「それで? 今日の仕事は何かしら、新曲のレコーディングとか?」
会話が一段落して間が空いた時に、梨沙ちゃんがプロデューサーさんに尋ねた。レコーディングと聞いて、みんなが『わぁっ』と歓声を上げて盛り上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりレコーディングは無理だよ、まだみんなの性格や得意なことも把握してないんだから」
「じゃあ、テレビ番組に出演とかでしょうか?」
両手を前にパーの状態で出して否定するプロデューサーさんに、今度は橘さんが追撃した。冷静な橘さんでもそんな無茶なことを言ってしまうなんて、実はテンションが上がっているのだろうかと思ってしまう。
しかし最悪なことにプロデューサーさんはそんな橘さんの言葉を、場を和ませる冗談だと受け取ってしまったようだ。このガッカリ感溢れる空気を変えたかったのか、『あはは』と大きな声でテンション高く笑い声を上げた。
「そんないきなりテレビ出演とか、夢があっていいなぁ! そうなれるように俺も頑張るから、みんなも頑張ろうな!!」
だけどプロデューサーさんの言葉はまるでみんなには響かず、シーンと重たい沈黙が室内を満たした。そんな中で晴ちゃんが『こいつ、大丈夫か?』と言ったり、梨沙ちゃんが『役に立たないわね』と吐き捨てたのがしっかりと耳に入ってプロデューサーが顔を引きつらせる。
これはまずいとばかりに、私は空気をガラッと変えるためにまずは両手をパンと打った。その音に驚いて、みんなの視線が私に集中する。
「みんなは勇者です。今日は16歳の誕生日、王様に会ってから冒険の旅に出発する日です」
突然よくわからない設定を言い出した私に、6年生組は怪訝そうな視線を向ける。けれどイヤな雰囲気が消し飛んだのが嬉しかったのか、薫ちゃんと仁奈ちゃんがワクワクと目を輝かせながら続きを待っていた。
最年少のふたりがそんな態度だったからか、否定的なことを言う子もいなくて続きを話しやすい空気になった。本当にいい子たちだ、ナイスだよ。
「王様からはひのきの棒が一本と、その次に強い武器である棍棒が買えるくらいのお金をもらって謁見が終わります」
「王様も、もっといい物くれりゃいいのにな」
晴ちゃんのツッコミに、みんながクスリと笑った。不機嫌だった梨沙ちゃんと橘さんもクスクスと笑っているのを見て、ホッと一安心。意見を出してもらいやすそうな空気になったので、私はみんなに話を振ってみた。
「さて。ここから勇者の旅がはじまりますが、みんなならこれからどうする?」
「どういう行動を取るか、ということですの?」
桃華ちゃんが確認するように聞いてきたので、私はこくりと頷いた。するとみりあちゃんが『はーい』と楽しげに右手をあげる。
「あのね、みりあはね。ひとりだと寂しいから、一緒に旅をしてくれる友達をい~っぱい探したい」
「ひとり旅は自分がやられちゃったら、助けてくれる人もいないからより危険だもんね。いい案だと思います、他にはない?」
「そりゃ、レベル上げたりじゃねーの? 兄貴がやってたゲームだと、モンスター倒しつつレベル上げて金貯めて武器買ったりとか」
晴ちゃんのお兄さんだと、なんか猪突猛進にいきなりフィールドに出て全滅したりしてそうだなぁ。そんなことを考えつつ、今の会話の中に私が言いたいことが含まれていたので、それを拾い上げる。
「そうだね、レベルを上げるのも大事。でも今のままの状態で敵がいっぱいいる街の外に出たら危ないよね。そこでみりあちゃんの意見がヒントになります」
「ヒントですかぁ?」
「あっ……あの、ふみのちゃん。もしかしたらだけど、準備ですか?」
私の言葉を聞いて頭に『?』を浮かべていた小春ちゃんとは対照的に、ピンと来たという表情を浮かべていた千枝ちゃんが手を挙げながら言った。
言いたいことのきっかけを千枝ちゃんがくれたので、私は思わずにんまりと笑って口を開いた。
「そう、準備が大事。旅に出る前に食料も買わないといけないし、外に出るなら武器や防具だってちゃんとしたものが必要でしょ? もちろんひとりだと危ないから一緒に来てくれる仲間も欲しいし、少しでも安全な旅にするためには準備しなきゃダメなんだよ」
「魔王を倒しに行くんだから、安全じゃなくても仕方ないでしょ」
梨沙ちゃんの鋭いツッコミが入ったけど、今は無視する。今話が横道に逸れたら、本筋に戻ってこれない予感がするからこのまま畳み掛ける。
「実は私たちの仕事も準備が大事なんだよ。お仕事の話がきた時に万全の状態で挑めるように、ダンスレッスンやボイストレーニングで実力の底上げをする。私たちのことを知ってもらうために宣材写真を撮影する。それを使ってプロデューサーさんが色々なテレビ局とか仕事がもらえそうな会社に持ち込んで、やっと私たちのところに仕事が来るんだよ」
本当ならもっと段階はあるんだろうけど、営業のやり方を簡単に説明するならこんなものだろう。『そうなんだー』とそんなことは初めて知ったとばかりのリアクションを見せてくれたみんなになんだかほっこりとする。そりゃあ小学生なんだから、芸能事務所がどうやって仕事を調達してくるかなんてわからないよね。もちろん有名になってきたら依頼者側から話を持ってくることの方が多くなるだろうけど、まだ世に出てない新人ならこっちから売り込んでいかないと依頼なんてこないし。
