私の前世は日本人だったのだと思う、記憶も薄ぼんやりとしていて自分が男だったのか女だったのかも覚えていないけど。
ただ産まれた時から自我というものがあった私は非常に大人しくて聞き分けがよく、親としてはとても育てやすい子供だったそうだ。
女の子として生を受けた私は両親に愛されたり、あまりに癇癪を起こさず泣く回数も少ないので病気か何かなのではと心配されながら育った。
そんなある日、産休中の母の同僚から取引先のCMに出演できる赤ちゃんを募集しているらしく、私を出演させてくれないかというお願いが来た。
この同僚の人は母から私が心配になるぐらい静かで聞き分けがいい赤ん坊だという話を聞いていて、試しにと思って推薦してみたらしい。いや、推薦する前にまずは話を通すべきではと思うのだけど、今更いっても仕方がないので置いておこう。
母は父と相談して、この話を受けることにした。ならば私も全力で相手の要望に応えようと、気合いを入れて撮影に臨んだ。まぁ常識的に考えて赤ん坊に難しい要求なんてしても通じないと思っているみたいで、スタッフさん達も難しい指示は全然してこなかった。必死にこちらのご機嫌を取るようにおもちゃを振りながら『はい、笑って~』と促されたり、『ここをじっと見て~』とかぬいぐるみを小刻みに動かしつつ言われたりしたぐらいか。
どうやら父方のひいお爺さんが外国の人だったらしくて、私の容姿は日本人の良いところにプラスしてそのお爺さんから引き継いだ外国の遺伝子がいい感じにミックスされているようで、他の人からはすごく愛らしく見えるみたい。見学に来ていた取引先の偉い人をにっこり笑顔でメロメロにしつつも、私の初撮影は大成功を収めた。
そうなると今度は評判を聞きつけた色んな媒体や企業からもオファーが殺到し、私の意思とは関係なく子役人生をスタートさせることになった。
母は産休で復帰予定だった会社を退社し、なんとステージママになってしまった。ただ個人で多くのオファーを捌くのは限界があるので、子役が多く所属する劇団に所属することになり母は私のマネージャーのように付き添うことになったのだ。
ただ転ばぬ先の杖というか私の仕事もいつまで続くかわからないし、そうなった時に父まで仕事を辞めていては一家で破滅するしかないので父はそのまま今の勤務先で働き続けている。
すくすくと育って赤ちゃんを卒業しても、ありがたいことに仕事は途切れることはなかった。幼児になっても小学校に入学しても、お声が掛かるのだから本当にありがたい。。自分に演技の才能があるなんて自惚れてはいないけど、撮影しているスタッフさん達が私に求めている物を読み取る力は当然ながら同い年の子供達よりはあるので、それが強みになって仕事をもらえているのかもしれない。
うっすらとした前世の記憶のおかげか大人びた対応をする私のことは、どうやら赤ちゃんの頃から大人に囲まれて育ったからだとスタッフさん達は思っているらしく、逆に私を子供扱いしてくれた。劇団やクライアントの偉い人達は逆にちゃんと私を一人前の人間として尊重してくれて、なんとなく大事にされているなと思う。
順調だった私の子役人生に異常が発生したのは、小学3年生の頃。なんと母が浮気をしたのだ。相手は売れないバンドをやっているミュージシャンの人、年齢は母より10歳ぐらい下なんだとか。
私がドラマに出た際に挿入歌をレコーディングスタジオで録音したのだけど、そこにスタジオミュージシャンとして参加していたのがこの人。本気なのか金ヅルにしていたのかはわからないけど、母は間違いなく本気みたいで、私が子役として稼いだお金を湯水の如く彼に流していた。
浮気を確信したのは撮影でホテルに泊まった際に、スリルを求めてなのか露出狂なのか知らないけど寝ている私の横でそういう行為をしているのを薄目で確認した時。これが自分の母親なのかと怖気が走った。
母の浮気を目の当たりにした私は父方の祖父母にお願いして、興信所に母の素行調査をしてもらうようにお願いした。ただもしかして父も同じことしてないだろうなと不安になり、母方の祖父母にも父の素行調査をしてもらった。すると父も会社の若い女性社員と浮気していたのだから目も当てられない。
