シャーレの居候は動かない 作:宇沢心経百面曼荼羅
今日は久々に何もしなくて良い日だ。
先生はアビドスにいるし、私はアビドスを出禁にされている。なので端的に言えば暇だ。
正義実現のため、日々悪党と戦うことはしているが、それでも日課になってしまったため、何も特別感がない。
仕方ない。たまには昼寝でも──────
「ユリさん、今お暇でしょう?」
「いま用事が出来ました。帰ってください」
黒館ハルナ。ゲヘナきってのテロリストで、先日私を巻き込んで違法料亭を潰すために共に戦った戦友である。不本意だが。
この女、私がシャーレで休息を取ろうとするのを見計らっているかのように狙いすまして襲来してくる。
「そう
そう言ってハルナが渡してきたのは、一枚のビラだった。なんでも、珍しい出汁を使ったラーメン店がミレニアム地区の外れにあるのだとか。
今回は、その調査と味の秘訣を探求する為に私が呼び出されたらしい。
しかし、だ。ハルナが私を呼ぶ時は大抵その店は裏で悪どい事をしていると相場が決まっている。少なくとも、これまで五回ほどやった案件は全て裏に「ゲマなんちゃら」が関わっていた。
この「ゲマなんちゃら」という連中は裾野の広いグループらしく、様々な反社会勢力のパトロンになっている。
「………仕方ないな。ハルナ、案内してくれ」
「勿論、そのつもりですわ」
「あと、一つ聞きたいんだが……なんで私なんだ?」
「理由は色々ありますが……一番はやはり嗅覚ですわね。悪性料理店を見抜く力に長けていますもの」
確かに、私は悪や違法なものに目ざとい部分は無きにしも非ずだ。的中率は98%、高い精度といっても過言ではないだろう。
なるほど、つまりハルナは悪を滅する為に私を利用しているわけだ。それなら納得もできる。
「お待たせしましたわね、ユリさんを連れてきましたわよ」
「ちょ、またユリを巻き込んだの!?ごめんねユリ……今日は、奢るから………うぅ、お財布が……」
「ジュンコ、大丈夫だよ。今回は私も納得しての事だ」
「そう?なら良いわ!楽しみね、ラーメン!」
巻き込まれているだけだと思ったジュンコは、どうやら美食研究部の一員だったらしい。だからと言って、ジュンコに対する態度を変えるわけでもない。
勿論、違法行為をしたら取っ捕まえるが。
「さ、フウカさん。運転をお願いしますわね」
「ねぇ、私忙しいんだけど!今日の分の皆の昼ご飯作らなきゃなんだけど!?」
「今日行くラーメン店の味を盗む、という名目なら良いのでは?」
「………なら、仕方ないかぁ。飛ばすよ」
ゲヘナらしい豪快な運転でミレニアム地区の外れまで行き、絶句した。
いわゆる『廃墟』と呼ばれる遺跡群の近くに位置するスラムに、その店はあった。
やけに最新式の建物で、周りのボロ屋と比べて明らかに浮いていた。その時点で怪しさはMAXだ。
「いらっしゃいませ……おや?生徒さんなのですね。よくお越しになられました」
胡散臭いスーツ姿のロボットが私達を出迎える。
「おすすめメニューは何ですか?」
「そうですね……『ハローラーメン』でしょうか」
「ではそれを。皆さんもそれで良いですわね?」
ハローラーメン……変な名前だ。不審に思い、メニュー表を確認する。するとやはり、案の定黒い部分が見つかった。
「HALOラーメン」と書かれたメニュー表に、HALOの横にハローとルビが振ってある。これでは読み方が間違っている。
「ハルナ。私はスープの製造工程を見てくる……戦いに自信のある奴は私についてきてくれ」
「見つけましたのね?爆破のタイミングは任せますわ」
「あぁ────相当クサいぞ、これは」
厨房に押し入り、犬っぽい料理人の頭をワンマガジン撃ち込み気絶させる。翼を細かく震わせ、耳を澄ませる。
あった。やっぱり地下室がある。音の反射が少し変な場所を探し、地下室への入り口を発見した。
「見つけたようですね〜♪壊します、少し下がってください」
「頼んだぞ、アカリ」
「もっちろん!」
アカリが地下室の入り口を塞いでいた床ドアを破壊し、その中に入っていく。それに続いて私が入る。
薄暗い通路を暫く行くと、徐々に悲鳴らしき音が聞こえてくる。
「行くぞ」
「急ぎましょう」
走ってその場に急行すると、何本かのチューブに繋がれた数人の生徒がナニカを吸われていた。着ている制服から判断するに、トリニティやゲヘナ、それにアビドスやヴァルキューレのも混ざっている。
