美城常務はいません、おそらくグループの別会社で頑張ってるのではないかと。
あと原案コミックではゲームで同プロダクションに所属しているアイドル達も他社アイドルとして登場していましたが、アニメではどうやらみんな同じ事務所っぽかったので346プロ所属にしております。
「ふわぁ、まるで大きな公園みたい。本当にここで合ってるのかな?」
思わずため息をつきつつそう呟くと、隣のおばあちゃんが『合ってるはずなんだけどね……』と思わずといった様子で零した。
今日は私に所属を打診してきたプロダクションとの面談ということで、おばあちゃんに付き添ってもらっている。しかし東京の一等地にこの敷地の広さと背の高いビルをいくつも建てているあたり、このプロダクションはかなり儲けているんだろうね。
少しインターネットで調べてみたところ、この346プロダクションの母体である美城グループはかなり手広く事業を起こしているらしく、資産も桁違いに多いみたい。346プロダクションは業界最大手で、100人以上のアイドルが所属しているそうだ。それだけいるならわざわざ小学生アイドルを育てなくてもいいんじゃないかとも思うけど、そこは何かビジネス的に狙いがあるんだろうね。
私とおばあちゃんは少々腰が引けながらも、広い庭園を抜けてものすごく背の高いビルの中に入っていく。受付の人がカウンターにいたので、今日の面談相手を呼び出してもらった。
相手がエントランスに来るまで待つことになったので、周囲をぐるっと見回してみる。高級感漂う内装にアクセントとして絨毯が敷かれていて、まるでお城の中みたいだ。
うちの劇団も大きなビルの中に事務局が入っているけど、所詮ワンフロアを借りているだけだもんね。資金力ではとても勝負にならない……いや、児童劇団の中では結構有名だし、稼いでる方だと思うけどね。
そう言えば私の所属は、まだ劇団の方になっている。今日の面談次第でプロダクションに所属することになるんだけど、社長が『あっちに所属してうまくいかないことがあったら、こっちに戻ってこられるようにしておいてやるよ』と言ってくれているのでちょっとだけ気は楽だ。
大人の男性がふたりやってきて、私とおばあちゃんに挨拶してきた。それに答えつつも、社長が言っていた品の良さそうなおばあさんは今日はいないのかな、と周囲を見回す。そんな私に気づいたのか、そのおばあさんはしばらく会社をお休みすることになっているそうと男性のひとりが説明してくれた。
エレベーターで移動して、応接室に通された。可哀想なのはおばあちゃんで、高級なテーブルやソファーから感じる圧で緊張がかなりピークに達しているみたいだ。私は大丈夫だよ、と伝えるためにおばあちゃんの手をぎゅっと握ると、少しだけホッとしたような表情を浮かべた。
部長であるそのおばあさんが長期欠勤するなら、私の所属の話も立ち消えかなと思っていたのだけどそうではないらしい。すでに会社側からこの件についてはゴーサインが出ているので、部署の運営はやらないけどそれくらいの差配は現在目の前にいる人がしてくれるそうだ。
仮にでも引き継いてくれればいいのにとちょっとだけ突いてみると、この人は芸能第一課を率いている課長さんらしい。見た感じ三十代前半でそのポジションとは、すごい仕事ができる人なのではないだろうか。
最初に聞いていたとおり子役として私がやり残した仕事や新規で入ってくる仕事は、こちらの事務所でも引き継いでくれると確約してもらった。この事務所へ所属が正式に決定すると同時に、おばあちゃんとの同居も解消する予定だ。こちらの会社では寮も完備していて、本当なら小学生だけでの入寮は原則禁止なのだけど、私の家庭環境を加味して特例を出してくれた。
