第30話:夜明け
30-1:見てはいけないモノ
「・・・お兄ちゃん、本当にここにするの?・・・うん・・・うん・・・もぉ、分かったってば」
非常階段の前で、独り言をこぼす女。
彼女が立つその場所は、区画まるごと廃棄されたような場所だった。
ビルの隙間から風が吹き、白く柔らかそうな猫っ毛がさらさらとなびいている。
透き通った肌が、錆び切った世界で猶更際立っていた。
その場に似つかわしくない女は、荒れ果てた階段を上っていく。
しかし、その歩みは突然停止した。
「・・・何?今の音」
女は、惚れ惚れするほど整った顔を上に向け、不機嫌そうな口調でつぶやく。
「もうすぐ夜明けだから急がないといけないのに、なんなのよ」
肩を落とし、今度は俯きがちに、はぁとため息。
だが、彼女の言う通り、期限は迫っている。
眉を顰めながらも、女は歩みを再開した。
階層が上がっていくにつれて、今まで風に紛れて聞こえづらかった異音も今では鮮明に。
じたばたと、床を叩く音だろうか。
ほどなくして4階にたどり着く。
目の前には閉じられた鉄製のドアが一つ。
そのドアノブに手をかけようとした、次の瞬間。
「・・・何?お兄ちゃん。・・・うん・・・うん・・・分かった」
女が再び一人、見えない兄との対話を行う。
それが終わると、4階の鉄製のドアを素通りし、5階まで上った。
今度こそ、ドアノブに手をかけ扉を開く。
すると、ドアの奥は暗闇が広がっていた。
だが、臆することなく女は足を踏み入れていった。
◇
30-2:夜明け
無限城で戦った鬼たちにとって、この世界で初めての夜明けが訪れる。
ある者は賃貸の一室で身を潜め、ある者は進化の
そして、ある者は。
「これが──────太陽か」
数百年ぶりの朝日を浴びていた。
本来、鬼であれば焼け死ぬはずが、その男は全身で日光を受け止めていた。
「原理血戒を奪い二十七祖に上がったとはいえ、ヴローヴ・アルハンゲリは本来
手のひらを掲げ、独り
声色は不快感が滲んでいる。
「・・・まだ足りないというわけか。」
男は吐き捨てるように言った後、腕をだらりと下し、踵を返して太陽とは逆方向へ。
しばらく歩くと、路地裏へたどり着く。
「──────鳴女」
「はい」
間髪入れず、女の返事があった。
男は、その者に淡々と指示を言い渡した。
「私を無限城へ飛ばせ。それと玉壺と半天狗も呼び寄せろ」
「かしこまりました」
女は了解の意を示すと、べんっと琵琶の音を響かせた。
夜明け 完