彼女達はナニカを吸われるたびに絶叫をあげ、苦悶の表情を浮かべ悶絶する。
「なっ、何だお前達は!?どうやって入ってきた!ここは────ぎゃっ!?」
「外道が………楽に逝けると思うなよ!」
「もがっ!んごぉおおごおおっ!?」
研究者らしき猫っぽい男に吶喊し、顎に一撃入れる。そのまま倒れた敵に対し口の中に銃口を入れ、何発も撃つ。気絶は許さない。気絶しても、痛みでまた起こす。
文字通り生徒を食い物にしているとは、許されざる事だ。
「ユリさん、解放は終わりました。私が半分担ぎます。ユリさんはもう半分を」
「了解した。こいつはこのまま瓦礫に埋める。良いか?」
「問題無いです♪」
繋がれていた生徒達を担ぎ、私たちが脱出したタイミングで丁度よく施設が大爆発する。ハルナが上手くやってくれたのだろう。
地上では、縛られた店主らしきロボットがジュンコ達相手に騒いでいた。
「良いのか!?俺たちのバックにはゲマトリアが付いてるんだ!お前らなんてモルモットにされて殺されて終わりだ!」
「あら、おかえりなさい。その方々は?」
「アビドスの生徒減少……転校先を調べても出てこなかったのはこういう事か」
「あ………ああ……し、【死神】……終わりだ、目をつけられちまった……」
私の顔を見るなり青ざめて項垂れる店主。私のイタい二つ名がどこまで広がっているのかは一度誰かに問いただす必要がありそうだ。
しかし今さっき、このロボットは「ゲマトリア」と発言した。このゲマトリアとやらが皆口々に言っていた「ゲマなんちゃら」の真名なのだろう。
ゲマトリアが生徒を犠牲に何かをしているというのなら、許してはおけない。潰さねば。
「おいスクラップ候補、ゲマトリアについて喋れ」
「ひいっ!?し、知らない!何も知らないっ!」
「良いから話せ。本当にスクラップにされたくなければな」
「く、『黒服』だ!アイツが技術提供者だ!俺は騙されたんだよ!」
黒服……?そう言えば、ホシノさんがそんな事を言っていたような。確か「お前は『黒服』の手下か?」とか聞かれていたはずだ。
なるほど、アビドスに関わりがあるようだ。丁度今は眠っているが、アビドスの制服を着た生徒もいる事だし。
「………ハルナ、このアビドス生は私が持ち帰る。後は風紀委員会とかに任せておこう」
その後、私はシャーレに戻り、アビドス生が目覚めるのを待ったが、結局三日三晩経っても起きることは無かった。
私が手がかりを得られなかったことの失意に沈んでいると、知らない番号から電話がかかってきた。
「………もしもし。連邦捜査部シャーレ、オフィス代行の鬼灯です。本日はどのようなご用件でしょうか?」
私は先生がシャーレオフィスにいない間のオフィスで電話を取る係だ。……先生に無理を言って仕事を貰ったのだ。
「あ〜、ユリちゃん?もしもし、ホシノだよ」
「……今更なんです?貴女が私に電話をかけてくる理由が分からないのですが」
「うん、そのことは謝るよ。ごめんね。それとは別に、ちょっと話したいことがあってさ。今時間ある?」
「はい、時間ならいくらでもありますが」
「そっか。実はね〜─────」
ホシノさんの話によれば、私の事を誤解していた事、『黒服』の本拠地をホシノさんが知っている事、アビドスに正義実現委員会のコハルちゃんが押しかけてきた事、それから、先生が心配しているとの事だった。
「ホシノさん、朗報があります。消えたアビドス生の所在が凡そ判明しました。うち一人はシャーレの医務室に寝かせてあります」
「えっ!?わ、うわわっ!?……いてて。それ、本当?」
「はい。『黒服』傘下の施設に幽閉されていました」
「…………そっか。うん、分かったよ。ありがとう。やっぱりそうだったんだ」
「明日、私は『黒服』の本拠地に襲撃をかける。ホシノさんはどうしますか?」
「私も行く。この事は私たちだけのヒミツね。先生や皆に話したら心配かけちゃうから」
「はは、仲間想いなんですね。わかりました」
電話を切り、シャーレにある武器庫に行く。予備弾薬やプラスチック爆弾、自動攻撃ドローン、ミレニアム式認識阻害戦闘衣を装備し、心に火をつける。
夜の空にシャーレ用戦闘ヘリのプロペラ音が響く。
「待っていろ、悪党め。お前の首を今取ってやる」
フロントガラスに映る私の顔は、ツルギ先輩によく似ていた。
◆
私には鬼灯ユリという同期がいる。
すごく強くて、優秀で、ツルギ先輩みたいな表情をしてる時はちょっぴり怖いけど、でも優しくて、正義感に溢れた子。
