アー写撮影で懸念だった仁奈ちゃんも着ぐるみなしで撮影をこなし、プロデューサーさんはその写真を営業先にバンバン持ち込んでいるらしい。
ただ残念ながら実績も何もない小学生にオファーをしたいというクライアントはまだ現れず、プロデューサーさんの営業は空振りに終わっているそうだ。
「いいんですよ、今はまだこういう子たちがいるんだと知ってもらう期間だと思っています。引き合いがあった時に、そう言えばって思い出してもらえるように!」
グッと右手を握りながらプロデューサーさんは言っていた、とちひろさんは苦笑しながら教えてくれた。まぁ折れずにやる気を出してくれている時点で、私としては彼に対する信頼度は上がったけどね。みんなにもちゃんと伝えておこう。
そんな中、私たちがレッスンを終えてゆっくりと部屋でお茶を飲んでいたところ、プロデューサーさんが『バン!』と扉を開けて飛び込んできた。
「みんな、朗報だ!」
「なによ、騒々しいわね。もうちょっと静かに入ってこれないの?」
嬉しそうな笑顔で宣言したプロデューサーさんに、梨沙ちゃんが呆れたように冷たくそう言った。でもそんな嫌味は全然効果がなかったようで、『まぁまぁ、そう冷たいこと言うなって』と言いながら私たちの近くに自分の椅子を持ってきた。そしてそこにドッカリと座ると、自分の膝をパンと叩いた。
「初仕事だぞ! 第一芸能課からお手伝いの依頼が来た!!」
「身内じゃないのよ! それは初仕事って言わないでしょ」
さすが梨沙ちゃん。自慢気に発表したプロデューサーさんに、返す刀で言い返した。まぁそうだよね、さすがにこれを初仕事とはみんなも認められないだろう。
「で、でもさ! アイドルのファンって人たちに実際に会って、肌で現場の空気を感じられるんだぞ。今後の君たちにとって、絶対にいい経験になると思う!!」
「確かにそうかもしれませんわね」
バッサリと切られたプロデューサーさんが気を取り直して説明すると、自分の家から持ち込んだローズヒップティーを優雅に飲んでいた桃華ちゃんがおっとりと同意した。それを聞いたからか、橘さんも少し考えるようにしてからコクリとうなづく。
「そうですね。この間のアー写撮影の時にも思いましたが、私たちには圧倒的に経験が足りません。身内の手伝いであっても、そのチャンスを逃すべきではないかと」
橘さん。この間の撮影の時に澄ました表情だったけど、初めて見るプロの機材に目を輝かせてたもんね。誰にもバレてないと思ってたかもしれないけど、実はしっかり見ていたのだ。
「じゃあ、9人で初仕事だね!」
「やったでごぜーます!」
「かおるもがんばりまー!」
並んで座っていたみりあちゃん・仁奈ちゃん・薫ちゃんが元気にそう言うと、千枝ちゃんや小春ちゃんも引きずられるように頷いた。いや千枝ちゃんはかなり緊張気味だけど、小春ちゃんは自然体だからいつも通りのんびり屋さんなだけかも。
『よし、私も頑張ろう』と思っていると、みりあちゃんの言葉に反応したプロデューサーさんが『ちょ、ちょっと待った!』と声を上げた。自然と私たちの視線が彼に集中したのを感じたのか、少しだけ気まずそうな表情を浮かべた後で言いにくそうに口を開いた。
「残念だけど、今回の仕事には夏野さんは参加できないんだ。いや参加はできるんだけど、裏方仕事に専念してもらうことになっている」
『ええーっ!?』と仁奈ちゃんと薫ちゃん、みりあちゃんがプロデューサーさんの言葉に抗議の声を上げた。やっとこさ劇団の頃に入っていた仕事をほとんど片付けて、これからはアイドル活動中心に動こうと思っていたところなのだ。プロデューサーの口ぶりと『裏方仕事なら参加可能』という言葉から察するに、私自身にその原因があるということなのだろうか。
「ふみのさんは先ほど『前のお仕事』については今後の影響は少ないとおっしゃってましたけど、やり残した仕事がまだあったということですの?」
「桃華、そうじゃないと思うわよ。私たちはよくてふみのがダメな理由、アタシはすぐにピンと来たわ」
フフン、と自慢げに笑う梨沙ちゃんの言葉に私にも答えが降ってきた。なるほど、そういうことか。どんな仕事かの詳細はまだ聞いてないけど、アイドルファンと直接会えるというプロデューサーの言葉。そして現場の空気感を味わえるとなると、フライヤーや何かを配ったり案内をしたり雑用に駆り出される可能性が高い。
