭を抱えそうになる。この世の何処に潮干狩りの為に山奥に海を作る奴が居るんだ?畜生、此処に居る。
「個人的にはもふもふコーナーがおすすめですよ。なんと、あの中では古今東西あらゆる場所のもふもふな生物の毛皮を思う存分もふもふ出来るんです」
「それって、スペースはどうしてるんすか....?」
「あー、その、空間をごにょごにょして....ですかね....?」
「....そっすか....なんつうか、海、広いっすね....」
「あはは〜....」
付け耳であるはずの狐耳をパタパタと動かしながら目を逸らす彼女を見て、俺は納得する。この女も、この神社も....全て本物の怪異だ。
「じゃあ、その....そろそろ帰りますね!」
そう言って、俺は反応を聞く事もなく彼女の横を通り過ぎ、扉へと手を掛ける。いったいどんな理由で赤繰神社をこんなのにしたのか、いったい何が目的で客を招くのか、彼女の意図に皆目検討もつかないが、少なくとも人間の発想ではない。何にせよこれは明らかに面倒事だ。さっさと逃げた方が良い。
「あっ、えっと、それなら....あなたにも良い御縁がありますように!」
そんな言葉を最後に、あの狂気の世界へと続く扉は閉まった。俺はカメラを持ち、真っ暗な森林へと歩き出す。月の光すら阻む暗闇の恐怖も、今の俺には酷く陳腐なものに思えた。少なくともそれはあの場所とは違い理解の範疇にあるのだ。
「ガチの怪異って....ヤバイんだな....」
それ以来、俺は心霊スポットの類に関わっていない。