子役からアイドルに転身した女の子の話   作:Mr.サム

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06.プロデューサー②

 

 第三芸能課のオフィスに持って行く荷物を段ボールに詰めて、プロデューサーが両手に重ねて持とうとする。

 

 でもこれだと前が見えないよね、他の人にぶつけると大変だし一番上の段ボールを私も持つと申し出た。遠慮からなのか、それとも小学生女子に荷物を持たせることへの外聞の悪さなのかはわからないけれど、最初はプロデューサーも固辞してきた。

 

「でもプロデューサーさん、もしアイドルの人たちにぶつかって怪我させちゃった方が大事じゃないですか?」

 

 私のこの一言で色々と考えたのか、プロデューサーさんは青ざめた顔で一度箱を全部床に置いた。それから一番上に乗っていた段ボールを私に両手で差し出して、『よろしくお願いします』と真剣な表情で言った。

 

「でもびっくりしたよ。まさか俺が担当するアイドルの中に、夏野ふみのちゃんがいるとは思わなかった」

 

 ふたりで人気のない廊下を並んで歩いていると、沈黙に耐えかねたのかプロデューサーさんが話しかけてきた。

 

「私のこと、以前から知ってくれていたんですか?」

 

「そりゃあね、冗談抜きで日本を代表する子役だと俺は思っているけど」

 

 リップサービスなのはわかっているけど、それでも言い過ぎだと思う。私の自己評価はただ長くやっているから、多少同じ年代の子たちよりは名前の通りがいいだけの普通の子役だ。

 

 もちろん前世の記憶が薄らぼんやりとあるせいで、クライアント側が使いやすいというのもあるんだろうけどね。

 

 ただこんなことを言ってやる気がないのかと思われるのもよくないので、曖昧に笑ってお礼を言う。そんな私を訝しげに見ていたプロデューサーさんに、私は別の話を振った。

 

「これまでは第一芸能課のプロデューサーさんたちのアシスタントをされてたんですか?」

 

「ああ、うん。まだ入社3年目だからね。でもおかげで色々な経験をさせてもらって、成長はできたと思うよ」

 

 色々な取引先にも顔を覚えてもらえたし、社内のアイドルにも面通しができたとプロデューサーさんは笑った。芸能界で働くなら、やっぱり社内・社外問わずに顔を覚えてもらうのが大事だもんね。さすがに会社も急ぎで探した代打のプロデューサーとはいえ、まったくの新人を選ばなかったあたり感謝したい。

 

「まぁ希望してた感じとはちょっと違うけど、ようやく目標のプロデューサーになれたんだ。これからガンガン仕事作って君たちをトップアイドルにしてみせるから、よろしくな」

 

「……そううまく行くかなぁ。プロデューサーさんがまずやるべきなのは、所属アイドルたちとのコミュニケーションだと思いますよ」

 

 大人の男性とは思えないぐらいに目をキラキラさせて今後の目標を言うプロデューサーさんに、私は苦笑を浮かべながら言ってみた。すると意味がわからなかったのか不思議そうな表情を浮かべて、手をヒラヒラと動かす。

 

「大丈夫だって。ふみのちゃんみたいなしっかりした子たちの相手だろ? それくらいなら、子供アイドルと接したことがない俺でもできるって」

 

「……例えば呼び方」

 

 つぶやくように指摘すると、プロデューサーさんが小さく首を傾げる。これで伝わるとは思ってなかったので、言葉を続けた。

 

「私たちぐらいの年頃って、子供扱いされるのをものすごーく嫌います。第三芸能課にもそれが地雷になりそうな子が数人いますから、アイドルへの呼び方は名字にさん付けがいいと思いますよ」

 

「お、おう……」

 

「あと、高校生以上のアイドルの人たちだと社会人としてのマナーも使えるようになっているかもしれませんが、私たちにそういうのを期待されても小学生にはそもそも無理な話です。みんな人懐っこい子たちだけど、マナーや礼儀っていうユニフォームがない小学生は本当に十人十色の性格をしています。それぞれに対応方法が違うんです、だから大変だと思いますよ」

 

「……小学生、怖いな」

 

 さっきまでの無根拠な自信はどこにいったのやら、少し青い顔色でプロデューサーさんが小さくつぶやいた。ちょっと脅しすぎたかな。慎重にはなってほしいけど、モチベーションが下がりすぎるのもよくないので助け舟を出しておこう。

 

「まぁ、そんなプロデューサーさんとみんなをフォローするために、私がいるんですから。困ったときには相談してくださいね」

 

「ふみのちゃ……じゃなくて、夏野さん。ありがとう、よろしくお願いします」

 

 変わり身の早い人だなぁと呆れつつ、すぐに反省して行動に反映できるのは長所でもあるよね。そう考えて私はプロデューサーさんに『はい』と返事をしながらコクリと頷いた。

 

