鈍として青く   作:ヤン・デ・レェ

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最強!牛若丸伝説

昔々の話である。あるところに鞍馬天狗の首領がいた。

 

ある日、首領が川へ洗濯へ行くと、男が一人倒れていた。

 

気の毒に思い、男を連れ帰り、看病すると、間もなく起きだして礼を言った。

 

「忝い。吾輩はサイトウ、実は不慮の事故に巻き込まれた故にこのような失態を演じることに…ところでここは何処でしょうか?」

 

「サイトウ殿か…そうかそうか、見慣れぬ格好だった故、てっきり妖か異国の者かと思ったわい。ここは日ノ本、して如何する?」

 

家屋の中、囲炉裏の火が弾ける傍でサイトウと首領は話し合った。

 

「ふむ、ふむ、エジプトがどこにあるのか存ぜぬが…お困りなのは理解した。どうかね?ここで暫く働いてみるのは」

 

首領の提案にサイトウは飛びついた。

 

「是非!雑用から何まで、この吾輩にお任せあれ!」

 

首領とサイトウはガッチリ握手を交わした。首領はその日から早速、山奥での暮らし方を、サイトウに教え込んだ。サイトウもまた、首領から教えられたことを、砂漠が水を吸うが如く、瞬く間に習得してしまった。

 

一丁前の修験道者になったサイトウ。彼が山奥で暮らし始めて半年が経った頃、彼の元に首領が現れて言った。

 

「サイトウ殿、貴殿には是非ともこの子供を育てて貰いたい。大事な子でな、貴殿のように、広い世界を知る、立派な御仁にこそ育てられるべき、大器ある子なのだ。」

 

「吾輩に出来る限りやってみせましょう!して、その子の名は?」

 

首領の後を必死でついてきたのであろう。小さな子供が、手足を泥だらけにしながら山道を登ってやってきた。上等の着物も台無しだった。だが、汗で髪の張り付いた、その顔には、確かに聡明な顔相が顕れていた。サイトウは、一瞬で自分がこの子供と出会い、そして育てるべき運命にあることを悟った。

 

「名を牛若丸と言う。其方の話はもうしてある。開山以来の天才だということもな」

 

「御冗談を!」

 

「いやいや、この子にも、才気は十分。生かすには好き師が必要じゃ。そして、その師もここにおる。」

 

「さ、其方の師となるお方じゃ、名乗られよ」

 

首領にそう言われて、荒い息を吐いていた、女子の様な子供は、居住まいを正すと、サイトウに向き直り、一礼した。

 

「牛若丸と申します…ご教授ご鞭撻の程、宜しくお頼み申し上げます!」

 

「これはご丁寧にどうも…まぁ、吾輩も山のことは人伝に習ったようなものだし。教えられる限りの全てを伝授いたそう!」

 

「よろしくお願い申し上げます!師匠!」

 

こうして牛若丸はサイトウの弟子になった。

 

 

 

 

牛若丸がサイトウの弟子になって十数年。運命の時が迫るのを目前にして、牛若丸は、文字通りサイトウの教えられる限りのこと、即ち、ハンニバルの軍略と武術の粋、山岳攻略の極意、修験道のすゝめに至るまでを学んだ。

 

文武両道のヒトとして、あとは才能を生かす場が与えられるだけとなった牛若丸。

 

そしてついに、彼の元に実兄源頼朝からの使者が現れた。

 

「貴方様には平家を打倒し、源氏の世を築かれる使命があるのです!源氏の棟梁となられる兄君頼朝公の元に是非とも馳せ参じられたし!貴方様は、最早幼き牛若丸様ではなく、源氏の正統な御曹司である源九郎義経公であらせられる!」

 

何時ものように朝餉を済ませ、師との山歩きに興じていた牛若丸の元に突然現れた使者。その口から語られた真実に、牛若丸改め義経は動じなかった。

 

義経は言った。

 

「なるほど、相分かった。これより供の者も連れて馳せ参じよう。ただ一つ条件がある、ここに坐す我が師サイトウが、肯じなければ、この牛若が山を出ることは罷りならぬ。よって、頭を下げるのなら、私に対してではなく、其方が居もしないように振舞った、我が師に下げよ。さもなくば去ね。」

 

「なッ!?」

 

義経の余りの態度に、驚き、辟易とした使者だったが、それでも主君からの命を果たすべく、使者はしぶしぶ頭を下げた。

 

「師匠殿、何卒義経公と共に参られますように、お頼み申し上げる!」

 

幾分簡略化されていたが、使者はこれでイイ塩梅だと考えた。

 

結果、義経は大激怒。

 

