シャーレの居候は動かない   作:宇沢心経百面曼荼羅

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遅刻しました!申し訳ありません!


怪盗ごっこ②

 

 

夜、一人で暗いオフィスの中で夜景を見下ろす。

ミレニアムタワー最上階、私以外入ることの出来ないこの部屋で、エンジニア部から上がってきた『異変』について思考を巡らせる。

仮想Divi:sionシステム。それは目下ヒマリと共に進行中の作戦と大きく関わるものだ。

誰が作ったかは知らないが、こんなものを作った上に、タダでさえ機械類の多いミレニアムに持ち込むなど。

考えたくもない事態に陥らなくてよかったと、心底思う。おそらくコレを運んできた者はコレが何であるか知らなかったのだろう。

 

「AL-1S……そして不可視の軍隊……」

 

以前ミレニアムで行われた特殊作戦『ケセド殲滅包囲戦』で判明した事実。ディヴィジョンシステムによるキヴォトス滅亡の危機。

そして特異現象捜査部が提出して来た()()()()()()()()。これらを組み合わせると、ある一つの筋書きが見えてくる。

そしてその終着点には、必ずキヴォトスの滅亡が待っている。

 

「報告によれば……仮想Divi:sionシステムは埋め込まれた物を乗っ取り、敵対行動をとるように設計されている。もし、これがエリドゥに埋め込まれたら………」

 

手元のタブレットを操作し、エリドゥ内にキヴォトス外の技術であり私たちには理解する術のない爆弾────確か、「神核」という技術を使っているらしいモノを輸送する。

以前トリニティの一部地域で厳重に保管されていたものをC&Cが奪って来たものだ。

 

これがどのような破壊力を齎すかは分からないが、願わくばコレを起動する羽目になる事は避けたい。

 

「────えますか!見えますか皆さん!夜空を華麗に舞い、大立ち回りをする姿が!あれこそ矯正局から脱獄した『七囚人』のうち一人、『慈愛の怪盗』です!」

 

ニュースからは今日の昼頃から話題になっていた怪盗とやらがミレニアムの高層ビルを飛び回っている様子が流れていた。

どうやって撮ったのかは分からないが、アップにされた画で自身に満ち溢れた表情で笑っている怪盗の顔が映し出される。

 

「怪盗は現在、再びミレニアムタワー内部に侵入!映像ドローンからは、次々とセキュリティを突破していく様子が……壊されました!映像ドローン、今壊されました!」

 

「C&Cは何をやっているの………?トキ、行きなさい」

 

インカムでトキに指示を出す。トキならば数分後には制圧して帰ってくるだろう。彼女は強い。パワードスーツの補正もある。負ける事は1%だってあり得ない。

数分後、ドアの開く音がする。見なくてもわかる。トキだ。きっと勝って戻って来たのだろう。

 

「おかえりなさい、早かったわね」

 

「やはり君が持っていたんだね────。そのマイクロチップを渡してもらおうか」

 

「なっ……!トキは、いいえ、貴女を足止めしにメイドが一人送られたでしょう!」

 

しかし、そこに居たのは怪盗クローバー仮面の格好をした女だった。その雰囲気はただの仮装好きの一般人とは一線を画している。

歴戦の猛者。ネルを前にした時と似たような感覚に陥る。その動作の一つ一つが私を打倒しうる必殺になる気がしてならない。

 

「あの子はトキちゃんって言うんだね。チラッと見えたメイドはそう言う事だったんだ」

 

「………どういうこと?」

 

「一階ずつ攻略するのも面倒だったからさ。飛ばし飛ばしで来たんだよ」

 

そう言うと、怪盗は私のすぐ横に何か細い糸状のものを飛ばし、私の目の前まで迫ってくる。ほとんど視認できないほどの細さのワイヤー。こんなモノを、ミレニアム以外の技術者が……?