ユリはよく「コハルはきっと一番大成するよ」とにっこりと笑顔で言ってくれた。
大抗争の後からは忙しいのか、あんまり話せてないけど、それでもたまには私のいる押収品管理室に来てくれる──────そう、信じてた。
いつかを境に、ユリの姿を見なくなった。
先輩達や同期のみんなに聞いても、先輩は悲しそうな顔をするばかりで、同期のみんなも知らなかった。
ある日、夜中に眠れなくて校舎の見回りをしていた時の事。
ハスミ先輩達がひそひそ話をしているのを聞いてしまった。
「ユリの行動範囲が読めてきました」
「未だに違法組織と戦い続けているとは────」
「アビドス近郊の麻薬密売ルートが────」
先輩達の話をまとめると、いつの間にかいなくなっていたユリはアビドスの近くでずっと戦っているみたいだった。
その次の日、ハスミ先輩が休憩しているところにお邪魔して、話を聞いてみることにした。
「ハスミ先輩、ユリは……アビドスにいるんですか?」
「コハル、どこでそれを………あぁ、あの夜隠れていたのは貴女でしたか。ええそうです、推察するに、ユリはD.U.近辺及びアビドス付近にいると考えられます」
「………教えてください、先輩。どうしてユリは帰ってこないんですか?」
「本当のことは分かりませんが、きっと気恥ずかしいのかも知れませんね。ですが、正義実現委員会の本分を忘れたわけでは無いようです」
「あの、その……えっと。会いに行っても、いいですか?ユリは結構……その、寂しがりやな所あるし……」
ユリは普段はかっこよく振る舞ったりしているけど、本当は結構寂しがりやだ。1日2日会わなかっただけで、再会すると泣いて喜ぶ。
そんなユリが、友達も、仲間も一緒じゃない所で一人で戦ってるなんてかわいそうだと思う。
「ええ、会ってあげてください。そしてユリに『もう帰っても大丈夫だよ』と言ってあげてください」
「………!はいっ、分かりました!」
急いで支度をして、アビドスに向かう。ちょっと遠かったし、何なら少し迷ったけど、でも無事にアビドス高校に着くことができた。
校門のインターホンを押して、しばらく待ってるとピンク色の髪のホシノさんって人が出てきた。
「ん〜?正義実現委員会の子がアビドスに何の用かな〜?」
「あ、あのっ!ここに私の友達……えっと、鬼灯ユリさんがいるって聞いて来ました!」
「ユリちゃんかぁ、ごめんね。おじさんもどこにいるか良く知らないんだ。また今度来てくれるかな?」
「あ、はい……ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ。また来てね〜」
いい人だったなあ。と思いながらも、その四日後、珍しく遺失物の捜索で私も任務に駆り出された。場所はアビドス都市部。
みんなと離れて探していると、ピンクの髪のホシノさんが黒いボロボロのマント?を着た怪しい格好をした人と何か真剣な話をしていた。
「ユリちゃん、準備はいい?」
「ああ……必ず潰そう」
心臓が跳ねた。ユリちゃん、というのは、きっと私の知るユリちゃんだ。でも、ホシノさんの顔は真剣そのものだ。
ここで割って入るのはマズイかな、と思いつつ、友達に会いたい気持ちを止められなかった。
「ユリ……?ユリよね?」
「…………………コハルちゃん。どうしてここに……」
「任務で……そ、それより!いい加減戻って来なさい、みんな心配してたし、もう帰ってきても大丈夫だから!」
「コハルちゃん……わ、私は。戻れない。理由は説明出来ないけど、帰れないの。ごめん」
今までに見たことのないくらい苦しそうな、泣きそうで崩れそうな顔でユリは拒絶した。
「何でよ!寂しいんじゃないの!?そんなに辛そうな顔なのに、どうして嘘なんか吐くの!?」
納得できない。辛いなら、辞めちゃえばいいのに。泣きそうなくらい嫌なら、帰ってくればいいのに。
強くて、カッコよかったユリが、そんな今にも壊れそうな顔をするくらいなら、いっそのこと全部捨てちゃえばいいのに。
「…………もう、話すことはないよ。ホシノさん、行こう」
「………そうだね。行こっか」
そう言って二人はビルに入って行った。その直後、たくさんの銃声と悲鳴、怒ったような声と爆発音が聞こえてきて、数分後に煤けた格好の二人が出てきた。
その目はさっき見たような揺れている目じゃなくて。何かを決めたような、怖い目をしていた。
「まさか逃げられるとは……追おう」
