シャーレの居候は動かない 作:宇沢心経百面曼荼羅
やはり、ラーメンというのは良い食べ物だ。
アビドスに来てからと言うもの、ほぼ昼食を柴関ラーメンで済ませている私からしてみれば、もはやラーメンはマイソウルフードと言っても過言ではない。
今日も今日とて、柴関ラーメンで一杯のラーメンを啜る。その後、ライスをスープの中に入れ、レンゲでかき込む。
濃ゆい味わいの米に頬を蕩けさせながら、お冷で味のリセットを行う。最高だ。
「ユリちゃんは良く食べてくれるからね、これはサービスだよ」
「チャーシュー丼を?良いんですか」
「良いの良いの、学生さんはやっぱり沢山食べなきゃ!」
店主さんの優しさと漢気に感動を覚えながら、チャーシュー丼も平らげる。満腹になった頃合いに、店内に客が四名ほど入ってくる。
チラリと見ると、以前アビドスを襲った四人の傭兵……たしか、便利屋とか言った連中がションボリしながらやってきた。
「へいらっしゃい。お、アビドスんとこの友達さんじゃないか。何かのよしみだし替え玉は好きに頼んでくれ」
「ひ、一人で一杯なんて贅沢……良いんでしょうか!?」
「わあい、やったあ!それにしても、こーんなにサービス良いのにどうしてお客さんが少ないんだろ?」
「味は美味しいのに。立地が悪いのかな」
便利屋の面々が楽しそうに食事をしている中、その首魁……陸八魔アルだけはどこか沈んだ表情をしていた。
何かに悩んでいるような、それでいてどこか不満があるような、そんな顔だ。
「……………じゃない。」
「?」
アルがすっくと立ち上がり、わなわな震えながら周囲を睨みつける。私や店主、その他の店の内装をぐるりと見たアルが叫んだ。
「友達なんかじゃないわよぉーーっ!ずっと引っ掛かってたのよ、その理由はこの店!」
「アルちゃん……!」
「この店はとてもあったかくて、優しくて、みんな親切で……!私達は仕事をしに来てるのよ!?ここにいたらみんな仲良くなっちゃうわ!」
などとアルが啖呵を切っている最中、ミニスカートの制服を着たハルカと呼ばれていた子が凶悪な顔をしたのを私は見逃さなかった。
あれは、ゲヘナ生が悪い事をする時によくする顔だ。
「確保ーっ!」
「邪魔しないでください!邪魔をするなら……死、死んで、死んでくださいいっ!」
「っ!?ごふっ、な、なかなか……あぐっ!」
ハルカに頭を掴まれ、腹部に鋭い蹴りを受けてよろけた所をショットガンで頭を撃ち抜かれる。普通なら気絶しているところだ。
だが、私は曲がりなりにも正義実現委員会の戦闘員。この程度で気絶してしまうようなヤワな鍛え方はしていない。
「は、ハルカ!?何して……」
「アル様。先程のお話……つまり、この店をぶっ壊してしまおうって事ですね!?」
「………へ!?」
ハルカが起爆スイッチを押し、直後に大爆発する柴関ラーメン。咄嗟に店主を瓦礫から庇い、私はそのまま下敷きになる。
最低でも数百キロある瓦礫を押し除けるのは大変だったが、テコの原理をつかって何とか脱出する。
「柴関ラーメンが………おのれ、絶対に許さんぞ陸八魔アルッ!……ん?」
便利屋に対して若干の憤りを覚えながらも、周囲の情報をサーチするために羽を震わせる。通りで戦っているのは、数からして駆けつけたアビドスと便利屋だろう。
それとは別に、遠方から一個旅団程度の足音を察知した。
私個人の感情では、今すぐに便利屋をやっつけたいが、それでもこの旅団については何かマズい。進行方向からして、ゲヘナの部隊だろう。
恐らくは侵攻、少なくとも越権行為を犯そうとしていることに違いはない。
より大きな犯罪を阻止する方が、未来の為だ。
「ユリちゃん、怪我はないか!?」
