シャーレの居候は動かない 作:宇沢心経百面曼荼羅
ダブルオーちゃんに呼ばれて、今日は夜のミレニアムを警備だ。
先生から受けた罰はまだ三日分……黒百合45本が残っている。これを早く何とかして、早く元の平穏な生活に戻りたい。
「おお……ジャスティス、気合い入ってんな。そうだ、今日の防衛作戦に協力して貰おうってんで、オマエにあたしの仲間を紹介しとく」
「はいはーい!私アスナ、よろしくね!」
ダブルオーちゃんが指をさすと、大きな胸にホクロがチャームポイントの元気な子が挨拶する。一見ぽけっとしているが、その歩き方は戦い慣れたそれだ。
しかし大きい。思わず自分のサイズを確認してしまうほどに大きい。
……まだ大丈夫、私は一年生だ。伸び代はある。
「コールサインゼロツー、角楯カリンだ。狙撃手で、基本的には外すことはないから存分に背中は任せてくれ」
カリンと名乗った褐色で金色の目の子がビシッとした姿勢と口調で挨拶してくる。やはりデカい。ダブルオーちゃんの仲間は巨乳しかいないのだろうか?
同じ貧乳仲間として……いや、私は美乳だが、ともかく良いジュースが飲めそうだ。
「コールサインゼロスリー。室笠アカネです。得意な事は爆破ですね。巻き込まないよう細心の注意は払わせてもらいます」
とてもメイドメイドしい格好のアカネさんは他のメンバーと比べて露出が少ない。まさに伝統的な奥ゆかしいメイドだ。
こういうのなら、トリニティでもよく見かける。
「あらボタンが……」
「……………………。」
前言撤回。アカネさんは清楚に見せかけて誘惑してくるタイプのメイドだ。私は詳しいから分かる。先生と見ていた漫画にもその手のメイドは散々出てきた。
「んで、あたしがコールサインダブルオー。美甘ネルだ、ちゃんと名乗ンのは初めてかもな。それじゃあ、あとはオマエの番だぜ、ジャスティス」
皆の視線が向く。素直に名乗るか、はたまた【死神】を名乗るか。考えようとして襤褸の中に手を突っ込むと、今日消化するぶんの黒百合が手に触れる。
仕方ない、これも先生や他の生徒たちに迷惑をかけた罰だ。
「私は【死神】、正義の執行者。普段はジャスティスと名乗っている……動体感知が得意だ、よろしく頼む」
ジャスティスを名乗る事は恥ずかしくない。何故なら私は正義の使徒だからである。だが、死神というのは善い存在ではない。
そもそも死が忌避されるキヴォトスで、そんな名前を名乗るのは一部の酔狂者だけだ。
「死神っていやあ……裏社会の悪を刈り取るって噂の奴だろ?オマエがそうなのか?」
「すっごい!じゃああの未解決事件と思われてた連続誘拐暴行犯を捕まえたのもジャスティスちゃんなんだ!」
「デスたこ焼き事件もですね……頼もしい味方がついてくれました。リーダーと死神さんが一緒なら、敗北は有り得ませんね」
「そのボロボロのマントは狙撃対策か?単純だが、効果的だ。流石は『洋服切り裂きジャック』を捕縛した人だ」
退治したあのしょうもない悪党達はそんな二つ名があるような連中だったのか。デスたこ焼きについては大体ハルナがキレて全部破壊したので私の戦果ではないが。
「私のことはともかく、皆強い戦士だ。共に戦えること、誇りに思う」
「へっ、そうかよ。んじゃま、哨戒するか」
各員それぞれ分かれ、指定されたポイントを哨戒する。私は主に広いエリアを哨戒することになった。
翼を震わせながら、広範囲を探索することでひとフロア全てを探知することができる。
《こちらダブルオー、定例報告だ》
《ゼロワン、異常なしっ!》
《ゼロツー、30階に不自然な影を発見。近くに誰かいるか?》
「死神、いつでも行けるぞ」
《よし、こっちも異常無しだ。死神は接敵前にゼロワンに報告を入れろ、トランシーバーのコール音を三回鳴らせ。以上だ》
通信を切り、報告があったと言う30階へ向かう。不意を突いて目の前に現れてやろう。驚いて硬直したところをゼロツーと私のクロスファイアで一網打尽だ。
接敵まであと三、二、一……今だ。
「ここから先は通さん……」
「で、出たぁぁぁっ!お、オバケぇ!」
「し、知らないエネミーだ!どうしよう!?」
暗くてよく見えないが、数は二人。オペレーターやサポーターの存在は近くには感知出来なかった。
「ミドリ行って!ここは私に任せて!」
「分かった、お姉ちゃん!必ず追いついてきてね!」
一人が私の横を通り抜けようとしたので、その首根っこを掴み背中から撃った。女らしくない悲鳴をあげて倒れる。あと一人も、小さい反応からしてあまり強くはないのだろう。
すぐにケリをつける。
「ミドリっ!ううう〜!許せない!!