踵を返してどこかへ行こうとするユリの姿を、見ているだけなんて、私にはできない。
思わずユリの腰を掴んで制止してしまった。
「ね、ねぇっ、待ってよ……どこに行くの!?」
「コハルちゃん。君には関係のない事だよ」
「待って……置いていかないでよ………せめて話してよ、なんでなの!?わかんない!わかんないよ!」
「それで良いんだよ。コハルちゃんは。ここは闇が深すぎる」
そう言ってやんわりと拘束を外したユリとホシノさんは裏路地へ歩き出す。後には、ひとりぼっちの私だけがいた。
突然雨が降ってきて、私は濡れる。それでも、雨が降ったことに気づかないほどに私の目からは雨が止まらなかった。
トリニティに帰る頃には、くたくたになって、寮のバルコニーで倒れて寝てしまった。
朝起きると、モモトークに一通返信が来ていた。
「なに……?えっと……『正義実現委員会には帰れないけど、コハルちゃんとは会えるから!ていうか会いたい!基本シャーレに居るから、よろしくね!追伸。この事は誰にも言わないで』……?」
思わず笑顔になる。あんなに昏い目をしてたのに、やっぱりユリは変わってなかった。
そうと決まれば、私がやる事は一つだけ。いつも通り過ごして、正義実現委員会のエリートとしてじゃなく、私としてユリに会いに行こう。
「待っててよ、ユリ!」
その日は、上機嫌すぎて皆にちょっと心配されたのはここだけの話。
◆
「うう……ごめんよぉ、コハルちゃん……ごめんよぉ……」
「まぁまぁ、ほら、これでも飲んで落ち着いて」
夜。誰もいない柴関ラーメンでホシノさんと二人で食事をしている最中、私はコハルちゃんに酷い事を言ってしまったことを思い出して泣いていた。
「……ぷは。私は最低な人間です……友達になんて事を………」
「ユリちゃんはコハルちゃんを巻き込みたくなかったんだよね。分かるよ〜、おじさんも可愛い後輩を巻き込みたくないもん」
「うう……ホシノママ………」
「よしよし、良い子だね〜」
情緒不安定な私をホシノさんは優しく介抱してくれる。なんて優しい人なのだろうか。慈母神並みに優しい。
ホシノさんに抱き寄せられ、涙を流していると、柴関ラーメンの店主がそっとお茶を出してくる。
「何があったか知らないけどさ。とりあえず涙を出し切りな。たくさん泣いて、たくさん食べて。そうしたら元気も出てくるだろ?」
「うう……みんなが優しい。ここは天国か?」
人の情に泣かされるとは。15年間生きてきて初めての経験だ。
二、三時間ほど泣き、ちょっと落ち着いてきたタイミングでホシノさんの助言でコハルちゃんにモモトークを送った。
翌朝、私はアビドスの体育倉庫で目を覚ました。どうやら、泣き疲れて寝たらしい私をホシノさんが運んでくれたらしい。
寝起きで少しボーッとしながら、体育倉庫室から出ると先生に出会した。
「あ、先生。おはようございます」
「"ユリ、おはよ────って!服着て服!"」
「服ぅ……?あ、え、あっ、なぁあぁぁあっ!?」
なぜか私は下着だけで先生とエンカウントしていた。恐らく、暑さのあまり無意識のうちに服を脱いでいたのだろう。
……などと分析するよりも先に、私の半裸姿をガン見している目の前の変態を始末しなければ。
「いつまで見てるんだ!この変態っ!」
「"ふむ、純白か……これは…むごっ!?"」
「死んでしまえこの変態教師!」
「"……ごちそうさまです"」
何やらキモい事を言っている先生を蹴飛ばし、服を着る。見せてしまったのは確かに私だが、感想を言うのは流石に気持ちが悪い。
若干赤面しながら先生を足蹴にしていると、騒ぎを聞きつけたアビドスのみなさんが飛んできた。
「何事!?……って、なんでアンタがここに?」
「諸々は後で話すとして……先生に下着姿を見られた上に感想まで言われました」
「………せ、先生。それはちょっと……」
「大胆ですね〜☆」
「うへ、先生もやるねぇ。でも女の子の下着を見るのは頂けないな〜」
「最低……ありえない。」
全員からの顰蹙を先生が得た所で、襲撃感知用アラートが鳴る。どうやら敵襲のようだ。
武器を装備し、全員で駆けつける。
「ユリちゃん、背中は任せたよ。」
「…………!了解、ホシノさんっ!」
ホシノさんの言葉に嬉しくなりながら、先生の指揮のもと全員で力を合わせて戦う。敵は傭兵軍の集まりだ。
私……いや、私たちの敵じゃない。
「"行くよ、みんな!"」
今日ばかりは、戦いが楽しかった。