子役からアイドルに転身した女の子の話   作:Mr.サム

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02.第三芸能課①

 

 何故こうなってしまったのか。

 

 現在私の膝の上に頭をのせて、着ぐるみっぽい帽子を着けた女の子が眠っている。名前は市原仁奈ちゃん、今日はこの部屋に一番乗りしたそうだ。

 

 ちひろさんとの顔合わせから3日、放課後はボイトレやダンスレッスンをしていた。似たようなことは劇団でもやっていたけど、演技と歌では微妙にやり方が違うのか戸惑いつつも少しずつ上達していく自分に嬉しくなる。

 

 そして今日はすでにオーディションに合格しているメンバーたちが使っている部屋に案内してもらった。部屋の前でちひろさんが『今日は他に何も予定を入れていないので、皆さんと仲良くなっていてくださいね』と言い残して、自分の仕事へと戻る。

 

 ちひろさん本人も言っていたが、非常に忙しい人らしい。ここまで案内してもらえただけでも御の字かとため息をついて、ドアを開けた。

 

「こんにちはでごぜー……ます?」

 

 部屋の中が見えた瞬間、舌足らずで元気な声が飛んできた。しかしその声の主は私の前に立つと、徐々に声に勢いを失くして最後には疑問形に変わる。

 

 ウサギの着ぐるみ帽子がすごく似合っている女の子は、小学生とはいえアイドル事務所に合格できるレベルで整った容姿をしていた。

 

「おねーさん、お部屋間違ってねーですか?」

 

「……間違ってない、と思うよ。ちひろさんに連れてきてもらったからね」

 

 私が所属するのは第三芸能課という部署で、この部屋のドアの傍らにも『第三芸能課』とプレートが出ていたから間違いはないと思う。

 

 その言葉を聞いた女の子は、急に大きな瞳をキラキラと輝かせて私のことを見上げてきた。

 

「じゃあ、もしかして新しいおねーさん!? 仁奈となかよくしてくれるですか?」

 

「……仁奈ちゃん?」

 

「はい、市原仁奈でごぜーます」

 

 もしかしたらこの子の一人称は自分の名前なのかもしれないと問い返すと、彼女はくるんと自然に一回転してから自己紹介してくれた。その動きはレッスンで鍛えられているのか、ブレもなくすごく自然なものだった。

 

「夏野ふみのです、よろしくね」

 

 と私も名乗り返しておく。

 

 おそらく以前は応接室などで使っていたであろう、革張りのちょっとお高そうなソファーに仁奈ちゃんと並んで座る。それからずっとマシンガンみたいに話す仁奈ちゃんに、相槌を打ったり質問したりして色々な話をした。

 

 仁奈ちゃんは両親と仁奈ちゃんの3人家族で、お父さんは海外でお仕事をしているらしい。お母さんも忙しい人みたいで、仁奈ちゃんはちょっと寂しそうだった。今回アイドルのオーディションを受けたのはもちろん仁奈ちゃんの希望があったからなんだけど、お母さんとしては学童と習い事を合わせた感じで応募したのかもしれない。

 

 自分が一緒にいられない時間に、せめて寂しさが紛れるようにという配慮なのかもしれない。でも友達がたくさんできても、両親と一緒にいられない寂しさは別の感情だから埋まらないんじゃないかと思うんだけどね。私はもう、そんな感傷なんてどこかに行っちゃったけど。

 

 着ぐるみが好きな理由も、多分誰かと友達になるためのきっかけっていうところもあるのかもしれない。会話の種になるし、実際に私にも『色々な着ぐるみを着たいからアイドルになった』という志望理由を教えてくれたからね。

 

 ずっと喋っていた仁奈ちゃんの声が急に途切れ、ふと視線を向けるとグラッと仁奈ちゃんの体が揺れて私の方に倒れてくる。ちょっと小柄とはいえ私は6年生で仁奈ちゃんは3年生。なんとか勢いを殺してゆっくりと仁奈ちゃんの体を寝かせると、ちょうど頭が私のふとももの上に乗った。

 

