シャーレの居候は動かない   作:宇沢心経百面曼荼羅

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フィッシング詐欺

 

「────話があるのです」

 

堅苦しくも重い雰囲気の中、この場の主人であるトリニティ総合学園生徒会組織『ティーパーティー』の現ホスト、桐藤ナギサ様が口を開く。

この場に集められたのは私一人。他の生徒はおろか、凡ゆる学園の凡ゆる場所に介入する権限を持つ先生ですらこの場に立ち入ることを許されない、特別な場。

 

つまるところ、面倒ごとを押し付けられている。

 

「鬼灯ユリさん、貴女はこの四人と面識がありますね?」

 

ナギサ様が手渡してきた資料には、阿慈谷ヒフミ、下江コハル、浦和ハナコ、白洲アズサの計四人の生徒の情報が書かれていた。

事細かに記された情報には、一つだけ気になる項目があった。

 

「ナギサ様、この『不審度』という項目は一体……?」

 

「読んで字の通りです。その生徒がトリニティに仇なす可能性を纏め、トリニティの裏切り者を捜査する為の一助となるはずの情報になります」

 

「………こんなものを渡して、私に何をさせたいんです?」

 

「ユリさん、貴女にはこの四人を監視及び調査を行なって貰います。また、()()()()()()()()()()()()()()()()()のでくれぐれも他言なさらないよう……」

 

ナギサ様が何を考えているのかは分からないが、頭の良い彼女の事だ、碌なことを考えてはいないだろう。

おおよそ、先生を利用して悪どいことをするつもりだ。そうに決まっている。

 

「ナギサ様。もし……先生を悪の魔手で冒した時には、私が貴女の敵になる事を覚悟しておいてくださいね」

 

「………それは困りますね。それならこうしましょう、鬼灯ユリさん。貴女の学籍データを条件付きで抹消させて頂きます」

 

「なっ……!?そんな事をすれば、()()()フィリウス分派は終わりです!シスターフッドも、救護騎士団も、正義実現委員会も……その他多くの分派がそれを認めません!」

 

「ええ、確かにユリさんの知名度は大きく高まっています。その状態で公的に除名したとなれば、大きな問題となりうるでしょう……しかし、それが秘密裏に行われれば、話は違います」

 

「ナギサ様、貴女はそこまで……」

 

「先程も申し上げましたが、条件を満たせば貴女の学籍抹消は取りやめましょう」

 

「その、条件とは────?」

 

「一つ、トリニティの裏切り者を探し当て、抹消する事。手段は問いませんし、準備も一任します」

 

この場合、抹消とは……即ち、殺害せよと言う事だ。正義の徒である私に、人殺しをせよと命じている。

しかしここで逆らえば、私はおろか先生にまで被害が及ぶ可能性がある。我慢だ、我慢をしなければならない。

 

「おや、血涙を流して……どうかされましたか?」

 

「────なんでもない。続きを話せ」

 

「では。二つ、シャーレの先生を利用し、全権をティーパーティーに集中させること。貴女の頼みならば、先生も聞く耳を持つでしょう」

 

「そんな事はない。何か勘違いをしているらしいが、私は先生を籠絡していない。そういうのはその道のプロにでも頼んだら良い」

 

「…………?だから頼んでいるのですよ」

 

今ここで暴れて、何もかもめちゃくちゃにしてやろうか。ティーパーティーのホストだろうが、私の上司だろうが関係ない。

目の前のナギサ様をここで消してしまえば、どれほど楽か。しかしそれは正義の行いではない。

 

「以上の二つとなります。どちらか一つでも達成されなかった場合、トリニティの戦略兵器を派遣して貴女を抹消します。よろしいですね」

 

「………ツルギ先輩を巻き込むのか。どうやって私を始末するのかと思えばそれか!」

 

「ええ。もし貴女が私の期待を裏切るような事があれば、トリニティの最高戦力を貴女にぶつけます。今度は逃げ切れませんよ」

 

別に今までも逃げ切れた事はないが。というより、逃げ切れていたら私はここにいないのだが、それはさておき。

面倒なことになってしまった。ナギサ様は本気でトリニティの裏切り者とやらを見つける気らしい。

 

あんな見え見えの嘘で脅すなんて、よっぽど切羽詰まっているらしい。

私は腐ってもトリニティ生だ。あの場を覗いていた何者かに「鬼灯ユリが嫌々従っている」という状況を見せるために、わざわざ血涙や手のひらから血を流して見せたのだ。

この程度、トリニティの政治に強い生徒なら誰でも出来る。

 

