シャーレの居候は動かない 作:宇沢心経百面曼荼羅
ストレスの原因というものは、いつどこで、誰が持ってくるか分からない。
例えば、突然の雨。例えば、家に爆弾を落とされる。そんな普段なら耐えられるようなありきたりなストレスが、一度に来た時。
人は、我を忘れるのだ。
サオリ達に仲間認定された私は、案の定先生にマークされた。執拗に居場所を聞かれたり、GPSで私の行動を監視しようとしたり。
挙げ句の果てには、私にしがみついて着いてこようとする程にしつこかった。
「"レロ……ユリっ、行っちゃダメだよ!レロレロォ!"」
「やめてください!私の足を舐めてまで行動を阻害しようとしないでください!?」
先生がトリニティに滞在している間の下宿先の前の往来で、先生は私のくるぶし辺りを掴み、膝の裏を舐めてくる。
別にそれはさしたる問題では無いのだが、周りの目が痛すぎる。
「見て……変態カップルよ……」
「(うわ。)やめてね。」
「ふざけてんだべ?女の子の気持ちは難しいからね」
それに飽き足らず、先生は他の生徒達の力を借りてでも私の行動を阻害しようとする。見知らぬ生徒から「ユリさんは怪しい所に行かんといてくださいよ!」と何度言われたことか。
その割に、悪ふざけで「ユリ、戦いに行け」と言ってくるサングラスをかけた不良が大量に湧くものだから、参ってしまう。
「"ユリ氏、どうしたンゴ?元気が無いように見えるンゴねぇ!"」
「アリス知ってます!この辺に美味しいラーメン屋さんがあると聞きました!モモイ曰く、別の言い方をすると……」
「やめなって!」
「革命だー!資本主義者を根絶やしにしろー!権力を独占するなー!ヴ・ナロード!うおおおお!」
朝、起きると外がうるさかったので様子を見にきたらこの始末だ。目の下がヒクつくのが分かる。私は明確に苛ついている。
銃を持たない手がぎりりと握られ、目尻が吊り上がっていくのが分かる。つまる所──────理性の限界だ。
「…………クソどもがッ!!!!」
「まぁまぁ……ユリちゃんも大変だったね……」
怒りのままに暴れ、全員に拳骨を落としても良かったのだが、それは正義では無いので別のストレス解消法を行うことにした。
それは、ホシノさんと一緒に柴関ラーメンを啜ることだ。元の店舗は消し炭になってしまったが、こうして屋台として残ってくれてよかった。
「うう〜っ……!ホシノさんすき………」
「よしよし、前もこんな事した覚えがあるな〜。ま、おじさんも満更じゃないけどさ〜」
「うーん、お嬢ちゃんは真面目すぎるんじゃ無いか?もっと肩肘張らず、リラックスしてみたらどうだ」
「………ぷは。それが出来たらやってますよぉ!」
差し出されたお茶を一息で飲み干し、潤んだ目を隠すようにうつ伏せになる。ホシノさんと夜中まで一緒にいたが、流石に帰らないとまずいとの事でホシノさんが帰ってからすぐの事だった。
黒いスーツのブラックスーツさんが屋台にやってきた。
「おや、鬼灯ユリではないですか。お久しぶりです」
「ブラックスーツさん!お久しぶりです。元気にしてましたか?」
久しぶりに会ったブラックスーツさんは相変わらず黒い炎で燃えていた。というかこの人ご飯食べるのか。
どういう原理かは知らないが、ラーメンを啜っているブラックスーツさんを眺めながら私も替え玉を注文する。
「友人から聞きましたよ。鬼灯ユリ、あなたは妙なことに巻き込まれているようですね。手を引いては?」
「そうもいかないんですよね。ブラックスーツさんは大人ですし、何か上手く立ち回る方法とかご存知ないですか?」
「そうですね。この場はオフの場────つまり、私が誰に、どのような助言をしようと問題にはなりませんね」
「? そうなんですか」
「では僭越ながら助言をば。鬼灯ユリ、あなたは敢えて『悪役』になってみては?敢えて嫌われ者を演じるのです」
