63-1:改めて、ありがとう
「・・・もう一度、良いかい?」
「だから、遠野シキは俺一人だけですよ。遠野家養子の、もう一人の遠野シキなんて知りません」
志貴殿の言葉に対して、俺は開いた口が塞がらなかった。
・・・嘘をついているようには見えない。
本当に、困惑した表情でこちらを見ている。
まるで、俺がおかしなことを言っているかのように。
(猗窩座殿、遠野秋葉に騙されたか?)
そんなことを思っていると。
「要件はそれだけですが?実は俺、生徒指導の先生たちと話す予定もあるんですよ。しかもココ(茶道室)で」
「ああ~職員会議で話題になってたわね、志貴クンが夜遊びしてるって」
「ノエル先生、人聞きが悪いですよ。そんなんじゃありません・・・」
志貴殿が弁明する通り、どう見ても夜遊びするような不良少年には見えないし、嘘が上手にも見えない。
"シキなんて知らない"
おそらく本当のことなのだろう。
(であれば、遠野秋葉に聞くしかない・・・か)
「ありがとう志貴殿。俺の思い違いのようだ。くれぐれもこのことは、妹さんには言わないでおくれよ。それでは、これで失礼するよ」
そう言って、立ち上がる。
ノエルちゃんも同じ考えのようで、視線を交差させると彼女も立ち上がった。
「じゃあね、志貴クン」
ノエルちゃんも志貴殿へ挨拶を済ませる。
俺は先に草履を履き、ドアを開いて待つ。
こういう場合、女性を先に通すのが良いとされている。
ノエルちゃんが俺に軽く会釈をし、部屋の外に出ると、すぐに俺も続いた。
ドアを閉めると、同時に2人同時に肩を落とした。
「いやあ、結局遠野邸まで行かないとだねえ」
「でも、志貴クンを守るのも必要ですよね?」
「そうだねえ、それは俺がやろうか。ノエルちゃんは猗窩座殿への報告と合流をお願いできるかな?」
「・・・助かります」
「気にしないでおくれ。ロアみたいな危険な相手、ノエルちゃんには荷が重いでしょう」
俺がそう言うと、ノエルちゃんがこちらに身を乗り出してきた。
「ありがとうございます!そうなんです!私は弱いんです!だから、強い相手はよろしくお願いしますね!?」
「あはは。任されたよ。でも、獪岳殿にボロ負けしたばかりだからねえ。今の俺は、死ににくいのが取り柄ってところかな」
「・・・それでも、あの日の夜は助かりました。本当に、ありがとうございます」
ノエルちゃんはそう言って、深々と頭を下げた。
本来、彼女は命の奪い合いをするような仕事が向いていないのだろう。
それは、実力もそうだし、人格もそうだ。
それでも。
弱くても、一生懸命背伸びしている姿は、少しだけしのぶちゃんに重なって見えた。
「良い良い。俺は困っている女の子を放っておけないからね」
俺がそう言うと、ノエルちゃんは顔を上げる。
そこには、安心したような、緩んだ表情が浮かんでいた。
そして彼女は軽く会釈をし、去っていく。
俺は手を振って見送った後、茶道室の隣の部屋に入り、時間をつぶすことにした。
改めて、ありがとう 完