「ん、あれは……浦和ハナコ。ちょうど良い、話を聞いてみるか」

 

ハナコさんを中庭でたまたま見つけて話しかけに行こうとして、ふと気づいた。そういえばハナコさんは【死神】としての私に夢中なのであって、私自身は嫌われていたはずだ。

急いで襤褸のマントを装着し、誰もいないのを見計らい読書をしているハナコさんに話しかける。

 

「浦和ハナコ。話がある……」

 

「きゃっ!?く、黒百合の君!?こ、この本は決して、決して如何わしいものでは……!」

 

「カーマ・スートラか……古典を読める教養があるようだな。善き事だ、精進しろ」

 

カーマ・スートラ。内容は詳しく知らないが、コハルちゃん曰く「エッチなのは駄目!死刑!」との事らしい。

つまり、そういうことだ。だが私は出来る生徒なので、敢えてここは惚けておく。

 

「黒百合の君……。あ、そうです。私に何のご用が?もしかして、秘密の逢瀬とか……」

 

「逢瀬を望むか?良いだろう」

 

ハナコさんを翼と腕で抱え、空を飛び回りながら夜のトリニティを夜景と共に満喫する。私はどちらかと言えばミレニアムの夜景の方が好きだが。

リオさんやウタハさんにも先日はお世話になったからと言うのもある。

 

「浦和ハナコ、君に聞きたい事がある」

 

「何でしょう……?何でも答えます、私のスリーサイズから█████まで!」

 

「…………トリニティの裏切り者に心当たりはないか?」

 

すると、これまで蕩けた顔をしていたハナコさんの表情がギュッと引き締まり、頭のキレる才人である浦和ハナコのものへと変わった。

敵に回せば厄介だが、味方につけるとすこぶる頼もしい。

 

「………聞いたことがあります。はるか昔にトリニティの三大分派と対立し、失意のままに沈んでいった"アリウス"という分派があることを。可能性があるとすれば、そこかと」

 

早速大当たりだ。やはり博識多彩なハナコさんに聞いてよかった。頼りになる味方がいると言うのは、非常に心強い。

それにしても、アリウスなどという分派の存在は聞いたことがない。秘匿されている情報なのだろうか?

 

「その位置は分かるか」

 

「……すみません、一般生徒向けの古書に僅かに記載があったのみで、それ以上となれば古書館の禁書エリアまで行かないことには」

 

「分かった。感謝する、浦和ハナコ」

 

「いえいえ、お役に立てて嬉しいです!」

 

早速、古書館まで行って禁書エリアに忍び込んだ。この為の光学迷彩マントと言っても過言ではない。

とりあえず、片っ端から本を漁っていくとしよう。

 

「おっ、これなんて良いんじゃないか?『怪物の書』制作年代は……うげ、200年前!?」

 

恐る恐る開けてみると、本が()()()。そして本は私に飛びかかり、吼えて、私の身体を噛み砕かんと牙を生やして襲いかかってきた!

しかし悲しいかな。私は正義実現委員会の戦闘員だ。この程度の本など、銃を使わずに制圧できる。

 

「ばう!ばうばう!きゃんっ!?」

 

「駄犬が……大人しくしていろ………!」

 

「くぅ〜ん……」

 

大人しくなった本を読むと、キヴォトスに大昔存在したというティラノサウルスについての詳しい記述や、アーマードレックスなどのカッコいいモンスターの詳細な記録などが書かれていた。

これを読んでいるだけで時間が無限に潰せそうだったので、急いで読みおわり、次へと移った。

 

「これは……『聖女バルバラと13人目』?気になるな」

 

端的に言えば、その本はユスティナ聖徒会という組織が如何に頑張って法の番人であったかが載っていた。

一応、その中にアリウスの記述があり、どこかへ逃したと言う事は伝わった。

 

「ふむふむ、次は……」

 

「そ、そこで何をしてるんですか!」

 

どこかオドオドしたようで、芯が通っている声に呼びかけられる。光学迷彩をオンにし、誰からも見えなくなる。

その上でコッソリ移動し、別の本棚に移る。話しかけて来たのが誰であろうと、私の知的好奇心は止められないのだ。

 

次に手に取ったのは、『魔剣の伝説』。なんでも、お金を一定数泉に入れると最強の装備である『紅蓮蒼炎爆竜神王セット』が貰えるといった内容だ。

そこは伝記、伝承コーナーだったらしく、私の好きな『ブギー・ウッギーと賢者の意志』シリーズの初版が置いてあり、非常にワクワクした。

 

