シャーレの居候は動かない 作:宇沢心経百面曼荼羅
イタズラには、やって良い事と悪い事がある。
特に人の命に関すること─────それは時に、人々を大きく混乱させる。
そのせいで私は、死ぬよりも酷い目にあったのだから。
事の始まりは、私がつい出来心で遺言を残して一週間バカンスに行った事に起因する。
正義実現委員会に所属する私は、日々の激務に耐えかねて発狂しかけていた……というのもある。二週間寝ずに不良やマフィア、テロリストと戦っていれば多少魔が差しても許されると思う。
ある時、尊敬するハスミ先輩と話した事がある。
「ハスミ先輩はどうして戦うんですか?」
「どうして、ですか?それは勿論正義実現のため。トリニティの全生徒の平穏を守るのが私たちの使命ですから」
そう答えたハスミ先輩の顔が眩しかった。その大きな背中に追いつくために、私は毎日頑張って頑張って、戦いに戦いを重ねた。
気付けば新品の制服はボロボロになり、怪我の処置をしなかった片目は一時的に見えなくなり、柔らかかった肌は傷だらけになってしまった。
それでも、私は戦い続けた。
だが、連邦生徒会長が失踪してからと言うもの、犯罪率は1000%上昇。私は精鋭として毎日を戦い詰めする事になった。
以前は三日に一度は休みをもらっていたが、ここ二週間は特に酷く、眠らずにトリニティ各地を奔走し、遂には二週間不眠で戦場にいたというわけだ。
そんな私は今、帰るに帰れなくなり、やる事もないのでゲヘナ地区にお邪魔してカフェで一服している。
「ねぇ、本当にスイーツ奢ってくれるのよね!?」
「奢るとも。その代わり……分かっているね?」
「ユリ、アンタをゲヘナ生として扱えって言うんでしょ?分かってるわよ!その為にアタシの制服まで貸してあげたんだから!」
ユリというのは私の名前だ。鬼灯ユリ、そんな縁起でもない名前が私の名前だ。
そして私の目の前にいるのは赤司ジュンコ。スイーツ好きのゲヘナ生で、暫くスイーツ代を出すことを条件に匿ってもらっている。
「すみません、この限定パフェを……えっ!あるんですか!?やったー!ユリ、アンタは何にするの?」
「私は構わないさ。ジュンコ、君の食べている姿を見るだけで私はお腹いっぱいだよ」
「変なの。じゃあ良いや。」
聞けばジュンコは中々限定スイーツにありつけないらしい。しかも、胃が小さいので量を食べきれないらしく、彼女が立ち上げた美食研究会でも割りを食っているという。
私は押収品のスイーツ限定チケットをたまたま持っている為、優先的に食べられるのだ。その機会をジュンコに譲っているという事になる。
「? あれってトリニティの奴らじゃない。ユリ、顔隠しなさいよ」
「ッ、助かるよ」
残念ながら私の見た目は特徴的に過ぎる。少なくともこのゲヘナ地区では。
黒く長い髪に赤い瞳。赤いヘイローにトリニティ製の銃。これでは「私は歴とした正義実現委員会生です」と名乗っているようなものだ。
なので私はフード付きの制服を借りている。制服をアレコレ改造できるというのは不良学校の特権か。
「店主さん。人探しをしているのですが……この辺りで私のような黒い髪で赤い目の生徒を見ませんでしたか?」
「すまないねぇ、姉ちゃんみたいな目立つ見た目ならすぐ見つかりそうなもんだが」
凛とした声、フード越しでも見える大きな翼。間違いない、ハスミ先輩だ。ゲヘナを毛嫌いしていたはずの先輩がこんな所まで私を探しに来るとは。
というか、遺書を残したというのに生きていると信じて疑わないのか。そこだけは少し……嬉しい。
「……残念です。では、私はこれで」
「ああでも、少し待ちな。姉ちゃんみたいに黒い翼を持ってる子ならさっき─────」
やばい。ここは逃げなければ。なぜ逃げるのかも、どうして逃げたくなったのかも分からないがとにかく「逃げねば」という感情に支配された気がした。
「ジュンコ、金はここに置いておく。さらばだ!」
「えっ!?ちょ、待ってよ!まだスイーツが来てないのに……」
窓ガラスから華麗に脱出してそのまま路地裏を走る。ゲヘナの制服を脱ぎ捨て、インナー服だけの姿になりながら薄暗い路を駆けていると、さらに深い場所……地下街の入り口を見つけた。
尾行対策の足跡を残しながら地下街に入る。私を突き動かす謎の衝動に駆られながら戸籍のない生徒や市民たちの胡乱な視線を睨みつけて跳ね除ける。
「はぁ……なんで私はこんな事をしているんだろう。」
何も特別なことはない、ただ魔が差してしまっただけ。けれどそこで起きた炎は大きな火焔となって私の周りを包んでしまった。
思い出すのは、同じ一年生で元々仲良くしていた友人達。彼女達は元気でいるだろうか?