「店主さん。ここを動かないでください。私は少し────戦ってきますので。ここは絶対に守って見せますよ」
そう言って私は瓦礫の下から襤褸を引っ張り出して旅団のいる方へ走る。
少し行ったところではやはりゲヘナ風紀委員会の生徒達が哨戒を行っていた。まずはこいつらからだ。
「ぐあっ!?」
「な、なんだ貴様……!?うわぁっ!」
「こちらB-6!交戦中!識別コード黒、【死神】です!きゃあっ!?」
「流石に冷静か────!こうなれば仕方ない、私から出向いてやる!」
その場にいた哨戒役の風紀委員たちを一掃し、より足音の多い方へ向かう。ビルの上に飛び乗り、俯瞰して見回すと一目瞭然だった。
道路を埋め尽くす風紀委員たち、そしてズラリと並ぶ戦車や迫撃砲。完全に侵攻しにきている。
「止まれ、風紀委員会。ここから先は領域侵犯だ」
連中の進行方向の前に降り立ち、私に込められる最大限の威圧をもって威嚇する。これで退かなければ、私一人で死ぬ気で何とかするだけだ。
退いてくれれば、ありがたいのだがそうも行かないのが現実らしい。
「出たな、お前が噂の【死神】とやらか。裏社会限定の仕事人じゃなかったか?」
「お前たちが悪に堕ちるというのなら、私はお前たちを成敗するだけだ。分かったら国へ帰るんだな」
「これも命令なんでね。悪く思わないでくれ……やれ!」
銀髪の褐色女の号令で一斉に風紀委員が動き出す。いの一番にやってきた突撃兵数百名に対して、愛銃のACEに銃剣を取り付け、互いに突撃する。
銃剣で生徒を切り裂くことは出来ないが、鋭い金属製の細い塊だ。これで突かれたり殴られたりしたら普通に痛い。
「総員!近接戦闘よォい!」
「白兵戦で勝てると思うな────ど素人め!」
突き出される銃剣や弾丸を交わしつつ、すれ違いざまに一閃、飛び上がって弾をばら撒き、銃床で鳩尾を殴打。勿論、銃撃の際は必ずヘッドショットだ。
しかし、数百人も相手にしていれば弾切れは必須だ。なので、こうする。
「へっ!弾切れか!ザマァみ────はぐあっ!わ、私の銃……」
「こいつ、銃を奪ってくるぞ!?クソッタレ、弾を撃ち切れ!奴に武器を与えるな!」
白兵戦から包囲銃撃戦に状況が変わり、私は一瞬にして蜂の巣になる……が、結局は条約適応内の武器だ。
死ぬほど痛いだけで、死にはしない。奪った銃でもって丁寧に倒していけば良い。それに、私のシルエットは襤褸で隠されている。
一秒間に一千発以上喰らうが、その内当たるのは僅か三割程度だ。
「な、なんで止まらないんだ……!」
息がし辛い。いくら回避行動をとりつつ銃撃を重ねた所で、いくら突撃兵を減らした所で、焼け石に水だ。
しかし、立ち止まれない。倒れられない。この先にはアビドスの皆が、先生がいる。みんなを守らなくちゃ、私が。力のある私が。それが力ある者としての責任と義務だ。
「へっ、漸く襤褸が剥がれやがったな……!ってアイツの見た目……!」
「おい、アレって……正義実現委員会じゃないのか?黒髪に赤眼って……やばいんじゃないのか?」
敵陣に何やら動揺が走っている。今が好機だ。銃を取り捨て、銃剣だけを装備する。今は身軽な方が良い。もはや壊れて使い物にならない装備は捨てていく。オーパーツを噛み砕き、全身に力を漲らせる。
今のうちに指揮官を討つ。奥の方で動揺している顔がハッキリと見える。
「と、止まれ!いでっ!」
「嘘だろ……銃剣で殴られたところがちょっと切れてる!?どんな振るい方したらこうなるんだ!?」
進む。進む。進む。ただ前を向いて、銃剣を振るい、目の前に現れた障害を殴り抜けていく。残り30メートル。ここからなら、届く。
思い切り地面を蹴り、大きく跳躍する。拾った分と合わせて合計六連続の銃剣による投擲攻撃。山海経に伝わるという秘儀。