「そ、そこに誰かいるんですかっ!」

 

「またか………」

 

再び光学迷彩を起動し、別の棚へ移動する。だが、禁書エリアにいる以上何度も何度も同じことが起こった。

良い加減、面倒くさくなってきたので直接話をすることにした。

 

「ま、まさか……古書館に巣食う悪魔が?それとも『みにくき欲望の書』が……?」

 

「正解は、お前を消しに来た死神だ」

 

「え、あ……ひえええーーーーっ!!!!」

 

あ、しまった。ちょっとビックリさせようと思ったら驚きのあまり腰を抜かしてしまったらしい。

へなへなと座り込んで私を恐怖の眼差しで見ている。この恐怖の目も懐かしい、今では希望に満ちた目で見られることが多いからだ。

 

「しっ、し、ししし、死神ぃぃっ!リーパーだ、『悍ましい敵』147ページ第7行目ぇっ!その姿を見たものに絶対的な死を与える死神リーパーっ!」

 

「あ、それなら読みましたよ。面白い話でしたよね。妙なリアリティがあって、真に迫るような表現は凄かったです」

 

「ひぇあぁっ!?や、やっぱり喋ってる……だったら『暗殺教皇』のアズラーイール……?」

 

「あー、『暗殺教皇』は面白かったですよ!あの内容ならきっと、漫画にしたり映画化してもウケると思います!」

 

「…………はぇ?マンガ、エイガ?何かの呪文で───いや、そんな事ないか」

 

やっと落ち着いたらしい。この世の終わりみたいな顔をしていた目の前の人───おそらく古書館の魔女さんだろう───は大きくため息をつき、私のフードを取ってみせる。

 

「…………?ああ、えっと……確か、鬼灯ユリとか言いましたね。あの終わってる人だ」

 

「そういう貴女は古関ウイさんですよね。常々お話は伺っておりますよ。ナギサ様からた〜っぷりとね」

 

「権力の犬が……。それで?どうして古書館の、それに禁書エリアに侵入していたんですか?貴女みたいな人が来るところじゃありませんよ」

 

この人口悪いな。初対面の、それも戦力的に格上の人間に対する態度ではないし、そもそも人の前で本人を貶すのはマナー違反だ。

トリニティが誇る最強マナー講師であるナギサ様に教育をしてもらった方がいいだろう。

 

「アリウス分派について調べていました。古関先輩は何かご存知ですか?」

 

「なぜ既に歴史の影に消えた分派を?それにしたって貴女には必要がない情報でしょう。分かったらとっとと古書館から消えてください。貴女のせいで諸々が………」

 

「…………………。」

 

「ど、どうして無言で武器を取り出すんですか!?ここで暴れるのだけはやめて下さい!この子達を傷つけないで!暴力反対!権力の犬!社会悪!」

 

「アリウス」

 

「へぁ?」

 

「アリウス分派について話せ。何もかもめちゃくちゃにされたく無いならな」

 

脅しに屈した古関先輩からアリウスについての情報と、アリウス分派が逃げ延びた先まで行く為の地下礼拝堂の存在を教えてもらった。

今後何か情報で困ったらここに来るとしよう。

 

私は早速ナギサ様に報告しに行った。しかし、以前訪れた公的な面会場ではなく、私とナギサ様の二人しか知らないセーフハウスでだ。

正義実現委員会の中でも、ナギサ様の認める功績を持つ生徒にしか教えられない場所。

 

言わば、ナギサ様からの信頼の証だ。

 

「報告します。現状、一番怪しいのは『アリウス分派』による残党がトリニティに紛れ込んでいる可能性が高いです」

 

「良くやりました、ユリさん。よもやこの短時間で手がかりを見つけてくるとは。続く成果を期待していますよ」

 

「任せてください、ナギサ様。必ずや平和のために」

 

「しかし……先程はすみませんでした。私がツルギさんやハスミさんと同じくらい信頼している貴女に、あのようなことを……」

 

「良いんですよ。目一杯見せつけてやりましょう、そうすれば私たちの思惑通り、裏切り者が釣れるはずです」

 

「ええ……それは、そうなんですが……やはり少々心苦しいと言いますか」

 

やはりナギサ様はお優しい。トリニティとゲヘナの和平を願った絵空事に近いモノである『エデン条約』。

ナギサ様はこの成立のために苦心し、尽力している。

 