「お前もすぐに送ってやろうって言うんだ!」
「っ、光よ────!」
どこからともなく飛んできた巨大なビーム砲をギリギリのところで躱し、そのまま攻撃を行おうとして────私は強い衝撃を受けて窓の外に叩き出された。
後から鈍い痛みが襲ってくるが、それよりも状況把握だ。黒く小さい影が何か大きなものを振りかぶった形跡がある。感知したところ、あまりにも大きな銃の形をしていた。
つまり、私は銃身で殴られて吹き飛んだのだ。
「小癪な!」
ワイヤー機動を使い、再び戦線復帰し今度は銃でもって攻撃を仕掛ける。私の持てる機動力を活かし、縦横無尽に球をばら撒く。
すでにゼロワンは呼んである。ここで全員倒しておこう。
「────ここ!」
「気づいていたぞ、お前の動き!」
後ろで何やら息を潜めてコソコソやっているのは分かっていたので、私を拘束する手を掴んで床に叩きつける。
急いでビーム砲を止めようとして──────私は真横から頭を撃たれた。
《こちらゼロツー!邪魔が入って計算が狂った!無事か!?》
「すまない、5分ほど動けなさそうだ……」
脳震盪を起こしているらしく、うまく立てない。目の前にはビームが迫って来ている。すんでのところで倒れて回避する。
ひとまず回復するために倒れ、何者かが全員を起こして上へ向かったのを確認してから起き上がる。
「この銃声……ゼロワンが戦闘しているのか。追いつかないとな」
先程私が殴り飛ばされた窓から飛び降り、ワイヤー機動で銃声のするところまで向かう。すると、遠くのビルからフラッシュが飛んでくる。
モールス信号だ。内容は救援を求めるもの。ちょうど良い、助けに行くとしよう。
「くっ────ここまでか」
「ミレニアムの猛獣の前には何人も敵わないよ」
「なら、狩ればいいだけだな」
ちょうど負けそうなところに割り込むことができた。救援は間に合ったと言うことで、これで味方が有利に事を運べる。
「………まるで黒い放浪騎士だね。差し詰め、囚われのお姫様を助けに来たってところかな?」
「私は【死神】……正義の使徒、暗黒の王……」
「ほう?君が正義の使徒なのか。前から知りたかったんだ、正義の正しい定義について。些か哲学的にすぎると思うけれどね」
ゼロツーにハンドサインを送る。それを見たゼロツーは小さく頷き、音のしないようにゆっくりと狙撃銃を構える。
私がウタハさんと意味のない哲学問答をしている最中に、準備が完了したらしい。ここで決める。
「さて────。そろそろ戦おうか」
「望むとこ、ろっ!?」
ウタハさんがビックリしたような顔で倒れる。震える身体で後ろを振り向き、ニヤリと笑ってそのまま気絶した。4、5分後には起きてしまうだろう、ここで縛っておくか。
「これで妙な戦闘イスも……なっ!?わわっ!?」
「どうしたゼロツー。何を……何?」
見ると、ゼロツーことカリンさんがイスから伸びた触手に雁字搦めに縛られていた。壊さずに残っていたイスがカリンさんを囲み、手足は勿論のこと、腰や胴、太ももなどにも巻きついている。
「すまない死神っ……これをなんとかしてくれないか」
「了解した、すぐに取り掛かる」
懐からサバイバルナイフを取り出し、金属製の触手を力任せに叩き斬っていく。普通のナイフでこんな事をすればナイフの方が折れてしまうが、これは違う。
何せ、幅広のナイフで半ば短剣のようになっている。その代わり切れ味は他より劣るが。
「助かった、あとは大丈夫だ。それと、ウタハの言い分ではミレニアムタワーの裏側に曲射砲を撃っている砲手がいる。始末をつけてくれるか」
