「なんでよりによって! 私がこの服なんですか!?」
お手伝い当日、私たちはスタッフ用に用意されたテントの中にいた。物販担当やフライヤー配り・案内係をするみんなは、不思議の国のアリスに登場するキャラクターの衣装に着替えている。
しかしまさか自分の名前にコンプレックスがあるありすちゃんが、アリスの衣装をくじで引き当てるなんてね。他にアリスの格好をしているのは小春ちゃんと桃華ちゃん、チェシャ猫が千枝ちゃんと薫ちゃんと梨沙ちゃん。時計うさぎが晴ちゃんとみりあちゃんと仁奈ちゃん、キグルミ大好きな仁奈ちゃんはニコニコ笑顔でご機嫌だ。
みりあちゃんが『すごく似合ってるよー』と褒めるけれど、ありすちゃんの顔は苦々しく歪んでいる。フラストレーションをぶつけたいけど、みりあちゃんは別に悪意があって言ってるわけじゃないし。逆に善意100%なのがよくわかるから、ありすちゃんとしては『ぐぬぬ』と唸るしかできない。
「可愛いんだからいいじゃないか、名前にもピッタリだし」
そこでプロデューサーさんがいらないことを言ったものだから、ありすちゃんが溜め込んだ怒りを噴火させて怒鳴る未来が想像できた。でもありすちゃんはゾッとするぐらい冷たく、その中にはグツグツと真っ赤に燃えるマグマのような怒りが感じられる視線でプロデューサーさんを睨みつけるだけだった。彼の隣に立っていた私もその余波を感じて、思わず背中が粟立ってしまった。
「ありすちゃん、千枝と衣装を取り替えっこする?」
「……いえ、くじで決まったんです。私が引いた以上、最後までやり遂げます」
気を遣った千枝ちゃんからの提案に、少し表情を柔らかくしたありすちゃんはそう言い切った。私みたいに薄っすらとした前世の記憶っぽいものがあるならともかく、純粋な小学校6年生でこのプロ意識が持てるのはすごいよね。普通の子供なら嫌なものは嫌だと逃げ出しそうなものだけど、ありすちゃんのこういうところはすごく尊敬できると思う。
よくよく考えると第三芸能課の最高学年のみんなって、自分を持ってる子が本当に多い。唯一小春ちゃんが年相応にのんびり屋だけど、レッスンだって今回の仕事だって文句ひとつ言わずに頑張って取り組んでいる。なかなかできることじゃないよね。
「でもさ、こんな格好する必要あるのか? 他のスタッフの人たちみたいに、同じTシャツでもいいんじゃねーの?」
うさぎのキグルミのまま、晴ちゃんがパイプ椅子に座って言う。そんな晴ちゃんに向かって、プロデューサーさんはドヤ顔で右手の人差し指を顔の前で振りながら『チッチッチ』と口で音を鳴らした。
「舞台には上らないけど、君たちだって今日のライブのキャストメンバーなんだ。仕事は確かに裏方だけど、こういう仕事を経験することは将来的に絶対に自分のためになるから」
だから頑張ろう、とプロデューサーさんは右手のこぶしを握りしめてから空に突き上げた。純粋な薫ちゃんや仁奈ちゃんは『おーっ』とプロデューサーさんの真似をしているが、他の子たちは呆れたようにプロデューサーさんを見ている。
「まぁ、プロデューサーさんの言っていることは間違いじゃないと思うよ。ステージの後ろでアイドルを支えている人たちの存在を知ればその人たちに優しくできるし、その優しさがスタッフさんとの絆というか繋がりを強くするんじゃないかな」
プロデューサーさんをフォローするように口を挟んだけど、なんというか本当のことなんだけどクサいセリフみたいになってしまった。救いはみんなが『なるほどねー』みたいな感じで感心してくれていることだけど、ちょっとだけ恥ずかしくて頬が熱くなるのがわかった。
「あの……プロデューサーは俺なんだけど」
自分を指さしながらそう言ってアピールするプロデューサーさんだったけど、残念ながら誰も注目してくれなくてガックリと肩を落としていた。落ち込む前にいらないことを言う悪癖をどうにかしてほしい。
「第三芸能課のみなさん、そろそろお願いしますー!」
テントの外からそう声を掛けられて、みんながそれぞれの仕事に向かうのを見送る。私は特に決められた仕事はなくて、プロデューサーといっしょに行動して雑用する感じらしい。私は顔が知られてるし、外に出て万が一のことがあったらという理由で今回は外されてるからね。だから雑用でお使いなんかを頼まれたとしても、基本的には内向きでお客さんと会わない場所にしか行かないことになっている。