これさえ喰らわせることが出来れば、私の勝ちは────揺るがない。
「……………撃て。」
司令官の乗っているものから、大きな熱が放出される。戦車だ、と認識した瞬間。私の身体はそれまでの奮闘が嘘だったかのように吹き飛ばされる。
数秒空中を漂い、その瞬間にも無数の銃弾に晒される。もはや痛みはない。ずっと痛ければあまり気にしなくなる。
「終わりだ、【死神】。アンタはよくやったよ。本当に……こっちは一個大隊に加えて二個中隊が負傷及び戦闘不能。対するアンタは大怪我だけだ」
地面に叩きつけられた私を、多くの目線が見つめる。その中でも最も強い目線。銀髪の司令官が私に語りかけてくる。
「………ゲホッ、ゲヘナへ……帰れ………」
「ごめん、それは出来ない。アンタも正義実現委員会なら分かるだろ?上官の命令は絶対なんだよ」
「フ、はは……大変だな、お互いに……」
「アタシはイオリ。そっちは?」
「ユリ……鬼灯ユリだ」
「覚えた。今度はサシでやろう」
そう言ってイオリは部隊を引き連れてアビドスの方へ向かっていく。負けた、そうだ。私は負けた。
悔しい。多対一だから、と言い訳が頭に浮かんだくる自分に悔しさを覚える。勝ちたかった。何としてでも勝ちたかった。
「……ぅ、ぁああ……!ああああ─────!」
傷だらけの顔がヒリヒリと痛む。それどころか、全身が地獄のような痛いが、それでも、胸の奥から湧き上がってくるこの痛みには耐え切れなかった。
二、三時間ほど転がっていると、傷がある程度治ってきたのでアビドスの校舎へと向かう。何事もなければ良いが、あの軍勢を前にはアビドスの皆が幾ら強いと言ってもどうにもならないだろう。
若干諦めていたが、無事な様子のアビドス校舎に着いたとき、私は倒れてしまった。
「……お腹すいた」
傷を治すのにエネルギーを大量に使ったのか、空腹で行き倒れてしまったようだ。校舎が無事で気が抜けたのもある。
とりあえず手頃なもの───近くに生えていた雑草を食べて腹を膨れさせる。苦味やエグみが凄かったが、食べれなくはなかった。
「その言葉を待っていましたわ」
「は?」
見上げると、ハルナがどんぶりを持って立っていた。それだけじゃない。ジュンコにアカリ、イズミもニコニコしながらどんぶりを持っていた。
一体、何をするつもりなのだろう。後ろでフウカさんが縛られているし。
「ユリさん。私、魚介丼は新鮮な方が良いと思うんですのよ」
「イヤ……私漬けマグロとか載せるの好きだけど……」
「……オホン!そこで私は考えました。新鮮な魚が欲しいなら釣れば良い……と。水族館は出禁を食らってしまいましたし」
「それと、いつも協力してくれてるユリへの感謝も込めてね!一緒にマグロ釣ろ?」
なるほど、そういうことか。
つまるところ、休暇だ。そう言えば、この間バカンスを楽しんでから暫く働き詰めだった。良い機会だ、マグロ漁をするのも楽しいかもしれない。
それに、ジュンコの屈託のない笑顔で誘われたら断りづらいというものだ。
「その前に身体を癒してほしいんですけど」
「お任せください。フウカさん!頼みましたわよ」
「何で私が?でも、すごい怪我だし……しょうがないなぁ……」
「フウカたん…………ありがとう、すき……」
「何言ってるの、怪我人は大人しくしててよね」
フウカさんに身も心も癒されながら、私は美食研究部の皆と共に漁村へ向かった。
朝に釣りをし、昼に帰ってきて磯焼きを楽しむ。夜にはイカ漁をし、また別の日には大物を釣ったりする。
そんな楽しいバカンスを楽しんでいると、私の元に一通のモモトークが飛んできた。