「観測手は?」
「ウタハがその役割だったはずだ。現に砲撃は止んでいる」
「把握した。すぐに向かう」
ワイヤー機動を使いタワーの裏側まで行ったが、既に空っぽの曲射砲が複数台あるだけだった。処理が早い。
恐らく、ウタハさんの敗北に気がついたのだろう。もしくは無線で聞かれていたか。
《こちらゼロスリー、ようやく抜け出せました。状況は?》
《ゼロツー、敵位置を報告しろ》
《見逃してしまった……ですが恐らくターゲットは生徒会押収室前にいるかと》
《ならあたしが近いな。あたし一人で十分だが、お前らを出し抜いた奴だ。手が空いてるやつは後詰をしろ》
「押収室は何階だ?窓があるなら侵入可能だが」
《窓は無えな。それと、死神は権限を持ってねえから上までは来れねえはずだ。エレベーター前で待機していろ》
「了解、最善を尽くそう」
まったく、生徒会の物品押収室に用事があるなんてとんだ不良だ。そういえば、押収室勤務のコハルちゃんは元気にしているだろうか?
押収室前のエレベーターのある部屋に窓から入ると、既に修羅場は始まっていたらしく、アスナさんが吹き飛んでピクリとも動いていない。
「ま、また増えた……!さっきの幽霊だ!」
「あははっ!死神ちゃん、遅いよ〜!」
「死神!?えっ、誰!?C&Cにいつの間に入ったの!?」
「"ユリ!?どうしてここに……"」
「出ましたね、アンデッドモンスター!アリスの光の剣で浄化します!」
どうやら、先程私を吹き飛ばしたのはAL-1Sだった様だ。やはり危険だ、人に重大な危害を加える可能性がある機械は。
アスナさんは恐らく、あの銃と呼ぶにはあまりに大きすぎる武器でやられたのだろう。
「モモイ、ミドリ、今です!」
「アリスちゃん……!」
「行こう!ゲーム開発部!」
というかよく見たら先生もいるじゃないか。何のつもりだ、深刻なテロ行為を助長するとは。住居不法侵入にサイバーテロ。キヴォトスでも重罪だ。
まさか……先生は、小さい子や二次性徴前の子が好きな特定のマニアだというのか。
「ここから先は、勇者であるアリスが通しません!」
「勇者、か……」
名乗っていて恥ずかしくないのだろうか。私は死神やら何やらと呼ばれるのは恥ずかしい。だが、AL-1Sはロボットだ、恥という概念はハナから無いのかもしれない。
しかし……勇者と死神、まるでおとぎ話の様だ。
「行かせません!死神、双子の方は私が対処します、アリスちゃんの方は任せましたよ!」
「了解。行動開始!」
開幕の狼煙と言わんばかりに爆発が巻き起こる。アカネさんの攻撃だろう。先生は何やら影で指揮を執っている。まずい、先生の助力があればどんな将兵でも一騎当千の強者になってしまう。
「勝負です!死神!」
「ここで冒険は終わりだ!勇者ぁ!」
アサルトライフルを二丁構える。以前買ったモデルと同じものだが、装填されている弾が違う。片方には対神秘弾、もう片方には対重装甲弾を装填している。
二種類の攻撃を防げるものなら防いでみるがいい。というコンセプトだ。
「っ、光よ────!」
「当たってないんだよ攻撃が!」
「光の剣、防御フォーム!」
AL-1Sの攻撃は回避し、私の攻撃は防がれ、避けられる。一進一退の攻防を繰り広げている横で、双子の子がアカネさんを撃破するのが見えた。
まずい、これでは三対一だ。
「アリス約束しました!必ず最高のゲームを仲間と共に作ると!ここで死神を倒して、アリスは勇者になります!」
