プロデューサーが決まったとはいえ、私の毎日は特に変わらない。これまで通りに子役の仕事をこなしながら、アイドルになるためのレッスンをこなしていく。
スケジュールがレッスンでぎっちりなみんなと比べると、ちょっとダンスの実力に差が出てきた。アイドルのダンスレッスンとしてはまだまだ簡単な方だとしても、劇団で受けていたレッスンと比べるとかなり専門的だ。私がはじめたスタンプカードの効果もあって、第三芸能課のみんなの実力が結構伸びているのも差ができた原因でもある。
差を埋めるためには空いた時間に練習をするしかないということで、ルキトレちゃんにオーバーワークにならないような練習メニューを組んでもらった。ただ私がレッスン場に行くために移動すると、その日に事務所に来ていたメンバーが一緒についてくるんだよね。そして和気あいあいと一緒にレッスンするものだから、いかんせん実力差が全然埋まっていない結果になっている。
まぁうまくできないところを教えてもらえるし、着々とメンバーたちとの距離が近くなって仲良くなっているから、これはこれでいいのかもしれないけれど。
レッスンの後でシャワーを浴びてみんなでスッキリした後に、第三芸能課のオフィスのソファーでみんなでおしゃべりする。今日は私と同い年の12歳組が全員揃っていたので、宿題をしつつあっちこっちに話題がさまよっていた。
「あーっ、なるほどな! これってこう解けばいいのか。すげぇな、ふみの。学校の先生みてぇだ」
どうしても算数の問題が解けないと頭を悩ませていた晴ちゃんに順序立てて解き方を教えていると、そこまで感動しなくてもと言いたくなるぐらいにノートを両手で掲げた晴ちゃんにそんな風に褒められた。
「ちなみにこれが解けるなら、これとこれはこの問題の応用だから解けると思うよ」
なんとなく反応に困って苦笑しながら問題集を指し示すと、やる気に満ちた晴ちゃんが早速問題を解き始めた。そんな姿を見て梨沙ちゃんと橘さんが、唖然とした表情でこちらを見ている。
「晴がそんな風に勉強にやる気出してるの、はじめて見たわ」
「そうですね。普段の結城さんはどうすれば答えを教えてもらえるか、みたいなことしか考えていないのに」
澄ました顔で毒を吐く橘さんに、晴ちゃんは顔をガバッと上げて『言い過ぎだろ!』と抗議した。でも周りの桃華ちゃんや小春ちゃんからフォローの声が上がらなかったということは、橘さんの言っていることが正しいのかもしれない。
「自分で解けるようになれば宿題も早く終わるし、そしたら晴ちゃんの好きなサッカーができる時間が増えるよ。だからちょっとずつでも頑張ろうね」
私がそう言って励ますと、晴ちゃんはちょっとバツが悪そうな顔をしてから『やるけどさぁ』と呟いてからまた問題集に視線を落とした。でも集中力が切れたのか、ノートに途中式を書きながら別の話を切り出す。
「そう言えばさ、みんなはあのプロデューサーについてどう思ってんの? 信用できるのか、あいつ?」
その言葉は多かれ少なかれ第三芸能課のみんなが抱えている思いだったのか、気まずい感じで視線を下げた。まぁ初対面がアレだったし、これまで散々待たされたことで期待値がめちゃくちゃ彼女たちの中で上がっちゃったんだろうね。私はまぁ色々課題はあるけれど、やる気もあるしそこまで悪い感じはしていない。
沈黙が部屋の中に広がる中、こほんと小さな咳払いが聞こえた。
「私は信用するしかないと思っています。みんなやりたい事があって、こうしてここにいるんです。ちゃんとしてもらわないと困ります」
橘さんがそう言うと、梨沙ちゃんをはじめとしてやりたい事が明確にイメージできている子たちが力強く頷いた。
「でも、あのプロデューサー単体だったら信用とか信頼はできなかったかもしれません。あの人と私たちの橋渡しを、夏野さんがしてくれるんですよね? あの人はあんまり頼りにならなそうですが、夏野さんなら信頼できます」
『何しろ子役での実績がありますからね』と付け足した橘さんの言葉に、みんなが小さく吹き出した。私を信頼してくれている理由をわざわざ付け足すあたり、素直じゃない橘さんらしいなと思う。きっとみんなもそう思ったから、思わず笑ってしまったのだろう。『なんなんですか、もう!』と顔を赤くして文句を言う橘さんに、私は思わずニマニマと笑いながら頷いた。
