38-1:
「カカカッ」
笑ったのは、うちわを持った鬼だ。
「楽しいのう。豆粒が遠くまでよく飛んだ──────なぁ積怒」
「可楽・・・おまえは何故楽しそうにしていられるのだ・・・真祖の姫捕獲の手柄は玉壺に取られるかもしれないのだぞ」
積怒と呼ばれたもう一方の鬼は、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
ぎりり、と力が込められた左手には、錫杖が握られている。
一方で、可楽と呼ばれたうちわの鬼は、楽し気に。
「そうかい。じゃあ空喜を向かわせようかのう」
そう言って、前かがみの姿勢になると、可楽の身体からもう一人の青年が這い出てくる。
そしてすぐに、背中から生えた翼で、屋敷の外へ飛んで行った。
これで満足か?と言わんばかりに、可楽は積怒を見ながらべろりと舌を出す。
そこには"楽"の文字が浮かび上がっていた。
それに対し、積怒はぎりりと歯を鳴らす。
彼らの表情や仕草は、正反対であった。
だが、顔はまるで瓜二つ。乱れた長い黒髪、額に生えた二本の角。
編み目のように浮かぶ血管。
一方で、志貴は秋葉の手を引いて、どうにか屋敷の中へ入ると、二人の鬼を睨みつけた。
「・・・今、真祖の姫と言ったか?アルクェイドをどうするつもりだ?」
「カカカッ!──────答えるはずがないだろう。のう積怒」
「当たり前だ馬鹿馬鹿しい。それより可楽。その男はネロを殺した輩だ。油断するな。それと女の方は情報には無いが、恐らく一番危険なのは──────」
最後まで言い切る前に、その言葉は中断された。
なぜなら、志貴がナイフを構え、飛び出してきたからだ。
しかし。
積怒が、錫杖の石突きを足元に叩きつけると。
──────ドン!
と言う音と共に、閃光が走る。
すると、志貴の身体は、雷撃によって空中に縫い付けられたように、静止した。
さらに言えば、止まったのは肉体だけではない。
1秒にも満たない時間で、志貴は完全に気絶した。
その一連の流れを、後ろから見ていた彼の妹。
「──────兄さん!」
秋葉の悲痛な叫び声が響き渡った。
ただしそれは、志貴の耳に届くことは無い。
だがしかし、遠野秋葉という怪物を呼び起こす
髪色は黒から、血のような赤に染まっていき──────
「・・・よくも兄さんを──────死になさい」
──────ボッ
と言う音と共に、積怒と可楽の肉体が蒸発した。
あっけなかった。
一瞬の決着だった。
死徒の力によって底上げされた上弦の肆がこうもあっさりと。
秋葉はふうっと一息ついた後。
「琥珀?」
「はい、お近くに・・・」
「兄さんを安全なところに」
「承知しました」
琥珀と呼ばれる従者は頷くと、志貴を抱えてその場を離れる。
だが、こうも完全勝利したというのに、秋葉の表情は曇ったまま。
その理由は。
積怒と可楽の身体が、まるで無から生まれ出たように構築されている光景を真に当たりにしていたからだ。
「・・・なんてデタラメな」
「──────これは楽しい。あの状態から再生できるとはのう」
「何も楽しくはない。腹立たしい。よくもやってくれたな小娘」
積怒と可楽は再生を終えると、再び秋葉の前に立ちはだかった。
上弦の肆 VS 遠野秋葉②に続く