上弦の鬼たちは月姫世界に転生したようです。   作:白澄星火

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幕間①
第18話:狛治


18-1:狛治

 

身体中の血液が暴れている。

すぐに餌を寄越せ、と。

 

でも今はまずい。

ここは人目につく。

 

気温が戻った。戦いも終わった。

 

人間が戻ってくる。

 

代行者がやってる。

 

そうなれば、今の俺は間違いなく狩られる。

 

飢餓状態で血鬼術も使えない。

もし戦いになったら、爪と牙をやたらに振り回すだけ。

今の俺は、そこらの雑魚鬼と大して変わらない。

 

そして、そんな状態にもかかわらず、無慈悲な断罪者がやってきた。

 

足音が、近づいてくる。

 

地面から伝わる振動と、靴底を叩く音すら俺の脳を締め付ける。

そして、鼓膜には聞き覚えのある声が響いた。

 

「見事でした。正直助かりましたよ。私の方は、氷結を街に拡散させないように結界を張りつつ、さらにネロの獣まで相手にしていて、手一杯でしたから。ですが、貴方も力を使いすぎたようですね」

 

言葉の内容とは裏腹、無機質に、言い捨てるように。

普通の男であれば、心が氷漬けになるような口調で。

 

しかし、俺だけは例外だった。

 

その声を聴いて、身体が熱くなる。

 

その姿を見て、胸が切なくなる。

 

その血の味を想像して、喉が渇く。

 

──────食べたい。

 

食べたい食べたい食べたい。

 

その柔らかい肉を下の上に乗せた後、口いっぱいに頬張りたい。

 

生きてきてずっと、食事に楽しみなど見出すことが無かった俺は今、目の前のご馳走に心を激しく揺さぶられている。

 

「・・・ねえシエルちゃん、少しだけ・・・一口分だけで良いから」

 

食べさせて。

 

俺の心からの懇願に、シエルちゃんの返事はない。

当然だ。

 

しかし、拒絶されて、はいそうですかと引き下がれるほど、今の俺は正気じゃなかった。

 

襲い掛かれば殺される。

でも、このまま食欲を押し殺して地面に丸まっていても、殺される。

 

であれば──────。

 

その後に続く考えが頭によぎった時、見透かすかのようにシエルちゃんの殺気が強まる。

 

でも、歯止めなんか、効かない。

 

シエルちゃんとの距離は歩幅3~4歩分。

鬼ならば、零に等しい。

 

(・・・行ける)

 

いつもの俺なら、絶対にたどり着かない考え。

もう手遅れだった。

 

指先に力が籠る。

これが合図。

 

後はもう、目の前の女を食らうためにしか筋肉を動かさない。

 

そして、一歩踏み出そうとしたその瞬間──────。

 

意外な人物の登場により何もかもが吹き飛んだ。

 

俺は身体は固まったまま動かない。

 

視線の先。

シエルちゃんの背後から歩いてくる男。

 

俺は彼を忘れない。

 

形の整った額。

大きな瞳を優しく守るような、鴇色(ときいろ)の睫毛。

八の字を描いた、下がり眉。

 

全身を覆っていた入れ墨が消え、肌の色も血色がよくなったように見える。

よって、彼は人間なのだということが分かった。

 

見慣れた仲間の姿を見て、俺はほんの少しだけ、いつもの調子を取り戻す。

 

「やあやあ・・・猗窩座殿。久しぶり・・・だねえ。鬼・・・じゃなく人間になったんだねえ」

 

ひらひらと手を振りながら言葉を絞り出す。

それを見て、猗窩座殿は一瞬、蔑むような視線を俺に返した後、シエルちゃんに顔を向けた。

 

「シエル。こいつと話がしたい。少し外してくれるか?」

 

猗窩座殿がそう言うと、シエルちゃんは頷いた後に俺を一瞥する。

その後踵を返して歩いていった。

 

シエルちゃんとの距離が十分空くまで沈黙を保った後、猗窩座殿はおもむろに口を開いた。

 

「・・・今は猗窩座じゃない。それにしても、まさか"こっち"でもお前の顔を見ることになるとはな」

 

「喜んでくれて・・・俺も嬉しいよ」

 

俺の言葉に、猗窩座殿は小さく舌打ちをした後、持ち手が小さな十字の剣を俺の身体に突き刺した。

 

衝撃でよろめく身体。

遅れて肩口がズキリ、と痛む。

 

余計な一言だったかな?

と反省してみる。

 

しかしどうやら今のは攻撃では無かったようだ。

空腹が和らいでいく。

 

「・・・これは?」

 

「勘違いするな。お前の脳に暗示をかけただけだ。飢餓状態なのは変わらない」

 

「そうか、でも助かったよ。ありがとう猗窩座殿」

 

「そんなことよりだ。話したかったのはこんな無駄話じゃない。本題に入るぞ。俺はお前たちの存在に気が付いていた。妓夫太郎、堕姫から始まり、玉壺、半天狗。前の二人は死体漁りしていたため、教会も気づかなかった。だが、後ろ二人は違った。だから教会に勘付かれた。そこで、俺がこの街に配置されたわけだ」

 

「おや?猗窩座殿は彼らより後に死んだんだよね?順番が滅茶苦茶じゃないかい?」

 

「おそらくだが、こっちの世界で鬼として生きることを選んだ者は遅れて転生するんだと思う。つまり、俺が18になるまでお前たちは地獄の業火に焼かれていたことになるな」

 

「いやあ、面白いねえ。ところで猗窩座殿は代行者として振る舞うのかい?それとも、俺(鬼)たちに味方してくれるのかい?」

 

「この世界でも人間に害を及ぼすのであれば、殺すだろうな」

 

「なるほど、じゃあ俺も妓夫太郎や堕姫と同じように、死体漁りしていれば猗窩座殿に狙われないわけだね」

 

俺が尋ねると、猗窩座殿は不満気な表情で頷いた。

 

そして話が一区切りついたのを察したのか、シエルちゃんが足早にこちらへ歩いてくる。

猗窩座殿がいつまでも俺にとどめを刺さないのを怪しんだか、大きな瞳で彼をまっすぐと捉えていた。

ああやって見つめられれば、嘘を付き通せる男などいないだろう。

 

「話は終わりましたか?」

 

「ああ」

 

「で、彼の返答は?」

 

「それは今からだ」

 

猗窩座殿とシエルちゃんの会話に違和感。

まるで、この話を知っているかのような。

 

二人の様子を窺っていると、最初に猗窩座殿が俺に視線を移した。

 

「それで、童磨。お前は生きている人間を殺して食わないことを誓うか?」

 

猗窩座殿は真剣な表情で問いかける。

対する俺は俯き、この問いの答えを思案する。

 

否定すれば、俺はこの場で殺されることは明白。

 

であれば、たとえ嘘であろうとも──────。

 

顔を上げて、一芝居打とうとした、その時だった。

俺は咄嗟に口をつぐむ。

 

二人から凄まじい殺気が漏れ出していたからだ。

だが、視線は俺の方を向いていない。

 

彼らの目線を辿ると、そこに居たのは。

 

──────六つの目の、侍。

 

狛治 完

 

 

 

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