 着ぐるみがクッションになったのもあって、仁奈ちゃんはどうにか起きずにそのまま眠っている。子供って突然電池が切れたみたいに眠気がやってくるんだよね、劇団でもエチュード中に寝落ちした子が結構いた。私ももうちょっと幼かった頃は、眠気に負けそうになったこともあるから、気持ちはすごくわかる。

 

 そっと仁奈ちゃんの頭を撫でてから、改めて部屋の中を見回す。荷物を入れるロッカーとテーブルの下に敷かれたクッションフロアが、すごく学童を思い出させる。所属する子供たちが早く馴染めるようになのか教室にありそうなスチールデスクもあって、写真を撮って聞いてみたら芸能事務所の一室よりは絶対に教室と答える人の方が多いだろう。

 

 キン、と耳が痛くなりそうなぐらい静かな部屋の中でぼんやりしていると、廊下の方からかすかに声が聞こえてきた。足音と話し声が近づいてくるにつれて、どうやら私と同じぐらいの年齢の女の子たちの声だとわかる。

 

「……それは、すごく興味深いですね」

 

「うん、千枝も見てびっくりして」

 

 ガチャリとドアが開いて、話しながらふたりの少女が部屋に入ってきた。こちらは家具の隙間からふたりの姿が見えているけど、私が座っているソファーから出入り口のドアは対角線上にあるので、棚が壁になってあちらからは私の姿は見えないだろう。それほど大きな声という訳ではないけど、この調子で話していると仁奈ちゃんが起きてしまうかもしれない。

 

 せっかく気持ちよさそうに眠っているので、もう少し寝かせておいてあげたい。そう思った私はふたりに極力小さな声で『すみません』と声を掛けた。静かな室内なので、どうやらその音量でもふたりの耳に届いたようで、入ってきた女の子達は『ひえっ』と小さな悲鳴をあげた。

 

 キョロキョロと室内を見回すふたりに、私はもう一度声を掛ける。

 

「あの、仁奈ちゃんが寝ちゃったので、もうちょっと静かに話してもらえたらありがたいです」

 

 もちろん初対面の私の声だから、ふたりが聞き覚えがないのは当たり前だ。不審そうな表情を浮かべながら、こちらに近づいてくる。

 

 棚の陰から顔を見せたふたりは、さすがアイドル事務所のオーディションに合格しただけあって、多分同い年ぐらいなんだろうけど顔が良かった。後頭部にリボンを着けている少女は少し不審そうに、その少し後ろにいるうさぎのヘアピンを着けた子は何故か驚いたようにこちらを見ている。

 

「……ひ、ひまりちゃん!?」

 

 ヘアピンの子が私を指差しながら驚きの声をあげたから、思わず反射的に人差し指を口の前に立てて『シィー!』と静かにするようにリアクションを返した。普段はあまりこういう行動をする子ではないのか、リボンの子がちょっと驚きながらヘアピンの子に視線を向ける。

 

 少し恥ずかしそうに両手で口を押さえたヘアピンの子に、リボンの子が小さく声を掛けた。

 

「佐々木さん、お知り合いですか……?」

 

「ありすちゃん、知らない? マジカルテイラーひまりちゃんっていう、教育テレビの番組。洋裁とか裁縫を私達みたいな子どもにも、わかりやすく教えてくれるの。私、お裁縫が好きだから、毎週楽しみにしてて」

 

 まさかこんなところで番組のファンに会うとは、素直に嬉しい。確かに私はひまり役でその番組に出ている。仕事以外でも監修の先生に色々な手法を教わるのが楽しくて、習ったことは撮影の合間の休憩時間にやっている編み物や縫い物で使わせてもらっているので実質は仕事半分習い事半分といった感じだ。

 

「ということは、子役さんですか? どうしてそんな方が、私達の事務所に……」

 

 リボンの子が訝しげな視線を私に向けてきた。本当なら立って挨拶するべきなんだろうけど、膝の上に仁奈ちゃんがいるので座ったままでペコリと頭を下げる。

 

「今日からこちらの部署にお世話になります、夏野ふみのと申します。よろしくお願いします」

 

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