40-1:風にあおられて
時は少しだけ遡る。
真祖の姫──────アルクェイドが屋敷から吹き飛ばされた先での出来事。
◇
40-2:上弦の伍 玉壺
遠野邸の敷地は広大である。
豪邸と噴水付きの庭、そしてそれらを取り囲むように森林が広がる。
アルクェイドは、森林区域まで飛ばされていた。
しかし、無傷で立っている。
けろりとした顔で、服に着いた木の葉を払っていた。
そんな彼女の目の前に。
突然現れたのか、それとも最初からそこにあったのか。
森林の中に一つ、壺が置かれていた。
「ヒョッ」
壺口から声がした。
そして、その壺の中から、煙のように、異形の影が立ち上がる。
「これはこれは、真祖の姫君。お会いできてうれしい限り」
ゆらゆらと気味の悪い青白い体が揺れた。
目の位置についた2つの口。
額と、口の位置についている目。
耳とうなじから垂れた小さな腕。
体の両脇にも、ずらずらと10本以上の手が、まるでムカデのように生えている。
突然現れたソレに、アルクェイドは
「あなたも、うちわの男や老人の仲間?」
「ヒョヒョッ。仲間と言うほど良好な間柄ではありませんがねえ。それと自己紹介がまだでした。わたくしは玉壺と申すもの」
壺の男──────玉壺は、頭をペコリと下げた。
「早速ですが、真祖の姫君。大人しく眠っていただきたい」
そう言って、短い手の一つから、ズ・・・と新しい壺が生みだされた。
ピチョン、と水がはじけるような音とともに、その中から2匹の奇妙な魚が飛び出してくる。
ぎょろりと大きな目玉を剥きだした、デメキンのようなその魚は、ゆらゆらと空中を泳ぎながら──────いきなり、ブウ、と膨らんだ。
「──────千本針・魚殺!!」
2匹の金魚の口から、無数の針が飛び出す。
しかしそれを、アルクェイドは難なく回避する。
針は空を切って、ガガガッ、と樹木に突き刺さった。
玉壺の攻撃は緩む気配を見せない。
二匹の金魚が再び膨らむ。
対するアルクェイドは回避の準備に取り掛かり、脚部に力を入れる。
お互いが次の一手に取り掛かっていた。
だがそこに、乱入する者が。
「カカカッ!喜ばしいのう!玉壺が手柄を上げる前に間に合ったわ!」
「・・・空喜殿・・・」
空喜と呼ばれた、鳥のような青年が姿を現すと、玉壺は悔しそうに表情を歪ませる。
そして空喜はアルクェイドに向かって、がぱりと口を開き、キイイイイイと鋭い雄たけびを上げた。
すると、彼女は耳を手のひらで覆い、音響攻撃から身を護る。
しかし敵は一人ではない。
玉壺の千本針が、アルクェイドに向け放たれた。
上弦の肆と伍の同時攻撃には、流石の真祖の姫もひとたまりも無い。
──────と、思われた。
「なるほど。大体分かってきたわ。あなた達、
冷静な分析を口にしながら、まずは上空に飛んで針を避けた。
そしてそのまま、空中に羽ばたいている空喜に接近し、彼の顎を破壊して音波攻撃を中断させた。
流れるような一連の動作の後、狩人は地面に降り立つ。
「でも残念、私の耐性の前では大したダメージは望めないわよ」
と、アルクェイドは誇らしげに口にする。
対する玉壺は、ふむふむと小さな手を口に当てて考え事をしていた。
また、地面に打ち捨てられるように墜落した空喜だったが、何事も無かったようにむくりと起き上がる。
「カカカッ!いくら死徒となったとは言え、こんな化け物相手では、おのれが強くなった実感すらさせてもらえないのう!」
「ヒョッ。一緒にしないでいただきたい空喜殿。わたくしの血鬼術なら、ほらこのように」
玉壺は瞬時に4つの壺を同時に取り出した。
その口からは、巨大なタコの足が一気に飛び出す。
「──────蛸壺地獄!」
それはもはや、津波のようだった。
8本×4で合計32本のタコの足がアルクェイドを襲う。
しかし、彼女の腕の一振りで、一瞬でバラバラになった。
それでも攻撃の手を緩めない玉壺。
さらに壺の数を増やして、その10あまりの壺の口をアルクェイドに向ける。
「血鬼術──────一万滑空粘魚」
壺から、おびただしい数の魚が飛び出し、雪崩を打つ。
「ヒョッ!どうでしょう、この物量──────ですが貴方の実力から、これも対処可能なのは織り込み済み」
玉壺の言う通り、アルクェイドは一万匹すべてを両断する。
──────だがこの血鬼術の恐ろしさは粘魚の数だけではない。
「では、粘魚がまきちらす経皮毒の体液は如何かな?」
玉壺は誇らしげに言う。
しかし、そんな隠し技さえ、真祖の姫君は容易く吹き飛ばす。
──────アルクェイド・ブリュンスタッドのスペックは並外れていた。
高い生命力と強力な抗体。
彼女の武器である鋭い爪を本気で振るえば、余波で衝撃波が発生する。
粘魚の体液は、彼女の身体に一度も触れることなく周囲に散っていった。
今度はアルクェイドが攻勢に出る。
一気に踏み出し、玉壺の頭蓋を砕かんと、爪が振るわれた。
しかし、手ごたえが無い。
細切れになった薄皮が舞う。
壺からひらひらしているのは、玉壺の形をした皮だ。
皮を残して壺から抜けたのだ。
アルクェイドは顔をしかめて上を見る。
その先。傍らの木。
何かが巻き付いていた。
巨大な蛇のような何かが。
上弦の伍 VS 真祖の姫②へ続く