 

「こんな風にね?あと話す事といえば、君の今手に持っているそのマイクロチップ、危険だからボクに渡してよ」

 

「………これを、どうするつもり?」

 

「処分する。機械ばかりの場所に置いておけないからね」

 

「…………………っ!一つ、聞くわ。もしこれと似たようなモノが……ミレニアムにもう一つあるとしたら?」

 

怪盗は少し黙った後、飄々とした態度から一変して全身から震えるほどの殺気を剥き出しにする。そしてたった一言……「潰す」とだけ呟いた。

もしかしたら。この暴走する機械のような人は、私の計画を知れば、理解を示してくれるのかもしれない。

万全を期さない状態で事に臨むことはしたくはないが、それでもこの好機を逃すことはできない。

ヒマリが信用しきれない現状、認識の擦り合わせが一致する人材は欲しい。

 

「貴女に、話しておきたい事があるの────」

 

目の前の何を考えているか分からない怪盗に対して、私の計画をプレゼンする。こんな事、一年生の時に参加したミレニアムプライス以来だ。

誰からも理解される必要はない。けれど、私の考えを理解し、賛同してくれる正体不明の独立機動兵が手に入るのならば手に入れておきたい。

 

「………つまり、そのアリスとかいう機械が怪しいので、スパイとして潜入して欲しいって事だね?」

 

「その前に、私の考え───AL-1Sがもし『名もなき神々の王女』だった時はアレを破壊する事には賛同してくれるかしら?」

 

「無論だとも。機械なんだろう?不都合があればまた作ればいい話だ。ミレニアム(君たち)なら出来るだろう」

 

「再製造に関しては、どうとも言えないわ。ありがとう、貴女を信用させてもらうわね。偽装生徒データを作っておくわ、明日から行動を開始して頂戴」

 

「明日からかい?人遣いが荒いね。まぁ良いだろう、これも治安維持のためだ」

 

そう言うと、怪盗は窓ガラスを破って出て行った。数百メートルはあったはずだが、怪盗ともなれば飛び降りても平気なのだろうか?

ともかく、私は強力な理解者を手に入れた。ヒマリともし反目したとしても、その後詰は多重のセキュリティを突破し、トキを出し抜きうる能力を持った怪盗を使って工作を行えばいい。

 

私の計画は完璧だ。

 

 

 

 

 

 

私は人探しが苦手だ。

人というのは往々にして好き勝手に動くものであるし、意思がある分そこいらの野生動物よりも厄介だ。

なぜこんな事をするか、といえば私でもよく分からない。ただ、昨日の夜にミレニアムスゴイタカイビルにマイクロチップを回収しに行った際、やけに大人びた人に話を持ちかけられたのだ。

 

その場のノリで「悪と脅威はダメだよね」的な会話をしたはずだが、いつの間にか私の偽物の生徒データが存在し、学籍も用意されていた。

トキというメイドの子がビルの上で暇をしていた私に渡しに来た時に諸々教えてもらった。

 

新しい私の名前は奇妙な事に「ユリ」。その名前で登録されていると聞いて驚いた。

トキちゃん曰く、「黒百合にかけたと聞いています」との事だ。縁起でもないし、趣味が悪い。人にそんな名前をつけるかな、普通。

 

それはさておき、私は今『ゲーム開発部』という一個分隊ほどの生徒たちを探している。タワーの人にそこに忍び込むように言われたからだ。

しかし、部室に赴いても既にもぬけの殻。部室の中は汚く、人ひとり隠れられそうなスペースはいくつかあった。

 

「どこを探しても、誰に聞いても見つからない……と、いうことは立ち入り禁止区域に行った可能性が高いな」

 

ミレニアムの立ち入り禁止区域……即ち、『廃墟』付近なら以前も訪れたので大体の地理は把握している。

建物と建物の間を飛び回り、廃墟まで移動する。相変わらず人気のない場所だ。

 

「生徒や市民は居ないな……だが足音は聞こえる。装備の擦れる音もする、という事はやはり……未確認の軍隊か」

 