そうすれば動きやすいですよ、と話すブラックスーツさんにどこか貫禄のようなものを感じながら、心の中で納得する。
なかなかどうして、的を射た言葉だ。
悪役ならば悪ではないし、自然に人も離れていく。妙な邪魔のせいで日課が滞っているというのもある。
という訳で、早速実践をすることにした。
「く、黒百合の君……?なぜ、私に銃を……」
「…………………。」
悪役をやるなら悪役らしく、ドクロのお面を被り、襤褸のマントを纏って夜な夜な「黒百合の君」とやらの信奉者の子達に当てないように発砲する。
仮に一発当たったとして、かすり傷にもならないだろうが。
「わ、わたし……ずっと、黒百合の君をお慕いして……きゃあっ!?」
「…………………。」
「────そういう、事なのですね。」
どこか納得した様子の信奉者の子が帰って行った次の日からトリニティ中に妙な張り紙が貼られていた。
題して、「死神を解放せよ!」キャンペーンだ。なんでも、私は知らない間に悪の組織『Dパーティー』とやらに洗脳されていたらしい。
「あっ、そこの君たち!私たちは黒百合学会の者なんだけど………」
「チッ、うるせーな。散れ散れ!」
護衛と遊びを兼ねて、ダブルオーちゃんと出かけている時にその張り紙を見つけ、二人してウンザリしていた所にこれだ。
幸い、ダブルオーちゃんが追い払ってくれたのと、私が不良スタイルのファッションをしていたこともあり難を逃れた。
「ごめん、ダブルオーちゃん……」
「いーんだよ別に。気にしなくて……あのテの奴らはな、一回とっちめてやんねェとダメなんだ」
日中はそれで良いが夜中ともなればまた別でやる事がある。サオリへの定例報告や、セイア様の遺体の捜索。
それにアリウススクワッドの本拠地を割り出す為の権謀術数。日中のストレスは「悪の死神」伝説で絡んでくる人が減り緩和されたが、夜中は夜中で忙しい。
「────死の神が、生命を象徴する神聖なる教会に何の御用ですか?」
「………………真実を。」
以前古書館で調べている時に見つけた「ユスティナ聖徒会」について詳しく知るため、夜分遅くにシスターフッドを訪れると、そこには月の光に照らされ、審判者のような雰囲気を醸し出す歌住サクラコ様がいた。
サクラコ様は私以上に噂のある人で、トリニティでも有数の謀略家として名高い。
「真実………。何についてか、分からないので教えてくださいますか?」
影が上手いことサクラコ様の表情を隠し、怪しさを増している。下手をすれば、見ようによって死神に見えなくもない格好の私よりも怪しい。
にこりと微笑みながら問いを投げかけてくる姿は、見るものに恐怖と威圧感を与える。
「──────聖域の旧き主人について」
「………古き主人、ですか。どこでそれを?」
「………………。」
噂によれば、サクラコ様は────やめだ。どうせ噂なんて当てにもならない事は私が一番よく知っているはずだ。
私は襤褸のマントを脱ぎ、ドクロの仮面を外してサクラコ様に相対する。どこか驚いたような顔をするサクラコ様を、ちゃんと見つめる。
「こんばんは、サクラコ様。今宵は良い月が昇っていますね。こんな日はつい、喋る口に拍車がかかってしまいますね」
「……………えっと。鬼灯ユリさんですよね?」
「はい。入学してから授業以外で一度も教会に訪れたことのない鬼灯ユリです」
「それで……改めて本日の御用向きはなんでしょう?どうして死神のような格好を?」
「ユスティナ聖徒会について教えてくださいな」
ああなるほど、と納得したようにサクラコ様が頷き、大聖堂の地下、その最奥部まで案内された。妙に薄暗く、灯りはついたり消えたりを繰り返している。
それにしても、こんなシスターフッドの暗部とも呼べるような場所に人を招くなど、あって良いのだろうか?