「コハル……マシロ………」
二人の笑う顔を思い出して涙が溢れてくる。しかし、そんな感傷に浸っている場合ではない。これだけ迷惑をかけているのだ、もはや正義実現委員会には戻れない。
であればすべき事は一つ。この
己の正義を実現する、その理想を死ぬまで叶え続ける。それが私の憧れた正義実現委員会だ。
「さて、早速職探しかな……」
地下街の闇は、私を歓迎するかのように大口を開けていた。
◆
私には、優秀な後輩達が多くいる。
一年生にしてエリート級の狙撃技能を持つマシロ、指揮能力や情報整理力に長けた私の後釜候補のイチカ、か弱いながらも本当の正義を体現した心を持つコハル。
そして、僅か一年生でありながらツルギと同等レベルの戦果を挙げているホープ、鬼灯ユリだ。
私たちが引退した後も、優秀な後輩達がその後をしっかりと継いでくれる。そう堅く信じていた。あの時までは。
「────もう、一度。言ってください……今、なんと?」
「で、ですから。ユリちゃんが……遺言を残し、行方不明であると……」
「嘘です!」
思わず叫んでしまった。叫ばれた後輩はきっと怖かっただろう。私のような……少し、大きな身体の生徒に怒鳴られる経験はないだろうから。
しかし、そうせざるを得ない状況でもあった。
「わ、私だって信じたくありませんよ!あの真面目なユリちゃんが……こんな。こんなのって……!」
「っ、すみません。大きな声を出してしまいました……」
ユリとは、かつて何度か話したことがある。その時に彼女は毎回、「なぜ戦うのか?」と訊いてきた。
初めは、私の答えに目を輝かせていた。
二回目は、やや煤けた眼で、それでも尚輝いていた。
三回目は、怪我をしていたらしく目が見えなかったが、声は弾んでいた。
「ハスミ。ユリの自室にあったもの……遺書だ────読んでおけ」
「ツルギ……?怒って、いるのですか?」
「…………………。」
ツルギは、静かに怒っていた。外側への怒りではなく、ツルギ自身に向けられた内側への激しく、冷たい怒り。
しかし、そうなるのも然りな内容がユリの遺書には書いてあった。
『ごめんなさい、もうだめです、さいごは、たたかって、しんできます』
汚い字。書き殴られたような字体だった。紙には、涙と血が滲んだ痕がある。きっと、これを書くのに相当の苦心をしたのだろう、という痕が残酷なほどに残っていた。
後から聞いた話だが、この遺書を書いたと思われる日の夜に、ユリは傷と泥、血にまみれた状態で足をふらつかせながら麻薬密売組織のあるオフィスに向かっていくのを住民が見ていたらしい。
「ハスミ先輩……?あの、ユリがどこにいるか知ってますか?まだ帰ってきてなくて」
「コハル………コハルっ!」
「わぷ、は、ハスミ先輩……?ど、どうして……泣いてるの……」
コハルの純粋さに思わず熱いものが零れ落ちたが、私はそれを気にする余裕も無かった。
それからというもの、ユリが憔悴した理由を一人で探った。業務記録を調べてみれば、一発でその理由が分かった。
16日間の連続勤務。それも援護無し、孤立無援状態での単独行動。それでいて解決案件数は驚異の53件、たまに食糧品を取りに戻っては来ていたらしいが、それでもずっと戦っていたらしい。
「どうしてこんな……誰にも、相談しなかったんですか……」
「ええと……それがですね。当時はトリニティ全区画で大規模な抗争があり、殆どの正義実現委員は皆そっちに回されていまして。ええ、例の条約関連です」
そうだ。確かこの時は、1000%以上に増えた犯罪に対抗すべく、トリニティ治安維持組織を挙げての総力戦を行っていた。
その隙を見計らって犯罪を犯そうとしていたグループは、不自然な程沈黙していた。そうか、これは全て──────。
「ユリ、貴女のお陰だったのですね………」
「そうですね……報告が遅れてすみませんでした。件の抗争からまださほど時間が経っておらず、事後処理が……」
