友達と一緒に過ごす時間が好き。わいわいやってクラブで踊ってカラオケで歌いまくって、門限をすっかり忘れて寮長やたづなさんに叱られたり。
ウィンドウショッピング、教室でのだべり、熱くて頼り甲斐があって可愛いルームメイト、燦々太陽なズッ友、他にも面白くて素敵な先輩後輩同級生達。いろんな人達と関わったり、笑い合っている時だけは、逃げてよかったって思えた。安心できた。
でもそんなパリピ見習いな私だけど、一人もそんなに苦じゃなかった。別にそれならそれで、って感じ。
なんせ慣れてる。
速く、より速く、どこまでも速く、遠ざかっていく彼女らの背中を見てきた。同じメジロの名を頂く偉大な義姉妹達。
置いてかれるのは、慣れてる。
誰かのお悩み相談役という名の椅子に座ってさえいられれば私は満足だった。
満足できた。
自己肯定、承認、思い込みでも見せ掛けでも、慰めでも。一瞬ごとに泥沼へ落ちようとする心を誤魔化せた。
それで満足……できてたのに。
君の所為だよ。
一人が辛くなったのも、トレーニングの帰り道を寂しいと思うようになったのも、ズッ友やクラスメートとフロアでバイブスアガってても心のどこかではいつも誰かのことが気になって、そわそわして、無意識にその姿を探してる。
トレーナーを探して、求めて────
君の所為なんだよ。
適当に笑って、なんとなく軽くて楽しい毎日を送るだけでよかった私のウマ生をこんな風にしちゃったのは。
最初はただの焦りだった。
一人、また一人、トレーナーのスカウトを受けていく同級生や後輩を見送る内、さて自分はどうしようかなんて柄にもなく悩んでしまった。
自分が、メジロの落ちこぼれが。そんなこと考えたってしょうがないのに。
諦めはついてた。こんなものだって、周囲から見限られて、そして自分で自分を見限る心の準備もとっくに済んでた。
もういい。もう、いいから。
「パーマー、君は自由を楽しんでくれ。自由な世界でどうか笑ってくれ。そんな君が、俺は見たい」
見付けてしまった。私の、私だけのヒト。
出会いは偶然だったのに、今ではそれがとんでもない運命だったって思える。
私を、メジロパーマーじゃなく、パーマーと呼んでくれる。もしかしたら、あの人にとって私はウマ娘ですらないのかもしれない。そう、油断するとそんな風に考えてしまうくらい。私を見る、貴方の目は真っ直ぐで。
私が求めたもの。
私を、私だけを求めてくれる誰か。
貴方でよかった。
屋上にいたのが貴方で、よかった。
だから、なにかしてあげたいって思うのは当然だよね。
トレーナーは大人だから、私を相談相手には選んでくれない。むしろ逆に、いや本来それが正しいんだろうけど、私のコンディションを常に気にかけて、微かな表情一つから不調を見抜き、欲しい物やして欲しいあれこれを瞬時に用意してしまう。
用意の良さに呆れた風を見せながら、私は内心でそれが嬉しくて堪らなかった。私に心の多くを割いてくれている事実に、安堵した。喜悦した。
そして自分が自分で思ってる以上に卑しい性分なことに気付いて、ちょっと落ち込んだ。
トレーナーに頼られたい。トレーナーに、求められたい。もっと、もっと。
仕事に根を詰める姿を労しいと思う。それが私の為なんだと知って胸の奥に熱を覚える。
日向で感じる暖かさとは違う、熱。熱。じっとりと絡み付くような、纏わりついて離れない……放したくない。私の本性。
重い。甘く煮え立つ泥のように。
知られたくない。こんな重くて面倒で暗い部分をトレーナーに見せたくない。もし、知られたら。
もし幻滅されたら。
もし、もしも、み、見捨てられたら────
休日、普段とは打って変わって静かで、ヒトやウマの気配のしないトレセン学園。
からりと晴れた空。日差しがちょっときつかった。
日焼け止めはちゃんと塗ったけど日向には長居しない方がいいかな。
寮から中庭を通って校舎を目指す。職員棟は西側の奥だ。
弁当箱を納めた保冷バッグを提げて私は歩いた。芝生の青さ、舗装路のコンクリートの白さ、視界には色が氾濫して輪郭を曖昧にする。
足取りは少し重め。体調ではなく、心の迷いが表れて。
「……えーい。しっかりしろ、私」
たかが弁当を渡すくらいでなんだ。差し入れ。日頃の感謝。気紛れ。作り過ぎて。いや試食。そう最近料理に凝っててさートレーナー味見役やってよー役得でしょー。
……なんで言い訳ばかり浮かんでくるんだか。
この、私ってやつは、この意気地なしめ。
校舎の傍の花壇にはガザニアが植えられている。日の光を受けて花弁の黄色が一層鮮やかだった。それは私の好きな色だった。
職員棟の入り口が見える。
いい加減覚悟を決めよう。
大袈裟な自分に苦笑して、息を吐いた時。
不意に、玄関のガラス戸が押し開かれた。
人影が連れ立って出て来る。
「あ」
一人はトレーナー。背広を脱いで、腕まくりしたワイシャツにネクタイの出で立ちはまるっきり疲れた会社員って感じ。どうせまた仕事仕事仕事で休憩するのも忘れてたのがわかる。
タイミングが良いの悪いのか。
それでも、彼の姿を認めて私の顔は自然と笑みを浮かべた。
すぐにも走り出そうとして、私は一歩目から失敗した。地面に縫い留められたみたいに足はぴくりとも動かない。
意外な人がトレーナーの隣を歩いている。
シーグリーンのダブルのジャケット、同色のタイトスカート、丸くカールした鍔のハット。キャビンアテンダントかエレベーターガールのようなアグレッシブなデザインのその制服を、けれど彼女は見事に着こなしていた。女優かモデルみたいな抜群のスタイル、きちんと手入れされた栗色の長い髪が二房、ぴんと伸びた背筋でなびく。
駿川たづな。
トレセン学園理事長秘書を務める才媛。卒のない人。美人で有能で人当たりも良く、学園にファンも多い。“素敵な女性”を題材に絵に描いたら、きっと彼女が出来上がる。
そんな彼女が……そっとトレーナーの腕を自身に抱き寄せた。
青空の下に二人、寄り添って歩いて行く。
たづなさんは笑顔だった。常日頃笑顔を絶やさない人だけど、けれど、今そこにあるのは見たことのない女性。
見たことないくらい、綺麗な貌で。
たづなさんはトレーナーを見上げていた。
私の、トレーナーを。