君と逃げよう、どこまでも   作:足洗

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8G パーマー包囲せらる

 

 

 

 

 六車さんの運転は正確無比。来た時同様の滑らかなステアリングで黒塗りの車はターンして行く。

 

『パーマーお嬢様を、どうぞよろしく』

 

 降車する際、その切れ長の目を鈍く光らせ六車運転手は俺に言った。あるいは親類縁者に等しい子供を赤の他人に預けるのだから、彼女の立場を思えば当然の言葉とも取れる。

 しかし俺はまたしても怯みを覚えた。何故か、さながら猛獣に肉付きを見定められる獲物の気分。

 ……あまり、信用されていないのだろうか。

 それは返す返すも我が身の不徳なのだが。

 芝地からやや離れ、林の入り口の前にパーマーと立つ。

 

「ここから入ってすぐそこだよ」

 

 パーマーのはしゃいだ声に気分が持ち直すのを感じた。

 ライトイエローのフード付きジャケットにチェックのインナー、カーキのショートパンツと黒いレギンスを穿いた脚は普段よりも伸びやかに見えた。一昔前に流行った山ガールファッションなんてものを思い出す。パーマーがアウトドア雑誌の表紙を飾ればまた流行が戻ってくるかもしれないと、半ば本気で考えた。

 真新しいハイキングシューズで石畳の道を踏む。疎らな林を少し進むとすぐにその建屋は見えてきた。

 それがどうやら件の保養所である。二階建てのログハウスだった。いかにも避暑地の別荘然としている。

 ウッドデッキに昇ると、パーマーがこちらへ振り返った。

 

「ホントは海辺の保養地で海水浴でも、って最初は思ってたんだけど。ま、海には夏合宿で行けるし、涼むなら緑の中の方が気持ちいいし。どう? 結構可愛いお家でしょ」

「ああ」

 

 小造ながら年季に相応の趣を備えた丸太組みの建屋、そしてそれを背にして笑う快活で、爽やかで、可憐な少女。

 それは実に出来過ぎた取り合わせだった。息を呑むほど。

 

「すごく画になる」

「……トレーナーってばさ、もしかして私の方見て言ってない? 見るべきはこっち! この素敵なログハウス!」

「ああ、素敵だ。このロケーションも、君も」

「……もぉ、調子いいなぁ」

 

 呆れたように、気恥ずかしそうに、パーマーは肩を竦めてさっさとログハウスの扉を開け放つ。

 木材の匂いが淡く香った。

 吹き抜けのリビング、天井で今は静止するシーリングファン、本革のソファーがあり、巨木を割った一枚板のテーブルがある。調度品の多くにどこか懐かしい風合いを覚えた。経済的に決して裕福だったとはいえない家庭環境で育った自分が、別荘地のコテージに懐古など感じる筈がないのだが。

 

「どう? 良い雰囲気っしょ」

「……うん、本当だ。なんだか落ち着く。空気が良い所為かな」

「えへへ、でしょでしょ。私も小さい頃からここが好きだったんだ。メジロの保養所ってどこもすんごい豪勢で落ち着かなくて。なんていうか、そう、分相応って言うの? これくらいの広さで、家具も調度も必要なだけ。外は緑以外なーんにもない。静かな土地でひっそり暮らす。スローライフ、みたいなさ……二人で……」

 

 消え入るような語尾を俺は聞き逃す。木々の騒めきが静謐な室内に思いの外大きく、響いて。

 

「……ん、これ逆に贅沢なこと言ってるね私」

「ふふ、確かに」

「あははは」

 

 パーマーは和かに笑った。

 俺も釣られて笑った。パーマーの語る理想の生活に共感した。

 静かな山間にひっそりと建つ小さな家で、もし、もし許されるなら。この快い少女と二人、暮らすことが許されたなら。

 それはどんなにか幸福だろうか、と。

 そんな、身の程知らずな妄想を弄んだ。

 早々に邪念に見切りをつけて、俺は買い込んだ食材を手にパーマーにキッチンの場所を尋ねた。

 そうしてリビングダイニングの奥へと向かう。

 その途上。ふと俺は二回へと続く階段を見付けた。広々とした一階が共用スペースなら、当然寝室は二階にあるのだろう。

 しかし、そこには昇り階段だけではなく、降りの階段があったのだ。

 

「? パーマー、この階段」

「え、あ、あーそれ? 一応地下室。遊戯室兼倉庫、みたいな」

「へぇ、後で覗いてもい」

 

 いいかな、と続けようとしたところそれは遮られた。

 パーマーが身を挺して、降り階段を見る俺の視線を遮ったのだ。

 

「ごめん、もう随分使われてないみたいでさ。散らかってて汚いし、危ないから。工具とかいろいろ置きっぱなしなんだ。だから……ごめん」

「そ、そうか」

 

 早口に、半ば捲し立てるような言い様に俺はすごすごと引き下がる。

 パーマーの様子には無論異変を覚えた。

 

「ごめん……」

「いや、いいんだ。こっちこそ無理言ってすまない」

 

 けれど心底申し訳なさそうに謝罪を繰り返す彼女にこれ以上問い詰める気は起きず。

 俺は提げたままの食材の鮮度を思って、大人しく冷蔵庫へと向かった。

 

「……ごめんね、トレーナー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはーいパマちんシッダウンプリーズ」

「え、あ、うん。これに座ればいいの? レジャーシートなんてどこから……」

「Oh! ノーノーパマちん。正座でおなしゃーす。背中伸ばしてーお膝そろえてー説教ターイムカムヒィーア!」

「なんかいつにない不思議なテンションだよズッ友」

「しゃらっぷ。言い訳は裁判の後でゲロんちょしてちょ☆」

「これ裁判なの!?」

「そそ~。んでんでばいしーんジャッジメンはさっきそこでワッフルきめてたマックちんとライたんでーす! Fuu~! はい拍手~」

「陪審員、のことですかしら」

「ど、どうも」

 

 昼休みの中庭の芝地の中央にかなり大きな切り株が生えている。内側に幹や年輪はなく、底は綺麗な空洞(ウロ)。トレセン学園に通う生徒や先生やトレーナー達は折に触れてこの穴に自らの思いの丈を叫びに来る。

 思えば、ズッ友と初めて出会ったのもここだった。あの日もヘリオスは声の限りにウロに向かって絶叫をかましていた。

 彼女のしゅきぴ……認定を一方的に食らっているダイイチルビーへの愛とその塩対応への悲哀を。

 馴れ初めというには少し間抜けだが。

 嘆き節さえアゲアゲな、年中晴れ燦々太陽なヘリオスが、今日はなんだか様子が違う。言い知れない迫力というか、有無を言わせない気迫というかを身に纏って。

 傍らに並んだ二人もまた私のよく知る人達だった。

 輝く白銀の長い葦毛を手の甲で払う。その所作に滲む貴顕。優雅たれを地で行くメジロの至宝、メジロマックイーン。

 ベリーショートの鹿毛、額に掛かる白斑。制服の上からでも見て取れるしっかりとした筋骨。メジロきってのタフネスとパワーを誇る剛バ、メジロライアン。

 私は今そんな友達三人に寄って集って取り囲まれていた。

 

「パマちん」

「な、なに」

「恋愛ざこざこ勢パマちん」

「れんあいざ……なんて?」

「ええんか!? そんなサゲポヨ沈殿丸で!? いいわけないっしょ! SAYりべんぢ☆ アーハ―!?」

「なにを!? リベンジ!? ごめん初対面の時以来のイミフだよズッ友!!」

「このままヨワヨワパマちんのままじゃ……たづなさんにトレぴのこと、盗られちゃうよ」

「────」

 

 私は息を詰めて、ヘリオスの顔を見上げた。キラキラのフェイスシールでデコられた愛らしい顔。真剣で、真っ直ぐな眼差し。

 私がいくらとぼけたって太陽には全部お見通しなんだ。

 

「……盗られるなんて、そんな。トレーナーはトレーナーで、物じゃない。私の物なんかじゃないんだよ、ヘリオス」

「モノにすんの! パマちんの魅力鬼アゲして鬼アピって落とすの! パマちんならできる! パマちんしか勝たん!」

「でも」

「デモもMVもない! ……パマちんの悲しそうな顔、ウチ見たくないんだもん」

 

 晴れやかだった少女の顔が翳る。この快晴の空と同じ、太陽に雲が掛かる。

 私の胸は、潰れる。

 私の意気地の無さが、情けなさが、親友の心を曇らせた。その事実が痛い。苦しい。

 くだらないことなのだ。ただ、不安を拗らせて嫉妬を燻らせて、私は大事な人を困らせただけ。

 トレーナーは大人で、私は子供だった。たったそれだけの出来事。

 いずれ、あの人もいずれは誰かと……そんな漠然とした、曖昧模糊の恐怖心。

 恥ずかしかった。普段は偉そうに他人の相談役を買って出てる癖に、実際はどこまでも子供でワガママなだけの自分が、惨めだった。

 

「……なるほど、話はわかりましたわ」

「い、今ので? すごいねマックイーン」

「茶化さないでパーマー。貴女ってばいつもそう。そうやって笑って、ご自分を蔑ろにしてしまう……随分長らく私も気付けませんでした。それを不甲斐なく思います」

 

 マックイーンは一瞬だけ目を伏せた。自責するように。

 そんな必要どこにもないのに。

 顔を上げたマックイーンの瞳には理解の色が浮かんでいた。

 私は何か言おうとして、失敗する。今まで隠し通して来た自分の弱さを、こんな形で露呈するとは思いもしなかった。

 こんな、幼稚な理由。

 妬み、嫉み、恋煩い。

 

「つまりはパーマーとパーマーのトレーナーを一心同体にすればよいのですわね?」

「なにがどうつまってその結論なの!?」

 

 理解の色はいずこ?

 ヘリオスと同じように真剣な眼差しには、理解? がある。あったよね??

 私は助けを求める心地でライアンを見る。

 

「略奪愛だね! ひゃぁぁああああ過激っ。す、進んでるんだねパーマー。すごい、なんかこれってマンガみたいじゃない!? キャー!」

 

 ライアンの時に精悍でさえある面差しは今年相応の女の子の可愛らしさしか見えない。瞳はきゅるきゅる輝いてる。

 ダメだ。味方がいない。いやある意味味方しかいないんだけども。

 

「よろしいですわ。バックアップを請け負いましょう。我々は同じメジロ、同朋の切なる願いに協力は惜しみません」

「ウェェェイ!! さっすマク! やっぱ頼りになるー!」

「私も私も! 今後の参考……パーマーの為だからね!」

 

 逃げウマの私を置いてけぼりにして、三人は闘志と興奮を高めて拳を握る。

 小旅行という名のトレーナー篭絡計画はこうして幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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