『廃墟』内にある廃工場らしき建物の中に入り、羽を震わせ辺り一体を探る。すると、遥か遠くの方から銃撃の反応があった。

足音の数と重さからして、小柄な生徒が四人。凡そ肝試し気分で入って、そのまま戦闘になったのだろう。

 

「小柄……四人。トキちゃんから貰ったデータのゲーム開発部と同じか。行ってみる価値はありそうだ!」

 

音のした方まで飛んでいくと、識別コード不明の機械兵たちが私と同じくらい小さい子達を囲んでいた。

その真ん中には先生が蹲っており、銃撃から身を守るようにしていた。

 

「ど、どうしようお姉ちゃん!こいつら、倒しても倒しても次々と湧いてくるよ!」

 

「どうにかするしか無いでしょ!先生に弾が当たらないようにして!」

 

「光よ────!」

 

「や、やらなきゃ……!みんなを守らなきゃ……」

 

「"五時方向新手!……いや、この反応は!?"」

 

中々に劣勢らしい。先生もこの軍隊の中では逃げ場を失い、生徒たちに守られながら指揮を飛ばしている。

後方指揮官が前線に出てくるな、と言いたいところだが、そうも言ってられないようだ。

 

「助けは必要かな?お嬢さんがた!」

 

「誰!?」

 

ワイヤーアクションを空中で中断し、自由落下状態で狙いを定めて周りにいた機械兵たちを着地までに破壊する。

新しい銃は中々に高性能らしい。前の小銃だったら二、三発はかかっていたのに。

 

「怪盗クローバー仮面……参上!」

 

「"ユリ!?どうしてここに……!でも心強い、二時方向に突破頼むよ!"」

 

「了解!」

 

先生にはすぐに変装がバレてしまったらしい。流石は先生、と言ったところか。

私は先生の指示通り二時方向へ突貫し、その方向にいる敵を片っ端から破壊していく。キヴォトスの住民を相手にするよりも、こう言ったロボットの方が戦いやすい。

壊してしまっても文句を言われないからだ。

 

「"ユリ!砲撃飛ぶよ、避けて!"」

 

「勇者の一撃です!発射シーケンス完了、光よ──────!」

 

ワイヤーを使い上に飛び、そのまま遠心運動を利用して銃を撃ちつつ道を開けていく。誰かと一緒に戦う時に先陣を切るという経験は中々無いので、少し動きづらい。

正義実現委員会も、美食研究会も、基本的には私の後ろから銃弾が飛んでくる事は少なかった。

 

飛んでくる事はあったが、それでも練度が違う。射線に入らなければ絶対に撃たれないという事の安心感は格別だ。

その点、このスクワッドは二人ほど適当に弾をばら撒いている。羽を震わせながら戦っていないと、いつ後頭部に砲撃が当たるか判ったものではない。

 

「"あそこの建物に入るよ!ユリは殿をお願い!"」

 

「人使いが荒いんですよ!了解!」

 

先鋒に加え殿まで任せるとは、人のことを便利な戦術兵器とでも思っているんじゃなかろうか。

私はツルギ先輩ほど便利ではないぞ、と思いつつ殿を務め切る。相手が正義実現委員会や風紀委員会でもない限り余裕だ。

 

全員が建物に入った途端、ロボット達はまるで何かに阻まれるかのように入ってこなくなった。

 

「助かったぁ〜!五年は寿命縮んだよ!」

 

「はい!アリスの勇者パワーで切り開きました!」

 

元気なちびっ子ふたりは変わらず元気そうにしているが、先生含むダウナー組は肩で息をついていた。

私としては、どちらの気持ちもわかるのでなんとも言い難い気持ちになったが。

 

「"それにしても助かったよ、ありがとう"」

 

「よく見たら昨日テレビで映ってた怪盗じゃん!もしかして私たち……秘密のミッションに協力してるの!?」

 

「ぱんぱかぱーん!怪盗が仲間になりました!」

 

「その、助けてくれてありがとうございます。どうして助けてくれたんですか?」

 

