上弦の鬼たちは月姫世界に転生したようです。   作:白澄星火

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第20話:遡る

20-1:壺

 

時は少し(さかのぼ)る。

 

街の中心部から離れた住宅街。

そこには広場があり、激しい戦いの爪痕が残されていた。

 

木々はなぎ倒され、噴水は瓦礫で埋もれている。

 

訪れた者達が見えるよう、少し高い場所に備え付けられていた時計は柱がへし曲がり地に伏していた。

秒針は、ピタリ止まっている。

 

そして、そこには一点だけ異物が存在した。

 

傷一つない綺麗な壺。

戦いの傷跡と日常の残骸がひしめくこの場所で、まるでこの世界に急に現れたように佇む。

 

その壺口から。

 

「ヒョッ」

 

くぐもっているが、甲高い声が響いた。

その直後に、ひたり、ひたりと赤子のような小さな手が這い出てくる。

 

「もう勝負がついているとは、これは失態。"あのお方"に叱られてしまいまいますねえ」

 

言葉と共に姿を現したのは、人ならざる者。

形としては人の上半身ではあるが、腕はなく、胸から下の方は蛇のようにすぼまり、まだ壺の中に続いている。

 

両目があるはずの場所にはふたつの口が。

口のところにあるのは目で、額にもうひとつ、縦に目が明いている。

 

それでいて、表情を読み取れるというのが不思議だ。

 

「──────だが、それも良い」

 

と、この上無い恍惚を浮かべながら、誰もいない公園で独り言(ご)ちた。

 

 

20-2:蜘蛛

 

さらに少し遡り、公園から離れた団地にて。

 

倒壊した建物と、煙のように消えていく翼を持った巨体たち。

それらと戦ったのは男と女一人ずつだろうか。

駐車場の真ん中で、前者は刀を握り、後者は鋭い帯状の武器を自身の周囲に漂わせていた。

 

そして、戦いを終えたのか、男は刀を背中の鞘に納める。

 

「獣たちが、消えていく・・・戦いが終わったのか。──────ところで、大丈夫か?堕姫」

 

「まあね。全然倒せなかったけど」

 

そう返す女──────堕姫は、露出度の高いへそ出し衣装で、夜に出歩くには少し寒々しいものだった。

対する男は彼女の服装に言及することはなく、ただ無事であることに安心したのか、ふう、と一息つく。

 

「妓夫太郎から、お前を守るように言われてるからな。なんともなくて良かったよ」

 

「そう」

 

女は、白くきめ細やかな髪をさらりと揺らしながらそっけない態度を取った。

まるで、"そんなことは言われなれている”とばかりに。

だが、それもそのはず、彼女は誰が見ても美しいと評するほどの美貌だった。

 

男から発せられるその台詞はいい加減聞き飽きたというところだろう。

 

すると男は黒い紋様が走った頬を引きつらせる。

"身を挺して守ったのにその態度はなんだ"、と言葉にせずとも怒りの感情がにじみ出ていた。

 

そこに。

 

「コラコラ、喧嘩はよくなわよぉ」

 

楽し気な、しかしどこか空虚で。

それでいて、奥底に秘めた、おどろおどろしいナニカが垣間見える、そんな声色。

 

女のものだろうか。

ヒールを叩きながら、彼らに近づいていく。

 

その距離が縮むほどに、男の表情は緊張が滲んでいく。

そして、あるところで何かが決壊したように──────。

 

「──────堕姫!!逃げろ!!」

 

団地に響き渡る大きな声。

堕姫はビクリと肩を動かし、男の顔を覗き込む。

 

「・・・獪岳?なんなのよ?突然」

 

困惑を口にする堕姫。

対する男──────獪岳は瞳で必死に訴えかける。

"この女は危険だ。今すぐ逃げろ”と。

 

そんな獪岳の様子に、流石に堕姫も察したのか、コクリと頷いてその場を後にする。

 

すると、しん、と静寂が広がった。

 

そんな中で、女の瞳は、獪岳をまっすぐ捉えている。

瞳孔の奥は、醜悪なものに満ちていた。

まるで、蟲毒の底のような──────。

 

「安心して。いじわるなんてしないわぁ。アタシは弱者を強者にするのがライフワークなの。むしろ、貴方にとって願ったり叶ったりじゃないのかしら?」

 

女はそう言って、ニコリと笑みを浮かべる。

なんとも胡散臭い。

 

当然、獪岳は聞く耳も持たないと言わんばかりに、

 

「さっさと失せろ。次喋ったら首を飛ばす」

 

ぴしゃりと言い捨てた。

──────しかし。

 

ぎしり。

獪岳の右腕は、糸のようなもので縛られていた。

 

柄と手のひらを。

二の腕と前腕を。

それぞれ固定されては刀を抜くことは出来ない。

 

ただ、左腕は無事なので、巻き付いた糸をぶちぶちと毟っていけば解放されるだろう。

そして、再び剣を抜き、攻撃に備えれば良い。

 

しかし獪岳にはそれが出来ない。

その理由はずばり。

 

女が獪岳に気づかれず糸を巻き付けた一時でも無力したということは、両者間にはどうしようもない実力差があることに他ならない。

 

それを本能で察したのか、獪岳は自然と戦いでなく会話を選択した。

 

「・・・話を聞こう」

 

遡る 完

 

 

 

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