「ホシノです。突然ごめんね。私は訳あってみんなとお別れすることになったんだ。アビドスの皆には手紙を残したけど、ユリちゃんはどこにいるか分からないからモモトークで電話をかけさせてもらってるよ」
「ホシノさん……?どういう事ですか」
「ユリちゃんがゲヘナと戦ってくれたの、聞いたよ。赤の他人の私達のために、とっても傷だらけになってくれたんだってね。私は心配よりも嬉しさが勝っちゃった。ありがとう」
「説明をしてください、ホシノさん!」
「……うへへ、思えば、最初に仲が悪かった時から随分と打ち解けたよね。あんなに尖った物言いでさ。うん、そうだね。そうしよう」
「ホシノさん、今どこにいるんですか!何をする気ですか!」
「はぁ、ほんと……ユリちゃんは察しがいいなあ。ね、お願いがあるんだ。もし私が私じゃ無くなって、みんなを襲うようになったらさ────ユリちゃんが私のヘイローを破壊してくれる?」
「なっ………!?何を言い出すんですか!ホシノさん!ホシノさん!待ってください、ホシノさんっ!」
「…………ごめんね。」
電話はそこで切れた。こうしてられない、早く行かなくては。
ハルナたちにお礼と謝罪をして、私は走り出す。
なりふり構っていられないのでその辺に泊まっていたバイクに乗り、全速力で飛ばす。
「待っていてくださいよ、ホシノさん……!」
◆
私は、また大人に騙された。
アビドスの悪い状況を何とかする、という甘い言葉に騙されて、私は『黒服』との契約を交わしてしまった。
アビドスに残してきたみんなは、きっとユリちゃんが守ってくれる。あの子は私とは正反対で、攻めるより、守る方がきっと得意な子だから。
今頃、みんなは何をしてるだろう?
アビドスを守り切れたかな。それとも、守り切れなくて敗走しちゃったかな。いや、先生がついてるから、それはない。
思えば、先生には私の凍った心を溶かされたな。私の心は二年前からずっと、あの時のままだ。
よくみんなに言ってたっけ。「人生という名前の道に迷っちゃってさ」って。
私は、ずっと出口のない迷路を歩いている。
ユメ先輩の死と、どうしようもなく苦しい現実。
何度楽になろうと思ったかは分からない。でも、睡眠剤を取り出すたびに錠剤が私を睨みつけてきたんだ。
「お前はそれでもいいのか」「後輩はどうなる」って。
その度に私は歯を食いしばって、誰にも悟られないようにユメ先輩を演じた。ふわふわしていて、掴みどころのない感じ。
それでいて、自分のことを変な愛称で呼ぶ。
初めのうちは、本当の自分との食い違いで気持ち悪くなったっけ。けど、ノノミちゃんやシロコちゃんの手前、そんな醜態を見せるわけにはいかないから。
二年生になる頃にはすっかりそれも定着していた。
アヤネちゃんとセリカちゃんが入ってきてくれた時は、心から嬉しいと思った。こんな砂しかないような学校に、来てくれるなんて思わなかったから。
可愛い後輩たちに囲まれて、借金をゆるく返しながら残りの学園生活を過ごせる。そう思っていた。
カイザーグループの魔の手がすぐそこまで来ていたことに、私は気づけなかった。いや、本当は気づいていたのかもしれない。
でも、認めたくなくて、この日常を崩すのが怖くて。意識の奥底に封印していたのかもしれない。
「でも、もう関係ないや……」
私の身体に巻き付く様に取り付けられた装置から、微かにだが何かが送られてきている感覚がある。それと同時に、どんどん気持ちも暗く、沈んでいく。
私の中にあった希望が、絶望に侵食されていく。
「ホシノちゃん」
誰かが、私を呼ぶ。
「ホシノちゃん。聞きたいことがあるんだ」
誰だろう。懐かしい気持ちがする。
その声を聞くと、あたたかくて、幸せな気持ちになる。
きっと幻だ。いつも見てる夢見たいな幻。