ふむ。ここで嘘をついて適当を言ってもいいが、この子達の信用を得るためには本当のことを言っておいた方が良いだろう。

私に近づくように言ったのはトキちゃんの上司……なのだから、おそらくタワーの人はミレニアムでも偉い人なのだろう。

 

「セミナーの人に頼まれてね。君たちを見守ってあげてほしいと頼まれたんだ。彼女も素直じゃないから」

 

「ユウカが……。じゃあ、ここ最近街の中を飛び回ってるのって……」

 

「それはヒミツ。知りたければ自分で、ね?」

 

「おお……!怪盗みたい!すごいすごい!」

 

「シーフ職はパーティに絶対必要です!アリス知ってます、ダンジョンの恐ろしい罠を回避する為にはシーフ職が必須です!」

 

「…………………。」

 

ダメだ。私にはどうも、この子達がキヴォトス崩壊を目論んでいる極悪非道集団には思えない。おかしいな、タワーの人はもの凄い悪く言っていたのに。

いや、そもそも悪に先生が与するはずもないか。

 

「答えは得た。じゃあボクは行くよ、またね」

 

私とした事が、あのマイクロチップの事で神経質になっていたらしい。AL-1Sと思わしき子は純粋そうな良い子だった。

そう結論づけ、私は『廃墟』の外まで飛び回りつつ向かう。しかしその途中で、『廃墟』内部へ入ろうとしている影を発見。

 

「そこの君、危ないよ。ここから先は危険地帯だ」

 

警告する為に地面に降り、声をかける。しかし即座に私は肩を掴まれ、影の翼で包まれる。

まずい、囲まれた。有翼の生徒だけに出来る拘束手段だ。こうなると、中々逃げ出すのが難しくなる。

 

「君が誰か知らないけどね、ボクを舐めない方が……は、はっ!?」

 

ハンドガンを頭に向けようとして、私は硬直してしまう。その影は、私のよく知る人物であり、憧れであった。

そう、その人は──────

 

「は、ハスミ先輩………!?どうして、ここに………」

 

「やっと、やっと捕まえましたよ。テレビに映る貴方を見て、一目で分かりました。ユリ、貴女に話したいことが沢山、たーくさんあります」

 

久々に見たハスミ先輩は笑っていた。その怒りに満ちた目以外は。慌てて身じろぎして抜け出そうとするも、びくともしない。

キヴォトス一大きな翼のハスミ先輩からは逃げられない。

 

「待ってください!待って!話をしましょう!」

 

「ですから、さっきから話したいことがあると言っているではないですか」

 

「イヤーッ!こ、殺される!消されるーッ!た、助けてコハルちゃん!助けてジュンコ!助けてホシノさぁん!」

 

「……………この、大馬鹿者ぉ!!!!」

 

「むぎゅっ!」

 

ハスミ先輩のその恵まれた体格で抱き締められる。全身からギリギリと音がなり、悲鳴を上げようにも大きな胸の中に埋められている為声を上げることすら叶わない。

その状態で都市部の中まで移動され、衆目監視の中私は半ば気絶しながら人気の少ない路地まで追いやられる。

 

「おい、そこの……ああ。すまない、邪魔したな」

 

途中、ヴァルキューレの警官が不審に思ってか声をかけて来た時は、救世主でも現れたのかと思ったが、何かを察したのかそそくさと立ち去っていった時には「神は死んだ」と思った。

裏路地に連れて行かれ、壁に叩きつけられるようにして解放された私は恐る恐るハスミ先輩を見る。

 

「まず。どうして私たちの前からいなくなったか……説明してくださいますか?」

 

「ま、毎日真面目に任務やってたんだけどォ……もう疲れちゃって動けなくてェ……」

 

「それで?」

 

「たまに休みたくてェ……でも状況が許さなくてェ………」

 

「真面目に喋りなさい!」

 

「はひっ!そ、それでですね。死んだら激務から解放されるかな〜と、思いまして。一週間ほど死のうと思ったんですね」

 

「その結果、どうなりましたか?」

 