「貴様ぁッ!!叩き斬ってくれる!我が師への無礼を詫びながら無間地獄へ堕ちるがいいッ!」

 

「ひッ!?ひいぃいぃぃいぃッ!!ご乱心召されたか!ど、どうかお助けを!」

 

「問答無用!死ねぇいッ!」

 

今にも斬りかかりそうな義経。彼女が一っ跳びに斬り捨てようと腰を落とした時だった。

 

「ひゃぁぅッ!」

 

師匠ことサイトウが、ネコを抱き上げるように義経の両脇に腕を差し込んで持ち上げたのだ。

 

唖然とする使者を他所に、この師弟は話し合った。

 

「牛若よ、吾輩は怒っていない。それより、其方はどうしたいのだ?兄を助けに行かずとも好いのか?」

 

「うぅ…師匠、しかし、牛若は貴方が軽んじられることが我慢なりません!」

 

「吾輩のことはいい。今のように牛若が、吾輩の代わりに、怒ってくれるからな。それよりも、牛若はどうしたいのだ?」

 

「…会ったこともございませぬ。しかれども、困っているなら助太刀しとうございます。」

 

「ならば好し。おい、使者!吾輩と牛若と、それから郎党連中を連れて行くから待っておれ!そのナニトモとやらに伝えておけい!」

 

サイトウが言うと、使者は、物凄い勢いで頷き、たったかとその場を去っていった。

 

 

 

 

兄との再会は涙の再会…とはいかず、なんとも淡白なものであった。無論、仲が悪いわけでも無かったが、武家の兄弟である以上、兄と言えども、目上の他人には違いなかった。

 

兄・頼朝との合流後、義経は一軍を任されて各地を転戦。勝利に勝利を重ねた。

 

対照的に、兄・頼朝は戦下手であり、連戦連敗を重ねた。退いたり逃げたりを繰り返すうちに、適材適所と言って、戦場には出なくなった。

 

果たして、源氏の内部では、明確にではなかったが、義経を信奉する者たちが増え始めるようになった。

 

これに対して、当の義経は全く無味乾燥な思いを抱いていた。兄の嫉妬もなんのその、義経は、師匠から、戦に勝つたびに褒められる感覚に、病みつきになっていたのである。

 

「もっともっと勝たねば!戦に勝たねば!勝てば師匠が褒めてくださる。よくやったな牛若と頭を撫でてくださる。もっと、もっと勝利を師匠に!我が主殿に捧げねば!」

 

「首が足りぬ!首を絶やすな!将の首が足りぬ!雑兵などに用はない!平家が大将首を、我が主の猊下に平伏させん!」

 

義経は戦場を駆け巡り、このように叫んでは、自ら先頭に立ち兵を率い、数多の勝利を源氏に、そして師匠サイトウに捧げた。

 

義経…否、牛若は強かった。恐ろしく強かった。元からあった天賦の才能が、ハンニバルの戦場の叡智によって、更に強化に強化が重ねられたことで、最早誰も彼女には勝てなかった。

 

現実が弛緩するほど強かった牛若に、源氏の者たちは万歳の歓声を上げた。

 

そして、壇之浦の戦いによって平氏は滅亡し、源氏の時代がやってきた。

 

兄・頼朝が鎌倉幕府を開いたことにより、義経も大いに遇されるかと思われた。

 

しかし、期待を膨らませる郎党の想いとは真逆に、頼朝は義経を大いに冷遇した。実権を与えず、軍務を取り上げた。名ばかりの窓際職を与えられた義経に、決起を促す者さえ出る始末。

 

沸騰する軍内部の不満を、頼朝は粛清によって解消しようとしたが、それより先に義経が動いた。

 

彼女は言った。

 

「もうお困りごとも無いご様子。ですので、師匠、郎党と共に、山に帰りまする。」

 

これに驚いたのは頼朝であった。反発でもしてくれれば、じわじわと首を絞められたものを…牛若は殊もあろうに山へ帰ると言い出した。

 

もとより、頼まれて参った側の牛若を止めることも出来ず、結局、頼朝は最強の戦駒を二枚落ちで失う代わりに、鎌倉政権の安定を得たのであった。

 

 

 

 

事件が起こったのは、牛若が山に帰ってしばらくしてからのことである。なんと、京で後白河院ご乱心の報告。これを鎮めるようにと、義経を呼び出す文が届けられたのだ。

 

これに対して、義経は断固拒絶。理由は以下のとおりである。

 

「私はともかくとして、師匠を軽んじたことを牛若は忘れておりません。我が主に向ける無礼、これ罷り通らず。以て、軍幕に入る及ばず。」

 

この文の内容が、頼朝に届く前に後白河院に報じられたことで、事態は急変する。

 