機械にしては、いい啖呵だ。いや、もはやAL-1Sは『大量破壊兵器AL-1S』ではなく、かけがえのない仲間を得て、勇敢な心を持ち、高潔な魂を持つ『勇者アリス』なのかもしれない。
以前会った時も、その気配は感じていたが今確信に変わった。
タワーの人に報告しなくてはな、アリスは紛れもなく『勇者』である、と。
「……だからと言って、負けるわけにはいかない!勝負だ勇者、貴様は────なっ、は、離せ!」
後ろから双子達にがっしり掴まれる。
「アリスちゃん!今!」
「行っけぇーーー!アリスーーーっ!」
「光の剣、チャージ1000%!全力全開、光よ────!」
双子を引き剥がし、遠くに投げ飛ばす。このエネルギーの前に晒されたら、直撃ではなくても大怪我は必定だろう。
私は気が変わった。勇者の心を持つアリスに仲間を傷つけるという重荷は背負わせたくなくなった。
「あ、あの人……いま少し笑って……」
「待ってアリスちゃん!その人は……」
超高出力のエネルギーに包まれ、吹き飛びそうになるが、耐える。ビナーの超高熱ビームに比べれば温い。
だが、ここは潔く負けを認めよう。ダメージ的にはぶっちゃけ大したことはないが、それでも私の本来の目的───AL-1Sの破壊は既に不可能になった。
なぜなら、彼女は紛れもなく世界を救うに値する勇者であるからだ。
「嘘……!?た、立ってる……アレを受けて、立ってられる人がいるの……」
「──────行け、勇者よ。だがゆめ忘れるな、お前の勇気に、仲間を想う心に私は負けたのだと……」
体感は軽傷だが、実際は分からないので3分ほどの休憩がてら物語の死神らしくちょっと演技をしてから地面に倒れる。
これでアリスたちは心置きなく目的を達成できるはずだ。いや、まだダブルオーちゃんが残っていたな。
私はダブルオーちゃんの強さを知らないが、メイドの子達のリーダーらしいのできっと強さは折り紙付きなんだろう。
後の事はダブルオーちゃんに任せて、私はゆっくり休むことにした。
◆
生徒会押収室にいくまでの道のりで、私はさっきアリスちゃんが倒した死神の事を考えていた。
最初は怖い気配をたくさん出していた死神だったけど、アリスちゃんが勇者としての心持ちを高らかに言った後から様子が変わっていた。
そして、私たちを投げ飛ばしてアリスちゃんの砲撃にちょっとでも巻き込まれないようにしてくれた時に見せたあの納得したような、懐かしむような笑顔。
創作者として、想像を膨らませる。
あの赤い瞳に映っていたどこか物悲しげな色は、昔の自分を見てたのだろうか。だとしたら、あの死神は昔はアリスちゃんみたいに純粋で、勇気ある正義の使徒だったのだろうか。
だったら、あの死神はアリスちゃんを試していた?勇者としての素質を、仲間を大切にする心を。
そうすれば、最後の言葉にも説得力が生まれる。
「お姉ちゃん、さっきの死神……」
「うん。『GPEX』のレムナントみたいで怖かったけど……最後に見せたあの顔、優しかった」
お姉ちゃんの言ったレムナント、というキャラクターは機械の身体でありながら、人の為に正義のヒーローをやって、悪い人達の企みで大勢の民衆に裏切られた悲劇の復讐者だ。
こういう時のお姉ちゃんの直感はよく当たる。つまり、あの死神は………多くの人たちに裏切られた、悲劇の勇者の可能性が高い。
「先生は、あの死神のこと何か知ってる?」
「"え?会った事あるはずだけど"」
「ええっ!?ど、どこで!?」
「"この間の怪盗いたでしょ?あの子だよ"」