「予想以上に大事になっちゃってですね……戻るに戻れず。せめて正義実現委員会として恥じない活動をしようと思って、それからは悪の組織などを潰して回っていたのですが」

 

「はい。………はい?悪の組織を、ですか?」

 

「気がついたら痛々しい二つ名までついていて、それを払拭するのと正義実現委員会に所在がバレていたので……ビナーの爆発を利用して失踪しました!」

 

「ま、待って。待ってください。悪の組織というと……カイザーローンや、闘蛮鬼商会、ヤミノ製薬、ひところクッキングなどを潰したのも……?」

 

「………?それがどうかしたんですか。さぁ言いましたよ!けど仕方なかったんです、私ではどうしようもなかったんですぅうう!」

 

仕方なかった、と言えば聞こえはいいかもしれないが、結局は私が私の感情をコントロール出来なかったから起こってしまった出来事だ。

瞼の奥から熱いものが込み上げて来て、誰にも言えなかった感情が溢れ出す。

 

「うえぇ……ごめんなさい、ごめんなさいハスミせんぱい……私が、私が悪かったですぅ……!」

 

「あ、あの。それよりも戦果についてなんですが」

 

「だから、殺さないで………!」

 

ハスミ先輩が出した手配書には、『DEAD or ALIVE』、つまり生きていても死んでいても構わないと書かれていた。

それは即ち、どちらにせよ捕まれば死が待っていると言っているのも過言では無かった。

死にたくない。死んでしまったら、私が助けられるはずの人たちが助けられないという事だ。

 

「殺しませんよ!?私がそんな事をする筈がないでしょう!」

 

なんとしてでも、生き延びなければならない。

私の胸中を蝕んでいたモヤモヤの正体が分かった。

叫びだ。正義の叫びだ。ここで正義は潰えてはならぬと、私の魂に刻まれた正義の心が叫んでいたのだ。

 

「私は、死ぬわけにはいかないんです。何故なら!私の正義はまだ死んでいない!」

 

ドン!と鳴りそうな気迫を持って訴える。私が憧れたハスミ先輩なら、きっとこの正義の心を理解してくれるはずだ。

 

「死なせませんよ!分かりました、分かりましたから一度貴女の倒した組織について話しましょう!」

 

どうやら分かってもらえたらしい。

私はほっと胸を撫で下ろし、そのまま倒れようとして────柔らかいものに受け止められた。

 

「まったく……一度決めたら強情なところは私に似なくても良かったんですよ……」

 

優しい声をかけられ、とろんと眠くなってくる。

その後、あたたかい温もりのなかで眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

ユリの話を聞き、頭を抱える。

聞けばユリはD.U.内にあったという非合法組織や反社会勢力を悉く潰して回っていたらしい。

以前では犯罪率が跳ね上がり、終わりの街と化していたD.U.はすっかり元の綺麗な街になっているらしい。

 

「………ユリ、貴女という人は。どうしてこう、頑ななのですか?」

 

「いや……一人で何とかなりましたし」

 

幾つもの修羅場を潜り抜けて来たのだろう。最後に見たユリの姿よりもはるかに逞しく、強くなった雰囲気を感じる。

今にも死んでしまいそうで、ふらふらと歩いていたユリの姿は今や見る影もない。良いことなのだが、その成長を見れなかったことが少し悔しい。

 

「ハスミ先輩は私の捜索以外に何かしてらしたんですか?」

 

「ええ、エデン条約関連で少しゲヘナと交渉を。それと、ナギサ様が貴女を呼んでいましたよ。良い機会ですので伺ってみては?」

 

「ええー……いやです。シスターフッドの黒い主人より暗い噂が絶えない人ですよ?」

 

「………まぁ、一応何が目的かは聞いていますよ。ですがこういうのは直接ナギサ様から聞いた方がいいでしょう」

 

「ハスミ先輩、一緒について来てくれますか?」

 

そういう事で、特に抵抗せずユリをトリニティまで連れてくることができた。他の生徒に見られるのは嫌だ、という事で私の翼に隠れる姿は、年相応で可愛らしかった。

 