そんな事を考えていると、ふとサクラコ様が口を開いた。
「さて、ここまで来れば大丈夫ですね。」
「大丈夫とは……ッ!?こ、これは……」
「────これは、かつてユスティナ聖徒会に残された覚悟の証を示す為の礼装。このかつての先達から受け継いだ使命の前で、全てを話しましょう」
淡い光に包まれて堂々と飾られていたのは、とんでもなくえげつない角度のハイレグレオタードだった。
サクラコ様の話によれば、これを着て秩序を守っていたのがかつてのユスティナ聖徒会で、いずれキヴォトスやトリニティに取り返しのつかない危機が迫った時、サクラコ様はこれを着て立ち向かうのだとか。
申し訳ないが、覚悟の決まったハイレグレオタードで頭がいっぱいになり、何も考える余裕がなかった。
「───して、アリウス分派の生き残りはトリニティから数百キロほど離れたトリニティの飛地、ユダ地区へと………って、聞いているのですか?」
「はっ……!あまりに衝撃的すぎて聞いていませんでした。そのユダ地区というのはどこに?」
「聞いてるじゃないですか。その肝心の居場所ですが、その周囲500キロに霧が出ていまして、正規の方法では行き着けないんですよ」
「どうにかして行けないんでしょうか……」
「それにしても、どうしてアリウス分派の元へ行きたがるのです?貴女が死神だからですか?」
そこに行けば、サオリ達を使ってトリニティを滅ぼそうとしている勢力を軒並み叩き潰す事ができるから。なんて言えない。
誰でも喜んで納得しそうな、百点満点の答えは……一つだけ、ある。
「アリウスの皆さんと、仲良くしたいからですよ。古い歴史の怨恨を晴らすため、私は尽力しているのです」
「……なるほど。そういう事でしたか。余計な詮索でしたね、すみません」
「いえいえ、それにしても、よく教えてくれましたね。私なんかに」
そう言うと、サクラコ様は私に聖母のような笑みでこう言った。
「求めよ、さらば与えられん。福音書にも記されている事です。」
やはり聖職者というのは、どこか私たちと格が一つ違うのかもしれない。それがトップなら尚更だ。
大聖堂の地下から出る最中、態度が多少軟化したサクラコ様に色々な事を聞かれた。
例えば、最近流行っているものは何か、とか。誤解されないような喋り方はどうやってやるのか、とか。
やはり、人は噂によらず、しっかりと話してみるものだ。サクラコ様も普通の生徒なのだと、認識を改めた。
◆
黒百合の君が悪の組織に操られている。そう聞いた時、私の心は大きく乱れた。ただでさえ、『補習授業部』などという部活に入れられ気分が良くなかったのもある。
私───浦和ハナコは、退屈な世界に飽きていた。誰も私を見てくれない、誰も私ではなく、私の上に積み重なった浦和ハナコしか見ない。
そこに颯爽と現れて、光をくれたのが黒百合の君だった。彼を追いかけている間は、何もかもを忘れていられそうだった。
きっと、あの人は正義の心を失っていないはずだと。きっと、あの人は私のことを覚えていてくれる筈だと。そう信じてあの人が好きだった夜景の見える丘の上で待った。
しかし、黒百合の君は来なかった。
次の日のニュースで、黒百合の君がミレニアムに出没した巨大無人戦闘爆撃機と死闘を繰り広げていたという事を知った。
衝撃力の高いショットガンを二丁持ち、無人機を素早い加速ののちに蹴り飛ばす様は、正義のために戦うあの人と重なった。
次の日も、黒百合の君はD.U.で戦っていた。暴走したSRT特殊学園が保有していたという要塞化された無人戦闘ヘリを、あの人は単騎で撃墜した。
どこかで戦うたびに、ミレニアムの最新式装備を取っ替え引っ替えするあの人の姿は、再び私の心を輝かせた。
結局、私が黒百合の君に会う事ができたのは待ち始めてから三日後だった。夜な夜な抜け出す私を、ヒフミちゃんや先生は不審がっていましたが。
「こんばんは……黒百合の君。随分と、装備が変わりましたのね……」
「………………君が欲しい」
「そうなんで────へっ!?」
突然私の手を掴み、そんな事を言う黒百合の君。ドクロの仮面で隠れていて分かりにくいが、真剣な表情なのは伝わってくる。
直球で誰かに求められた事なんて無かったから、私は否応なく心を躍らせてしまう。
黒百合の君に抱かれ連れて来られた先では、一区画分の戦闘ロボが暴走し、トリニティへ向かっている様子が一面に広がっていた。
まさか、黒百合の君はたった一人で都市一つ分の機械を制圧するつもりなのだろうか。
「浦和ハナコ、君には私の痛みを知るただ一人であってくれ」
「あっ………」
そう言ってビルの上から飛び出した黒い影を私は止めることができなかった。勝てるはずの無い戦い、けれど、やらなければならない戦い。
きっと、信奉者を減らすような行動をしていたのは、突然いなくなっても大丈夫にするため。
