「橘ありすです、橘と呼んでください」
「佐々木千枝です。私はえっと、どっちで呼んでもらっても大丈夫です」
リボンの子を橘さん、ヘアピンの子を千枝ちゃんと呼ぶことにした。わざわざ名字で呼んで欲しいと最初に言うということは、名前の方にコンプレックスがあるのかな?
気にはなるけど、そこをわざわざ初対面で突っつくのは意地悪になっちゃうよね。もっと仲良くなってから話を聞いてみたい気がする。
「あの、ふみのちゃんって呼んでもいいですか?」
おお、大人しそうに見えるけど意外と積極的だね、千枝ちゃん。全然問題ないので許可を出すと、千枝ちゃんは『マジカルテイラーひまり』の撮影の話を聞きたがった。
よっぽどファンでいてくれたみたいで、主役を演じた身としては素直に嬉しい。撮影の裏話とか技術指導の先生に教わった縫い方の話をすると、千枝ちゃんの目がキラキラと輝くように見えた。
残念ながら番組を見ていなかった橘さんは、カバンからタブレット端末を取り出して何やら画面を見ていた。放置して申し訳なかったかなと反省していると、控えめに手を挙げて『はい』と橘さんが声を出した。
「どうしたの、橘さん?」
「質問なのですが、夏野さんはすでに芸能界デビューされているのですよね? それなのに何故、わざわざこのプロダクションに入ったのですか?」
「今までは子役として劇団に所属していて、今回アイドルとしてスカウトされたので移籍することになったの」
まぁ疑問に思うよね、とここにいる事情を簡単にまとめると橘さんも千枝ちゃんも驚いた表情を浮かべていた。
「夏野さん、スカウトされたんですか!?」
「すごい、千枝たちはオーディションを受けて入ったんです」
話を聞くと、仁奈ちゃんや橘さんたち含めて全員がオーディションでこのプロダクションに入ったらしい。まぁ私の場合はプロデューサーさんや大人たちが気づいたり踏み込めない部分での悩みや疑問の相談係みたいな役回りも求められているみたいだから、スカウトっていう形になったんだろうけど。
「だから大人に聞くのを遠慮するようなちょっとした疑問とか悩みとかなんでも、何かあったら話してね。答えられることはちゃんと答えるから」
えこひいきと思われて所属しているメンバーと距離が出来たら本末転倒だし、ある程度の事情を話してそう言うと橘さんも千枝ちゃんも少し安心したような表情を浮かべた。
やっぱりいくら容姿が整っているとはいえ、普通の小学生だから大人に何でも話したり質問したりするのは精神的に不安だったのだろう。
橘さんからもポツリポツリと芸能界に関する質問をされたのでそれに答えていると、再び廊下から人の声と足音が聞こえてきた。今度はかなりの大人数だ。
「どうやらみなさんが来たみたいですね」
「そうだね。ふみのちゃん、みんなに紹介しますね」
橘さんと千枝ちゃんがそう言うと、千枝ちゃんが私の膝まくらでまだ爆睡していた仁奈ちゃんのお腹を、やさしくポンポンと叩いて起こした。寝ぼけ眼の仁奈ちゃんは寝る前にはいなかった千枝ちゃんの顔を見て、『おはようごぜーます……』と目をこすりながら言っている。
仁奈ちゃんの頭は軽かったけど、長い時間膝まくらをしていたからか少し足に痺れを感じる。軽く足を揺らして血液がよく流れるようにして、問題なく動かせる状態になってからソファーから立ち上がった。
ちょうどそのタイミングで、廊下から部屋へと女の子たちが入ってきた。この部屋に入ってきたということは、多分彼女たちがこの第三芸能課に所属する残りのアイドルたちなのだろう。
「おいーす、橘、千枝、仁奈。あれ、誰だそいつ?」
全員で棚の陰から出ると、私と同い年ぐらいの茶髪の男の子……いや、違うわ。男の子っぽい格好はしてるしイケメンだけど、体つき見たら女の子だ。胸も少し膨らんでるし。
「失礼ですよ、結城さん。初対面なんですから、挨拶はきちんとですね……」
「なによ、珍しいわね。アンタが同い年ぐらいの子にライバル心バチバチにしてないなんて」
「なっ、私はそんなバチバチなんてしてませんよ!」
黒髪ツインテールで派手な格好をした女の子が言った言葉に、橘さんがちょっとムッとしたように反論した。
「してるじゃない。気づいてないかもしれないけど、特に桃華に対しては視線強めなんだけど」
「あら、そうなんですの?」
からかうようにツインテールの子が言った言葉に反応して、その後ろで他の子と話していた子が会話に加わってきた。
「あれ、桃華ちゃん?」
「まぁ、ふみのさん。こんなところで会うなんて奇遇ですわね」
金髪のお嬢様然とした美少女の姿が見えて、私は思わず声を漏らした。一瞬他人の空似かと思ったんだけど、同い年ぐらいでこんなに風格のある女の子が他にいるとは思えない。
「え、ふみのさん?」
そして桃華ちゃんの声を聞いて、私をマジマジと凝視してきたポニーテールの女の子。この子とも旧知の仲だ。どうでもいいけど、知り合いとのエンカウント率が高すぎる気がする。
