33-1:上弦の陸、代行者と出逢う
廃ビルの一室で、日光をしのぐ梅と、その身体の中に潜む俺。
特に変わったことは無い。
平穏な時間が過ぎていく。
気付けば窓の外──────空は茜色。
酉の刻(午後 5時~午後 7時)あたりだろうか。
昨日──────正確には今日の夜明け前までの出来事が、まるで嘘みたいだ。
・・・いや、それもまだ分からない。
まだ日が沈み切っていない。
鬼も死徒も、本格的に活動を始めるのはこれからだ。
(それに、4階のあの感じ、なんか嫌な雰囲気だったんだよなぁぁ)
すると、予感が的中したとばかりに──────。
外から、カンカンと階段を踏む音が聞こえた。
だんだんと大きくなってきているため、上の階まで上っていることが分かる。
(わざわざこの建物を・・・?用も無しに立ち入るはずは無いよなぁぁ)
止まらない足音。
・・・いい加減にしろ。
これ以上、上がってくるなという、苛立ちにも似た願いが頭を熱くする。
そしてついに、鍵を差し込む音。
5階──────ではない。
が、かなり近い。
4階だろうか。
続けて、ドアをがちゃりと回す音。
部屋に入ったようだ。
突然の来訪者は、すぐ真下。
俺たちはソイツに気付かれぬよう、息を潜める。
しかし。
「へくちっ」
梅がくしゃみをした。
手遅れだと思いつつ、俺は梅の背中から腕を出し、その口を塞いだ。
(まずいなぁぁ。これはバレたかぁぁ?)
下からはまったく音がしなくなった。
・・・明確に想像できてしまう。
相手が天井を睨みつける姿を。
その光景が脳裏によぎるだけで、背筋が冷たくなるのを感じた。
(勘弁してくれよなぁぁ。俺はまだ戦いの疲れが癒えてないんだよなぁぁ)
そんなことを思っていると、再び扉を開く音が鼓膜に響いた。
続けて、階段を上り始めたか、あの甲高い連続音。
それも10回強で止まった。
おそらく今、俺たちの部屋の前に──────居る。
「・・・ねえ、誰かいるの?」
と、来訪者の声。
どうやら女のようだ。
──────女?
栄養満点の?
まずい、急激に腹が減ってきた。
このまま梅の身体から這い出れば、自分は何をしでかすか分からない。
だが、俺は梅が余計なことを口走らないように、その口を押さえつけておく必要もあった。
そのため、梅の背中から口だけを出して。
「家が無くてなぁぁ。ここで雨風をしのいでるんだよなぁぁ」
「そうなのね。じゃあわたしが助けてあげるわ。私、教会のシスターなの。だから貴方たちのような迷える子羊にはいつだって手を差し伸べるわ」
──────待て。
今なんて言った?
教会のシスター?
それがなぜ、こんな廃ビルに一人で?
(・・・まさかこの女、代行者かぁ?)
「・・・それはありがてぇ話だなぁぁ。でも、俺たちのことは放っておいてほしいんだよなぁぁ」
「そうはいかないわ。ホラ、怖くないから出ておいで?・・・それとも、外に出られない理由があるのかしら?」
母性すら感じられる声色で、恐ろしいことを聞いてくる。
・・・これには参ってしまう。
代行者とやらは、こうも痛いとこを突いてくるのか。
女はさらに続けた。
「5数える内に出てこなければ、悪いけど入っちゃうわね?」
代行者は数字を数え始める。
(白状してしまうか?それとも逃げる?・・・戦うのは無しだ。目を付けられたくない)
頭がいっぱいになった。
そんな中でも、刻刻と期限が迫る。
もう俺は観念し、ゴリ押しに出ることにした。
「・・・俺たちは、鬼なんだよなぁぁ。だから外には出れない。ただなぁ、死徒と違い、人を襲ったことも無いんだよなぁぁ。だから見逃してくれねえかなぁぁ」
「・・・鬼・・・こんなところで・・・まさか、シエルや狛治が言っていた・・・これまでの鬼種とは違う新種の・・・」
ぶつぶつと、女の独り言が聞こえる。
しばらく続いたが、それが止まると俺たちへの問いかけを再開した。
「上弦の鬼・・・で合っているかしら?」
その単語を聞いた途端、雷に打たれたような感覚になった。
なぜこの女がそこまで知っている?
だが、そんな疑問は置いておいて、ひとまず答えることにした。
「そうだなぁぁ。俺は上弦の陸、妓夫太郎なんだよなぁぁ」
「・・・そう、分かったわ。・・・ついでに聞くけども、ここを根城にしたのは何故かしら?」
「それは本当にたまたまなんだよなぁぁ。4階に妙な気配を感じたが、とりあえず深堀りはやめといたから安心してくれよなぁぁ」
「・・・なら良いわ。じゃあ日が落ちたら私についてきて。貴方の仲間の元へ案内するわ」
上弦の陸、代行者と出逢う 完