神喰らい(ガチ) 作:喰らえッタ
滅びに瀕した世界。そこに一人の少年が生まれ落ちた。
変わった事といえば、彼には前世の記憶があった事。そしてこの世界に関してもある程度の知識があった事。
そして、絶望する。ぶっちゃけ、救いが無いから。
アラガミと呼ばれる、多細胞生物の様な特殊細胞集合生物とも言うべき文字通り何でも喰らう存在によって人類は滅びの前にあるのだから。
この存在に対抗できるのは、“ゴッドイーター”という見方を変えれば、一種の強化人間のみ。そんな彼らも、神機と呼ばれるいわば人工のアラガミとも呼べる武器が無ければ対抗できない。
故に、一般市民はというと常に命の危機に瀕していた。特に、スラム街に住む者達は。
「ヤバいヤバいヤバーい!!!」
絶叫を上げて逃げるのは、幼い少年だった。
伸び放題の黒髪に、栄養失調気味の痩せた体。襤褸切れを貫頭衣の様に着た七歳ほどの少年だ。
逃げる彼を追いかけるのは、二本の太い脚に、鬼の様な印象を受ける大きな頭部。それから身体のバランスをとる様に先端が大きく鋭利となった太い尾を持った怪物。
オウガテイル。アラガミの中でも小型であり、ゴッドイーター達にとってはそれほど脅威ではない、いわば実地研修で狩られるような存在。
だが、対抗手段を持たない人間にとってはその限りではなく。数の多いオウガテイルによる死者は後を絶たない。
(チクショウが!!やっぱりこの世界地獄じゃねぇかよ!というか、ゴッドイーターになってウハウハハーレム生活とかねぇんだよクソッタレ!!!)
必死の形相で逃げる少年は、内心でそう毒づいた。
彼は、親が居なかった。物心ついた時には生ごみを漁り、泥水を啜る様な生活を強いられてきた。
長生きできないだろうな、と本人がそう思えるほどに劣悪な環境。同時に、どうして前世にあそこまで“フェンリル”に対するヘイトが大きかったのかも理解する。
アラガミ装甲と呼ばれる、対アラガミ用の防壁に囲まれた壁に囲まれた居住区と、その外のスラムでは安全度が格段に違う。いや、装甲自体も抜かれる事は多いののだが、その分常駐のゴッドイーターが助けに来てくれる分まだマシ。
しかしスラムは、基本的に自衛する他ない。主に、スタングレネードなどを用いてアラガミの目をくらませて逃げる位か。
ゴッドイーターの救援は基本的に期待できない。彼らが到着するころにはスラムは壊滅している事も珍しくないからだ。
少年は死ぬ気は無い。まだこの世界に生まれて十年も生きていないのだから。
どれだけ劣悪な環境でも、地獄の様な世界でも、それでも生へとしがみ付くのが人間だった。
しかし、どれだけ生きたいと思っても現実は優しくない。
真面な栄養が摂取できていない現状の体は直ぐに体力が底を尽き、気力だけでは十メートルも進めない。
ふらつく小さな体。そのタイミングが、ちょうどオウガテイルが少年の頭に噛み付かんと突っ込んできた時であったせいで彼の体は背中を蹴り飛ばされる事になった。
吹っ飛ばされ、崩れかけのレンガ積みの壁にぶつかった。
「がっ……あ…………!」
息が詰まる、言葉が出ない。それでも逃げようと体は動き、崩れた壁の向こうで左手が何かに触れた。
アラガミに対抗できる存在、ゴッドイーター。しかし、彼らもまた全戦全勝、最強無敗という訳では無い。寧ろ、彼らの殉職率は高いと言えるだろう。
そんな彼らの置き土産が、“遺された神機”。
様々な理由で回収できず遺棄された神機たちは、基本的にそのまま死に至る。そして、アラガミ達にも捕食される事無く自然環境に晒されて朽ちていくばかりだ。
そして、他人の神機は使えない。これは鉄則だ。
適合していない神機を手に取れば、神機に浸食そのままアラガミへと変貌してしまう。
少年もその事は知っていた。だが、同時に生き残るにはもう手段をとやかく言っている暇はない。
「クソッ…………タレがァ!!!」
刀身が半ばで砕けた神機の壊れかけの柄を左手で握り、少年はこれを振るった。
火事場の馬鹿力と壊れた神機の二つの要素が噛み合い、突っ込んでくるオウガテイルの横っ面が強かに殴られる。
僅かに怯むが、しかしこの程度では如何に小型のアラガミでも致命傷には程遠い。
しかし、この行動が別の奇跡も起こしていた。
「ッ!?ぐ、ぁぁぁあああああああああああああ!?!?!?」
