1G 自分らしさ?
あらかじめ断っておくが、彼女は人格者である。
いや、今更俺なぞが理解者面で確認するまでもない。彼女の友人知人が、なにより彼女の家族がその心根の優しさを知っている。
メジロパーマーという少女が敬愛すべき
もっと素直に言えば、とても好ましい娘なのだ。
笑ってほしい。無理を承知で、それでも、叶うならば、彼女を取り巻く重圧や苦悩から少しでも解放されていてほしい。せめて、日常の平穏の中で。
そう願う。いや、そうなるようあらゆることをしたい。せねばならない。
……と、決意など新たにしている。一人で勝手に鼻息を荒くする俺は滑稽だ。
閑話休題、俺のことはどうでもいい。
問題は彼女だ。
問題、なのだろう。おそらくは。
優れた人格と紛れもない才覚を秘める少女に、問題など提議するのも烏滸がましいがしかし。
しかし、どうも。
これはウマ娘としての彼女とトレーナーたる我が身の関係性がまだ
その明朗快活さと面倒見の良さで誰とでも円滑良好な関係を築くパーマーだが。
心がただ一面だけで成り立つ筈はない。誰しも様々な性質を抱えている。己自身にしてからそうであるし、それはあの好ましい少女とて変わらない。
ふとした時、それは現れた。
俺は大いなる戸惑いを以て、少女のもう一つの“貌”を知る。
バランス栄養食品という。
各種栄養素を配合し、長方形に成形調理された謂わば上等なビスケットのようなものだ。
重宝している。
職員棟の裏庭にはベンチがある。利用者は自分以外見たことがない。木陰で過ごしやすく、食事をしながら作業する行儀の悪い様を他人に見られる懸念もない。
密かに持ち込んだ折り畳みテーブルにノートPCを据えて、カ○リーメイトを頬張ったその時。
「トレーナー、それがお昼ご飯なの?」
薄紫の愛らしい制服姿。困ったような呆れたような甘い垂れ目で俺を見咎めて彼女は言った。特に、『そ』と『れ』の発音に非常に心が篭っていた。信じられない。ありえない。お前は正気なのか? というような。
鹿毛の頭頂で耳がぴんとこちらを向く。返答の如何によっては怒るぞ、という言外の意図を感じた。
「……結構いけるんだ、これが」
「……はぁ」
腰に手をやったまま、少女は盛大に溜め息を地面に落とした。そんな仕草も様になる。
彼女の後輩のゴールドシチーというウマ娘は競走バの傍らファッションモデルまでこなしていると聞くが。
パーマーならトップモデルも夢ではないだろう。彼女がそれを望むかどうかは別だが。
そして俺は彼女を手放すつもりなどさらさらない。
少なくとも彼女の夢に、俺が不要になるその時まで。
「目を逸らさない。そんなんでパーマーさんは誤魔化されないよ」
「ごめんなさい」
喉からそれはもう迅速に謝罪が溢れた。
女子高生からの詰問に大の男が屈した瞬間だった。より残念なのは、こうした光景が恒例になりつつある事実だろう。
徹頭徹尾、仕事に
常々改善しなければとは、思っているのだが。
「思うだけじゃーん。この前も徹夜でトレーニングメニュー練ってたでしょ」
「面目次第もなく」
「メジロパーマーのトレーナーは学園に住んでる、なんて噂されたらマジぴえん。やだなー。鬼サゲー。ガチしょんぼり沈殿丸」
沈殿丸……?
意気消沈と船の沈没をなぞらえているのだろうか。だとすればなかなか諧謔が利いている。
「ちんでんまる……流石に変?」
「エキセントリックなワードセンスは嫌いじゃない」
「エ、エキセントリック……そっかー。パリピ語マスターの道は遠いなー。もっと勉強しなきゃ」
本当に生真面目な娘だ。
微笑ましい心持ちが実際に顔に表れたのだろう。パーマーはむっとこちらを睨んだ。
「体調管理も社会人の仕事でしょ。ホントに気を付けなよー……あー、その、なら、さ」
軽快だった物言いが突然途切れる。いかにも歯切れ悪く言葉を濁し、視線を左右に彷徨わせるパーマー。
怪訝な色まで顔に出たか、パーマーは取り繕うように手を振った。
「や、ほら! 前に一回商店街の福引でさ。ちょっといいハンバーグ当たったじゃん? 付け合わせのソースがいまいちで、それで、いい感じの味付けにして食べようって、ご飯作りに行ったでしょ。ト、トレーナーの、家に……だから、その、トレーナーがよかったら。いやホント迷惑じゃなかったらね? あの時はまだその、今みたいに……じゃなかったし……ま、また、トレーナーが、い、いいなら……つ、作りに行ったげよっか……?」
盛大にごにょごにょとどもりにどもったパーマーの言葉は、残念ながら頗る聞き取り難かった。
しかし、要点は飲み込めた。彼女はまたしても厚意で手料理を振る舞おうかと提案してくれているのだ。
有り難いことだった。その心遣いには感謝しかない。
であればこそ。
俺はその申し出をやんわりと断った。
「………………そ、っか……え、遠慮とかしなくていいんだよ? 私は大丈夫……」
首を左右する。遠慮が湧くのは仕様がないにしても、それ以前の決して大丈夫ではない問題がある。トレーナーと担当ウマ娘という関係にあるとはいえ、未成年の女子生徒を成人男性宅に招き入れるのはどう言い繕っても法に抵触するタイプの事案である。本当に今更ながら己がこの上なく迂闊な真似を働いていたことに思い至ったのだ。
彼女の施しを無下にする罪悪は殊に極大だが、彼女を無用なトラブルに巻き込むよりマシだろう。
寂しげな微笑が少女の顔に凝り固まる。少女の容貌は変わらず美しいのだが、どうしてか俺はそこに表情を見出せなくなった。今のパーマーの顔は、まるで精巧な能面のようだったから。
「でも、さ」
甘く垂れた目、碧い瞳が光る。
「トレーナー、やっぱり生活は一度見直さなきゃダメだね。ここ二ヶ月くらい一週間の内、水曜と木曜の一回ずつコンビニに栄養ドリンクとか栄養補助食品とかあとはインスタントのもの少し買い足すだけだったでしょ。そりゃ安易に外食しないのは偉いと思うよ? でもビタミン剤とかで栄養バランス調整するのは流石に健全って言えないっしょ。実際ほら、ちょっと痩せてる。気付いてない? 体重計乗りなよ。私のコンディションならいつでも把握してるくせに……ふふ、私のことはなんでも知ってて、自分のことはてーんでダメダメ。しょーがないなートレーナーは。そうそうこの前も、通販で手軽なシリアルバー見てたよね。履歴残ってたよ。あんなたくさん箱で買い込んでさー。かと思えばスキンケア用品の情報とかマメに集めたり……私の為って思うのは、ちょっと図々しいかな? ふふふ、あとあと」
思わず待ったを掛ける。
堰を切ったように語り出したパーマーに、いやその内容に、虚を衝かれて。
「あ……ご、ごめんトレーナー。私、ただ、その……し、心配で……」
肩身を縮める少女になんと言えばよいものか。
俺がおろおろと気の利いたフォローもできないまま、昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。