ケロッとした顔で言う先生。だとしたら、あの人は……きっと、義賊みたいな事をしているのだと思う。大衆に裏切られて、それでもあの人の正義の心は挫けなかったんだ。
というか、怪盗クローバー仮面と名乗っていた……という事は、義賊には違いない。
なぜなら怪盗クローバー仮面は正義の義賊。悪を挫き、強きを打ち砕く。自由奔放なトリックスター。
確か、外伝にクローバー仮面の過去編が載ってたはず。何かの罪を着せられて、そこで生まれた悪への反逆を決意するシーンが印象的だった。
「先生、死神にもう一度会うにはどうしたら良いですか?」
「"うーん、シャーレに来れば割といつでも会えるんじゃないかな。あ、でもしばらくは居ないかも"」
「そっか、先生のもとで………」
だったら、いつでも会いに行ける。それにしても先生は凄い。死神なんて呼ばれてる人と仲良くなっちゃうなんて。
それにしても、しばらく居ないっていうのはどういう事だろう?
「"そうだ、死神と会った時に黒百合を渡されたら受け取ってあげてほしいんだ。お願いできる?"」
「黒百合……はい!」
黒百合の花言葉は、「復讐」と「呪い」。だけどそれだけじゃなくて、「忘れられない恋」という意味もある。
きっと、大衆を愛し、大衆に裏切られた死神の心を表しているんだろう。
「みんな、もうすぐ押収室だよ!何がいるかわからないけど、警戒していこう!」
私はこの一連の騒動が終わり次第、死神を探して見ようと思ったのだった。
◆
休憩してから3分後、目覚めた私はダブルオーちゃんの報告を待つ。それまではセミナーのユウカさんとお喋りタイムだ。
ユウカさんから「フード被ってると不気味」と言われてしまったのでフードを外すと、やけに距離が近くなった。そんなに怖いのかな、これ。
「それで、死神ちゃんはどこの学校の子なの?私がこんな可愛い子を見逃すはずないもの」
「いや、その……一応隠してて。誰にも教えた事はないです、ハイ」
「そうなの?良いじゃない、私だけにこっそり教えてちょうだい」
私は今、ユウカさんに抱き寄せられ膝の上で大人しくしている。身長差が憎い。そのせいで私は頭を撫でられたり、頬をもちもちされたりしている。
私がユウカさんより大きければ、逆にもちもちしたのに。
「だめですよ、あっ、ちょっと、翼はやめてください」
「ふさふさしてて良い触り心地ね。もっと触っても良いかしら」
「ダメですって!ちょ、ほんとにやめてください!」
有翼の生徒にとって、翼というのはデリケートな部分だ。なんなら、抜け羽ですら触って欲しくない。
同性ならともかく、異性に羽を触られたとなれば確実に性犯罪で捕まるだろう。
「ふふ……可愛い。あ、なんでもないわよ!?」
「聞こえてますよ、ユウカさん」
この人の膝の上にいるのはまずい気がしてきた。しかし抜け出そうにも翼を触られたり揉まれたりしているので力が抜けてうまく抜け出せない。
そういえば、トリニティの極まったお嬢様方は翼を絡ませて何やら如何わしい事をしていると聞く。
夏と冬に開催されるという同人誌の即売会でもその手の本が出ているとコハルちゃんから聞いたことがある。
「……あの、ユウカ?そろそろやめてあげたらどうですか?可哀想なことになってますよ」
「あら、触り心地が良くてつい。アカネもどう?」
「ユウカがそこまで言うなら……あら、これは中々……」
半ばセンサーとなっている翼は刺激に敏感だ。勿論、銃弾や砲撃に耐えれるように鍛えてはいるが、人の手などで触られるのには慣れていない。