「………おや、どうなされました。ナギサ様、お顔の色が優れないようですが」

 

「────やはり、気づかれてしまいますか。実は……セイアさんが、何者かの手によって既に殺されてしまっているのです」

 

「な…………!?」

 

「セイアさんが消されてしまえば、残るは私とミカさんだけ。政治が出来ず、行政をうまく回せないミカさんには任せられません。私が、やるしかないのです……」

 

「であれば、次に消されるのは……」

 

ナギサ様ということになる。なるほど、それは躍起になって裏切り者を探すわけだ。これは私としても頑張らねばなるまい。

何故なら、ナギサ様は私の──────。

 

謀略の、師匠だからである。

 

 

 

 

 

私、桐藤ナギサには中等部の頃より面倒を見ている二つ下の子がいます。

名を、鬼灯ユリさん。正義実現委員会見習いの時分から斥候役(スカウト)として一定以上の戦果を上げていました。

 

私としても、自派閥に優秀な後輩がいるという事実に安堵を覚え、当時まだティーパーティーの重役でない時にユリさんと話す機会がありました。

ユリさんに、何か困っている事はないかとお尋ねしたら、ユリさんは一つだけ言いました。

 

「ナギサ様、私にトリニティのやり方を教えてください」

 

トリニティのやり方、というのは恐らく、トリニティ内で日頃から行われている権謀術数の事でしょう。

そんなものを知りたいとは、実直な正義実現委員会とは思えませんでした。

 

「ユリさんは、どうしてそのようなモノを学びたいのです?貴女には必要のない技術と思われますが………」

 

「私は……他の先輩方のように、強くはないんです。異常なほどの回復力もなく、冷静な判断力も、自分よりも遥かに強い相手に立ち向かっていく勇気も無い……ですから、戦いとは無縁の、けれど絶対に役に立つ能力を手に入れたいんです」

 

ほぅ、と思わず声を漏らしてしまいました。ユリさんは、自らの能力の限界を知り、それでもなお成長しようと、誰かの役に立とうと考えているのです。

私はユリさんに放課後や昼休みなどを使い、個人的にレッスンを行いました。

 

ユリさんが高等部一年生になる頃には、すっかりユリさんの謀略能力は私に準ずるものになり、私とユリさんは師弟関係を超えた愛で結ばれていました。

 

「ユリさん、私はいつでも愛を返して頂けるのを待っていますよ」

 

「……で、あれば。トリニティに伝わる誓いを以て、ナギサ様に愛を捧ぎましょう」

 

学園であるトリニティにおいて、明確な主従関係は存在しません。しかし、古来より伝わる伝統的な儀式である『騎士の誓い』というものがあります。

これを交わした二人は、互いに互いを護り合うという究極の愛を体現することになります。

 

「………鬼灯ユリ、この身を持って我が主人である桐藤ナギサ様に仕えます」

 

「応えましょう」

 

ユリさんが私の手の甲に接吻をし、私達はこれまで以上に固く信頼という名の愛で結ばれました。

ですから、初めにユリさんが死亡した、と聞いたときには驚きはしましたが、私の優秀な弟子がおいそれと死ぬはずはないと思い、安心していました。

 

その後、ユリさんは何度かのアプローチを受けてなおトリニティに帰ろうとしないため、私はユリさんの「トリニティに帰らない」という意思を尊重し、とある噂を流しました。

それもあり、多少想定以上に大事にはなってはしまいましたが、ユリさんの精神構造的に帰るに帰れない状況を作り上げました。

 

しかし、流石は私のユリさんと言ったところでしょうか。シャーレに潜伏している間もトリニティや私に仇なす敵の殲滅報告が度々送られて来ました。

その時点で、ユリさんが死亡したなどという嘘は荒唐無稽で信じるに値しないものだと確定していましたが、ユリさんの「嘘」に私も乗っかる事にしたのです。

 

「ユリさん」

 

「ここに。」

 

「追加で調べて欲しい事があります。セイアさん殺害事件の真相を掴んできて欲しいのです。出来ますね?」

 

「無論です。少々お時間を頂きますが、よろしいですか?」

 

「覚悟の上です。本当はずっと貴女に守っていて欲しいですが、仕方ありません。それと、分かっているとは思いますが、必ず生きて帰る事。これは忘れてはいけませんよ」

 

「御意のままに。では、行ってきます」

 

ユリさんを送り出し、ティーパーティーの茶会室に戻り、呼び出しておいた先生を招き入れます。

シャーレの大人は、果たしてどれほど役に立ってくださるのでしょうか?