 廊下を並んで歩いていると、段々と第三芸能課に近づくにつれて賑やかな声が聞こえてくる。この声は仁奈ちゃんと薫ちゃんかな、同い年の彼女たちはふたりでよくじゃれ合っているからいつも楽しそうな声が周囲に響いている。周囲の部屋に迷惑かなと思いつつも、別にうるさいと苦情も来ていないしそのままにしている。謝るのは怒られてからでいいよね、押さえつけたら元気な子たちは余計にストレス溜めちゃいそうだし。

 

「それじゃあ、開けますね」

 

「う、うん。お願いします」

 

 両手が塞がっていてどうやっても片手では持てない量の荷物を持っているプロデューサーさんに声を掛けて、軽い段ボールひとつだけしか持っていない私がなんとか荷物を落とさないようにしながら片手で持ってドアを開ける。

 

「そーさくたいだー!」

 

 その瞬間楽しそうな薫ちゃんの声が聞こえてみりあちゃんと仁奈ちゃん、そしてしんがりに声の主である薫ちゃんが小走りにこちらに向かってくる。そして先頭のみりあちゃんが段ボール箱を抱えたプロデューサーさんに気付いて急ブレーキを掛けるも、すでに間に合わずその背中に仁奈ちゃんがぶつかってその仁奈ちゃんの背中に薫ちゃんが顔を軽くぶつけた。

 

 なんかマトリョーシカみたいだなと思いながらも、吹き出すのを我慢して3人に『大丈夫?』と聞いてみた。特に怪我もなさそうで安心して、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「ふみのちゃん、この人だれ?」

 

 みりあちゃんが小首を傾げながら聞いてくるので、ちょうどいいので早速紹介してしまおう。他のみんなは来ているのかなと部屋の中を覗くと、奥まったところに残りの全員が立っていた。なんでそんなところにと不思議に思いながらも、プロデューサーさんを部屋の中ほどまで案内する。

 

「ふみの、ダメじゃない。ロリコンを部屋に連れてきたら」

 

「お、俺はロリコンじゃない! ここの社員だ!!」

 

 ロリコン扱いは心外だったのか、プロデューサーさんが声を荒げて反論する。しかし梨沙ちゃんがスマホを取り出して通報するような仕草を見せると、まるで銃を突きつけられたように両手を上げた。その隣で『ろりこん?』と可愛く小首を傾げているみりあちゃんたちは、申し訳ないけれど放置させてもらう。

 

「この人は、私たち第三芸能課のプロデューサーさんです。みんな、仲良くしてね」

 

「はぁ、こいつがぁ? なんか頼りなさそうだけど、大丈夫なのか?」

 

「そうよね、もうちょっと実力もコネもありそうな人を一課から引き抜けなかったのかしら」

 

 私が紹介すると素直な晴ちゃんが本当に素直な感想を言い、毒っ気たっぷりに梨沙ちゃんがその言葉に反応した。

 

「おふたりとも、あんまり意地悪を言ったらいけませんわ。ふみのさんが連れてきたのだもの、ちゃんとした方なんでしょう?」

 

「うん……ちひろさんも知ってる人だし」

 

 桃華ちゃんのフォローに乗る形でそう言ったが、彼女の私への信頼が重い。私もまだプロデューサーさんのことは全然知らないし、どちらかというとちひろさんへの信頼を彼の信頼へ転化してるような状態だ。だからちょっと口調が自信なさげになってしまったけど、それは許して欲しい。

 

 まずはひとりずつ名前だけなんだけど、プロデューサーさんに自己紹介してもらう。それが終わった瞬間に橘さんが私のすぐそばにスススッと寄ってきて、口元を手で隠しながら耳打ちされた。

 

「本当にこの人で大丈夫なんですか? 的場さんじゃないですけれどものすごく頼りないというか、信用がおけない人みたいですけど」

 

「ひとまずやってもらって問題がありそうだったら、私からちひろさんを通じて上の人に言うよ。一応はこの業界も長いから、あやしいことをしているかどうかぐらいの判断はできるからね」

 

 なんだろう、ここに来てから別にプロデューサーさんが橘さんに対しておかしな言動はしていないと思うので、もしかしたら彼女の頼れる大人イメージからプロデューサーさんが外れているからこんなに不安げというか不信感が募ってしまったのだろうか。

 

 私も橘さんに倣って、彼女の小さな耳にささやくようにそう告げた。少し息がくすぐったかったのか橘さんは身をよじったけれど、一応は同い年で業界経験者でもある私の言葉を信用してくれたみたいでこくりと頷いた。

 

「わかりました。夏野さんのことは信頼してますし、この件はおまかせします。あの……また、不安になった時は相談してもいいですか?」

 

 ちょっとテレたように頬を朱に染めてそんなことを言う橘さんはかわいくて、私はもちろん大きく頷いてその申し出を了承したのだった。

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