「どうして助けてくれなかったの?」
やめろ、あの人の顔で、あの人の声で、そんなことを言わないでくれ。
「どうして私を探してくれなかったの?」
「痛かった。苦しかった。助けて欲しかった」
「ホシノちゃんはどうして私を裏切ったの?」
仕方なかった、知らなかった、ずっと探していた、いまでも、忘れたことはない。
「悪い子のホシノちゃんに特別なのを見せてあげるよ」
突然、脳裏に浮かんでくる無数の光景。いや、これはきっとあり得たかもしれない未来だ。
先生がその辺の人に殺されて、セリカちゃんがあのまま行方不明になって、アヤネちゃんがアビドスをやめて、ノノミちゃんが家に戻されて、独りぼっちのシロコちゃんが深い絶望に落ちる。
「あと1人……いるよね」
ユリちゃんの映像は、ただ薄暗い地下でナニカが朽ち果てているだけの映像だった。
「ホシノちゃんのせいだよ」
「ホシノちゃんが撃った弾が頭の奥に入っちゃったんだって」
「そのせいで、ユリちゃんは死んじゃった!アハハハハハハハハ!」
違う、そんなはずはない。だってそうだ、ユリちゃんには後輩のみんなを任せたはずだ、こんな未来、あるはずがない。
「ふーん、じゃあこれはどう?」
「カイザーPMCに負けて、みんなの代わりに磔の刑だって!生きたまま焼かれるってどんな気持ちなんだろう?」
「見て?この苦しそうな顔!面白いね!」
その後も、さまざまなグロテスクで悪趣味な映像を頭の中に流された。だけど、それでも。私は信じている。
アビドスの皆を、先生を、ユリちゃんを。
でも、少し辛い。今すぐに折れてしまいたい。げも耐えなくちゃ。きっと、先生が何とかしてくれる。
そう、約束したから。
◆
私がアビドスに駆けつけると、丁度先生がゲヘナに向かうところだった。
先生の話によれば、トリニティへはヒフミ先輩が助力を求めに行き、あとはゲヘナ風紀委員会に協力を要請するそうだ。
「先生、私────正義実現委員会を頼ってみます!」
「"覚悟は決まったんだね"」
早速ハスミ先輩に電話をする。すると、「アビドスでしょう?ツルギが向かっていますよ」とだけ言われて切られてしまった。
どういう事だろう、いつのまに嗅ぎつけられた?
「先生、トリニティで一番強い人が来るみたいです……」
「"オッケー!頼もし………えっ!?"」
危うく先生がバランスを崩す。それを支えつつ、ついでにバイクに乗せてゲヘナまで走ることにした。
いざゲヘナに着くと、出迎えの生徒としてイオリが現れた。
「お。ユリ!怪我は治ったみたいだな」
「おたくの優秀な料理人のおかげだよ。ところで、頼みがあるんだけど……」
イオリに事情を説明すると、少し難しい顔で考えたあと、先生に対して自分の脚を舐めたら聞いてやるというよく分からない条件を出してきた。
その瞬間、先生は澄んだ目でイオリの脚を舐め始めた。
「!?」
「自業自得だよイオリ。この人こういう感じだから」
「いつまで舐めてるんだこの変態!」
結局、途中でやってきた風紀委員長のヒナさんが快諾してくれたので、事は上手く運んでいると言ってもいいだろう。
しかし、やはりと言うべきか襤褸のマントを羽織っているとはいえ明らかに正義実現委員会の私を見てヒナは怪訝そうな顔をしていた。
「貴女、見たことある。治安維持活動家の【死神】でしょ」
……わけではなく、純粋に私のことを思い出そうとしていただけらしい。
というか、【死神】だけならまだ格好もついたろうが、治安維持活動家という修飾語がつくと余計にダサく見える。
「そうだが……何です?」
「こっちにも報告は上がってきてる。ゲヘナの暗黒街を普通のスラムに戻してくれたんだよね、ありがとう。お陰でこっちの業務も減って楽になった」
