53-1:上弦の弐 VS 新上弦の陸
獪岳殿から解放され、ノエルちゃんはこの場から離れる。
ただ、俺とすれ違う際、彼女は涙ぐみながら一礼をした。
「・・・ありがとう・・・ございました」
「良いんだよノエルちゃん。後は俺に任せておくれ」
俺がそう言って微笑むと、ノエルちゃんはもう一度頭を軽く下げ、去っていった。
そんな一連のやりとりが終わった後に、少し離れたところからため息が聞こえてくる。
「やっと終わったか。でもよ、そんなに格好つけて本当に良かったのか?アンタじゃ俺に勝てないぜ?」
そう挑発してきたのは獪岳殿だった。
それを受けて特に腹を立てたりはしないが、俺は考え込むような姿勢をとる。
「言い訳するのもどうかと思ったのだが、実際俺は全く人を食っていないからなぁ。どうにか暗示で誤魔化しているものの、なんだか本調子でないよ。まあ、だから俺は、代行者の増援が来るまでの時間稼ぎってとこさ」
「ハハッ。本調子でないのはアンタだけだと思ってんのか?俺は今、遠野とかいう野郎のせいで、片腕でしか刀を握れない。でも、それ込みでもアンタに勝てるって言ってんだよ」
その言葉の後に続いて、獪岳殿の口からシイイイと言う音が漏れ出た。
そして。
「雷の呼吸 玖ノ型──────
いつもの様子とは打って変わって、神聖な儀式を執り行うかのような厳かな声色。
すると、上空は瞬く間に曇り空へと変容した。
その様子を地上から見ていた俺は、とてつもない悪寒を覚えたため、すぐさま対処を始める。
「血鬼術──────霧氷・睡蓮菩薩」
俺の背後から、覆いかぶさるように氷の像が現れる。
さらに言えば、その大きさは従来の睡蓮菩薩の2倍以上はあった。
そして、ほぼ同時のタイミングで、獪岳殿も技を発動していた。
「雷の呼吸 終ノ型──────
それはまるで、神の御業のようだった。
上空から幅8メートルほどの巨大な黒雷が降り注ぎ、一瞬にして氷像を木っ端みじんに破壊してみせた。
その直下で俺の頭部を守っていた2対の扇は、腕ごと吹き飛ばされていた。
「うわ~すごいね・・・」
そう言って立ち上がるが、顔からボタボタと血が地面に流れ落ちた。
(頭が・・・痛い)
雷が、頭部まで及んだのだ。
ただ、氷像と扇、さらには自身も腕までを犠牲にしたことで、辛うじてこの程度で済んでいるのだろう。
とは言え、後頭部から走ったヒビは、額や頬にまで進出していた。
(しかも、背中の肉まで吹き飛んでいるようだ・・・それに全然再生しないね)
このままでは、血鬼術も満足に使用できない上、身体の再生に力を割いたまま戦わなければいけない。
こんな状態で今の獪岳殿に時間を稼ぐことなど出来ようか。
(いや、戦いで時間稼ぎができないなら、せめて)
「そうだ。獪岳殿は玉壺殿たちの仲間ではないのかい?隣の街に引っ越す約束だと聞いたが」
「ハハッ。分かりやすい時間稼ぎだな。まぁ良いぜ乗ってやるよ。そうだな・・・俺は一時協力していただけだ。こっちが交渉材料としてのロアを提供する代わりに、狩場の棲み分けを無惨様に提案したんだよ」
「なるほど、やはり獪岳殿は一人で動いているんだね。でも、やっぱこっちの世界に来て日が浅いのにやけに的確な手を打ってくるなぁと俺は思うのだよ。──────誰か背後にいるのではないかな?」
「やっぱそれ何回も聞いてくるな童磨さんは。・・・悪いけど、教えられねぇな」
「まだ2回目だが、そうか残念だよ。ああそれと、青い彼岸花は本当に効果あるのかい?俺はまだ見たこともないから気になってねぇ」
「あれは最高だぜ。昼も活動できる。童磨さんもとっくに接種済みだと思ってたぜ」
「いやあ、猗窩座殿からは玉壺殿に全部取られたと聞いてるからね」
「ハハッまさか。俺たちも根こそぎ奪ったわけじゃねぇよ。必要な分しか受け取ってないね。じゃあつまり──────猗窩座さんは童磨さんに嘘ついてるんじゃねぇのか?」
「あれ?そうなの?じゃあ、ノエルちゃん経由で聞いてみようかな。今回の借りということで」
俺がそう言うと、獪岳殿は不敵に笑いながら刀身を鞘に納める。
「──────生きて帰れたら、の話だけどな」
再びシイイ、と空気が漏れ出るような音が聞こえた。
獪岳殿は重心の位置を低くし、居合の型を作る。
そして。
「雷の呼吸 漆ノ型──────
その言葉が最後まで言い切られる前に、俺の視界はぐるりと反転していた。
──────嗚呼、この感覚は知っている。
首を斬られたのだ。
そう冷静に分析するが、さて困った。
先ほどやられた背中と腕もまだ治り切っていないのに、次は首か。
ヴローヴの時の傷より再生するのに時間がかかっている。
勘弁してほしい。
そんなことを考えている内に、頭部が地面に叩きつけられた。
さらには、切断面から広がるヒビが、首から上をぼろぼろと崩していく
(今度こそ本当に終わりかなぁ。結局、自分の力を出し切らないで負けちゃった。こんなことになるんだったら、素直に人を食っておけば良かったよ)
何かが変わるかと思って、無惨様に鬼にしてもらったあの時。
そして、俺を殺した張本人であるしのぶちゃんに抱いた、初めてのトキメキ。
さらに直近では、ヴローヴに殺されそうになった時に自覚した、生きる意味。
転機は何度かあった。
それでも結局、何も変わらなかった。
(ああ、もう、意識も、なく、なって、きた)
後は再び地獄へ落ちていくだけ。
二度目の人生、これで幕を閉じる。
──────そのはずだった。
薄れゆく意識の中で、口に無理矢理、何かが入ってきたのを感じた。
とても良い香りが、した。
上弦の弐 VS 新上弦の陸 完