師よ、私は昨日城で喜劇を観ました。私に演じ事の良し悪しなどわかるわけもないのですが、それでも皆が勧めるものですから。勧められるがまま、席に着き小一時間は観劇したと思います。恐らく、ガウェイン辺りが気を遣ってくれたのでしょう。ですが、私はどうにも…ガウェインにも、折角用意して貰った手前伝えることは無かったのですが、やはり喜劇は好きになれませんね…。あぁ、いえ内容ではないのです。内容はよくできていたのではないでしょうか?私達が憧れていた騎士道そのまんまで、最後は竜を倒して姫と結婚、一国の主となり永く語り継がれる…と、出来過ぎな感は否めませんが、それでも確かに…初心に舞い戻ったような心地になりました。
しかし、私は喜劇というモノが、ダメなようです。
喜劇とは、言うなれば理想。対して、私を苦しめ抜くのもまたその理想なのだから。だから、作り物の中でまで私は自分を理想の中に置いていくことに耐えられないのです。
あぁ、しかし好いこともありました。師よ、貴方の言う通りだった。劇中、何度か主人公の勇者を導く師が現れました。主人公はいつも彼のことを、「しよ、しよ」と言ってはいましたが、私には「主よ、主よ」と聞こえたのです。師よ、貴方の言ったとおりだった。あれは、二つの意味を持たせる為なのですよね、劇を視聴する者にとって、劇中で語られる全ての情報には意味がある。そして、その意味にも二つの意味がある。意味のある意味と、敢えて意味のない意味だ、と。だからこそ、役者は活舌が良くなくてはいけない、と。
勇者が言った「しよ」と、私が貴方に言った「師よ」と。どちらが、どう違うのでしょうか。
勇者を最後まで導いた師は、正に老師と呼ぶのがぴったりの役でした。白く長いお髭を生やしていて、おまけに鼻も鷲鼻でした。魔法使いらしいですけど、杖ではなくて本を使っていました。
師よ、中々面白いとは思いませんか?私はすっかり感心してしまいました。私の隣で、当のマーリンも楽し気でした。人間のすることは興味深いと言っていました。変な話ですね、彼も人間だと師は仰っておりましたのに。
こうして考えると、私も意外と喜劇の中に生きる勇者の様ではありませんか?ねぇ、あの…師よ、貴方はどうして…いいえ、止しましょう。辛気臭いのは貴方が嫌う。貴方に嫌われるのは御免ですから。
さぁ、さっきの話に戻しますよ?ふふっ…私も案外勇者様ですね、だって本物の魔法使いと、本物の師に支えられて道を歩いてきたのですから。今日までの道のりを…。
…師よ、すみません。やはり、私には無理です。できません。出来ません。できたら、それこそダメなんです。できちゃダメなんです。貴方が居ないこの場で、どうやって生きて行けば…いいのか、私には理解できませんよ。あはは…ごめんなさい。
私が、私が王に成ったのも貴方が居てくれたからなんです。竜退治なんて大それたことが出来たのも、それこそ蛮族を…人をころッ…敵を殺めることが出来たのだって、貴方が居てくれたからなんです。だからッ!
だから…三度目の、ピクト人との最後の戦いの時、貴方が居なくなった時に悟りました。あぁ、生きていても仕方が無いんだって。
私、ずっと貴方が傍にいてくれたからここに立ってただけなんです。貴方に寄りかかって、なんとか生きてたんです。日に日に、おかしくなっていくこの世界で、貴方だけが希望だったんです。貴方だけが…貴方だけは、一度も頑張れって言わなかったんです。謂わないでいてくれたんです。
師よ、貴方は間違っていた。貴方は「自分が居なくともやっていける」と言いましたね。けれど、どうでしょうか?私は、私にはとても耐えられない。堪え難いのです。
きっと…師よ、貴方は私が殺したのです。私の持つ運命が、本来あるべきところへと向かうべく、邪魔な貴方を殺したのです。それは恥ずべき事。ここで投げ出すことは尚更、貴方の顔に泥を塗ること。でも、貴方は逃げる私を責めないでいてくれる。嫌いにならないでいてくれる。そう、確信させてくれる。させてくれたから。
あぁ、許してください。そしてどうか、貴方に祈る私を視放さないでください。貴方の腕に抱かれるべく、私はこの場を後にします。主よ、主よ、どうか私を貴方の御許へ。師よ、師よ、貴方の元へ。声に出して気づいたのです。あの喜劇が映したのは、運命なんて安っぽい何かじゃなかったんだって。もっともっと胡散臭い、必然性を映したに過ぎないのだと。
主に導かれて殿堂に至りし勇者は何を視るのか…私は、きっと勇者じゃない。でも、それが好い。私は貴方の元に、主の元に、師の元に。貴方の元に逝きたいのです。
貴方は遺志も何も遺してくれなかった。私は貴方の残滓が枯れる迄はマトモでいられた。正常な王でいられた。理想の玉座に縛り付けられて尚、誇りを失わずにいられた。だが、それは所詮温もりの残り香に酔いていたに過ぎない。私は一過性の快楽に耽溺していただけだった。
師よ、せめて教えてください。向こうでも、今でも好い。教えてください。私の何処を愛してくれたのですか?貴方はどうして私を抱いてくれなかったのですか?なぜ、マーリンを許したのですか?なぜ、モードレッドに剣を…私と同じように剣を教えたのですか?なぜ、貴方はモルガンを…彼女を妻に迎えたのですか?
それから、どうして…どうして貴方は死んでしまったのですか。骨も遺らずに、私の元にその一片さえも還ってこないままに、どうして…私を一人置いて死んだのですか。師よ、教えてください。いいや、違う。教えていただきます。遥か天の彼方にある殿堂で、貴方から直接お聞きします。待っていてください。
…逃がしませんから。