まぁ来年には中学生だしね。仕事で遅くなったりもするだろうし、いつまでもおばあちゃんとおじいちゃんを私のために別居させてるのも気が引ける。おばあちゃん的には仕事で暗い時間に寮まで帰るのが危なくて心配ということだったが、入社3年目ぐらいの担当のいないプロデューサーさんが毎回現場に同行してくれるそうだ。
それなら安心だと、早速契約を交わすことにした。今住んでいる場所と寮は駅みっつ分ぐらいしか離れていないので、学校側も転校しなくてもいいと言ってくれているし。
私の役割としてはアイドルと子役でジャンルは違えど、芸能界を経験している先輩として所属したばかりの小学生アイドル達を気にかけること。そして何かあれば相談に乗ったり、自分の手に余りそうなら目の前の課長さんやまだ決まっていない担当プロデューサーに報告することだそうだ。
なんかスパイみたいだし、告げ口してるみたいでイヤだなとも思うけれど。でも私が話を聞いたり意見を言って解決することもあるかもしれないから、報告するのは最後の手段かな。同年代の女の子達の秘密を本人に黙って勝手に大人に話すのは、すごく抵抗がある。まずは相談を持ちかけてもらえるような信頼関係を築くこと、次にやるべきはストッパーかな。劇団でも思い悩んで突拍子もない行動を起こそうとしていた子がいて、なんとか話して思いとどまらせたりしたこともあるからね。
そんなことを考えていると入社や入寮の手続きはおばあちゃんにお任せして、私は現時点での能力を見るためにこれから少し歌ったり踊ったりするという話になっていた。
おばあちゃんに手を振って、緑色の制服を着た女の人に案内された先はレッスン施設。彼女の後ろをついていきながら、敷地外に出た時はどうしようかと思った。レッスン施設だけ別の場所にあるんだね、近所だったからよかったけど。
チェックしてくれたのは、大学生ぐらいの女の子だった。若く見えたからもしかしたら高校生かもしれないけど、でも自己紹介の時にトレーナーだって言ってたからそれはないかも。
合間合間の雑談でわかったのは彼女の家は代々トレーニングの指導なんかをしている家系で、他に3人いる彼女の姉達もこの会社でトレーナーとして働いているらしい。トレーナーとしての能力はまだまだ姉に及ばないそうで、彼女は初心者から初心者卒業ぐらいのレベルを担当しているんだって。
「うん、劇団でもしっかりレッスンしてたみたいね。現時点では十分過ぎるぐらい、よく踊れてるし声も出てるわ」
「あ、ありがとうございます……」
ジャージ姿で地面にへたり込む私に、トレーナーさんはペットボトルの水を渡してくれた。キャップを外してノドを潤してから、モゾモゾと体を動かしてなんとか壁に背を預けて座る。
ようやく立ち上がれるようになって更衣室で服を着替えて、トレーナーさんの『これからよろしくね』という言葉に背中を押されて、制服のお姉さんにまた元の応接室まで案内してもらった。
「疲れましたよね、お疲れ様です」
「ありがとうございます……えっと」
「ああ、私は千川ちひろと言います。今後は夏野さんのお仕事の付き添いなど、担当させて頂きます」
そう言って千川さんはペコリと頭を下げた。子供だからと下に見た態度ではなく、なんというかちゃんと寄り添ってくれてるのが伝わってくる。信用できそうな人が担当になってくれてよかった。両親の離婚からこっち、気にしてない風を装っていてもやっぱり大人に対する不信感がどうしてもね。
「あの、ふみのでいいですよ。どうやら他の人よりは長く一緒に過ごすみたいですし」
「ふふ、じゃあ私もちひろでいいですよ。仲良くしましょうね、ふみのちゃん」
ちひろさんが差し出した手に自分の右手を重ねると、お互いににこやかに笑みを浮かべてニギニギと握手した。これから信頼関係を築いていかなきゃだけど、仕事上の付き合いでも私と仲良くしようと努力しようとしてくれる人と最初に接することができたのはありがたかった。
文中でふみのはトレーナーさんと言っていますが、今回実力を見てくれたのはルキトレさんです。