けれども、私は……私にだけはそうは出来なかった。きっと、他の子達とは違う、何かが私の中にあった。
だから、最後の戦いを私に選んだのだろう。
「………っ、頑張ってください!負けないでください!」
大きく声を張り上げ、届かなくとも応援する。黒百合の君は、それに呼応するように速く、強くなっていく。
都市一つと戦った人など、黒百合の君が初めてで最後だろう。
無限にも思えるような長い時間のあいだ、あの人は戦っていた。私も、黒百合の君を支えるために後方で回復エリアを展開したり、武器の修繕や弾込めなどを手伝った。
ふたりの初めての共同作業。辛く、大変だったが満ち足りている時間だった。
「黒百合様!3時方向に新手が、いや……あれは!?」
「………シャーレか。ならもう、私の出番はないな……」
ボロボロで、傷だらけになりながらも戦っていた黒百合の君は自嘲気味にそう言い、フラフラとどこかへ行ってしまう。
それを追いかけようとする私を、爆音で近づいてくるヘリが阻む。
しかし、遠くの方で「給食部」と書かれた車に乗せられるあの人を確認し─────安堵した。
次の日、私はトリニティの中庭で呑気に昼寝をしている子のもとに歩み寄り、耳元で囁く。
「ご無事で何よりです、ユリさん」
耳元で囁かれ、こそばゆそうにしていたが、私だけの小さな英雄は寝ていると言うのにもかかわらず、器用に黒百合を投げてきた。
私はそれを受け取り、その匂いを嗅ぐ。
とても良い匂いだった。
◆
キヴォトスにおける美食の道というのは、料理人にとって世界で一番険しい道である。
味、店、値段、そのどれもが適正でなくてはならない。正直……私はキヴォトスで料亭なんて営みたくない。
「ユリさん!爆破しますわよ!!!!」
「はぁぁぁぁ!?まだ私が食べてんだけどぉ!?」
「我慢なりません!10割そばと言い張った癖に2:8そばを提供する店など、無い方がいいのです!」
「確かにハルナの言い分もわかるけど!食べてる最中に爆破しようとしないでくれ!」
それは、少しでも店側が不誠実だと、美食研究部というこのキヴォトスで最もイカれた集団に店ごと消し飛ばされてしまうからだ。
一見さんお断りの店も、大体爆破されている。
「しっかし……ユリも丸くなったわよね。前は確たる悪の証拠無しには爆破を許さなかったじゃない」
「そうですわね。私たちに馴染んできたと言うことでしょうね」
「次はあそこの回転寿司に行きましょう♪シャーレ所属のユリさんがいるので、予算はバッチリです」
ここ最近、アカリが私の立場を使って飲食を繰り返している。理由を聞くと、先生の困った顔が見たいからだそうだ。
先生は色々なところで変な感情を抱かれているので、そろそろ気をつけた方が良いかもしれない。
「ねえ、そろそろ車返して欲しいんだけど」
「車なら今頃スクラップですわね」
「何で!?どうしていつもこうなのよぉおお!」
フウカさんの車……略してフウカーはいつも碌な目に遭っていない。水没、爆発、消滅、次元の狭間に追放、天誅……それらの被害を一身に受けている。
前回は機械達の袋叩きに遭って全損だったはずだ。私にも非はあるので、少し申し訳ない。
「そうだ、新しいフウカーを見に行かないか?金は………先生が出す!好きなのを買っていいよ」
「え、ほんと!?でも悪いし……」
「いいんだよ、普段お世話になってるしさ。そのお礼ってことで」
フウカさんはシャーレによく訪れる人筆頭に名を連ねる。ユウカさんやミドリちゃんと並んでトップスリーだ。
私も多少料理は出来るとはいえ、フウカさん程じゃない。先生が満足できる栄養満点の料理はフウカさん以外には無理だ。少なくとも、私の知る限りではそうだ。
「────で、これを選んだと」
フウカさんが選んだのは、何者も寄せ付けない迫力と見たらわかるような圧倒的な馬力を持つバケモノトラックだった。
ミサイルを合計10門、機銃4門、車体の前には巨大なトゲが生えている。誰がこんなものを壊せると言うのだろう。
流石はゲヘナ生と言いたくなるようなセンスだ。トリニティ生には到底真似出来ないバケモノセンス。
そこに痺れる憧れる。
「これで安心して運転できるわね!」
「アッハイ」
ちなみに、これを見た時には流石のハルナもビビり散らかしていたので、ゲヘナの中でもトップクラスにイかれたセンスらしい。
そんなニュー・フウカーは何に使われるか。
「ヒャハハハァ!詐欺師の店を踏み潰せェ!」
「ユリ!?何のキャラなの!?」
それは、悪徳商店の破壊だ。そりゃそうだろう、こんな破壊専用みたいな装甲車はコレぐらいにしか使えない。
戦車で海に行く奴がいないように、装甲車で食事をしに行く奴はいないだろう。
「もぉおーーーっ!どうしてこうなるのよ!」
その日、5軒の料亭が消し飛んだ。