両方の祖父母に調査資料を持ち寄ってもらって、お互いに浮気をしていることを理解してもらった。すると4人とも激おこ、当然私もおこである。
自分が頑張って仕事をして稼いだお金を横領されたことにも腹は立つけど、それ以上に歪ながらこれまで作り上げてきた家庭をぶち壊されたことに言いようのない怒りがこみ上げる。
祖父母達と相談し、何度かネット上で誹謗中傷された件でお世話になった弁護士さんに連絡を取って、父と母から私の親権を取り上げてもらうように申し立てしてもらうようにお願いした。親権喪失審判とか言うらしいけど、日本では親権者の権利はすごく強いので本当ならなかなか通らないらしい。
ただ母が眠る私の隣で行為をしていたのはひどい虐待に値するし、父はこの数年ほとんど私と顔を合わさず話もしていないのは悪意の遺棄に当たるという風に話の筋道を立ててくれて、一緒に戦ってくれることになった。
祖父母達が招集した話し合いの場に私と弁護士が参加したことに驚いていた両親だったけど、ふたりとも観念したのか浮気も離婚することもあっさりと認めた。そして双方ともに私の親権を主張したが冗談ではない。別に彼らは私自身が欲しい訳ではなく、私がこれからも子役として稼ぐお金が目当てなのだ。ギラギラしたその目を見ているとよくわかる。
だから私は両親の申し出を拒否した。するとその代理とでも言わんばかりに、双方の祖父母も自分達が親権を持つと主張してきたのでその方向で話を進めることにした。
私から出した条件としては、祖父母には実子である母や父と完全に絶縁してもらうこと。歳を重ねれば顔を合わせるぐらいはなんとも思わなくなるのかもしれないが、精神が幼いからか今はとてもじゃないけど顔も見たくないし私に近寄ってほしくない。
それと勝手に私のお金を使われていたこともショックだったので、祖父母を信じてないみたいで申し訳ないけど私の資産管理は弁護士さんにお願いすることにした。それを文句を言わずに受け入れることも条件に含めての話し合いの結果、父方の祖父母が私の親権を持つことに決まった。
別に母方の祖父母が約束を守れないと判断した訳ではなく、お金の管理を親族ではない第三者に任せるという条件を聞いて、私の精神的なショックがどれほどの物だったのかと衝撃を受けたそうだ。そしてそれを与えた張本人である母を娘に持つ自分達では、親権者としてふさわしくないと判断したらしい。
いやいや、母と祖父母は別の人間だし。ちゃんと絶縁して私と関わらないようにしてくれるって信頼してるけどね。でも両方の祖父母が争わずにこういう結論に落ち着いたことに、ひとまずホッとした。ちゃんと母方の祖父母にもヒマがあれば会いに行って縁を繋いでいくつもりだ。
見苦しいのは金づるを逃がすものかと、執拗に縋りついてくる両親。業を煮やした弁護士があらかじめ決めていた筋書き以上の対応で彼らを脅した。虐待やネグレクトという言葉にそんなつもりはなかったとよくある言い訳をしていたが、児童相談所にも通報して接近禁止令を出してもらうことを検討している旨を告げると保身の方を優先したのか私の希望に同意してくれた。
両親の不倫に関する慰謝料はお互いに相殺し財産分与して別れることになったそうだが、母に関しては私の資産を横領していた為にそれを一括で返済するように求めた。そんなお金が払えるはずがないと母は発狂していたが、今後二度と接触したくないという私の願いを直に聞いて母方の祖父が自分が立て替えると約束してくれた。
結構な金額だったのに一括で振り込まれていて、私としては祖父母の老後が心配になった。もしも母がお金を返さずに逃げたりしたら、私から補填するべきなんだろうな。少なくともこの人達は何も悪いことはしてないのだから。
今まで母がやっていた付き添いを、専業主婦の祖母が引き継いでくれることになった。祖父もある程度は自分で家事ができるそうなので、本格的な掃除や洗濯は休みの日にみんなでしようということに決まった。
「信用してくれてありがとうございます、ふみのさんの財産は私が守りましょう」