梨沙ちゃんと橘さんが気まずそうな表情を浮かべていたけど、知らなかったんだから仕方ないよね。でも私たちの仕事は周りの大人たちが頑張って営業して、もらってきているものだっていうのは知っていてほしいと思う。その方がひとつひとつの仕事への取り組み方が変わってくるだろうし、真剣にやればやるほど自分の成長に繋がるんじゃないかな。
「と、いうわけでプロデューサーさん。まずは仕事に繋がる第一歩として、宣材写真の撮影とか近々できないですか?」
「うーん、アー写撮影も予約しなきゃだからなぁ」
私がプロデューサーさんへの質問で会話を締めくくると、プロデューサーさんは後頭部を押さえながら視線を上に向ける。そっか、アイドルだとカッコよくアー写って呼ぶんだね。ひとつ新しい知識を手に入れてホクホクと喜んでいると、仁奈ちゃんと薫ちゃんが写真撮影と聞いてちょっと緊張したような顔をしていた。
「かおる、写真とるの苦手かも。ジッとしてなきゃいけないでしょ?」
「仁奈もでごぜーます。でもどんなキグルミを着るか、すげー迷うですよ」
ヒヨコとかサメとかと自分が持っているキグルミを指折り数える仁奈ちゃんに、プロデューサーさんが困ったように言った。
「ええと、市原さん。残念だけど、キグルミを着てアー写は撮影できないんだ。市原さんがキグルミアイドルとして大勢の人に認知されてからなら、キグルミで撮影っていうのもセールスポイントだからアリなんだけど」
「ええーっ、仁奈キグルミ着れないですか!? だったら仁奈、写真とかとらねーです」
しょんぼりとしてしまった仁奈ちゃんに、プロデューサーさんは心底困ったように私を見た。いやいや、そんなすぐに頼られても私も困る。まぁプロデューサーさんもまだ若いし独身だし、小学生の扱い方とかわからないよね。とは言っても私も別に上手なわけじゃないし、なんとか納得してもらえそうな言葉を選んでるだけなんだけど。
私は仁奈ちゃんのすぐそばに行くと、しゃがんで仁奈ちゃんと視線を合わせる。その表情は悲しげというよりは、どちらかというと淋しげな印象を受ける。
「仁奈ちゃんはキグルミを着るのは好き?」
「……好きでごぜーます」
「それは、どうして?」
「ただの仁奈だと、なんにもねーから誰も仁奈のこと見てくれねーです。でもキグルミを着たら、みんなかわいいって言ってくれるしあそんでくれるですよ」
これはちょっと闇が深いかもしれない。仁奈ちゃんがどんな環境で育ってきたのかは全然知らないけど、まだ9歳の女の子がこんな風に自分を否定してキグルミに依存する状況はおかしいとしか思えない。でもそれを今すぐ解決するのは、残念だけど私には無理だ。みんなも仁奈ちゃんの言葉を聞いて、不安そうにしている。隣の薫ちゃんなんて、仁奈ちゃんの感情の影響をモロに受けてしまったのか、目端に涙を浮かべて今にも泣いちゃいそうだ。
とりあえず仁奈ちゃんを前向きにできて、みんなが感じている不安を吹き飛ばせる言葉をひねり出さなきゃ。仁奈ちゃんの頭にポンと優しく手を置いて撫でつつ時間を稼ぎながら、頭をフル回転させて考えた。
「ねぇ、仁奈ちゃん。お人形さん遊びってしたことある? 着せ替え人形とか」
「……あるですよ? いつもひとりでお人形とあそんでたです」
「お人形に着せる服を考えるのって、すごく楽しくなかった? こんな服がこの子には似合うなって思って着せるんだけど、別の服の方が実はしっくりきたりね」
私が言うと、後ろで小さく『わかる』という声が聞こえた。そちらに視線を向けると手のひらで口を押さえている千枝ちゃんがいた。この間裁縫の話にも反応が良かったし、お人形の服とかも好きなのかもしれない。
私は『気にしなくていいよ』という気持ちを込めて千枝ちゃんに向かって微笑んでから、仁奈ちゃんに向き直った。
「人形に服を選ぶときって、その人形の素の状態から『あれが似合うかな』『こっちの方がいいかも』って考えるでしょ。この写真撮影も一緒で素の仁奈ちゃんの写真を見てもらって、どんな服とかキグルミとかが似合うかなって一緒に考えてもらうためのものなの」
「でも、キグルミを着てない仁奈なんてつまんねーですよ?」
「私はそうは思わないけどね。でも仁奈ちゃんがそう言うなら、仁奈ちゃんの写真をたくさんの大人の人に見てもらって一緒にどんなキグルミや服が似合うのか考えてもらおうよ。そしたら仁奈ちゃんが自分のことをつまらないなんて思うヒマがないぐらい、楽しい日々が送れるかもしれないよ」
仁奈ちゃんは私の言葉に『うん……』と頷いてくれたんだけど、あんまり反応はよくなかった。なので『私たちとも一緒に考えようね』と一言付け加えると、まるで雲っていた空が晴れるようにパァッとニコニコの笑顔になって、今度は力いっぱい頷いた。
「では、プロデューサーは撮影の段取りをお願いします」
橘さんが最後にキュッとプロデューサーさんの気を引き締めるような低い声でそう締めくくり、プロデューサーさんはその圧に負けたのかコクコクと何度も頷いていた。
下手をしたら仁奈ちゃんの心を傷つけるような話になる可能性もあったのだ。そんな大変な状態で私に説得を押し付けたのだから、それくらいのプレッシャーは受け入れてもらいたい。
ついでに私が『なる早でおねがいしますね』と追加オーダーを投げると、プロデューサーさんはガックリと肩を落として『……ガンバリマス』と返事をしたのだった。