15-1:新たなる血鬼術
亡者の腹の中から這い出ると、瞳に飛び込んできた世界はひどく暗く、寒かった。
だから俺は、今すぐこの世界を塗りつぶしたくなって、ひび割れた唇から産声を上げた。
「──────彼岸・大紅蓮地獄」
呪いのようにつぶやかれた言葉の後、氷の大地に、血をぶちまけたような
それは、今までの天女や菩薩を象っていたものとは真逆の血鬼術。
ひとたびが発動されれば、ヴローヴの
──────相変わらず、ここは寒い。
でも、少しもつらくない。
むしろ、ここだけが俺の居場所なのだと思ってしまうほど、心地がよい。
肌を撫でる冷気は俺だけのものだった。
吹き出る血液の如く咲いた花園は生物圏の拡大を続ける。
主に、敵であるヴローヴに向かって。
しかし、氷の死徒の2間(約4メートル)手目の前で浸食が止まった。
これで仕留められなかったことは意外でも無い。
目の前の化け物を相手にして、新しい血鬼術一発で勝負が決まるなんて、そんな都合の良い話は無い。
だが、そんなこよりも──────。
(この血鬼術は長くは続かない)
生命力を糧にして発動しているからだ。
この技の後、俺は凄まじい飢餓に襲われはずだ。
でもこれが、これこそが全力を出すということなのだろう。
少しずつ身体が重くなっていく。
でもなぜだか胸のあたりは軽いのだ。
(今の俺ならどこまでいけるんだろうね)
足の指先に力を入れる。
そして、力の解放と共に、身体は前方に跳躍した。
一瞬でヴローヴの世界に割り込む。
すると、俺の身体を中心にして、赤い花は再び浸食を始めた。
この中であれば、ヴローヴの冷気をしのげる。
であれば、後は接近戦で勝負をつけるのみ。
ヴローヴの槍の間合いの内側へ潜り込み、扇の連撃を繰り出す。
「枯園つづ・・・あれ?」
思わず間抜けな声が漏れる。
なぜなら、ヴローヴは17間(約30メートル)の距離を飛び退いたからだ。
防御でもなく、反撃でもなく、単純な回避。
いや、これもはや逃避ともいえるような間合いだ。
正直肩透かしを食らったが、ヴローヴ本人はいたって真剣な表情だった。
「俺の原理を塗り替えるほどとはな。やはりお前は祖なのか」
「さっきは答えてあげられなくてごめんよ。祖でも死徒でもない。俺は鬼さ」
「なるほど鬼種か。ならば俺も己が何者であるか打ち明けよう。
「二十七祖・・・やっぱりね。じゃあ俺が勝って君を連れていくよ」
俺は二対の扇を、ヴローヴは鋼の槍を構える。
得物の射程差は歴然。
だが、俺が優位に立つ再生力を活かせば──────。
そして、最後の戦いが始まった。
正面から打ち合う俺とヴローヴ。
ヴローヴの太刀筋には、確かな技術と武の神髄とやらが存在する。
対して俺は、ソレらとは無縁だ。
だが、対応できないたけではない。
俺は今まで、人間を遥かに上回る肉体と、自分から見ても凶悪と言える鬼血術で鬼狩りを相手にしてきた。
そんな圧倒的有利な状況下でさえも、敵の情報収集だけは欠かしたことは無い。
だから俺の頭の中には、100人以上の剣士の呼吸、太刀筋、戦闘技能、人格に関する記録が入っている。
そして、その膨大な情報の中から、ヴローヴと似た鬼狩りを引っ張り出し、眼前の敵に当てはめる。
尤も、こんな戦い方はこれが初めてだ。
しかし、思いのほか有効なことに気づく。
ヴローヴと斬り結べていることが何よりの証拠。
紙一重の攻防が続く。
力量は互角。しかし優劣は明らかだ。
なぜなら、俺の血鬼術、彼岸・大紅蓮地獄は発動しているだけで生命力を消耗する。
つまり、すぐに勝負をつけなければ俺の敗北は確定する。
そして、"その時"は案外すぐに訪れた。
甲高い音と、右手のしびれ。
俺の武器である、扇が弾き飛ばされたのだ。
──────問題ない。
すぐに出現させることが出来る。
左手に握ったもう片方の扇でヴローヴの槍をしのぎつつ、右手を後ろにかざす。
しかし、その動作こそが勝負の分かれ目だった。
(──────、──────!)
視界が反転する。
何が起きたか理解できなかった。
だが、腹部の鈍い痛みにより、ヴローヴの槍で横薙ぎに払われたことに気づく。
いや、そんなことよりも。
何よりまずいことは、槍と接触した部位が凍り始めたことだ。
さらに、生命力の低下と、集中力が切れたため、彼岸・大紅蓮地獄が弱まっている。
そんな状態で、ヴローヴの
(──────まずい、また凍っ・・・て)
地面に転がる。
隣には、氷漬けになった半天狗殿。
彼の姿を見た時、雷に打たれたような感覚を覚えた。
なぜ俺は今まで一人で戦おうとしていたのか?
身体を起こし、半天狗殿の肩に触れる。
「血鬼術 彼岸・大紅蓮地獄」
再び、氷の大地に彼岸花を咲かせる。
しかし今回は、自分の周囲のみ。
そして赤い花は、半天狗殿を凝固させている氷を、溶かすというより浸食する形で広がる。
すると、半天狗殿の
「ワシは・・・今まで・・・」
どうやら意識が戻ったようだ。
彼岸花はパラパラと地面に落ちていく。
早速、寝起きの半天狗殿に挨拶をせねば。
「やあやあ半天狗殿おはよう。見ての通り、俺はまだ死徒と戦っているよ。いやあ、大苦戦だよ。だから、半天狗殿の力を貸しておくれ」
そう言って、彼の目を見ながら頼み込む。
いつもの半天狗殿の分身体であれば、"ワシに指図してよいのはあの方のみぞ"と言って断るだろう。
しかし、状況が状況だ。
つまらない意地は持ち出さないだろう。
半天狗殿は予想通り、黙ってうなずく。
そして、バチで背中の太鼓を鳴らすと、一体の大きな木竜を出した。
「さあ、やるぞ。童磨」
新たなる血鬼術 完