 

「こんばんは、先生。今宵は良い月が出ていますね。ご機嫌はいかがですか?」

 

「"こんばんは、ナギサ。私は元気だよ"」

 

「昼にも先生と話しましたが、先生に担当してもらう『補習授業部』の件ですが……先生には極秘でお話があります」

 

「"極秘の………"」

 

「先生には、トリニティの裏切り者を探して欲しいのです。補習授業部のメンバーは、その可能性が最も高い生徒を集めたもの。もし、見つからない場合は……補習授業部を丸ごと退学させれば良い話ですから、そこまで気負う必要はありませんよ」

 

ユリさんからの報告によれば、先生を起用するだけで状況を逆転させる事が出来るのだとか。

もしそれが本当ならば、私亡き後のミカさんやユリさんについても上手くやってくれるでしょう。

 

「"退学………そんな事は許されないよ、ナギサ。生徒(こども)から青春を奪うなんて、誰にだって許されてはいないんだ"」

 

「それは誰が決めた事ですか?そんな与太話はさておき、もう一人警戒して欲しい生徒がいます」

 

さっきまでの話は先生に向けたもので、これからの話はこの会談を覗き見ている敵に対するもの。ユリさんの作戦の成功率を上げるための布石。

 

「鬼灯ユリ────この生徒は、最も私に敵対的な生徒です。先生にはこの生徒を監視、そして調査して欲しいのです」

 

先生の表情が変わる。ユリさんはシャーレ付きの生徒であり、先生の生徒でもあります。きっと、怒っているのでしょう。

ですが、これも全てはエデン条約のため。

 

「"ユリは、悪い子じゃないよ。もしナギサがユリに敵対されているのなら、きっとそれはナギサが悪いことをしているからじゃないかな"」

 

なかなかどうして、先生もユリさんの事が分かっているらしいですね。しかし、先生は私とユリさんが固い絆で結ばれていることを知りません。

心苦しいですが、これも策略です。先生には踊ってもらいましょう。

 

「たとえどんなに悪魔のような所業を行ったとしても、私は必ず来たるエデン条約に向けて動かなくてはなりません。先生が何と仰ろうと、それは変える事はありません」

 

無言で先生は踵を返して帰る。それを見計らい、私も自室に戻り、ソファーに腰掛け、息を吐きます。

必ず成し遂げなければ。そう思いながら、その日は眠りこけてしまいました。

 

 

 

 

 

 

トリニティの裏切り者が接触してきたのは、ナギサ様と会談してから僅か一日後のことだった。

射撃訓練場で屯していると、ティーパーティーの一人である聖園ミカ様が私の下を訪れてきた。

 

「やっほ〜☆こんにちは、鬼灯ユリちゃん!」

 

「こんにちは、ミカ様。本日はどのようなご用向きで?」

 

「今のユリちゃんが一番欲しい情報を教えてあげようと思って!ちょっと人のいない所、行こっか?」

 

ミカ様について行くと、人気がない場所……と言っても、校舎裏の倉庫だったが。ここはよく仲の良い不良達が屯する場所なので、盗聴器を仕掛けているのだが。

下調べはあまり済んでいないらしい。

 

「ユリちゃんさ、ナギちゃんと敵対してるんだってね」

 

倉庫の鍵を閉め、ミカ様が切り出す。このタイミングでこの話をする、という事は状況証拠としてはミカ様が自ら犯人であると自供しているのと変わりない。

このままミカ様を突き出しても良いが、凡そミカ様は利用されているだけだろう。本当の悪意は、もっと奥の方にあるのが決まりだ。

 

「ミカ様は桐藤ナギサのご友人でしたね。私に制裁でも与えに来ましたか?」

 

「ううん?違う違う!……でも、その口ぶりからして本当に敵対してるんだ。ね、ユリちゃんに会わせたい人達がいるんだ」

 

「それは?」

 

「教えたげても良いんだけど……その前に、ユリちゃんの覚悟を教えてほしいんだ。そうだな〜、私への忠誠の証としてさ、指舐めて☆」

 

手を差し伸べてくるミカ様の細い指を咥え、良いと言われるまで舐る。この程度で真相に近づけるのなら安いものだ。

ミカ様が慌てて指を引き戻し、唾液で糸を引く指を見て頬を染めている。

 

「……わーお。うわぁ、これ……」

 

「証明はこれで良いでしょうか?」

 

「えっ!?う、うん。それじゃ、ついてきて」

 

夜。ミカ様について、トリニティのとある古遺跡群まで歩く。ミカ様が旧大聖堂の中に入り、少し経つと「入って、どうぞ〜☆」と声が聞こえてくる。

中に入ると、ミカ様を含めて五人の子達がそこにいた。

 

「ほらほら、みんな自己紹介して?同じ目的を持つ仲間なんだから、協力しなくっちゃ☆」

 

「………アリウススクワッドの錠前サオリだ。よろしく頼む」

 

渋々、といった様子で挨拶してくるリーダー格と思わしき人はサオリと名乗った。鍛え上げられた肉体を惜しげもなく見せつけるのには、何か意味があるのだろうか?