後白河院は、突然京からの使者を牛若たちの籠る山に送り付けると、このように宣った。

 

「サイトウ殿に従一位を贈る。軍を率いて源氏を誅滅せよ。」

 

無論、例え牛若でもこれには頷かず、使者は従容と帰ったのだが、代わりに、後白河院は、これに牛若は乗り気だった、という噂を流したのである。

 

これに驚天動地の恐怖を抱いたのが、その力を以て平氏を滅ぼさせた張本人である源氏一門であった。

 

牛若が敵になり、剰え軍を率いて攻め寄せるかもしれない。

 

勝てるのか?勝てまい。

 

牛若は強すぎた。強すぎるあまり、その武名は味方だった者たちでさえも、単なる噂を、世迷言と一笑に付すことが適わぬほどに、禍々しき影響力を持ってしまったのだ。

 

やられる前にやるしかない。そう、彼らが考えるのも当然であった。

 

兄弟の確執もあり、この不遜な弟を懲罰してやろうという気持ちが、兄弟愛に勝った頼朝は、自身と新しく推戴した天皇の名において、源九郎義経を朝敵に認定。征討の詔を発した。

 

義経はいち早く自身が朝敵とされたことを知るや、郎党と師匠を連れて山から逃げ延びた。先は奥州。藤原氏の保護下であった。

 

 

 

 

奥州藤原氏の当主秀衡は義経一党を快く受け入れてくれた。

 

例え鎌倉でも手を出すのに戸惑う、奥州藤原氏の保護下で、暫し平穏な生活を営んだ一党だったが、秀衡が死ぬと、その子である泰衡が鎌倉からの圧力に屈服して義経の館を攻めた。

 

義経が最期を悟り、弁慶ら一党を集めてこれまでの感謝を語って聞かせている時だった。

 

バタンッ!という音と共に全ての障子が開かれ、男が一人現れた。

 

涙涙の場面に水を差した男は、師匠であるサイトウだった。

 

兄に裏切られ、無念の内に泣きはらした眼をした義経に、サイトウは語った。

 

「もしもここで、安穏と暮らしたままでいたとしよう。いずれ老いて死ねたか?いいや、きっと遅かれ早かれ鎌倉の兵が攻め寄せただろう。だから、戦うなら今しかないのだ。館が攻められている。だが、まだ郎党は一人と欠けていない。兵数で勝る敵に勝利する方法など、いくらでも教えたはずだ。吾輩は牛若程に彼女の薫陶を生かせなかった。だが、不屈の一点において、吾輩は其方に勝る。一度だけ、吾輩の戦を見せてやる。吾輩に従い、落ち延びよ。落ち延び、平穏の為に鎌倉を滅ぼせ。吾輩との未来の為に、己が歴史を塗り替えるのだ。」

 

「師匠…我が主の仰せのままに。牛若は、最期まで御供いたしまする。」

 

絶望的状況で、最愛の師が見栄を張ってくれたことが、牛若は嬉しかった。

 

だが、この宣言が見栄ではなかったことを、彼女は間もなく理解する。

 

 

 

 

サイトウは強かった。ハンニバルがそうだったように。サイトウは強かった。カエサルがそうだったように。サイトウは強かった。項羽がそうだったように。サイトウは強かった。白起がそうだったように。サイトウは強かった。アレクサンドロス三世がそうだったように。サイトウは強かった。エンキドゥとギルガメシュがそうだったように。

 

特に、サイトウは恐ろしく局地戦が強かった。そして、館での泰衡軍との戦いは正しく局地戦であった。

 

サイトウは強かった。サイトウだから強かった。

 

サイトウが先頭に立てば、いとも容易く敵軍は崩壊し、泰衡は牛若に討ち取られた。

 

三日間で軍を再編し、二人の軍勢は、迷わず鎌倉へ向けて南下を開始した。

 

三か月後に鎌倉を陥落させ、義経は天皇を挿げ替えた上で征夷大将軍を僭称。そのうえで、躊躇なく兄・頼朝の首を自ら跳ね飛ばした。

 

源氏の軍勢を奥州の軍勢で跳ね返すこと十と三度。全戦全勝し、牛若が討ち取った首は絶えることがなかった。

 

平氏と源氏の鎮圧を終えると、義経は果断にも源氏姓を返上。ただの牛若として再び山に戻った。政権を朝廷に返すや、迷いもなく山へ帰ることを選んだのである。

 

そうして暫くした後、牛若が自刃したことを都の民は耳にした。なんでも師匠が滑落して、滝壺に消えてしまったので、その後を追ったのだという。

 

真相はともかく、以後、牛若丸を見た者はいない。

 

 

 

 

 

 

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