「……ありがとうございます、神村さん」
今更ながら、私のわがままに付き合ってくれたのは弁護士の神村さん。そして私は子役の夏野ふみのです。いや、そう言えば名乗ってなかったなと思って。
母の浮気事件から数年、私は相変わらず子役の仕事を続けている。春には12歳になるので、そろそろ小学校卒業後にどうするのかを考えていかないと。
そんな折、レッスンで劇団の稽古場に来ていた私は突然社長に呼び出された。社長室に入ってすぐに、社長が口を開く。
「ふみの、お前アイドルに興味はないか?」
社長から突然そう問いかけられた私は、きっときょとんとした表情をしていただろう。社長はそんな私を見て苦笑を浮かべると、対面のソファーに座るように言った。
言われた通りに革張りの頑丈そうなソファーにちょこんと腰掛けると、社長はポツポツと話始めた。
どうやら業界で最大手の芸能事務所から、私に引き抜きの話が来たらしい。母の浮気が発覚したあのレコーディングで録音した挿入歌、それを聞いた大手のアイドル事務所が私にスカウトを劇団に申し出てきたそうだ。
「品の良さそうな年配の女性でな、なんでもジュニアアイドルを主体とした部署をこれから新設するらしい。グループで活動する予定でひとり子役の子は採用する予定らしいが、大半は未経験の子供達なんだそうだ。そこにメンバーのまとめ役や相談役として、ふみのを入れたいらしい」
お前はしっかりしているからな、との社長の言葉にこくりと頷く。でも正直なところ、私って子供のコミュニティに馴染むのが下手くそなんだよね。別にいじめられている訳ではないんだけど、学校でもクラスでちょっと浮いた存在になってしまっているし。まぁ、仕事で休みまくっているのもあるんだけどね。
そんな私がアイドルを志す小学生達の中に入って、まとめるなんてできるのかなとかなり不安。私と同じで元子役の子がいるらしいから、その子と協力すればなんとかなるかもしれないけど。でも私も含めて業界で育った子供って、面倒を避けて自分の意見を曲げて無難な方向に意見を持っていくのに長けてる子が多いからね。
私はモロそのタイプだし、その子がガツンと言ってくれるタイプであることを祈るしかないのかな。というか、このアイドルの話って絶対受けないといけないの? 疑問に思った私は、社長にストレートに聞いてみた。
「もちろん強制ではないから断ることもできるが、俺の意見としてはやってみるのもいいんじゃないかと思うんだよ」
社長の意外な言葉に、私はその意図を読み取れずに小首を傾げた。不思議そうにしている私の顔を見て、何やら面白そうに社長は小さく笑みを零す。
「そういう顔していると普通のかわいい女の子なんだがなぁ……子役っていうのはスタッフ達との関わりはあるが、基本的に自分ひとりで演技を組み立ててOKをもらってそこで仕事が完結するだろ? でもアイドルはそうじゃない。みんなで協力してダンスや歌を揃えて、ひとつのステージを作り上げるんだ。そういう苦労やその上での達成感みたいなものがふみのには必要なんじゃないかと思ってな」
社長の言っていることは、ある意味正しいと思う。どちらかというとひとりでちゃちゃっと完結する子役の仕事の方が、確かに私には向いているんだよね。ただ向いているからといって、そういう苦労とかしんどい思いとかをしないでこのまま進むと、多分どこかで折れるってことなんだろうな。
というか中学以降もこんな風にガッツリ仕事するかどうかは、まったく決めてないんだけど。おばあちゃんとおじいちゃんを別居させてるのも申し訳ないしね、そのアイドル事務所で寮とか用意してくれるなら続けてもいいんだけど。
なんとなく質問してみると、その辺は社長から事務所の方に聞いてくれるらしい。じゃあその返事を聞いてから本格的に検討すればいいか、おばあちゃん達にも相談しないといけないし。
そう考えていたら、おばあちゃんとの面談に先立って私にこういう話があると教えてくれたらしい。おばあちゃんと一緒に聞いたら、自分だけの意見にならないだろうと社長に言われて、本当に大事にされているなと実感する。
ありがとう、社長。私、ちゃんとしっかり考えて返事をするね。