28-1:透き通る世界
一つ言い訳をしよう。
俺は、ものすごく疲れている。
原因は、強敵との連戦。
特に、一昨日のネロとの初戦がキツかった。
俺と梅はその戦いで、それこそ鬼の身体でなければ10回は軽く死んでいるほどの負傷をしている。
消耗した分は、人間を食って回復しなければならない。
ただ、死体は簡単には見つからないため、手に入った分はすべて梅に食べさせた。
──────腹が減っては戦が出来ぬ。
という言葉がある。
だがそれは、俺には当てはまらないようだ。
なぜなら、その次の日もネロと日を跨ぐまで殺し合ったからだ。
そして、やっとの思いでネロを倒したと思ったら今度は獪岳と。
(・・・勘弁してくれよなぁぁ)
ため息が漏れる。
それと、身体が重いし、調子が出ない。
だが、そんな些細な変化さえ身内は気付くようだ。
「おにいちゃああああん!どうしちゃったのよォ。はやくやっつけてよ!」
身体を再生中の梅がわんわんと泣きわめく。
無理もない。
(・・・ここ数日、情けない姿ばかり見せていたからなぁぁ)
・・・そうだ。
俺は惨めで情けない奴だ。
何をいまさら。
でも、決めただろ。
妹の前では・・・
──────かっこいい兄貴でいるって。
鼓動が、速くなっていく。
血液がめぐり、体温の上昇を感じながら、鎌を握る。
その中で、一瞬だけ見えたモノ。
(──────獪岳の身体が、透けた?)
疲れで頭がどうにかなったのだろうか?
だが、俺に起きた変化を獪岳は気づいたようで──────
「・・・やっと面白くなりそうじゃねえか。残りあと10分も無いなんて、終わるのが惜しくなってきたぜ!」
獪岳は、少年のように笑った。
心の底から戦いを楽しむ、そんな顔。
再び彼は、刀身を鞘に納める。
それと同時に、流れるような重心の移動。
そしてそのまま居合の型へ。
「雷の呼吸 壱ノ型──────兇変・霹靂一閃六連」
それが、獪岳という狩人の攻撃の合図だった。
彼の身体が、勢いよく弾かれる。
──────霹靂一閃。
敵に向かって一直線に斬り払う、必殺の型。
だが、目の前のソレは、俺の知っている姿とは違った。
──────蛇行、かと思えば直角に曲がってみたり。
もはや、本来の型からはかけ離れた動きをしている。
そしてなにより。
(速ぇぇぇ・・・目で追うのがやっとなんだよなぁぁ)
人間離れした動きと、化け物じみた速度。
一撃目は左腕を飛ばされた。
二撃目は腹を裂かれた。
三撃目は片目を潰された。
そして四撃目は足か、それとも首か。
今度こそ、"その時"を見逃さぬよう、目を凝らす。
すると。
高速で動き回る獪岳の身体、その内側。
彼の筋繊維や血流が見えた。
だが、突然飛び込んできたその情報を脳で処理できず、四撃目をもらってしまった。
ガクリ、と身体の重心が崩れる。
右腿を両断されたようだ。
次・・・五撃目に備える。
でも、今度は読み切れる自信があった。
筋肉や血液の動きで、獪岳の次にとる動きが手に取るように分かる。
(これが、猗窩座様の言っていた、──────至高の領域)
根拠は無いが、強い確信があった。
この状態を維持したまま、次の一撃で勝負をつける。
(獪岳が攻撃してきた瞬間を狙って、大量の毒をぶち込むからなぁぁ)
そして、ついに五撃目が訪れる。
予め、どの部位目掛け、何秒後に刃が到達するか予測できた。
だから、回避は可能だった。
同時に、身体をひねり鎌を振りかざす。
すると、血の刃が獪岳の肉体に入っていった。
切り口からは、猛毒が侵入していく。
「・・・なっ・・・」
獪岳は声を漏らした後、居合斬りの勢いのまま、壁に突進していった。
──────べしゃり、という音。
一つは、俺が自分の血で足を滑らせたため。
もう一つは、血で縦一閃の模様を壁に描きながら、力なく倒れ伏した獪岳によって。
死んでは、いない。
仮にも上弦。
毒は分解するだろう。
今のうちに、この場を離れなければ。
足の再生を優先的に進める。
十秒ほど経過してやっと生え切ったため、俺は立ち上がろうと力を入れる。
しかし、それは失敗に終わった。
なぜなら、梅がのしかかってきたからだ。
「おにいちゃん、いつもと違うから、今回は本当に負けると思って怖かったぁぁ」
「ごめんなぁぁ。ここのところ情けない姿ばっかりだったからなぁぁ」
「そんなことないもん。おにいちゃんはずっとかっこいいし強いもの」
こんなことを言われては、戦いの疲れも吹き飛ぶというもの。
しかし実際は、身体の疲労は誤魔化せないようだ。
こうして、梅の身体を支えることすら気力が必要になっている。
それを察してか、梅は俺から身体を離すと、背中を向けた。
髪をかき分けたため、中で休むよう促す合図だということが分かった。
「でも、道案内はお願いね」
そう言って微笑む、梅の横顔。
あと少し、頑張れそうだ。
透き通る世界 完