「……ああ、なるほど。そういうことですか」
「な、なんだよ。お前らだけで解り合わずに教えてくれよ」
アゴに手を当てて考え込んでいた橘さんも答えにたどり着いたのかそう呟くと、答えが気になるのか晴ちゃんがめずらしくそんな風に声を上げた。普段は仕事のことにはあんまり興味がなさそうなのにどうしたのかなと思ったんだけど、クイズ番組を見ていて自分だけ答えにたどり着けない焦りと同じようなものを感じているのだろう。
仁奈ちゃんと薫ちゃんは『仁奈ちゃん、わかる?』『よくわからねーですよ』と最初から考えるのを諦めているし、みりあちゃんは一生懸命頭を働かせて考えてはいるけど答えはわかっていない様子。
千枝ちゃんと小春ちゃんは答えよりもこれからどんな風に話が動くのか、不安そうに成り行きを見守っている。
「よく考えてみなさいよ、ふみのとアタシたちの違い。これは場所を変えれば桃華とアタシたちでも差があると思うわ」
「わたくし、ですの?」
梨沙ちゃんが先に答えがわかった優越感からか、自慢げに桃華ちゃんにヒントを出す。ああ、確かに財界とか櫻井家関係だと桃華ちゃんの方が私より知られているだろうね。
「あ、わかりましたわ。知名度、ですわね?」
軽くパン、と両手を合わせながら言った桃華ちゃんに、梨沙ちゃんはコクリと頷いた。でも答えを聞いた晴ちゃんはピンと来ないらしく、小首を傾げている。
「なんでそれが、ふみのを不参加にさせる理由になるんだ?」
「あの、多分……ですけど」
千枝ちゃんが控えめに手を上げてそう前置きしてから、自分の考えを口にする。
「ふみのちゃん、千枝たちより顔が知られてますよね。どういうお仕事をするのかわからないけど、人が押し寄せて怪我とかしちゃわないように……なのかなって」
「わぁ、千枝ちゃんすごいですー」
千枝ちゃんの推論を聞いた小春ちゃんが、ほんわかとした笑顔でパチパチとゆっくり拍手をしていた。なんだかこのふたりを見ているとほっこりしてしまう。
おっと、みんなの視線がいつの間にかこちらに集中していた。そう言えば話題は私のことなのに、全然喋ってなかったね。
「うん、私も千枝ちゃんの意見に賛成。おそらく何かしらのイベントに来てくれたファンの人たちにチラシを配ったり、誘導係みたいなことをするんじゃないかな。私にそんな人気はないと思うけど、万が一『握手して欲しい』とか『一緒に写真を撮ってほしい』とかそういう理由でお客さんが一か所に集中しちゃったら誰かが怪我することになるかもしれない。そういう危ないことにならないように私は参加させないってことになったんじゃないですか。プロデューサーさん?」
なるべく仁奈ちゃんや薫ちゃんにもわかるような言葉で説明したつもりだけど、ちゃんと伝わったかな? プロデューサーさんに答え合わせをお願いするつもりで話を振ると、彼は感心と嬉しさをないまぜにしたような複雑そうな表情を浮かべていた。
「君たちはすごいな、小学生でそこまで深く考えられるのは本当にすごいと思うよ。佐々木さんや夏野さんの言った通り、夏野さんは広く顔が知られているからね。俺たちスタッフがちゃんと人の流れなんかを制御できている時ならともかく、今回はファンの人や君たちの安全を考えてそういう結論になったんだ」
「ちょっと! 最初にアタシが正解を思いついたんだけど!?」
プロデューサーさんが真面目に話をしているところに梨沙ちゃんが抗議すると、彼は『わかったわかった』となだめた。そういうほっこりした一幕はあったけど、プロデューサーさんの答えを聞いてみんなも納得した表情を浮かべていてちょっと安心。ひとりだけサボっててズルいとか言われたらどうしようかと思った、この子たちはそんなこと言わないだろうけどね。
「それで、結局オレたちは何すればいいんだよ?」
話に飽きてきたのか足元でサッカーボールをコロコロ転がしながら晴ちゃんが言うと、プロデューサーさんは自慢げに腕を組んではっきりと宣言した。
「第一のアイドルたちが出演するコンサート会場の外で、フライヤー配りと誘導係だ。そんなに難しくないから安心だぞ!」
「やっぱり雑用じゃないのよ! しかもやることもふみのが言った内容そのまんまだし!!」
梨沙ちゃんのツッコミがキレイに決まって、思わず吹き出すとみんなも釣られるように笑い出した。
こうして社内のお手伝いとはいえ、私たちはアイドルとして初めてお客さんの前に立つことになったのだった。