「気にしないでください。あなたはあなたの仕事を。私は少し出かけます」
夜の学園寮のテラスで、ふと街の方を見る。
やけに、その風景に目が惹かれた。目を凝らしてみると、そこには黒い制服で身を包んだ生徒が不良を締め上げている光景だった。
ツルギもそれに気がついたのか、窓を割って飛び出していく。当然、私もそれに随行する。
「羽川ハスミ……現着しました。」
「きひひひっ!もう逃げられねェよォ!」
しかし。不審者の足は予想より早かった。まるで私たちが来るのを分かっていたかのように、予め逃げられていた。
後に残された不良生徒達に話を聞くと、黒い髪に赤い瞳の恐ろしい生徒が悪人限定で見境なく襲っているらしい。
「その話、本当ですね?」
「本当だっ!だから助けてくれよ、あの【死神】とは事をかまえたくねぇっ!」
「死神?どういう事ですか」
「へっ、テメェらでも知らねえのか?ちょっと前からウラではやべー奴扱いされてる正義実現委員会の奴がいんだよ。そいつの名は─────鬼灯ユリ。二つ名は【死神】。悪を滅ぼす、正真正銘のバケモンさ」
暗く沈んでいた私の心の中に、光が差したようだった。
まだ、彼女が生きている。ユリが、生きている。
その可能性だけでも掴めた事に、私はひどく安堵した。
「きひゃひゃっ!きひひひひひっ!!!」
それはツルギも同様だったらしく、大喜びしている。
「な、何だよお前ら……そんなに笑って……!?き、キモい!キモいぞお前らぁっ!?ぬわーっ!」
待っていてくださいね、ユリ。必ず迎えに行きます。きっと戻るに戻れず、こうして陰で正義を実現しているのでしょう。
あなたに、大丈夫ですよ。と声をかけられるまで、必ず捕まえますから。
◆
気がついたら、知らない部屋にいた。
確か私は地下街で悪党を片っ端から締めあげ更生させ、多くの住民に感謝されながら道端で座りながら眠ったはずだ。
感謝品として貰った襤褸のマントは清潔感のあるベッドの横に畳まれて置かれている。
「え……ここ本当にどこ?」
ジュンコから借りた予備スマホで位置情報を確認すると、D.U.郊外の子ウサギタウンの近くにある謎の建物にいるらしかった。因みに場所情報サイト『旅ログ』の評価は☆1だ。最悪の場所に違いない。
「銃……は、ある。傷は……寝たから治ってる。装備は畳んで置かれてる。よし、脱出しよう」
装備とマントを着込み、窓ガラスを叩き割ろうとした時だった。扉を開ける音がし、私は即座にその扉を開けた奴の頬をギリギリ掠めるように銃撃した。
「"わっ!ビックリした……"」
「何者だ。私をどうしてこんな所へ連れてきた。答えろ、答えなければ次は当てるぞ」
「"アンダービレッジマーケットの人たちからお願いされちゃって。『キヴォトスでは珍しい、弱者の味方なのでちゃんと治療してあげてください』ってね"」
「………アイツら。それで?私を助けてくれた貴方はどこの誰なんです?」
「"私は最近赴任してきた、シャーレの先生だよ。よろしくね。"」
「知らないな、シャーレって組織は……まぁ良いです。暫く匿ってください。その代わり、悪事以外なら何でも協力しますよ」
「"私もキヴォトスに来てからそう長くないんだ、案内役を頼めるかな?それと……君の名前を聞いても良いかな?"」
「ユリ。鬼灯ユリだ。今は訳あって身分を明かせないので、ひとまずはシャーレ所属という事にしておいて欲しい」
「"うん、よろしくね。ユリ"」
こうして、先生との共同生活が始まった────のだが、私はこの選択を三日後にはちょっぴり後悔することになるのだった。
生徒情報
名前:鬼灯ユリ
所属:トリニティ総合学園一年生
部活:正義実現委員会/連邦捜査部シャーレ
年齢:15
趣味:散歩/正義
武器:AR
性格:変な所で真面目。色々なことをプライドが邪魔している。
「正義を執行するんだろう?任せてくださいよ」