 

「戒野ミサキ……アンタさ、死神っていうらしいね。アンタなら私の事も殺せるの?」

 

「ミサキ………!」

 

色んなところに包帯を巻いている人はミサキ。繁忙期の私のような顔をしている。忙しすぎて死にたくなる気持ちは分からなくはないが、それを人に求めるのはどうかと思う。

 

「槌永ヒヨリです……その、トリニティに恨みがあるんですよね?辛いですよね、苦しいですよね……」

 

「……………(スッスッ)」

 

やたらとネガティヴ思考な発育のいい子はヒヨリ。着込んでいても分かる恵まれたボディラインは私のストレス値を何故か上げる。

後は、何故か喋らず手話で何かを話していたアツコ。この人が一番分からない。何かの理由で喋れないのだろうか?

 

「私の番か。鬼灯ユリ、兵種は斥候(スカウト)突撃兵(アサルト)。敵の捜索、罠の感知、奇襲の察知などが可能だ。コールサインは【死神】、貴官らと共に戦えることを誇りに思う」

 

完全に外向きの挨拶で済ませる。コイツらはトリニティに、ナギサ様に仇なす敵であるから、仲良くなる必要はない。

しかし、意外にもサオリには好印象だったらしい。

 

「聖園ミカ、正義実現委員会の下っ端と聞いていたが……本当にそうなのか?私にはそうは思えない。明らかに訓練された特殊部隊員のそれだ」

 

「ん〜?いやいやナイナイ、ユリちゃんは下っ端だよ。どっかの隊長でもない一兵卒。噂じゃすごく強い!みたいに盛られてるけど、大したことないんじゃない?」

 

「鬼灯ユリ、お前の実力はどれほどの物だ?単独で一企業を潰す兵力を持っているというのは本当か?」

 

「そうですね。しかし私はミカ様の仰る通り末端の一兵卒に過ぎません。私は良くて下の上くらいでしょうか?」

 

サオリの生唾を飲む音が聞こえる。改めて脅威度を認識したようだ。そのまま及び腰になって計画を取りやめて欲しいものだが。

暫く顔合わせを兼ねてサオリと話していると、遺跡の入り口で物音がした。

 

「ああ、やっと来たか。紹介しよう、コイツは白洲アズサ。アリウススクワッドの一員で、現在はトリニティへの潜入任務を行なってい───どうした、アズサ?」

 

アズサはツカツカとこちらに歩いてきて、震える手で私の肩を掴んだ。その表情は、困惑と動揺、そして絶望に満ちていた。

 

「どうして……っ!どうして、来てしまったんだ!ユリ!」

 

「………初めまして、白洲アズサ。私は────」

 

「初め、まして……?ユリ、私だ。アズサだ。覚えていないのか?……いや待て、ユリ。ユリの最後の記憶は……一体いつだ!?」

 

しまった。スパイ活動のために知らない人のフリをしようと思ったら、上手く察してくれなかったらしい。

ここは話を合わせて、ビナー戦で記憶など諸々が吹き飛んだということにしておこう。

 

「確か……大きな光に包まれて、そこからはあまり。アズサは私の知り合いなのか?」

 

「そんな…………。こんなことって、ないだろう……ッ!」

 

アズサは暫く苦悶の表情を浮かべた後、何かを決心したような顔をして、私に「必ず助け出す」と小声で言って、サオリ達の方へ行った。

どうやら、アズサとミカ様がトリニティの裏切り者で間違いは無いらしいが………アズサの眼の奥に光る、星のように輝く正義の光が脳裏から離れない。

 

私はもう少しだけ彼女達を観察しようと思った。

彼女達の……アズサの正義と、サオリの戦士としての矜持を確認しないことには、何も終わる事はできない。

 

「では、これよりブリーフィングを始める」

 

私の長い、長い一ヶ月が始まった。

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