29-1:死徒の階梯
コンクリート造りの建物の2階。
壁際に横たわる男が一人。
ピクリとも動かないため、気を失っているのか、もしくはもう死んでいるのか。
しかし、ごぽり、と口から何かが吹き出る音を立てたため、恐らく前者だろう。
いずれにしても、平穏無事とは程遠い。
部屋の中には瓦礫が散乱し、男の周囲の壁や床は傷だらけだった。
そんな物騒な場所に、胸元や足が露出した服で現れた女。
場違いも良いところだ。
白衣を羽織っているため、医者かなにかだろうか。
手のひらには、注射器が握られている。
「だから言ったじゃないのぉ獪岳チャンたら。一本じゃ足りないって。鎌の子が万全だったら、もっと早く負けていたわよぉ」
「──────、──────」
軽快な口調の女に対し、弱り切って声すら出せない男──────獪岳。
そんな様子の彼を心配する素振りすら見せず、女は話を続けた。
「でも、二本目を打てば話は別よぉ。階梯は
「・・・ごふっ・・・じょう・・・きゅう・・・?」
赤黒く粘ついた液体と共に言葉を吐き出す獪岳。
血走った瞳が"続きを話せ"、と喚いている。
そんな彼の反応が嬉しかったのか、女は口の端を釣り上げた。
粘着性の笑みが獪岳を挑発する。
「そう、上級死徒まで来れば鎌の子なんて楽勝よぉ」
「・・・ぐっ・・・ゴホッゴホ・・・ハァ、ハァ・・・ハハッ・・・そりゃ良いや」
「でもでもぉ、獪岳チャン死にそうよぉ?お注射はまた今度にしとく?」
「・・・いや、問題ねぇ。やっと毒を分解できた。身体も再生し始めてるし、早く打ってくれよ
「博士!博士って言った!いやぁんアタシ張り切っちゃう!」
白衣の女──────阿良句は鼻息を荒くし、獪岳のすぐ近くにしゃがみ込むと、慣れた手つきで彼の衣服の前側ボタンを外していく。
そして針先は、むき出しの胸元へ。
──────チクリ。
皮膚を突き破り、獪岳の体内に入れてはならないモノが溶け出す。
その後数秒の空白を挟み、彼の身体が跳ねた。
「ア──────ア、ガ」
喉からは、かすれた悲鳴が漏れた。
今にも飛び出そうなほど、目を見開く。
手足をばたつかせ、もがき苦しむ姿は痛ましかった。
そして。
──────絶叫。
魂の悲鳴が響き渡たる。
此処は地の獄、逃げようのない八脚の檻。
もう、そこにあるのは苦痛をあげるだけの装置だった。
後戻りは、出来ない。
死徒の階梯 完