上弦の鬼たちは月姫世界に転生したようです。   作:白澄星火

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第43話:遠野家の当主として

43-1:遠野家の当主として

 

苦竜(くりゅう)の力で、隅から隅まで氷漬けとなった遠野邸内。

 

2階の角部屋では、積怒の雷撃によって気絶した志貴が琥珀の看病を受けている。

だがそこは、人間が生存する環境とはかけ離れていた。

 

怪我人を寝かせておくには危険すぎる低温空間。

しかしそこから離れることもできない。

 

なぜなら、アルクェイドが遠野邸を対流膜(たいりゅうまく)でコーティングしておいたため、屋敷の中が一番安全だからだ。

さらには、その住人らまで同様の処置を施しているのだから、真祖の姫の破格ぶりが際立つ。

 

そんな中、中庭に近い1階では、秋葉と憎珀天が対峙していた。

 

が、しかし。

 

激しい衝突はすでに終わっていた。

秋葉は傷を負っていないが、力の使い過ぎで消耗している。

 

半天狗は、上半身の右半分が欠けた状態から肉体を再生している。

しかし、上弦とは思えないほどゆっくりと。

これまでにダメージを負いすぎたのか、再生力が完全に落ちている。

 

「血が足りない・・・分身体に回せる生命力は限界のようだのう・・・それにしても娘、この儂を一方的に殺せるとは・・・のう・・・」

 

「・・・そう・・・あなたもしぶと過ぎて・・・ここまで力を使わないといけないとは・・・思わなかったわ・・・」

 

息を切らしながら、秋葉はそう答えた後。

 

ボッ、と言う音と共に、憎珀天を完全に消滅させた。

 

こうして、目前の敵に勝利した秋葉だったが、表情を緩めない。

彼女は鋭い眼差しを屋敷の外に向ける。

 

そこには、森林に鎮座する赤い怪物──────苦竜がいた。

おそらくは、屋敷を氷漬けにした元凶。

 

さきほどまで戦っていた敵よりも、さらに強大な存在。

 

対する秋葉の消耗具合を考えると、残り1体、本体や玉壺も入れれば3体もの敵を退けるのは困難を極める。

しかし、遠野家の当主として、この場所を守らなければいけない。

 

例え、視界に映る赤い怪物を、殺しきれなくても。

秋葉はやらねばならなかった。

 

──────秋葉は、残りの力を振り絞る。

 

すると、苦竜の身体から蒸気が立ち上り始めた。

 

──────紅赤朱(くれないせきしゅ)

それは"略奪"の力。

 

今現在、竜が奪われているのは"熱量"。

そして、熱を完全に奪われた物体は形を保てなくなり気化する。

 

ただ、苦竜は単純にサイズが巨大なことに加え、生き物としての強靭さがあった。

さすがは、上弦の肆、半天狗がほとんどの生命力を注いで作り上げた生命体というべきか。

そのため、完全に蒸発させるには時間がかかる。

 

しかし順調に、苦竜の肉体は崩壊させていく。

 

「やめろ・・・苦しい・・・儂はただ・・・真祖の姫君を・・・」

 

苦痛を訴えながら、赤い竜は屋敷に向かい大きな口を開く。

咥内には、青白い光が見えた。

 

ブレス攻撃だろうか。

それがこのまま放たれれば、ベースがただの人間である志貴や琥珀、翡翠は一瞬で絶命するだろう。

 

それが分かっているからか、秋葉の表情には強い焦りが見える。

 

「間に合って・・・お願い・・・」

 

悲痛な願い。

しかし、それは聞き入れられなかった。

 

カッ!と閃光が走る。

 

ブレス攻撃が放たれたのだ。

 

1秒もしない内に、遠野邸を巻き込む。

いや、それどころか敷地の外まで被害は及ぶだろう。

 

遠野秋葉は、当主としての役目を全うできず、

その手の平からは、世界で一番大切なものたちが零れ落ちていった。

 

──────かに思えた。

 

青白い光は、遠野邸を包む前に停止した。

秋葉の願いは、確かに届いていた。

 

手を差し伸べたのは。

 

「本当に、貴方たちって周りを巻き込むのが好きみたいね」

 

真祖の姫──────アルクェイド。

 

苦竜の爪の一撃から目を覚ました彼女は、ブレス攻撃をその身で受けていた。

 

秋葉は突然の事態に何が起きたのか理解できず、目を丸くする。

だが、少しの猶予が生まれたのは確かだ。

 

さらには、確かに一瞬は動揺したものの、秋葉はすぐに状況を呑み込んだ。

 

「なるほど。あの客人の方ね・・・助かったわ・・・これで、決める・・・!」

 

秋葉の眼光がさらに鋭くなる。

それに応じて、苦竜の肉体の崩壊はさらに加速し──────

 

ついには、原形を留めることが出来ず、霧散していった。

ブレス攻撃も、細かい光となって周囲に散っていった。

 

・・・なんとか遠野邸を守り切った秋葉はその場にへたり込んで、長く息を吐いた。

ただ、完全に戦いが終わったわけではない。

 

まだ半天狗の本体が残っている。

──────が、"血が足りない"、"分身に回す生命力が限界"と言う言葉を信じるのなら、そこまで脅威にはならないだろう。

 

それよりも、余力を残している玉壺の方が手ごわい。

 

秋葉は、深呼吸をした後、(まなじり)を決する。

 

「客人の保護が終わってないわ」

 

責務を全うするために、遠野家当主は立ち上がった。

 

しかし、ふらり、と。

秋葉はバランスを崩してしまう。

 

そこに。

 

「秋葉・・・!」

 

目を覚ました志貴が駆けつけ、身体を支える。

その後ろからは、パタパタと慌ただし追いかけてくる琥珀。

 

「志貴様・・・まだお体が・・・──────秋葉様!?」

 

目を剥いて、走り寄ってくる。

さらには翡翠まで続いた。

 

「秋葉様・・・」

 

秋葉のすぐ近くに膝をつき、翡翠は涙を浮かべながら当主の手を握る。

対する秋葉は優しく微笑んだ。

 

「心配しなくて良いわ。すぐに回復するから」

 

と、穏やかな声色で言った後、一転して険しい視線を兄に向ける。

 

「──────そんなことより兄さん。そんな体で出てきて本当に・・・安静にしていてください」

 

「──────馬鹿!人の心配をしている場合か!・・・俺のことなんて・・・お前が心配しなくて良いんだよ・・・」

 

志貴が声を上げるが、すぐにトーンが下がる。

最後の方は、何と言っているか聞き取れないほど弱々しかった。

そんな兄の様子に、秋葉は心配になったのか彼の顔を覗き込む。

 

「・・・兄さん?」

 

「・・・ごめん・・・秋葉・・・俺は兄貴なのに、お前を守ることも出来ず、みっともなく気絶して・・・だから、1階に降りてくるとき、秋葉が居なくなっていたらどうしようかと・・・すごく怖かったんだ・・・だから・・・生きていてくれてありがとう、秋葉」

 

そう言って、秋葉の身体を抱き寄せる志貴。

 

対する秋葉は頬を赤らめた。

肉親に向ける親愛とは別の感情が彼女の表情から感じ取れる。

 

「兄さん・・・」

 

彼女は安心しきったように、目蓋を閉じる。

その瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

遠野家の当主として 完

 

 

 

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