「橘さんが私を信頼してくれてるのは、素直に嬉しい。ご期待に添えられるように頑張るけど、私は他の仕事で参加できる日が少ないから。だから橘さんや梨沙ちゃんも、みんなを引っ張ってまとめてあげてね」
「まぁ、いいけどね。でもさすがに個人でデビューが決まったりしたら、私は自分のことを優先するわよ。ありすにやりたい事があるように、私にだって世界一かわいい私をパパに見せるっていう目的があるんだから」
「橘です」
ツインテールをファサッと掻き上げながら意思表明をした梨沙ちゃんに、自分のことを名前呼びしたことへの抗議としていつものセリフでツッコミを入れる橘さん。自分の名前を絶対聞き逃さない橘さんのこだわりに、ちょっと引きそうになっている晴ちゃんが視界の端に映った。
「つーかさ、オレ達ってひとりずつアイドルやんの?」
「どうなのかしら? 何か聞いてまして、ふみのさん?」
晴ちゃんが呟いた疑問に興味を持ったのか、桃華ちゃんが私に聞いてきた。でも正直なところまだデビューっていう話すら出てないと思うし、何も聞いていないので首をふるふると横に振る。
「プロデューサーさんもまだ私たちのことをほとんど知らないし、そういう話はもっと後だと思うよ。全員で仕事してそれぞれの人間性とか持ち味を見て、グループじゃなくてひとりでやっていけるぐらいの子がいればソロデビューさせる、みたいな」
「まぁそうよね。こうして一緒にいるみんなも、結局ライバルになるのよね」
アイドルという立場になる以上、自分以外のアイドルはみんな競争相手だ。敵とまでは思わなくてもいいけれど、仕事を取り合う関係だということは梨沙ちゃんの言う通りだろう。その重い事実にみんなの雰囲気がズーンと重くなる。そんな中で晴ちゃんは何かを考えるように空中を見上げていた。
なんとなく何を考えているのかがわかる。第三芸能課の中でもそういう競争が苦手なメンバーが何人かいる。特に最年少の薫ちゃんと仁奈ちゃん。さらに言えば仁奈ちゃんは寂しがりやだし誰かと一緒じゃないとアイドル活動は厳しいんじゃないかと思う。かと言って薫ちゃんとふたりでっていうのは心配する相手がふたりに増えるだけだし、誰か年上の子と一緒に活動できればいいんだけど。
「まぁ、いいよ。お前らはやりたいことをやればいい。薫と仁奈は、オレが見張っとく。オレの場合は親父やアニキたちに勝手に応募されたから、いつでもアイドル辞めてよかったし。でもそれだと色んなヤツに迷惑掛けることになりそうだから、辞めない理由にちょうどいいや」
「晴が見ててくれるなら安心だけど、それだけじゃないんでしょ。知ってるわよ、アンタがダンスや歌にちょっとハマりかけてること」
ちょっと面倒くさそうにそう言った晴ちゃんに、いたずらっぽい笑みを浮かべた梨沙ちゃんがツッコミを入れた。図星だったのか顔を赤くしながらそれを否定している晴ちゃんの様子を見ていると、このふたりは本当に仲が良いなぁとなんだかほっこりとしてしまった。
「何も決まっていない未来のことを考えても、答えなんて出ませんわよ。わたくしはむしろ、最初は全員での活動を目指すべきだと思いますわ」
「全員で、ですか?」
「ええ。他の方々から見たら、今のわたくしたちはただの小学生の集まりでしかありませんもの。何が得意でどんなことができるのか、誰も知らないのです。だったら全員でアイドルとして活動して、知名度が上がってから個人や少人数のグループに分かれるべきではないかしら」
桃華ちゃんの意見には、私も同意だ。デビューからバラバラに活動しても、これだけアイドルがわんさか存在する時代だ。あっという間に消えてしまう可能性が高い。
だったら集団でデビューして観客や制作側にインパクトを与えて覚えてもらってから、個々の活動に移った方がいいと思う。
「まぁ最終的に判断するのはプロデューサーさんやプロダクション側だけど、意見としてどちらも私の方から上げておくね。多分プロデューサーさんは色々作業があるだろうから、今度の仕事の時にでもちひろさんに話すよ」
私がそう言うと、プロデューサーという単語に橘さんや梨沙ちゃんの顔が不安そうに歪んだ。結局最初に話していたことに戻るけど、プロデューサーさんはまずみんなからの信頼を得るべきだと思う。できれば早急に、できる限り早く。