「感謝していると言うのなら、ぜひ行動で示してください。敵は大企業の私兵団ですが、私を打ち倒した風紀委員会の長たる貴女が、そうおいそれと負けることもないでしょう?」
「そうね。任せておいて」
やはり何かのトップを張る人物というのは別格のオーラがあるように思える。ヒナさんは私とあまり身長が変わらない───私の方がちょっと大きいが───それなのに、とても背中が大きく見える。
その肩に、どれほどの責任が乗っているのかわからない。けれど、凄まじい重圧だろう。同じトップであるツルギ先輩を思い出す。
あの人も、日々とんでもない責任と義務に追われている。けれど、ハスミ先輩がいる。ツルギ先輩を支える私たちがいる。
ヒナさんにも、そういう人がいるのだろうか。
「やっぱり、敵わないな……」
「じゃあ、また今度。絶対救援に行くから」
ゲヘナを去った私たちは、一応確認のためにトリニティへ行くことにした。ヒフミ先輩が上手くやってくれているか、ちょっとだけ不安になったからだ。
先生は絶対大丈夫!と言っていたが、それでもトリニティの内情を知る身からすると、不安なのだ。
「先生、私は隠れていますのでお願いしますね」
「"ヒフミに確認取ればいいんだよね?モモトークじゃダメなの?"」
「……あ、すみません。確かにそうでした。おや、あれは?」
遠くから土煙をあげてこちらへ走ってくる影が一つ。ツルギ先輩だ。ツルギ先輩がいつもの笑顔でこっちへ向かってきている。
「あ、ツルギ先輩!来てくれたんですね!」
「後輩が頑張っているからな、それに、ようやく私たちを頼る気になったんだろう?それには全力で応えたい」
「………すみません、暫く、戻れていなくて。その、私……」
ツルギ先輩の優しい言葉に、思わず心の丈を話してしまいそうになったとき、ツルギ先輩は私の頭に手を置いて、そのまま優しく撫でた。
「ユリの活躍は聞いている。お前なりに正義実現を体現しようとしているのだろう?弾薬補給や休息の時だけでもいい、いつでも気軽に帰ってこい。皆、寂しそうにしていたぞ」
「………せんぱい。」
よく、ツルギ先輩の事を悪くいう話のうちに「強いから委員長になれたのだ」と言うものがある。しかし、そうではない。
ツルギ先輩は強さと、その人格の良さから選ばれているのだと、改めて痛感する。
「……ところで、そちらの大人は?」
「"シャーレの先生だよ、よろしくね"」
「せっ!?せせせせ、せん、先生っ!?先生って、あの!?これは、失礼を……!」
そういえば、ツルギ先輩の執務室には先生と生徒が禁断の恋愛をするとかいう本が置いてあったはずだ。
ツルギ先輩からしてみれば、物語の人物がそのまま出てきたようなものだ。舞い上がるのも無理はない……それに、憎たらしいことに先生は整った顔立ちをしている。
それが余計に拍車をかけているのだろう。
「ツルギ先輩、せっかくですし並走します?丁度アビドスに戻ろうとしてたところなので」
「きひっ!きひひひっ!」
ツルギ先輩も嬉しそうにしている。私は風になりながらツルギ先輩と先生の微笑ましい会話を聞きつつ、道中でカツアゲしていた不良を轢き逃げするなどした。
「"ユリ!?今何か轢いたような……"」
「私は風。ドライブはいつもハリケーンですよ」
アビドスまで帰るのに、およそ10人以上跳ね飛ばした。顔は覚えたので、今後は目を光らせておこう。
ハルナの運転に慣れてからというもの、人を跳ねる事にあまり抵抗感を覚えなくなってしまった。車道に生身で出てくる方が悪いのだ。
少なくとも、トリニティの法律ではそうだ。
「らしくなってきましたわね」
と、どこからか聞こえた気がした。