「さて、じゃあ俺は打ち合わせに言ってくるから。夏野さんはここで待機してもらって、みんなからの質問とか要望に答えてほしい。もし何か必要なものとかがあれば、周りのスタッフさんに俺からの指示だって言えば、用意してもらえるから」
「わかりました……けど、いいんでしょうか? みんなは外で頑張ってるのに、私だけこんなところでサボってるみたいな」
「今日は夏野さんだからこその制限がついちゃったけど、逆に知名度の高い夏野さんがみんなより頑張らなきゃいけない仕事だって将来的に来るだろうし。夏野さんがみんなのために頑張るタイミングが、残念ながら今日じゃないだけだよ」
プロデューサーさんはそう言って、不器用なウインクをくれた。それがまた絶妙に似合わなくて、私は思わず吹き出しながらコクリと頷く。そんな私を見て手を振ったプロデューサーさんがテントを出ようとしたのだけど、それより早く男の人がプロデューサーの前に現れた。ふたりは自分の真正面に人影が現れたことにびっくりして、『うわぁっ!?』と揃って大きく驚きの声を上げる。
「びっ……くりした!! 驚かさないでくださいよ、課長!?」
「それはこっちのセリフだよ! 人が出入りするところにボーッと突っ立ってんな!!」
最初にうちのプロデューサーさんが噛みつくように文句を言うと、第一芸能課の課長さんが即座に言い返した。それはそうなんだけど、今回は私が引き止めたのが悪い。それを説明してペコリと頭を下げると、課長さんは『いや、夏野さんは悪くないよ。悪いのはコイツ』とちょっとおどけたように言ってくれた。なんとなく怒りは収まったみたいで、ちょっとだけホッとする。
「それで課長、これからライブ前の最終打ち合わせですよね。こんなところに来てる場合じゃないですよ」
「……お前を探していたんだよ、ちょっといい話を持ってきてやったんだから感謝しろよ」
課長さんはそう言って、事情を話してくれた。出演するアイドルが交通トラブルに巻き込まれて、本当ならば出番までにこちらに来られるはずだったのに時間内には到着できなくなってしまったらしい。隙間が空くのは2曲分プラストークパートで、大体10分から12分ぐらいの尺を急遽埋める必要があるらしい。
「えっ、もしかして……」
「そうだ。その部分で何をやるかはまだ決まってないし、アイドルたちにフリートークでもしてもらえば簡単に埋められる。でもせっかくだから『その時間を第三芸能課の紹介パートとして使わないか?』って話が出てな」
横で聞いていて、課長さんの思い切りの良さに思わず『ええ……?』と引いてしまった。ライブの最初とか最後のパートならまだしも、途中でってことでしょ? 流れとか盛り上がりとかもあるだろうし、私たち子供にワンパート任せて盛り下がったりしたらと思うとプレッシャーでちょっとだけ足が震える。
でも多分、この人は自分が育てて有名にしてきたアイドルたちを信じているんだろうな。私たちがちょっと失敗したぐらい、このプロダクションのアイドルならすぐに取り返してプラスにできる実力があるって。そう考えると私たちだってこれまでレッスンして成長してきたんだから、もうちょっと自信を持ってもいいのかも。
「やります! 是非俺たちにその時間を預けてください!!」
プロデューサーさんが脊髄反射かと疑うスピードで、大きく返事をした。私って色々考えすぎなのかな、もっとプロデューサーさんみたいに真っ直ぐに当たって砕けろみたいな勢いでやってみるのがいいのかもしれない。
「わかった。もちろん第三芸能課の子供たちだけをステージに立たせるのは不安だから、うちからも回し役でそういうのが得意なアイドルを出す。だから安心してね、ふみのちゃん」
最初はプロデューサーさんに最後は私に課長さんはそう言って、軽く手を挙げてからテントを出ていった。急な出番にある程度場数を踏んでいる私でもちょっとだけテンパっているのに、他のみんなは大丈夫なのだろうか。
「とりあえずスタッフさんに頼んでみんなを呼び集めてもらうから、夏野さんはみんなが戻ってきたら大人しく待っているように言っておいてくれ」
プロデューサーさんはワクワクした笑顔で、私にそう言うと課長さんの後を追うようにテントを飛び出していった。本当に呆れるくらい前向きな人だなぁと、思わず笑みが漏れた。