今度誰かに手伝って貰うとするか。
「……オイ、何してやがるお前ら」
「た、助けてぇ……」
現れたのは、無傷でケロッとした顔をしているダブルオーちゃんだった。そもそも接敵しなかったのか、火薬の痕ひとつもない。
いつもカッコいい雰囲気を纏っているダブルオーちゃんだが、この時ばかりは世界で一番カッコよく見えた。
「ったく……どけお前ら。ほら、立てるか?」
「ね、ネル先輩……!」
「あ?ダブルオーで良いって。オマエとあたしの仲だろ?」
やばい。これが俗に言う「イケメン」と言う奴なのだろうか。ダブルオーちゃんの漢気に堕ちてしまいそうになっているのは、恐らくさっきまで翼を好き勝手されていたからだろう。
「ネル、その子とどういう関係なの?」
「あぁ?お前にはカンケー無いだろ」
「セミナーとしての質問です。C&Cのリーダーである貴女の知り合いにこんな子が居たなんて」
「チッ、うっせーな……コイツはダチだよ。あたしのな。次ダチに手ェ出したらセミナーだろうが何だろうがブッ潰す。分かったら黙ってろ」
その後、夜も遅いからとダブルオーちゃんの部屋に泊めてもらった。
次の日には、私含めメイド部の皆はダブルオーちゃんの前で座らせられていた。どうやら、昨日の反省会をするらしい。
「それで?お前らはゲーム開発部とかいう連中にしてやられたって訳だ」
「……………。」
「まぁそりゃ良いとする。まだ終わってねえしな?相手がミレニアム生ならこっちからカチコミかけてやりゃ良い」
「くっ、こう言うことならもっとフル武装してくるべきだった」
「しょうがねェよ。昨日あたしらに与えられた任務は『夜間哨戒』。ジャスティスに至っては軽い手伝いのつもりで来てもらっただけだしな。むしろ良くやった方だろ」
「リーダー、実は……昨日出された哨戒任務なんだが、昨日のうちにリオ会長によって撤回されていた」
「リオ会長?あのミレニアムタワーのてっぺんにいる人?」
なるほど、タワーの人はリオという名前らしい。ただのタワー住みのお偉いさんではなかったようだ。
やはりリオは試しているのかも知れない。アリスが窮地に追いやられた時、どのような力を発揮するかを。
「ま、恐らくヒマリかリオ、どっちかの差金だろ。試してたんじゃねえの?」
「それって私達を?」
「逆だ。あのアリスとかいうチビの事だよ」
「……だとしたら、リオ会長の本当の狙いは一体……?」
「ンなこたどうだって良いんだ。とりま、リベンジと行こうぜ?」
そんなこんなでゲーム開発部の部室を襲うことになった。まずは爆撃を近くに当てて炙り出す。その後、ダブルオーちゃんの手で直接アリスを測るそうだ。
当然とばかりに戦闘ロボット達も随伴している。私は隠れて少し遠くから見させてもらっている。
「……アリスもそうだが、ダブルオーちゃんは強いな」
ミレニアムの夜の廊下でド派手に暴れるダブルオーちゃんと、地に足をつけて迎撃するアリス。百鬼夜行では「喧嘩と花火は祭りの華」というらしいが、間違いでは無いように思える。
ダブルオーちゃんほど自由な戦い方は他にない。
「おや、あれは……」
緑のアクセサリをつけた金髪の子……たしか、ミドリという名前の子が戦場の端から何かを叫んでいる。
「アリスちゃんがやられちゃう!お願い、死神さん!アリスちゃんを助けて!」
助けて、という言葉を聞いて鼓動がざわめく。翼が立ち、心の中に燃える薪が焼べられていく。今日なら飛べる気がする。