「舞ちゃん、ひさしぶりだね」
「お久しぶりです、共演したとき以来ですね」
ペコリと舞ちゃんが頭を下げると、ポニーテールもピョコンと跳ねた。前も思ったけど、子役の中でもこの子は特別礼儀正しい。まるで私と同類で人生2周目なのかと勘ぐってしまうぐらい……まぁ、ありえない話だと思うしちゃんと子供っぽいところもあるので、多分違うんだろうけどね。
「共演? えー、この子もアイドルなの?」
「じゃあ、薫たちの新しいお友達じゃないの?」
次から次へと美少女が目の前に現れて、その暴力的な顔面偏差値に溺れてしまいそうだ。千枝ちゃんはみんなが好きに喋りだすこの状況にワタワタとし、橘さんは呆れたようにため息をついている。次の瞬間、この収集のつかない状態をなんとかしてくれたのは意外な子だった。
なんと仁奈ちゃんが両手を広げながら私の前に立って、『順番にしゃべりやがらねーと、ふみのちゃんが困ってるでごぜーます!』と大きな声で言ってくれたのだ。
おかげで私もみんなも落ち着いて自己紹介をすることができた。と言っても人数が多いので、名前と年齢ぐらいしか聞けなかったけど。
とりあえず腰を落ち着けて話そうということになり、みんな思い思いの場所に腰を下ろす。私は仁奈ちゃんと薫ちゃんに手を引かれて、ホワイトボードの前に置かれた椅子に座らされた。
「じゃあ、ふみのちゃんに質問! なんで桃華ちゃんや舞ちゃんのことを知ってるの?」
元気よく『はい!』と手を挙げたのは、髪をツーサイドアップにしている赤城みりあちゃんだった。本人が意識してるのかどうかはわからないけど、多分この子がこの課のムードメーカーなんだろうね。
「桃華ちゃんとは私が出ていたドラマの撮影現場に、スポンサーとしてお爺さんが挨拶に来てくださった際に会ったのが最初かな? その後はチャットアプリで話したり、たまに食事したりする仲……でいい?」
「そうですわね。おじいちゃまのことはさておき、ふみのさんとはその時に会って以来のお友達ですわ」
「あー、なるほどね。なんかさっきから見たことあるなって思ってたのよ。舞と同じってワケね」
私と桃華ちゃんが顔を見合わせて笑い合っていると、得心がいったとばかりに頷きながらツインテールの子が言った。彼女は的場梨沙ちゃん、豹柄のリボンや際どい服装が印象的な子だ。
「ううん、私なんて全然。ふみのちゃんはそれこそ、赤ちゃんの頃からこの世界にいる大先輩だから」
名前を出された舞ちゃんは、両手をパタパタと振りながらそう否定していた。芸歴が長いだけだし、赤ちゃんの頃なんてジッとして指示通りにすればOKだったから大したことはしていなかったし。
「なぁ、ふみのってそんなに有名人なのか?」
「言っておくけど、アンタが前に見てたって言ってたドラマにも出てたわよ。あのサッカーのやつ」
「えっ、マジで!?」
興味なさげに梨沙ちゃんに尋ねた晴ちゃんが、目を輝かせて私の顔をマジマジと見た。しばらく見た後で、ガタンと椅子から立ち上がって何やら興奮したようにこちらに詰め寄ってきた。
「うおっ、ホントだ! リトルファンタジスタのアカネじゃん!!」
「ねー、晴ちゃん。それってどんなドラマなの?」
「弱小サッカークラブにめちゃくちゃプレイがウマいヤツが入ってきてさ、そこから全国大会出場まで都大会のトーナメントを一気に駆け上がるんだよ。めっちゃ燃える展開でさ!」
薫ちゃんに質問された晴ちゃんは、手をぎゅっと握りしめながら熱くあらすじを語ってくれた。ここまで熱中して見てくれた視聴者がいるというのは、役者にとっては嬉しいものだと思う。
「そのサッカー上手な子が、ふみのちゃんなの?」
「みりあ、それが違うんだって。アカネは弱小だった時はそんなにサッカーが上手くなかったんだけど、主人公が入ってきてコンビ組み始めてからめっちゃ練習して上手くなっていくんだよ」
晴ちゃんの熱弁を聞きながら、あの撮影はしんどかったなぁと振り返る。監督が凝り性だったから小学生のサッカー大会で上位のチームのコーチを連れてきて、結構真剣に練習させられたんだよね。仕事だから適当にやり過ごすこともできなくて、素人に毛が生えた程度だけどサッカーが上手になった気がするぐらい頑張った。
「今度一緒にサッカーしようぜ、近くに公園があるからさ!」
キラキラした瞳でそう誘ってくる晴ちゃんに、私は断ることもできず曖昧に『機会があったらね』とズルい感じでやり過ごした。何にしてもこれで全員と顔合わせが……えっ、もうひとりいるの? 仁奈ちゃんや薫ちゃんと同い年の、千佳ちゃんという女の子が今日は欠席だったらしい。
まぁ次に会った時に挨拶すればいいかなと思っていたのだけど、千佳ちゃんとやっとこさ会えるのは大分先になるなんてその時の私には全然考えつきもしなかった。