52-1:事件詳細②、ノエルの危機
「なんでこんなことになったのよ。私は弱い死徒を狩り続ければ、それだけで良いのに。もう、なんなのよ」
代行者ノエルは街の中を奔走しながら、吐き捨てるように言った。
ロア監視任務において、彼女の役割は遊撃。
その遊撃要員が慌ただしく動いているということは、前衛ではすでに戦闘が起きているということ。
「ポイントA、Dに続き、ポイントCも・・・?相手は一人らしいけど、なんでこんなに速いのよ・・・!」
ノエルの口から述べられた内容から察するに、戦況は芳しくないようだ。
彼女の切迫感のある表情からも、それは読み取ることが出来た。
するとそこに。
「ハハッ。ここにもいたか、代行者」
いつの間にか、ノエルの前に若い男が立っていた。
真っ黒な羽織、それと同じ色をした眼球と、頬に走る紋様。
男は勾玉の首飾りを掛け、背中には日本刀を差している。
そしてなにより、口元からは鋭い牙がのぞいており、それを見たノエルは立ち止まると、震えながらも武器を構えた。
「話には聞いていたわ。この街で今一番犠牲者を出している新参の死徒・・・獪岳ね」
「正解。でもどうでも良いだろ?血袋のことなんか。まぁ、いずれこの街の人間の血は全部俺の胃の中に入れてやるよ」
獪岳のその言葉のあと、怯え切ったノエルの表情が一変した。
歯をぎりりと噛み締めながら、敵を睨みつける。
その瞳からはぽろぽろと雫が零れ落ちていた。
・・・勝てないと分かっているのだろう。
だが、死徒に両親も故郷も奪われたノエルにとって、その発言は許しがたいものだった。
「死徒なんて・・・みんな消えてしまえば良いのよ・・・!」
舞い飛ぶ三本の黒鍵。
それを右手一本で獪岳は弾いた。
だがノエルは動揺しない。
なぜなら、左手を限界まで酷使して放った黒鍵三本は囮に過ぎず、本命は右手に隠した火葬式典だからだ。
だが、それを向けるべき敵が、ノエルの視界から一瞬で消えた。
さらには、ノエルの右手に握られていたはずの黒鍵すら、奪われる有様。
両者には、絶対的な力量差があった。
「ハハッ。こうやって他の代行者も、増援を呼ぶ前に死んでいったけ?」
ノエルの背後から、獪岳の声が響く。
すると獲物は再び、怯えを取り戻した。
「あ・・・ああ、いや、いや──────」
殺さないで、と恐怖に震える唇が痙攣する。
そんな彼女の頭と右腕を乱暴につかみ、獪岳はがぱりと口を開ける。
「頼むから暴れんな代行者。俺はもっと血を吸って、もっと強くならないといけねえんだ」
「やめ・・・やめてくだ・・・」
ノエルの涙ながらの懇願。
それは決して、死徒である獪岳が受け入れることは無い。
鋭い牙は、確実にノエルの首筋へと近づいていく。
だがそこに、男の声が割り込んだ。
「おお~っと獪岳殿。女の子に乱暴するのは良くないと思うぜ?」
「・・・ハハッ。どの口が言うんだよ?──────女を優先的に食ってたアンタに言われたくないね。童磨さん」
獪岳は吸血のための動作をピタリと止め、突如現れた男──────童磨の方を向いた。
対する童磨は、ひらひらと手を振りながら、悪びれる様子もなく話し始めた。
「やぁやぁノエルちゃん。危ないとこだったねぇ。それと獪岳殿。さっきの発言は傷ついたぜ?昔ではなく、今の俺を見ておくれよ。こうして現に、死徒に襲われていた女の子を助けたんだからな」
「ハッ。短い付き合いながらも、アンタの事は少し分かってるつもりだぜ。親切心や情なんかでこんなことをするような男じゃないってな。・・・いや、そもそも、そんなものアンタには存在しないか」
「ちょっと待っておくれよ。俺は本気でノエルちゃんを心配してるんだぜ?」
「いいや違うね。教会に恩を売りたいだけだろ?それにしても、生かしてもらおうと必死だな。飼い犬みたいで哀れだぜアンタ」
「それは今更じゃないか?無惨様の元に仕えていた時もそうだったし、100年以上だから筋金入りなのかもね」
そう言って、童磨は笑った後、さらに続ける。
「あ、そうだ。聞いた話だと、ロア関連で凄い精度の情報を持っていたらしいじゃないか。もしかして、自分で集めたのかい?」
「・・・それは秘密かな」
獪岳は質問に対し、回答を濁した後、話題を切り替える。
「そんなことより、俺はアンタとも戦いたいと思ってたんだ。丁度良い。この代行者はもう手放すから、そしたら一戦良いか?」
「うん、良いよ。じゃあノエルちゃん。今すぐこの場を離れて、教会には盛大に俺の勇士を伝えておくれ?」
「ハハッ。やっぱそれが目的じゃねえか」
事件 完