神機の柄を握った左腕。ソレが今、人ならざる見た目へと変化していた。
赤黒い筋繊維の束がそのままに人の腕の形を象ったかのような左手。
最初は手首までであったというのに、瞬く間に前腕部まで広がっている。
浸食だ。どうやら、この神機は完全に死んでは居らず一種の休眠状態に陥っていたらしい。それが、オウガテイルとはいえ新鮮なオラクル細胞を僅かに取り込んだことで目覚めた。
ソレも、
『ギチ……ギチチ…………』
神機の核を構成する黒色の人工筋肉の部分が蠢く。
本来、神機というのは型にもよるのだが、三形態から四形態の変化を持つ。
ブレード主体の近接。銃身主体の中遠距離。防御形態。そして、最も特徴的な捕食形態。
と言っても、少年は知らない事だがこの時代においては神機は第一世代が主流であり、遠距離と近距離は分業状態。第二世代が出現するのは、もう少し先の話。
話を戻すと、神機の攻撃というのは“喰らう”という事。本来ならば制御されている機能だ。
しかし、今少年が手に取った神機は壊れかけているものだった。要は、枷を取り払われた獣同然。
ぶちぶちと嫌な肉の千切れる様な音と共に、神機は膨らみ始め刀身部、そしてシールド部の装甲が剥がれて落ちた。
残るのは、柄が突起の様に残った黒い肉の塊。その中心部であるコアが、赤黒い光を灯していた。
同時に、
――――『喰ラエ 喰ラエ 全テヲ 喰ラエ』
少年の頭に低く重い声が響く。
頭が割れそうな、全てを飲み込みそうな、抗いがたい甘くも重い誘惑の声。
ただの子供に抗う術はないだろう。
「――――うるせぇ!!!!」
大喝と共に、左手に握られていた神機が勢いよく地面へと叩きつけられる。
浸食は、既に左腕一本から肩回りまで進んでいるのだが、寧ろ少年の調子は上がる一方。自分の体格ほどの大きさとなった神機を振り回せる程度には身体能力が増していた。
「ぶちぶち言ってんじゃねぇ!俺の体だ!そして、お前は俺の武器だ!拾ったのは俺なんだからな!!そんなに人間滅ぼしたけりゃ、一人でやってろ!!!」
叫びながら、肉の塊でオウガテイルをぶん殴る。
少年は、生き残るために神機を手に取った。決して、アラガミの奴隷となって人類を滅ぼす為ではない。
只管に、殴打、殴打、殴打。
技もへったくれも無い力任せの原始的な動きではあるが、だからこそオウガテイルは反撃できない。反撃の暇がない。
だが、良い事ばかりではない。浸食は止まらない上に、今は柄と左手が一体化してしまって赤黒い肉の塊の様になってしまっているのだから。それも、ドクドクと脈打つ複数の血管付き。
「往生せいやぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
当人は気にも留めずに、オウガテイルを殴り飛ばしているが。
既に彼の身体能力は、ゴッドイーター並み。というか、彼らの中でも上澄みの様なモノに成り果てた。その細かった体はオラクル細胞が取り込まれた事でマッシブなモノへと変わり、今では細マッチョへと至っている。
殴り飛ばされたオウガテイルは壁にへと叩きつけられて蹲る。心なしか、オラクル細胞の結合が崩れかけており、かなり弱ってしまっていた。
同時に、少年の左腕もまた変化を遂げる。
左手の甲に神機のコアが埋まり、指先から肩の周りにまで赤黒い筋肉の束へとその姿を変えているではないか。
完全に一体化している。いや、既に彼の左腕は高純度のオラクル細胞に置き換えられたと言えるだろう。
しかし、知った事ではない。生き残るために。
「喰 ら えッ!!!」
左腕は自在に動く。それこそ、彼の思うがままに。
突き出された左腕は、そのまま人体の限界など知った事かと伸びて、尚且つ巨大化した。その姿は、宛ら赤黒い巨大な鉤爪だろうか。
その掌にはギザギザとした亀裂が走り、オウガテイルへのぶつかる瞬間
宛ら、巨大な口。それこそ、オウガテイルを丸ごと一飲みにしてしまう程の巨大な
オウガテイルのぶつかった壁の一部ごと飲み込む様にして伸びた左腕は突き進む。同時に、少年の中には一種の満足感というものが沸きあがっていた。
「……腹が膨れた?」
右手で胃の辺りを撫でる。
オウガテイルを喰らったからだろうか、空腹感が僅かに紛れた。
かくして、少年は武器を得る。しかしそれは同時に、新たな面倒事を呼び込む事に繋がるのをこの時の彼は知る由もない。