「────なるほど、そういう事でしたか」

 

ナギサ様に面会すると、本当にお茶が美味しいのか何度も紅茶を飲みながら応対してくれた。

ユリの戦績についての話をした時は、やけに紅茶を飲んでいた気がするので、何かあるのだろう。

 

「鬼灯ユリさん、貴女にお願いがあります。正義のために尽くし、戦い抜ける貴女にしか頼めないお願いです」

 

「…………………。」

 

「そう怖い顔をしないでください。やって欲しい事は、『シャーレ』の先生の懐柔です。どのような手段を使っても構いません、いえ……むしろ貴女の事ですから既に手籠になっているのかも知れませんが」

 

「……………と、申されますと?」

 

「ええ、ですから。ユリさんは既に先生を罠にかけ、籠絡に成功しているのでしょう?ほんの少し、トリニティ側に傾けてくれるだけで良いのです」

 

その時、以前ナギサ様が勘違いした噂を話していたことを思い出す。その事を言っているのだとすれば、とんだ悪趣味だ。

事実はそうではないとはいえ、尊厳や誇りを無惨に散らされたと認識されている子にそんな事を頼むなど。

 

「ハスミさん?どうしましたか、そんなに震えて……寒かったですか?」

 

「いいえ、良いご趣味だなと思いまして」

 

「そうですか。それで……ユリさん、受けてくれますね?貴女がトリニティに与えた影響は計り知れません。断る事はまず出来ないはずですが」

 

「うぐ。分かりました、世情や個人情報に明るいナギサ様が何を仰っているかはよく分からないですが、先生にトリニティをPRすれば良いんですね?」

 

「PR……少し違う気がしますが、まあ言葉の綾として受け止めましょう。では、要件は以上です。帰って良いですよ」

 

ティーパーティーの茶会室を出た私たちは、顔を見合わせる。ユリはどこか察したような顔で「あちゃー」と言っている。

やはり、ユリも聞いていたようだ。あの荒唐無稽な突拍子のない噂を。

 

「ちなみに、一応聞いておきますね。先生を籠絡したんですか?」

 

「してませんよ……。精々身の回りの世話ぐらいですね」

 

「ですよねえ……先生に限って生徒に手は出さないでしょうし」

 

ナギサ様はやはり勘違いをしている。その事を伝えても良かったが、それはユリとイチカの手によって阻止された。

イチカは目敏く私とユリがいる所を見つけてきて、気楽に話しかけて来た。

 

「おっ、ハスミ先輩!それにユリちゃんじゃないっすか。お久しぶりっす〜」

 

「あ、あう、あの……すみませんでした」

 

「ん?良いっすよ別に。正義実現委員会はなーんにも被害受けてないですし。ツルギ先輩とハスミ先輩が真相を教えてくれたんすよ」

 

ユリからジトっとした目で見られる。なんだその目は。

 

「それより、ナギサ様と会って来たんすよね?まだ勘違いしてました?」

 

「ええ、困ったものです。ユリが先生と出来ている……などと」

 

「あり得ないっすよねー!第一ユリちゃんに女の子としての魅力求める事が間違いっすよ。カッコいい系なら分からなくもないんすけどね」

 

「どういう事ですか!私だって多少はあるんですよ!」

 

「なはは、まぁまぁ。そうだ、面白そうですし……ホントは出来てないって事は隠しましょうよ」

 

「何でです?誤解は早めに解いておいた方が良いでしょう」

 

「あー……確かに隠した方が良いかもです。現状、私の所属が正義実現委員会と連邦捜査部の二足の草鞋になっているので……」

 

そっちの方が都合がいい、と言いながら色恋など全くどうでも良さそうな顔で「先生とそういう仲って事の方が整合性が……」と呟いているユリ。

いつか痛い目を見ると思いながら、私たちはそれで解散した。

 

しかし、この誤解を解かなかったことが後に、正義実現委員会全体を巻き込んだ大抗争に発展するとは誰も思いもしなかった。

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