私はワイヤーと翼を駆使して窓から入り、翼をはためかせて床に降り立つ。
「アァ!?ンでお前がここに……!くそッ!」
「乱入モンスターです!ですが!アリスはネル先輩を倒します!」
「そうでなきゃなァ!アスナ!カリン!アカネ!相手してろ!」
ぞろぞろとゲーム開発部の皆を抑えていたメイド部の皆が前に出てくる。どうしよう、助けてと呼ばれて反射的に来てしまったが、何も考えていない。
仕方ないので、ハンドサインで「ダブルオー、決着、自分達、適当」と送る。
アカネさんはそれに気がついたのか、ニヤリと笑ってずいっと前に出る。
「死神……私たちを裏切るのですか!」
「………?ああ、なるほど。貴様、裏切るとは……許せん」
「あははっ!なるほど!それじゃ、全力で行くよ〜!」
「我は【死神】……今宵は、少女の助けに応じ参上した」
後ろでミドリちゃんが膝から崩れ落ちて涙を流している。そんなに怖かったか、この服装……。
ともかく、誰かを助けるときの私は千人力だ。この時ばかりは誰にだって負けない自信がある。
「行くぞッ!」
開幕からカリンさんの狙撃が飛んでくる。それをナイフで軌道を逸らし、突撃してきたアスナさんと白兵戦で数回打ち合う。
屈託なく笑いながら戦うアスナさんと銃とナイフで鍔迫り合いを演じ、火花を散らせる。
「あははっ!良いね!でも、これは避けられないよね!」
「ッ、背後に……!」
「私のこともお忘れなく」
爆弾が炸裂し、私の動きが硬直する。その隙を狙ってカリンさんの狙撃が私に当たるが、どれも致命打にはなり得ない。
一つずつ対処していくことにしよう。
「まずは狙撃手……」
「速い……!しまった……!などと言うと思ったか!?」
カリンさんは懐からハンドガンを取り出して私に向かって数発撃つが、それらを受けつつソフトにカリンさんのお腹をタッチする。
カリンさんは何か納得したような顔をして倒れたフリをする。
「ゼロツーがやられましたか……良いでしょう、ゼロワン!お願いします」
「任せて!」
アスナさんが突っ込んでくるのを回避し、天井や壁、床を縦横無尽に跳ね回って銃撃を浴びせる。だが、そのどれもをギリギリの所で回避される。
アスナさんが反撃しようとした瞬間に背後に回りナイフで首元をタッチする。
「ううーっ、や、ら、れ、たーっ!」
わざとらしいほどの演技でバタンと倒れるアスナさんをダウンさせた所で、丁度ダブルオーちゃんとアリスの戦いが終わったらしい。
アカネさんが小さく頷く。私はそれに応え、ミドリちゃんをお姫様抱っこして窓から再び出ていく。
「わ、わわっ!?ミドリが攫われちゃった!」
「待ちなさ〜い!こらー!」
ミドリちゃんと共に夜のビル街を飛び回る。ミドリちゃんは身じろぎ一つしないので、安心して飛ぶことができる。
以前ワイヤー装置をもらってから何度か改良を重ねたが、それでも人を運ぶのは難しい。
「あ、あの……ありがとう、ございます……」
「気にすることはない。」
ミドリちゃんを適当な所で降ろし、一応黒百合を渡しておく。一つでも多く減らしておきたい。
この程度で渡すのもマッチポンプのようで嫌だが、背に腹はかえられない。
「あ……これ………黒百合……」
「どうしても助けて欲しい時や、自分で対処しきれないほどの巨悪に立ち向かう時。私の名を呼べ、そうしたら私は君の元へ駆けつけよう。ではな」
そのまま私はミドリちゃんの視線に気づく事なく夜の空を駆けていく。近頃流行りのスイーツショップがミレニアムでオープンしたという。
今日はそれでも食べて寝よう。